魔道具屋

 魔道具。用途は様々で、生活に役に立つ物、戦闘において魔法と同じ効果を有するものと様々だ。

 俺も魔道具を一つだけ持っている。いや、持っていたか。回復速度向上の効果を込めた指輪だ。既に効果が切れているので今は思い出の品として指にはめている。


 これはフィオナがバルナの町で俺のために買ってくれた指輪だ。当時は俺の許可も取らず二百万オレンのこの指輪を買ってきてお金が無くなっちゃったんだよな。あの時は驚いたよ。


「その指輪まだはめてるんですね。あの時はごめんなさい。私のせいで苦労かけてしまって」

「はは、いいさ。そのおかげで邪教徒を倒せたし。それにフィオナとキスも出来たしね」


 あ、ちょっと顔が赤くなった。


「んふふ。そうですね。やっぱり買ってよかったです」


 そう言って腕に抱きついてくる。感情が戻ったことですっかり人間らしくなったな。

 どうやら人として生きていた時の記憶は失っているようだが、もともとはどういう子だったんだろうか? とても興味がある。

 もしかしたら、その記憶が戻ることがあるのかもね。

 

 魔道具屋に着くと軒先には見たこともないような物が並んでいる。この箱何に使うんだろ?


「いらっしゃいませ」


 獣人の男がお出迎えをしてくれる。店主かな? 人族タイプだ。フィオナは興味深そうに商品を観察している。


「こんにちは。ちょっと見させてもらいますね」

「はい。ここにあるのはサヴァント産の品質の高い物ばかりです。生活雑貨から戦闘まで役に立つ物を幅広く取り揃えております。ごゆっくりご覧ください。商品の説明が必要な際はお気軽にお声掛けください。私は店主のトラスと申します」


「ありがとう、トラスさん。あれ……? これは!」


 フィオナが驚きの表情を見せる。視線の先には身の丈二メートルを超える人形が鎮座していた。


「そちらに目を付けるとはお目が高い。これはゴーレム。意思を持たない自動人形です。オドを流し込めばその者を主人として、命令を忠実に実行します」

「すごい…… 普通のゴーレムは土で出来てますが、これは見たことがない素材で出来てます。少しオドを感じますね」


「そこまで分かるのですか? 職人冥利に尽きるというものです。お客様の言う通り、これの素材はマジックシルバークレイ。若干のミスリルを含んでいます。魔力透過性が高く、一度オドを補給すれば一週間休みなく動かすことが出来ます。サヴァントの魔道具技術の粋というべき品ですよ」


 トラスは尻尾を振りながらドヤ顔で説明する。確かにすごいな。ちょっと見た目はごついけど。

 これが家にあれば家政婦として役に立つかも。泥棒除けとかにもいいんじゃないかな?


「所有者に危険はないんですか? ゴーレムは魔獣として認知されてるはずです。これが暴れだしたりすれば……」

「その心配はご無用です。ゴーレムとは作成する段階で実行すべき内容を忠実に守るよう作られています。例えば迷宮で宝箱を守るゴーレム。これは宝を奪われぬよう、製作者によって命令されているからです。人を襲うのもそのせいです。

 それに一般的なゴーレムは一つの行動しか出来ません。ですが、この商品は三つの命令を同時に実行することが出来、さらに実行内容を更新することが出来ます」


「ねぇライトさん……」


 おう…… フィオナが上目遣いで瞳を潤ませて俺を見つめる。この攻撃に対抗する手段を俺は知らない。きっと買ってって言うんだろうな。


「幾らですか……?」

「はい、こちらはお手頃価格の三千万オレンとなっております。トラス商会は分割払いも受け付けております。一家に一体シルバークレイゴーレム。さぁ、いかがでしょうか。

 期間限定、残り一体限りですよ! 今しかございません! 在庫には限りがございます! お求めはお早目にお願いいたします!」


 高い…… 手が出せない値段ではないのだが、資金には限りがある。ここはちょっと様子をみて……


「ライトさん……」


 フィオナのキラキラ攻撃は続く…… はい、分かりました……


「買います…… 今は手持ちが無いので後で必ず払いますので、売らないでとっておいてください……」

「はいかしこまりました!」

「ライトさん、ありがとうございます! 大好きです!」


 トラスは尻尾を振って、フィオナは嬉しそうに俺の頬にキスをする。でも三千万オレンか……

 悩む俺を余所にフィオナはトラスと話し始める。 


「ねぇ、トラスさん。他にお薦めの商品ってあるんですか?」

「はい、ございますとも。その前にお二方の関係を聞いてもよろしいでしょうか? それによりお薦めする品が変わりますので」


 なるほど。トラスは良心的な商人のようだ。ちゃんと顧客の意見を聞いてくれる。


「私達はこれから家を買う予定なんです。こちらは夫のライトさん。私はフィオナです」

「家ですか! それは素晴らしい! ではお二方にぴったりの商品をご紹介いたします。こちらにどうぞ」


 トラスは俺達を店の外に連れていく。そこにあったのは入り口で見た箱型の魔道具だ。


「これもマジックシルバークレイで出来ています。フィオナさんは魔術師のようですね。お手数ですが、氷魔法をこの箱に放っていただけますか?」

「魔法を? 分かりました。ライトさん、トラスさん、ちょっと離れててくださいね」


 俺とトラスは充分に距離を取り、フィオナは魔法を放つ。


vaggavalotja!】

 

 箱に向かって氷魔法を放つ! フィオナの魔法は強力だ。箱は耐えられるだろうか? だが俺の心配は杞憂に終わる。



 ―――シュオン ブブブッ……



 命中する前に魔法が消えた。そして箱が音を立て始める。トラスは箱に近付いて観音開きになっている扉を開けた。

 箱の中は冷気が漂っている。これは……?


「この箱は吸魔の魔法陣が組み込んであり、氷魔法を吸収し中に入っている物を冷やすことが出来ます。名付けて冷蔵庫! 

 これさえあれば例え、夏の暑い日でも生肉を腐らすことなく保存することが出来ます。さぁいかがでしょうか。期間限定、残り一台! 値段はお手頃、二千万オレンとなっております!」

「買います!」


 うおぃ!? フィオナが即答した! 俺の許可はないんかい!?


「ちょっとフィオナ…… これから家を買おうというのに、こんなに散財するのはいかがなものかと……」

「う…… そうですね。ごめんなさい、ちょっと興奮しすぎました。でもこれがあれば便利でしょうね」


 うーむ。かわいい妻が欲しがってるとはいえ、三千万オレンのゴーレムを買ってしまったしな。家を買って、もしお金に余裕があれば買ってあげるかな。


 と、思ってるところにトラスのダメ押しが。

 

「ちなみに上の扉は食材を冷凍することが可能で、肉に至っては一年近く保存することが出来ます」

「買います!」


 トラスー!? この商売上手が! 駄目だ、フィオナの目がキラキラと輝いている。今の彼女に買えないとは言えない……


 これで白金貨五枚の出費か。まだ二十枚の手持ちはあるとはいえ、家は王都の一等地に建っている。これ以上のお買い物は危険だ。ここで散財を繰り返して家が買えなかったら本末転倒だし。


「フィ、フィオナ。買い物は終わらせてさ、そろそろ家を見に行かないか?」

「えー、もうちょっと見ていきたいです。ここで扱ってる商品は一級品ですよ。でも在庫は少ないみたいですし、もしこの機会を逃せばいつ入荷するか分からないですよ?」


 確かにそうだけどさ…… ゴーレムは家政婦兼警備員として働いてもらい、さらには冷蔵庫があれば食が充実することだろう。俺達の生活を快適にしてくれるのは間違いない。


「はは、あまり心配する必要は無いでしょう。この店はまだオープンしてから間が無いので、あまり認知されてないんですよ。実はお二人が初めてのお客様だったんです。それに扱う商品の値段も高いものばかりです。いきなり売れるとは思っていません。

 もしよろしければ明日また来ていただけませんか? さらにいい物を厳選して紹介させていただきます」


 なるほど。それならいきなり在庫切れの心配は無さそうだ。とりあえず今は家を見に行かなければ。


「分かりました。妻もこの店が気に入ったようです。手持ちに余裕があればもう少し購入させていただくかもしれません。その時はよろしくお願いします」

「はい、かしこまりました。また是非おこしください」


 トラスは笑顔で見送ってくれる。こら、フィオナ! そんな名残惜しそうな目をしないの! 明日また来るんだから!


 散歩から帰りたくない犬を引きずるようにフィオナの手を引いて店を出る。

 それにしてフィオナがこんなに物欲が強いとは…… 夫として一言注意しないといかんな。


「生活に必要とはいえ、散財するのは良くないと思うぞ。家を買って、魔道具を買って貯金が無くなったらどうするの。少しはチシャに残したいしさ」

「え? ライトさんはチシャにお金を残したいんですか?」


 ん? 俺何か変なことを言ったか? 子供に財産を残したいと思うのは普通なんじゃないのかな?


「私は子供にお金なんて残すべきじゃないと思います。財産があればそれに依存してしまいますから。厳しい意見かもしれませんが、それよりも私はチシャに知恵、経験、愛情を残してあげたいんです。それはお金とは比べ物にならないほど価値のあるものです。

 私達は親をしてチシャを独り立ちさせなくちゃいけません。お金はかえってチシャの自立を阻むものになると思うんです」


 雷に打たれたような衝撃だった…… そこまで考えていたのか。


「ふふ。でもライトさんの気持ちも分かります。チシャは可愛いですから。少しは残してあげてもいいと思いますよ。だからそんな顔をしないでください」

「すごいな、フィオナは…… 俺よりも全然しっかりしてるわ」


「気にしないでください。ほら、次は家を見行くんでしょ。どんな家なんでしょうね。楽しみです」


 ニコニコしながら俺の手を引いてくれる。

 そうだな。気を取り直していきますか。これから長く住むかもしれない家だ。楽しみだな。

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