親になるということ
俺達は久しぶりに獣人の国サヴァントの首都ラーデに来た。カイルおじさんに結婚の報告をしようとしたのだが……
おじさんの部屋にルージュがいて、さらに彼女のお腹は不自然に膨らんでいる。
こ、これはもしや……
「あら、ライト君。お久しぶりね。部下からの報告でね、神獣だか魔獣の馬がラーデに向かってるって報告があったの。人相書きをさせたらライト君だったって訳」
ルージュが先に声をかけてきた。おじさんはちょっと元気が無さそうだな。
「よく来たな…… ん? 今日はなんかちっこいのがいるな」
チシャが俺の後ろでモジモジしてる。ほらがんばって挨拶! ちょっと嫌がるチシャをグイっと前に出す。
「こ、こんにちは! わたしはチシャっていいます!」
「ふふ。よく出来ました。いい子ね。私はルージュっていうのよ。こっちの大きなワンちゃんはカイル宰相閣下。私の旦那様よ」
何ですと!? 聞き間違いじゃないよな? ルージュはおじさんのことを旦那様と言った。これはつまり……
「おじさん…… もしかして……」
「聞いての通りだ。俺も年貢の納め時ってことさ」
「じゃあ、ルージュさんのそのお腹って……」
「その通り。俺の子だ……」
「閣下。なんでそんなにがっかりしてるんですか? それとも私との関係は遊びだったとでも?」
―――シャキンッ
ルージュが真顔で腰から魔剣アパラージタを抜く。国宝の魔剣だ。まだ返してなかったのか……
「いやいや! 違う! もちろんお前のことは愛している! だから剣を抜くんじゃない!」
ルージュはおじさんより確実に強い。その反応は正しい。剣を収めてルージュは微笑む。
「あら嬉しい、愛してるだなんて。お腹の子もきっと喜んでるわ。ね、あ・な・た」
「…………」
ルージュは微笑んでいるが、おじさんは真顔だ。脅迫だな。怖いと同時に面白くもある。
さて、どうしてこうなったのか聞いてみるか。
「おじさん、説明してくれるかな?」
「ルージュに仕事を手伝ってもらってたのは知ってるよな? 実はクーデターが終わってから彼女の妊娠が発覚してな。そのまま秘書のようなことをしてもらっている」
「諜報部の仕事は?」
「部下に全部任せてるわ。私はここで指示出しだけしてるの。確立した組織っていうのは常に上が仕事をする必要なんてないのよ。その組織を作るのは大変だけどね」
「でもさ、そのお腹の大きさを考えると…… いつから二人はお付き合いしてるのさ?」
「閣下とは五年前からの付き合いよ。私も閣下も結婚願望は無かったんだけど、さすがに子供が出来たらね……」
ルージュがお母さんの顔になってる。いつもは凛とした大人の美人なのだが、今はとても優しい表情だ。その表情のまま大きくなったお腹を撫でる。
「おじさん、やったじゃん! 四十超えてからお父さんだなんてね。これからは子供のためにしっかり貯金しないと」
「お、おう」
この人は政治的手腕はあるのだろうけど、生活能力は皆無と言っていいほどだ。だから今まで独身でいたんだろうけど。
「まぁそういうことだ。それにしても俺が父親かよ…… で、お前は何しに来たんだ?」
「そうだ、俺も結婚してさ。おじさんに報告をと思ってね」
「結婚? 相手は誰なんだ?」
「いや、分かるだろ? フィオナだよ」
不思議そうにフィオナを見つめるおじさんとルージュ。何かおかしなことを言ったか?
「いや、だってよ。フィオナってトラベラーだろ? 異種間で結婚することが珍しくない世の中だが、トラベラーと結婚する奴なんていたか?」
「私が知る限りではいませんね。歴史的事件です」
そんなもんなのかね。気にしたことなんかないけどな。
「それはともかく…… おじさん、ルージュさん。祝福するよ。おめでとうございます!」
「おお! お前らもな! で、結局このチビちゃんは何なんだ?」
さっきからチシャがおじさんの足にしがみついてモフモフを堪能している。とても満足そうなので止めるのはかわいそうだ。
「この子はチシャ。俺達の子だよ」
「なんだと!? お前らいつ仕込んだ!?」
「ちょっ! おじさん、子供がいる前でその言葉は無いって! 養子にしたんだよ!」
「ほう。詳しく教えてもらえないか?」
俺はこれまでの経緯を話し始める。おじさんは興味深そうに耳を傾けている。
「なるほどな…… トラベラーに生殖能力はなかったもんな。納得だ」
「…………」
ちょっとフィオナがショックを受けてる。おじさんもデリカシーの無い言い方をするな。小声でおじさんに話しかける。
「ちょっと。言葉を選んでよ。深くは言えないけど、フィオナはもう人と変わりないんだ。傷付くことだってあるんだよ。本人も子供が出来ないことを気にしてるんだから」
俺の真剣な表情に気圧されたのか、おじさんは謝ってきた。
「す、すまんな。気を付ける。ともかくだ、俺もお前も責任のある立場になっちまったってことだな。お互い頑張ろうな。で、嬢ちゃんはチシャだったな。おいで、ライトの子供なら俺の子供と一緒だ」
おじさんがチシャを抱っこする。チシャは嬉しそうにおじさんに抱きついた。
「カイルさんってライのお父さん?」
「がはは、ちょっと違うな。でも似たようなもんか。血は繋がってないがライトは俺の家族同然だからな」
「じゃあ、カイルさんは私のおじいちゃんになるの?」
「「「ははははは!」」」
おじさん以外の全員が笑ってしまった。子供は真剣に面白いことを言う。それにしてもこのワンコがもうおじいちゃんか。
「カイルおじいちゃん。頭撫でていい?」
「お、おじいちゃん…… まだ自分の子供も生まれてないのに。俺はまだ四十超えたばっかだぞ。しょうがねえな、ほら」
おじさんはチシャを降ろして頭を差し出す。チシャは嬉しそうに撫で始めた。
「フワフワしてるー。おじいちゃんありがと」
ふふふ。喜んでもらえたようだな。では俺からおじさんが喜ぶポイントを教えてやるとするか。
「チシャ、おじいちゃんの耳の後ろを強めに掻いてみな」
「おまっ!? それは、あ…… はふん……」
チシャが掻き始めるとおじさんは気持ちの悪い声で喘ぎ始める。ここがおじさんの弱い所だ。
「あはは。おじいちゃん喜んでるー。もっとして欲しい?」
「い、いや、もういい。逝っちまいそうだ。それにしても上手い掻き方だ。ライト以上だな」
「ふふ、楽しそうですね閣下。ですがせっかくライト君が来たんです。歓迎しないといけませんね。なんたって救国の英雄なんですから」
ルージュ奥様の音頭で急遽歓迎会が開かれることになった。この国の料理は美味いから嬉しいな。第一次産業従事者が多いからこそ素材の質が高い。美味い酒を飲み交わし、美味しい料理に舌鼓を打つ。
楽しい宴会は夜遅くまで続いた。
◇◆◇
夜も更けてきた。チシャは少し眠そうにしている。時計を見ると…… もう十一時か。
「チシャ、そろそろ寝る時間だよ」
「ふあぁ。やだ…… もう少しお話したいの……」
楽しいんだろうな。きっと寝るのが勿体ないと思ってるんだ。ルージュがチシャを抱っこする。
「ふふ、じゃあ私とフィオナさんと貴女でお話しましょうか。あっちにベッドがあるから、そこで女同士パジャマパーティーをしましょ。閣下はライトさんと積もる話もあるでしょう。私達は先に失礼させてもらいます」
「おう、すまんな。お休みルージュ」
「はい、お休みなさい閣下」
そう言ってルージュはおじさんの鼻にキスとする。おっとー、中々お熱いですな。
「あいつめ…… じゃあ俺達はもう少し飲むとするか」
おじさんは戸棚から酒瓶を取り出してきた。琥珀色に輝く綺麗な色をした酒だ。
おじさんは酒瓶を持って私室からベランダに出る。
「月見酒だ。付き合え」
「喜んで。でも男二人で月見酒ってのは味気無いんじゃないの?」
「がはは、違いない。まぁ飲め」
おじさんはグラスに酒を注いで俺に渡す。どんな味なのかな? 匂いを嗅ぐと……
ドワーフの火酒ほどじゃないけど強いな。
「ワインを蒸留したものだ。まだ試験的に作ってるものでな。美味いぞ」
薦められるまま、少しずつ酒を口に含む。強いアルコールの中にほのかな甘み、まろやかな口当たり……
「美味い……」
「はは! そうだろ! しかしこうやってお前と酒を酌み交わすことが出来るとはな」
おじさんもゆっくりと酒を飲む。いつもは豪快なおじさんだが、今日はなんだか大人しいな。
「どうしたの? ちょっと元気無いみたい」
「分かるか? 悪いがおっさんの悩みを聞いてくれ。嫌とは言わせんぞ」
「お願いしてるんだか、命令してるんだか分かんないけど。いいよ、話して」
おじさんは酒をもう一口含んでから、ポツポツと語り始める。
「俺は自分の生き方に後悔をしたことがない。自分がしたいように生きてきた。貴族の家に生まれはしたが、親に迷惑をかけてばかりだった。でも勉強は出来たんだぞ!? これでもこの国の政治家をやってるんだからな!」
「知ってるよ。おじさんはよくやってる」
「宮仕えが始まる前に旅に出て…… 色んな国に行った。ま、途中で金が無くなってお前に拾われたんだけどな」
「はは、あの時はびっくりしたよ。でかい犬が腹空かして倒れてるんだもん」
「お前らに世話になった後は国に帰って宮仕えだ。俺の人生は全て俺自身のために使ってきた。要は俺は我がままなのさ。お前の倍近く歳をとってるが、中身は大してお前と変わらん。ガキのまんまなのさ。そんな俺が親になる…… 何だか自信が無くてな……」
柄にもなく弱気だな。月を眺めてから、ため息交じりにグラスを傾ける。絵になる光景だが、この人は今苦しんでるんだな。
ではこのライト ブライト、魔法の言葉をかけてしんぜよう。
「女は子を宿した瞬間から母になる。男が親になるのはずっと後。親子になった母と子の背を追ってゆっくり親になっていく。だから今は悩む必要はないよ。おじさんだって時間をかけて、きっといいお父さんになれるよ」
「…………?」
おじさんが目を丸くして俺の顔を見つめる。さすがは魔法の言葉だな。
「お前のお袋さん……ナコちゃんの言葉だな。あの人の言いそうな言葉だ」
「ありゃりゃ。バレた。でもこの言葉の通りだと思うよ。あ、母さんはもう一つ言ってた。男はガキなのがちょうどいいってさ。扱いやすいからって」
「がはは! ナコちゃん、かわいい顔して中々毒舌だな! そんなことも言ってたか!」
「お? 元気になったみたいだね。よかった。でもさ、俺だって心配なんだよ。いつかはフィオナと一緒になることは決めてた。でもチシャを娘にするのは予定外だったしね。初めは同情だった。
でも今は心からチシャの幸せを願っている。自分の子供としてね。どれだけ俺に出来るか分からないけど、少なくとも一人で正しい道を歩けるようにはしてあげたいと思う」
「お前…… 俺より大人じゃねぇか。はは、あの時のガキが。もうこんなに大きくなりやがって」
「俺だってガキのまんまさ。やりたいようにやってるだけ。いつ本当の大人になれるかなんて分からないよ」
「少なくともお前は立派な大人だよ。コディ、ナコちゃん。もうこいつの心配はいらないぞ。俺もそのうち行くからな。その時はまたみんなで飲もうぜ」
月に向かって乾杯をする。うわ、ちょっとかっこいいじゃん。
「俺は参加しちゃダメかな?」
「しばらくダメだ。俺が死んでから少なくとも二十年は来るなよ。ガキに邪魔されたくないしな」
「ははは、酷いな。さっきは大人だって言ったくせに」
「そう言うな。それにお前にはやらなくちゃいけないことがあるんだろ? まずはそれを終わらせてからだ」
そうだな。この旅でアモンを倒すための装備は手に入った。後は力を付けながら奴が現れるのを待つ……
「あぁ。まずはけじめをつけてくる。そしたらさ、またおじさんに会いに来るよ。かわいい甥っ子か姪っ子を抱きに来ないとね」
「おう! 待ってるからさっさと終わらせてこい!」
おじさんは俺のグラスに酒を注ぐ。がんばらないとな。この美味い酒をもう一度飲むためにも俺は帰ってこなくちゃ。
「お前に出来ないことがあるとは思えんが油断はするなよ。じゃあライトの勝利を願い……」
「「乾杯!」」
―――カランッ
グラスが涼やかな音色を立てる。
男同士の飲み会は朝まで続いた。
◇◆◇
軽く眠った後、俺達は早々にアルメリアに帰ることにした。おじさんとルージュはラーデ城門の外まで見送りに来てくれた。
チシャは名残惜しそうにおじさんとルージュに抱っこされている。
「カイルおじいちゃん…… またなでなでしに来ていい?」
「おう! チシャの頼みならいつでも大丈夫だぞ! なんなら抜け毛の時期の毛を取っておこうか?」
「閣下、それは部屋の掃除が大変になるので止めてください」
ははは、何言ってんだよこの犬っころは。さて行くか。みんなで御者台に乗り込む。
「おじさん。また来るよ」
「おじいちゃーん、ルージュちゃーん! バイバイ!」
「おう! また来いよ!」
「ふふ。またいらっしゃい」
二人に手を振り馬車を走らせる。チシャは二人が見えなくなるまで手を振り続けた。
しばらくしてフィオナの様子がおかしいことに気付く。きっとあれだな。手を握って軽く頬にキスをした。
フィオナはちょっとあっけにとられた表情をする。
「ルージュのお腹を見て、思う所があったってとこだろ? 気にするなとは言わないけどね」
「はい…… 羨ましいと思って。やっぱり私も赤ちゃんが欲しいです」
愛する人の願いだ。叶えてあげたいのはやまやまだが、こればっかりはねぇ。とりあえず俺に今出来る範囲のことをするか。フィオナとチシャを強めに抱きしめる!
「ひゃあん!?」
「わわっ!?」
「王都に帰ったら忙しくなるぞ! 仕事に戻ったり、チシャをみんなに紹介したりさ!俺達が結婚した報告もしなくちゃ! それに俺達が住む家を探さなくちゃいけないからね! 悩んでる暇なんて無いぞ!」
「ふふ、そうですね。それにアモンも近い内に現れます。聞こえるんです。精霊の怯えた声が。その時が来るまでに色々と準備をしないと」
「なぁ、フィオナ。俺達って勝てるかな?」
「私とライトさんがいるんです。楽勝です!」
すごくいい笑顔でフィオナが答える。
「ライとフィオナは強いもんね。悪い人はみんなやっつけちゃうんでしょ?」
「はは、そうだね。じゃあ、チシャの将来のためにもアモンをさくっと倒してやるか!」
今までは復讐のために強くなってきた気がする。アモンを倒すためにがむしゃらに頑張ってきた。でも今は違う。
フィオナを、チシャを、グリフを、グウィネを。俺に関わる全ての人のために強くなる。負けるわけにはいかない。
愛する家族の為だ。お父さん、がんばらないとね!
「よーし、じゃあ王都に帰ったらみんなでチシャの歓迎パーティーをしよう!」
「パーティー!? ならまたポテトのタルトが食べたい!」
「私もです!」
「ははは! ではこのライト ブライト、腕によりをかけてお作りいたしましょう! それ、ムニン、フギン! 王都に向かうぞ!」
『ヒヒィーンッ!』
勇ましく嘶く二匹。本当にいい旅だった。
フィオナが心を取り戻し、そして俺と一緒になってくれた。
チシャと出会い、彼女のおかげで俺達は家族になることが出来た。
決意を新たにし、王都への帰路につく。
俺はもっと強くなる。愛する二人を、みんなを守るために。
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