リフォーム 其の一

「確かに受け取った…… 白金貨十五枚、一億五千万オレンだな……」


 俺達は家を購入するためガーランド不動産に来ている。今しがた金を払い終わり、契約が成立したところだ。これで俺も一家の長か……


「これであの家はお前のものだ…… しかしよく買う気になったな……? 十年手入れをしていなかったから、あちこちガタがきてただろ……?」

「はい。でも掃除をしっかりして痛んでる箇所は魔法で修復すれば大丈夫ですよ」


 ふふふ。こっちには匠がいるんだぜ。フィオナ師匠だ。基礎の強化、壁の修復なんかは土魔法で出来る。

 汚れに関しては俺で何とか出来るだろ。伊達に二年近くギルドの掃除をしていないからな。掃除屋の二つ名が疼くぜ! 言ってて悲しくなるな……


「よし…… これが契約書だ…… 大事に取っておけ……」

「ありがとうございます!」


 ガーランドは契約書を丸めて筒の中に入れて渡してくれる。この瞬間、あの家は俺のものになった。ふふ、これから新しい生活が始まるのか。なんかワクワクしてきたな!


 ガーランド不動産を出て、親子三人仲良く手を繋いで新居に向かう。いや、その前に魔道具屋に行かなきゃな。


「ねぇ、ライ。今からまどーぐ屋さんに行くんでしょ? まどーぐって何?」

「そうだね。これからの生活に役に立つものが置いてあるんだ。昨日はゴーレムと冷蔵庫っていうのを買ったんだ。チシャもきっと気に入ると思うよ」


 昨日は値段の高さに驚いたが、あれはかなり有用な道具だ。ゴーレムは召使として、冷蔵庫は料理の質を向上させる。作り置きの料理を冷やしておくことも出来るだろう。夏場は汁物が残っても捨てるしかなかったもんな。


 魔道具屋に着くと店先にはゴーレムと冷蔵庫が置かれていた。これどうやって持って帰ろうかな?


「ライトさん、フィオナさん! お待ちしておりました」


 トラスが笑顔で出迎えてくれる。こら、チシャ。初対面の人の尻尾をいきなり触るんじゃありません。


「おや? こちらのお嬢さんは?」

「すいません…… うちの娘です。チシャ、トラスさんに挨拶しな」


 チシャは尻尾に夢中だ。はふぅって顔をしている。もうそのままにしておくか。


「ははは。ライトさんのお子さんでしたか。チシャちゃんだね。こんにちは。私はトラスっていうんだ。よろしくね」


 トラスはしゃがんでチシャに目線を合わせて微笑む。いい人だな。


「こんにちは…… あのトラスさん、お耳もさわってもいい?」


 うちの娘ったら…… でも小さい子はモフモフが大好きだからな。


「いいですよ。ほら触ってください」


 トラスはチシャに頭を向ける。立ち耳だからバルデシオンだな。チシャは嬉しそうに耳を触り始め…… あ、耳の裏を掻き始めた……


「あ…… はふぅ……」


 トラスが恍惚の表情になる。そういえばおじさんもチシャの掻き方を絶賛してたしな。 

 撫でるのに満足したのかトラスが気持ち悪くなったのか分からんが、チシャは耳から手を離した。


「トラスさん、ありがと!」

「いいえ…… 満足していただけたようですね…… よかったです……」


 あなたも大分よかったようですね。フラフラと立ち上がる。ちょっと腰が抜けてるみたいだ。


「で、では何点かライトさん一家にお薦めの商品を持って参ります。少々お待ちください」


 奥に下がっていくトラス。あ、ちょっと足がもつれてる。そんなによかったのか。


 トラスを待つ間、他の商品を見て回る。フィオナが興味深そうに一つの商品を見ていた。

 何だろうか。俺の身長ぐらいある円筒形で蛇口が付いている。給水塔の小さい版みたいだな。後でトラスに聞いてみるか。


 ちょうどよくトラスは戻ってきた。その手には……枕かな? 寝具の魔道具だろうか。


「こちらの商品の説明をさせていただきます。安眠枕という商品です。効果は名前の通りですね。これを使えば朝までぐっすり。快適な睡眠をお約束いたします。使い方は簡単。一日一回枕にオドを流すだけ。値段もお手頃。十万オレンで結構です。サヴァントではとても人気がある商品なんですよ」


 うーむ。枕か。そんなに欲しい物でもないかな。俺もフィオナも寝付きがいいし。これはいらないな。

 そんなことを思っているとトラスは俺とフィオナに手招きをする。そして小さな声で……


「これはお子様のための商品なんですよ…… ほら、アレの時にお子さんが起きるとね…… 親御さんは気まずいですし、お子様の教育にもよくないでしょ……?」

「「買います!」」


「はい、毎度ありがとうございます」


 この商売上手め! フィオナはチシャの頭を撫でながらニコニコしている。


「この枕はチシャにあげますね。これでよく眠れるようになりますよ」

「え? でもわたし、いつもよく眠れるよ」


 頭を撫でるフィオナの手にちょっと力が入る。


「これは買います。絶対にこれを使って寝なさい」

「は、はい……」


 ごめんな。ちょっと怖がらせちゃったかも。しかしだな、これさえあればチシャに気を遣うことなくムフフが出来る。予備としてもう一つ買っておきたいぐらいだ。


 という訳で購入決定。いい買い物をした!


「では次の商品を……」

「ちょっと聞いてもいいですか?」


 フィオナが待ったをかける。さっき見てた魔道具のことだな。


「あそこの魔道具なんですが……」

「さすがはフィオナさん。本当にお目が高いですね。あれも後で紹介しようとした商品なんですよ。説明よりも実際に体験してもらうほうがよいでしょう。これにオドを流してみてください」


 フィオナは魔道具にオドを流し始める。低い音を立てて魔道具が振動を始める……


「これでいいでしょう」


 トラスは筒についている蛇口を捻る。すると…… 



 ―――ジャバーッ

 


 勢いよく水が! いや違う! お湯が蛇口からほとばしる! 


「給湯魔器という魔道具です。この魔道具には特殊な魔法陣が組み込んであります。火と水の相反する魔法陣です。それを特殊な方法で組み合わせ、内部でお湯を生成します」

「この魔道具の用途って……?」


「風呂ですよ。風呂文化のあるアルメリアですが、家風呂がある家庭はまだ少ないはずです。この魔道具が普及すれば気軽に風呂を楽しむことが出来るはずですよ」


 家風呂…… これがあればバクーでの感動をもう一度味わえるのか?

 横を見るとフィオナとチシャが目を輝かせながら魔道具を見つめている。はは、これはもう買うしかないでしょ!


「「「買います!」」」


 親子三人の意見が揃った! 購入決定だ!


「ただしこれはサヴァントでも貴重なものでして。本当はお金に余裕がある貴族の方に買っていただこうと思っていました。なので少々値段は高く設定させていただきます。本来は白金貨五枚の価値があるものですから」


 むむむ…… ちょっと予算オーバーだな。ゴーレム、冷蔵庫、枕は安いからいいとして、給湯魔器。全部買うと赤字になるな…… 


 どれか一つ諦めるか。でも枕は絶対欲しい。いや、チシャのことは愛してるよ。

 でもね、ほら、夜は夫婦でしっぽり楽しみたいじゃない?


 なんかフィオナとチシャがこそこそ話し始めた。何してんの? 

 すると二人は目を潤ませ、かつ上目遣いで必殺キラキラ光線をトラスに放つ。


「「トラスさん……」」

「な、なんですかその目は……?」


「少しだけでいいんです。少しだけでいいので勉強していただけませんか……?」

「…………」


 値切った。ははは、うちの嫁はしっかりしてるぜ。だがトラスは苦い顔をしている。これは駄目そうだな。


「し、しかし、私も商人でして…… これ以上値を下げると利益が……」

「ライトさん! トラスさんを押さえつけてください!」


 えー!? なに言い出すのこの人!? そんなこと出来るわけないだろ!

 だがフィオナの目は本気だ。凄く恐いです……


「いいから早くやってください!」

「は、はい!」


 よく分からないが、今はフィオナの言うことに逆らわないほうがいい気がした。トラスごめん! 後ろから羽交い絞めにしてみる!


「なっ!? 何をするんですか!?」

「チシャ! やってしまいなさい!」

「うん!」


 フィオナはチシャを抱っこし、トラスの頭へ。そしてチシャはトラスの耳の後ろを掻き始めた…… 


「ああん…… はふう……」

「ほら、トラスさん、きもちいい? こしょこしょー」


 トラスの体から力が抜けていく……


「わ、分かりました…… ちょっとおまけしますから…… もう止めて……」


 トラスを羽交い絞めから解放すると、力無くへたり込む。ごめんね、まさかフィオナがこんな強引な値切り方をするとは……


「は、白金貨四枚で結構です…… 枕はおまけとして差し上げますので……」


 おぉ! 予算内に収まった! かなり強引なやり方だったけどね…… 

 しかし残りのお金は白金貨一枚か。これは大事に取っておかないとな。


「トラスさん、ありがと!」


 うちの小悪魔ちゃんがトラスに抱きつく。


「ははは…… これで利益がパァですよ。ライトさん、私は普段は値切りに応じることはありません。なのでしっかり魔道具の宣伝をお願いしますよ」

「はい、もちろんです!」


 よし! これで生活に役立つ魔道具は手に入れた! 財布から白金貨を取り出し会計を済ませる……


 あぁ…… お金が減っていく……


「んふふ、いっぱい買いましたね。でもどうやって持って帰りますか?」


 あ、忘れてた。身体強化術をかけても一つずつしか持ってけないよな。面倒だが分けて持って帰るか。


「フィオナさん、その心配は無いですよ。ゴーレムを使えばいいんです。髪の毛を一本頂いていいですか?」


 フィオナは自慢の銀髪をぷちりと抜いて手渡す。トラスはゴーレムの背中にある小さな扉に髪の毛を入れた。


「この状態でオドを流してください。そうすればゴーレムはフィオナさんを主人として認識します」


 なるほど、ゴーレムに給湯魔器を持って行かせるのか。

 フィオナは言われた通りゴーレムにオドを流し始める。するとゴーレムは振動を始め、ゆっくりと立ち上がる……


「すごい…… ではゴーレム、この魔道具を持って私についてきてください」

『…………』


 ゴーレムは片手で百キロはあろうかという魔道具を軽々と持ち上げる。ほんとすごいな。


「トラスさん、本当に素敵な魔道具をありがとうございます。これで生活が豊かになります」

「はは、喜んでもらえてよかったですよ。これからもトラス商会をご贔屓にお願いしますよ」


「はい、折りを見てまた来ます」

「あ、でも次は値引きはしませんからね!」


「ふふ、じゃあ次もまたチシャを連れて来ますね。チシャ、またトラスさんのお耳を掻いてあげなさい」

「うん!」


 トラスが怯えた表情で両手で耳を隠す。はは、冗談ですよ。うちの嫁と娘はそんなことをする……かもしれんな。その時は俺が止めるか。


 俺は身体強化術を発動し冷蔵庫を持ち上げる。フィオナとチシャは手を繋いで新居へと向かう。


 さて大掃除の開始だな! 


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