新居
「ここでしょうか?」
「多分ね……」
目の前には古ぼけた家が建っている。
人が住んでいる気配は無いし、家の壁には売り家の張り紙が張ってある。
外から見ると屋根は苔むしており壁は全体的に茶色い。窓ガラスは割られており内側から木の板が固定されている。
うーむ。中古とはいえ、この状態はテンション下がるなぁ。フィオナが張り紙を読み始める。
「えーと…… 購入をお考えのお客様はガーランド不動産までお願いします。値段は土地の値段込みで白金貨十五枚也……」
高い…… ある程度覚悟はしていたが、やはりそれぐらいはするよな。手持ちの金は白金貨二十五枚。
だが、先ほど魔道具屋でゴーレムと冷蔵箱なる魔道具を予約購入してしまった。
この家を買うとすると残りは白金貨五枚か……
「買う買わないは後で考えるとして、とりあえず中を見てみませんか? ライトさん、鍵をお願いします」
鍵を取り出し、扉に……刺さらない? 鍵穴が錆びついてるんだ。途中までしか入らない。
「しょうがありません。
―――ピキィンッ
フィオナが扉に向かい氷魔法を放つ。やることが大胆だな……
扉の蝶番部分は霜に覆われておりキンキンに凍りついている。
フィオナはそれを杖で叩く。乾いた音を立てて蝶番が砕けた。
「これで入れますね。行きましょ」
「いいのかな? 帰る時どうするの? 一応人様の家なんだからさ」
「それは後で考えます。入口は帰りに
フィオナのことが分かってきた気がする。元々は大胆で、快活な子だったんだろうな。ちょっと適当な所もある。それがまた可愛かったりして。
俺達は家の中に足を踏み入れる。嫌な予感がするなぁ。窓は板で覆われているので陽光が入らず真っ暗だ。入口から差し込む僅かな光で舞い上がる埃がキラキラと輝く。うーん、テンション下がるな。
「はい、これで口を押えてください」
「ありがとね」
フィオナはハンカチを渡してきた。彼女の香りを楽しみつつ更に進む。数歩先に進むだけで周りは全く見えなくなった。
【
―――ポワッ
フィオナが魔法を放つと、辺りが優しい光で照らされる。ここは……リビングかな? 少し広めの空間だ。壁には暖炉もあるな。薄汚れてるのを考えなければ中々オシャレな作りになっている。
奥にあるのはキッチンだ。そんなに広くはないが三人で暮らすんだ。これぐらいでちょうどいい。フィオナは壁の寸法を測り始める。何してんのかな?
「ん? あぁ、これですか。冷蔵箱を置けるか見てるです。割りと大きかったからどこに置くのがいいでしょうか? 奥だと釜戸がありますし、料理しにくいですね」
「手前の壁際でいいんじゃない? ここなら動線が被らないでしょ。扉も開けやすいと思うよ」
「ふふ、そうですね。ここで一緒に料理しましょうね。楽しみです」
ここで仲良く料理をする想像をする。俺もフィオナも料理は好きだ。きっと楽しいに違いない。
それに俺達には冷蔵庫という魔道具がある。これは食材の鮮度を保つ効果がある魔道具だ。いつでも新鮮な肉、野菜が食べられるようになる。チシャも喜んでくれるだろう。
「次の部屋を見に行きましょ」
キッチンを出てリビングに戻る。ガーランドは一階には二部屋あるって言ってたな。でも俺達は三人家族だ。そんなに部屋数があっても用途がないな。
一階の部屋はあまり広くない。床には凹みの跡が四ヶ所ある。ベッドの跡かな? 寝室だったのだろうか。
「ここは客間として使えばいいと思いますよ」
「なるほど。俺達は二階に寝ればいいしね」
「グリフとグウィネが遊びに来るかもしれません。二人が泊っていけるようにしてあげましょう」
そうだな。何気にあいつらだって俺の家族だ。居心地のいい空間にしてやろう。
でもこの部屋でギシギシアンアンは許さんぞ……
次の部屋は……さらに狭いな。ここは物置として使ってたのかな。五メートル四方の空間だ。
「ねぇ、ライトさん。この部屋ですけど…… もしよかったら私がもらってもいいですか?」
ん? 別にいいけど? でもなんでそんなにニコニコしてるの?
「何かいいこと考えてるでしょ。何に使うの?」
「んふふ。秘密です」
やーん、そんなかわいく言われても。きっといいことに使ってくれるに違いない。この部屋はフィオナにあげちゃう!
フィオナは笑顔のまま二階へ上がる。広い部屋が一つ。それよりちょっと小さい部屋が一つ。
これの用途は決まってるよな。俺達とフィオナの寝室だ。この家を買えばこの部屋が俺達の愛の巣になるのか。
「あ、ライトさん。今エッチなこと考えてますね?」
「ばれたか。でも楽しみだね。これで気兼ねなく楽しめそうだ。フィオナもそう思わない?」
「もう…… そんなこと聞かないでください……」
そっぽ向かれちゃった。はは。ごめんね。
「でも大きいベッドは欲しいです……」
照れながらそんなこと言われても…… 嬉しくなってしまう。
喜びを胸にこの家で見る最後の場所に向かう。屋上だ。狭い階段を上がり戸板を開けると……
「うわぁ…… 王都がよく見えますね」
「あぁ……」
色とりどりの屋根が目に入る。王都は二階建ての建物が少ない。それに屋上が付いている家もほとんど無い。
どうやらこの家はこの一画で一番背の高い建物のようだ。
「タバコはここで吸ってくださいね」
「分かったよ。家の中では吸うと匂いが付くからな」
「ふふ、ありがとうございます。あれ? あそこ! 銀の乙女亭が見えます!」
フィオナが指差す方向に愛しの我が子がお留守番をしているいつもの宿が見える。空を見ると朱に染まっていた。もうそんな時間か。
優しい夕日が家々の屋根を赤く染めている。綺麗だな……
景色を楽しんでいるとフィオナが寄り添ってくる。彼女の肩を抱いて……
「ここに決めようか……」
「はい……」
フィオナを正面から抱いてキスをした。
俺達が住む家が決まった瞬間だった。
◇◆◇
銀の乙女亭に帰ってくるとチシャが出迎えてくれた。
「ライ、フィオナ! お帰りなさい!」
「ただいま。いい子にしてたか?」
「うん!」
さぁチシャにも話さなくちゃ。でもその前にごはんだな。お腹が空いてしまった。食べながら話すとするか。
食堂で行って色々と注文する。今日はちょっと贅沢に行こう。なんたって家を買うことを決めた記念日だ。
サラダに鶏肉のフリット、具沢山のパスタなんかを注文する。酒は何にするかな?
ん? メニューに見たことが無い酒が加わっている。何だろうか?
忙しそうに、そして楽しそうに給仕をしているオリヴィアに訊ねてみる。
「あぁ、それかい。サヴァントの酒だよ。新しい酒でね。試験販売で意見を聞かせてくれって頼まれてね。
強いけど美味いよ。でもあれは食後に飲む酒だね。後で持ってくるよ」
「分かりました。ではそれを食後に二杯。最初はエールをお願いします。チシャは果実水でいいな?」
「うん!」
オリヴィアは元気よく厨房に消えていく。どんな酒なんだろうか。楽しみだな。
料理が食卓に並び、矢も楯もたまらず食べ始める。相変わらずここの食事は美味いなぁ。でも家を買えばここに来る回数は減るのか。ちょっと寂しい。
料理を頬張っていると、チシャが質問してきた。
「ねぇ、ライ。今日は王宮に行ったんでしょ? ムニンとフギンは元気にしてるかな?」
そうだ、この子に色々伝えなきゃ。嬉しいニュースをね。
「これから毎週水魚日にムニンとフギンに会いに行けるよ。それにチシャと同じ位の女の子がチシャに会いたいってさ。これから毎週その子と勉強することになるけど大丈夫かな?」
「ほんと!? その子とお友達になってもいいの!?」
「もちろんさ! でもその子は王女様だから失礼の無いようにね」
でもゼラセもゼノアもちょっと我がままだがいい子だ。きっと仲良くしてくれるだろ。
「うん! 楽しみにしてるね!」
フィオナが笑顔でチシャの頭を撫でる。
「それにね、私達がこれから住む家を見つけてきたんですよ。チシャもきっと気に入ると思います」
少しチシャの表情が曇る。あれ? 嬉しくないのかな?
「オリヴィアおばさんとお別れなの……?」
なるほど。そっちの心配だったか。
「大丈夫ですよ。ここからすごく近いんです。寂しかったらすぐに会いに行けます。だからそんな顔しないで」
「うん! なら寂しくないね!」
チシャの顔に笑顔が戻る。すぐに会いに行けるどころか、あっちが家に押しかけてきたりして……
オリヴィアはノックもせず部屋に入ってくるからな。きっと彼女の辞書にプライバシーという文字は無いのだろう。
食事を終える同時にオリヴィアが酒を持ってきてくれた。あの酒か。
「お待たせ。これが新しい酒さ。ブランデーっていうらしいよ。なんでもワインから出来てるんだってさ」
グラスの中には琥珀色の綺麗な酒が輝いている。この匂い…… ラーデでカイルおじさんと飲んだ酒だ!
フィオナがグラスに鼻を近付ける。
「いい香り…… でも私にはちょっと強いですね」
ふふふ。心配ご無用。俺はその酒の味を知っている。
「大丈夫だよ。少しだけ口に含んでごらん」
フィオナはゆっくりと一口ブランデーを含む。そして驚きの表情に変わる。
「美味しい…… 強いわりに飲みやすいですね」
嬉しいな、王都でこの酒に出会えるとは。では俺も頂くとするか。でもその前に。
「フィオナ、チシャ。乾杯しないか?」
「乾杯ですか? いいですよ。何に乾杯しますか?」
「そりゃもちろん俺達の新しい未来にさ。ほらグラスを持って!」
二人とも準備はいいかい? それでは……
「「「乾杯っ!」」」
明日から忙しくなるぞ! でも今日はお祝いだ!
楽しい宴は夜遅くまで続いた。
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