帰り道 其の二

 帰りの旅は順調に続き、俺達は間もなくバクーとサヴァントの国境付近に到着する。

 ここか、盗賊ギルドの残党がいるってところは。人族の面汚しが…… 

 今さらなんだが盗賊ギルドって何なんだ?


「なぁ、盗賊ギルドって何してるんだ?」


 フィオナ先生は物知りだ。大抵の質問に答えてくれる。


「うーん。三千世界を渡ってきた私でも盗賊ギルドっていうのはあまり聞いたことがないですね。もしかしたら知ってるのかもしれませんが、記憶の消失で忘れてるのかも」


 そうか、でもギルドっていうくらいだから組合ってことだよな? 冒険者ギルドみたいに仕事を斡旋してるのだろうか?

 

「あ、でも一つだけ。義賊集団で盗賊ギルドを名乗っているのがありました。たしか、殺さず、犯さず、貧乏人からは盗らずを掲げて、かなり組織化されていました。

 情報収集をする者、解錠をする者、盗みに入る者、脱出を手引きする者みたいな感じですね。それなりの美学を以て盗みをしている人の集まりです。

 時々貧しい人に盗んだ物を分け与えることもあって庶民からは人気があったみたいですよ」

「盗みに美学ね…… 理解は出来ないけど、バクーの盗賊ギルドとはずいぶん違うみたいだな」


 だって殺しに誘拐だろ? 盗賊ギルドっていうよりはただの犯罪者集団のような気がする。


「ギルドを名乗って組織に箔を付けたいだけですよ。なんにせよ、私達に危害を加えるのなら容赦はしません」


 こわ…… フィオナって人としての心を取り戻したみたいだけど、時々トラベラーの冷徹さが表面に出てくる。

 深くは聞くつもりはないが、殺した人数は俺よりも確実に多いはずだ。


「チシャ、キャビンの中にいなさい。ライトさんはいつ戦闘になってもいいように準備をしておいてください」

「う、うん。二人とも気を付けてね」


 普段見ない威圧感に気圧されたのか、チシャは素直にキャビンの中に入っていく。


 後一時間も進めば国境付近に着くだろう。奴らはきっと現れる。負けることはまず無いだろうが、油断はしないようにしないとな。ダガーをすぐに抜ける状態にしておいた。


 そういえば戦闘でコイツを使うのは初めてだよな。盗賊で試し斬りをすることになるとはね。



◇◆◇



 スレイプニルを走らせること一時間。予定通り国境付近に到着すると、フィオナの顔付きが更に険しくなる。


「辺りの空気が変わりました。千里眼で索敵をお願いします」

「あぁ」


 オドを両目に込める。半径一キロ程度を見渡してみると……

 いるな。崖の上から、岩陰から、木陰から俺達を狙っている。


「囲まれてるな…… 数は二百ってところだ」


 この数は完全に殺しにきてるな。フィオナがキャビンの中に入っていった。


「チシャ。今からちょっと暗くなって静かになるけど怖がる必要はありません。ゆっくり数を数えててください。そうですね、暗くなってから三百数えたらすぐに明るくなりますから」

「フィオナ……」


 チシャがフィオナに抱きつくのが見えた。強がっていたがやはり不安なんだろうな。スンスンと鼻を啜る音も聞こえてくる。


「うん…… 待ってる。でも早く帰って来てね……」

「大丈夫です、すぐに終わらせてきます。でも残念、私がかっこ良く戦う姿をチシャに見せられなくて」


 やる気まんまんだな。さて、俺も戦いの準備をするか。鞘からダガーを抜いてマナの剣を発動する。



 ―――ブゥゥゥン



 うおっ!? いつも通りマナを込めただけなのに十メートルぐらいの剣が出来てしまった。そういえば新しいダガーにマナを込めるのは初めてだったな。


「ヒヒイロカネには魔力を増幅させる力があります。少しマナを抑えてください」


 いつもの半分程度のマナを込める…… 

 するとシュッと音を立てて剣がいつもの長さになった。もし全力でマナを込めたらどうなってしまうのだろうか?


「行きます。ライトさん、馬車を降りてください。ムニン、フギン。少し暗くなります。大人しく待っていなさい」


 フィオナは二匹の顔を優しく撫でて魔法を発動。


rocaθwalta岩壁



 ゴゴゴッ



 馬車が足元から隆起した岩に囲まれる。岩あっという間に馬車を包み込んだ。


「これで音も聞こえないはずです。さっさと終わらせましょう」


 なるほど、チシャの安全確保とこれから起こる惨劇を聞かせないための配慮か。


「分かった。どう戦う?」

「私は後方の敵を相手にします。前はお願いしますね。来ました……」


 岩陰、崖の上からガラの悪そうな奴等がぞろぞろとやってくる。俺達を中心にして円を描くように囲む。


 俺の前にいる大柄で髭ボーボーの盗賊が叫んだ。


「間違いない! 馬車に乗った優男と魔術師の女の二人組だ! おい、その岩の中にガキがいるだろ!? そいつを出せ。そうすりゃ命だけは助けてやる」


 お断りだよ。誰がそんなことするか。


「逆にさ、命を助けてあげるから回れ右してお帰りいただけないかな? お前らを殺しても大したオドも取れないだろうし。

 時間の無駄なんだよね。どう? それがお互いにとって一番いい方法だと思うけど?」


 一斉に盗賊達が笑いだす。お、ウケたようだな。これで見逃してくれるか?


「ふざけた野郎だ。この人数相手にいい度胸だな。お前達を見逃すつもりはない。それにそこの女、お前姉さんと仲間を殺したろ? 銀髪の女魔術士がギルドの仲間をミンチにしたって聞いた」

「あら、生き残りがいたんですね。残念です。一人残らず細切れにしてやりたかったのに。

 姉さんでしたっけ? 死に様を聞きたいですか? 水魔法で溺れさせてあげました。ふふ、酷い顔でした。すごく怖がってたみたいですよ」

「…………」

 

 盗賊達は黙ってフィオナの話を聞いていた。俺もだ。

 フィオナ…… 盗賊ギルドではそんなことを……


 予想外の言葉に驚いたが、フィオナは止まらない。それどころか……


「あははは! ごめんなさい! 思い出すだけで笑ってしまいます! だって貴方達は平気で人を殺してきたんですよね!? 私利私欲のために、私のかわいいチシャを拐ったんですよね!? 

 そんな酷いことをする人がいざ自分が死ぬ時にあんな顔をするなんて! 顔の作りは悪い方じゃなかったみたいだけど、死ぬ前はすごい顔してました! 貴方達にも見せてあげたかった!」


 え? い、一体どうした? いや…… これが彼女の本質なのか。チシャを、自分の愛する者を傷付けた者に対しての怒りだろうか。それにしてもミンチに溺死って……


 あ…… 気付いてしまった。フィオナの心は完全に人間に戻ったんだ。だって、感情で相手を殺せるのって人間だけだもんな。

 今までフィオナが敵を殺す場面は見てきた。だが淡々と、作業をこなすが如く屠ってきたのだ。

 それが今は感情で相手を殺そうとしている。そしてこれからこいつらも……


「てめえ! 許さねぇ! お前ら、女は殺さず捕えろ! 手足を切り落としてダルマにしてやる! 殺す前にタップリ犯してやるから覚悟しておけ!」

「それはお断りします。それを出来るのは私の旦那様だけです」


 いや、ここで惚気られても…… ちょっと嬉しいけどね。でも愛する人に対する暴言は許せん。剣を構える。

 でも全員殺すってのは気が引けるな。襲い掛かってくる相手だけを……


fremeaεfremea超火炎!】



 ゴゥンッ!



 後ろから爆風が! 熱いっ! 

 振り向くとそこは見渡す限り火の海だった。

 茶色だった地面は遥か先まで真っ黒に焦げている……


「わ、すごいですね。弱い魔法なのにこの威力ですか。もう少しオドを抑えなくては」


 フィオナは杖を擦っている。後方の盗賊は全て消し炭になっていた。一撃で百人以上を倒すとは。容赦無いな……


 髭の盗賊の顔色は真っ白になる。あの光景を見せられたらな。逃げたほうがいいぞ。命は大事にだ。


「ごめんな。俺の嫁さん、どうも手加減が苦手みたいで。どうする? 俺も彼女ぐらい強いよ。逃げるなら見逃してあげるけど?」

「ふ、ふざけるな! 盗賊は舐められちゃお終いなんだよ! お前ら、全員で行くぞ! 散開!」


 百人程度の盗賊が一斉に襲い掛かってくる。馬鹿だね。こんなところで死ぬなんて…… 仕方ないか。



 ―――チャッ



 ダガーを鞘に納める。



 イメージする。



 横一線に振り抜く。



 薙ぎ払いと同時にマナの剣を伸ばす。



 マナを取り込む。



 せっかくだ。全力でマナを取り込んでみよう。



 マナの扱いには慣れてきた。魔力過多症の一歩手前までマナを取り込む。



 マナが体の中で暴れ始める。それを腕に。腕からダガーに流し込み……



 一閃



 ―――フォンッ ドシュッ



「わはは! なんだそりゃ? かすってもね…… がぼっ……」



 言い終わる前に名も無き盗賊達が血を吐いて上半身を地面に落っことす。



 街道の両脇にある崖の一部が音を立てて崩れる。断面は日光に反射して鏡のように光り輝いていた。



 遠くにある山の頂がゆっくりと崩落していくのが見える……



 やべぇ! やり過ぎた! なんだこの威力は!?


「すごいですね…… まるでカラドボルグです」


 フィオナがあきれ顔でマナの剣を見つめる。ごめん、ちょっとやり過ぎたかも……


「カラドボルグ? 知ってるのか?」

「神話に出てくる剣です。異界の話ですが。神話だと丘の頂を切り裂いたそうですが、ライトさんの剣はそれ以上みたいですね。でもライトさんも私も、もう少しこの武器の扱いを練習する必要があるみたいですね」


 そう言って辺りを見渡す。うん、その通りだわ。

 二百を超える死体。焼けこげた岩肌。数百メートルに渡って不自然に崩れた崖。遠くに見える山は俺のせいで標高が低くなっている……


 とんでもない武器を手に入れてしまったようだ。作ってくれたデュパに感謝だな。


「いけない! 忘れてました!」


 フィオナが岩で守られた馬車に近付いて魔法を解除する。馬車を覆っていた岩はゆっくりと土に戻り、馬車が現れる。


 二人で馬車に乗り込むと……



「448、449、450…… あ、遅いよ! 三百って言ったのに!」


 チシャが泣きながら数を数えてた。ちょっと怒ってる。


「ごめんなさい、遅くなりました。悪い人はみんなやっつけましたよ。これでチシャに悪さする人はいなくなりました。もう安心していいですよ」

「ぐす…… ほんと? もう怖がらなくてもいいの?」


「そうです。もう大丈夫。来なさい」

「フィオナー!」


 フィオナがチシャを抱きしめる。これでもう大丈夫だ。この子の存在を知っているのはこれでデュパとシバだけだ。あの二人なら信頼出来るしな。

 

 後は背中の入れ墨を消せば、この子はこの国でも安心して過ごすことが出来る。温泉にもみんなで入れるしね。


「ライトさん、私はチシャとキャビンにいます」

「そうだな。チシャを頼む」


 辺りは悲惨な光景が広がっている。子供に見せるもんじゃない。俺は一人ムニン、フギンを走らせる。


 バクーとサヴァントの国境は山を下ったところにある。サヴァントはもう目の前だ。馬車を操作しつつキャビンをノックする。


「もう大丈夫だよ。二人とも出ておいで」


 二人を呼び寄せ三人仲良く御者台に並ぶ。目の前には平原が広がっていた。ここからラーデまで二日といったところかな。


「私が手綱を持ってもいい?」


 とチシャが聞いてくる。ははは、いいぞ。もうチシャを困らせる奴はいないしな。ゆっくり行くとしようか。


「ほら、気をつけてな」

「ライ、ありがと! それ走れ! ムニン、フギン! がんばって!」


 二匹はかわいい御者さんの掛け声を聞いて嬉しそうに駆けだした。

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