結婚報告?

 順調にスレイプニルを走らせること二日。俺達は獣人の国サヴァントの首都ラーデに到着した。

 ここを訪れるのは二ヶ月ぶりかな? 割と頻繁に来ている気がする。


 前回はクーデター直後をいうこともあり、街は完全には機能していなかった。しかし、今は犬氏族、猫氏族ともに平和に暮らしている雰囲気を感じられる。


 商業区を抜け、ラーデ中央広場に差し掛かる。うぅ、お腹がシクシクする…… ここで俺は刺されたんだった。思い出すと未だ寒気がする。


 子供達がムニンとフギンを物珍しそうに見つめている。そりゃ、八本足の馬なんてそうそういるもんじゃないしな。

 獣タイプの獣人の少年が、一人でこちらに寄ってくる。


「おじさん! この馬って何!? すっごくかっこいいね!」


 ここでも俺はおじさんなのか…… そこまで老けてる顔をしているつもりはないのだが。

 そういえばサニーもチシャも初めはおじさんって呼んでたもんな。ちょっと納得いかんがここは大人の対応をしよう。


「この馬はスレイプニルって言ってね、すごく速く走れるし、とっても賢いんだ。触ってみる?」

「噛まない?」


 ははは、うちの子はそんなことしないよ。


「ムニン、フギン、優しくな」

『ブルルルルッ』


 そう言い聞かせると、二匹はごつい顔を獣人の少年に擦り付け始めた。

 あ、力が強かったみたい。転んでしまった。少年に駆け寄り、起き上がらせる。


「ごめん、大丈夫? こら、相手は子供なんだから少し加減しなさい!」

『ブルルルルッ……』


 ちょっとしょんぼりするムニンとフギン。でも少年はご機嫌なようだ。


「ははは! すごい力だったね! ねぇ、友達にも触らせてもいいかな?」


 少年が見る視線の先にはこちらを見る少年少女がいる。保護者かな? 大柄な犬獣人もいる。

 少年が手を振るとみんなこちらにやってきた。そしてムニン、フギンと戯れ始めた。和むなぁ。


 御者台から下を見るチシャがうずうずしている。


「ねぇ、ライ? わたしもみんなと話してきてもいい?」


 同年代の子供達と仲良くしたいんだな。そういえばこの子って奴隷だったから友達っていなかったんだろうな。

 御者台からチシャを降ろす。


「いいよ、行ってきな」

「うん!」


 チシャは元気良く少年達と戯れ始めた。和みつつそれを眺めていると大柄な犬獣人が話しかけてくる。


「子供とはいいものだな。種族、氏族の隔たりなど感じさせず、いつでも仲良く出来る。我々も見習いたいものだな。そう思わんか、ライトよ?」


 ん? この人、俺の名前を知っている? 俺は獣人の知り合いはそんなにいないぞ。

 おじさんだろ、ルージュ、グウィネ、スースにノーマ。ラウラベルの家にいたラウラって子ぐらいかな?


「どちら様でしたっけ?」

「おま…… 私が分からないのか……?」


 しょんぼりしたように尻尾をへたらせる犬獣人。がっかりさせてしまったようだ。


「ライトさん、シーザ……メティスさんですよ」


 何!? しまった! 一人重要な人を忘れてた! クーデターの首謀者でありながら、高い理想の持ち主で人格者でもあるシーザー。今は魔法で姿を変えてるんだった。元は虎だったもんな。その印象が強すぎてすっかり忘れてた。


「失礼しました…… それにしてもメティスさんはここで何を? それにこの子達は?」

「孤児院の子供達だよ。まさかそのことも忘れてるんじゃないだろうな?」


「えー、やだなー。ソンナワケナイジャナイデスカー」

「なんでちょっと棒読みなんだ……? ともかくだ、私は今ラーデで孤児院を運営している。先のクーデターで親を失った子も多いからな。罪滅ぼしにもなる。この子達を立派に育ててみせるよ」


 優しい目をして子供達を見つめる。そういえばこの人、多くの孤児を自分の養子にしてたんだよな。すごいな、とても真似出来ることではない。


「それにしてもまたラーデに来るとはな。会えて嬉しいぞ!」


 シーザー……もといメティスが抱きしめてきた。抱かれ心地は悪くない。フワフワの毛に包まれると、干した布団の匂いがした。いい匂いだ。中身はおっさんだがモフモフに罪はない。


「あ、いいなー。私も!」


 チシャがメティスの足にしがみついてきた。そういえば触らせて欲しいって言ってたもんな。


「この子は?」

「あぁ、チシャです。一応……俺の子です」


「お前の? だがお前はフィオナと恋仲だったな? たしかフィオナはトラベラーだったはず。子は成せないはずだ。お前…… 浮気か?」

「いいいいえ! 違いますって! 深くは言えませんが養子という形で俺の子にしたんです!」


 めちゃくちゃ睨まれたよ。相手は二メートルを超える大型の犬獣人。すげー怖かった……


「ライは私のパパだよー」

「そうか。君、名前は何と言う?」


「チシャ! この名前もライが付けてくれたんだよ!」

「名前を……? そうか、なるほどな」


 メティスはチシャを抱きかかえた。それを嬉しそうに彼女は受け入れる。ちょっとジェラシー。フカフカの毛に顔を埋めてすごくいい笑顔をしている。


「ライトよ、この子を幸せにしてあげるんだぞ。子供に身分など関係無い。真っ当な道に進ませてあげるんだ」


 メティスはチシャの出自に気付いたんだろうな。この国に奴隷制度は無いらしいが、バクーから奴隷落ちしてきた獣人もいるかもしれない。この人ならそういう子を養子にしたこともあるのだろう。


「で、ライトよ。会えて嬉しいのだが、今回は何をしに来たのだ?」

「そうですね、実はチシャを養子にしたのと同時にフィオナと夫婦になりまして。それをカイルおじさんに報告しようかと」


「おぉ! それはめでたい! すまないな。もし屋敷が残っているなら寝所を使わせてやると約束したのに」

「そんな約束も覚えているんですね…… ま、まぁその話は置いておいて。俺もメティスさんに会えてよかったです。孤児院の運営はどうですか? 子供達を見る限りですと、上手くいっているようなのが分かりますがね」


「そうだな。忙しくも楽しくやってるよ。なによりやりがいがある。すまないな。これから勉強の時間だ。もしよかったら後で来てくれ。歓迎する。お前達! 帰るぞ!」

「えー、お父さん。もうちょっと遊びたいよー」


 子供達はがっかりしたようにメティスに言い寄る。お父さんか。この子達は血は繋がっていないだろうがメティスを親として慕っている。すごいな。これが人徳ってやつか。


「ではまたな!」

「バイバーイ!」


 名残惜しそうにみんな帰っていく。しっかり勉強しろよ。メティスのように立派な人になるんだぞ。


「ライー、あの人フワフワだったよ。また触らせてくれるかな?」


 チシャもご満悦のようだ。


「これから会いに行く人もフワフワしてるよ。その人にも触らせてもらおうか」

「うん!」


 次はおじさんに会いにいかないとな。ふふ、突然の訪問だ。びっくりさせてやろう。


 馬車に乗り込み、おじさんがいるラーデ城に向かうが……


「ライト様! お待ちしておりました!」


 城門にいる衛兵が出迎えてくれた。お待ちしておりましたって? もしかして俺達が来ることを知ってた?


「俺達の訪問は非公式のはずですが……」

「いいえ! ライト様のことは既にルージュ様から伺っております! 閣下がお待ちです。ご案内させていただきます!」


 なるほど、ルージュの仕業か。壁に耳あり障子に目ありだな。どこからか俺の情報を仕入れたのだろう。衛兵に連れられ、おじさんの私室に通される。


「閣下! ライト様をお連れしました!」

『おお! 入れ!』


 中に入るとおじさんと、なぜかルージュがいる。クーデターが終わった直後から、この二人はセットでいることが多い。

 ん? ルージュのお腹が不自然に膨らんでいる。


 あれ? これって……?


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