哀しみ

 ―――ギュッ



 ん…… ここは……?

 先程までパズスの死闘で傷付いた私は意識を失い、何者かに背負われて何処かに連れてこられました。


 そして今、私は抱きしめられています。



 ―――チュッ



 額に口付けをされました。


 いつもの温かさが胸に灯ります。


 床に寝かされ頭を撫でられました。


 落ち着きます…… 


 この温かさをくれる人は一人しかいません。ライトさんです。


 ぼんやりとした意識の中、ライトさんが生きていた喜びで胸は満たされます。


 体を起こされる感覚がしました。そして口付けをされる? 


 いつもの口付けではありません。液体が口移しで入ってきます……



 ―――ゴクンッ  



 この味はポーション? 私を呼ぶ声が聞こえます。



 フ…… フィオ…… フィオナ……







「フィオナ! 大丈夫か!?」


 ん…… 目を開けるとライトさんの顔が見えました。

 どうしたのですか? 頬には大きな傷が…… それに左耳がありません。

 誰ですか、ライトさんを傷つけたのは? 許しません……


「その傷…… 大丈夫ですか?」

「うん、血は止まってるしね。ラーデから出たら回復魔法が使えるから。それよりもフィオナの傷のほうが酷いと思うぞ」


 確かにそうですね。両の親指は折れて、肩には貫通創、顔は多数の切り傷です。

 いけません。ライトさんの前で無様な姿を見せてしまいました。

 自分の容姿になど興味はありません。

 ですがライトさんは今の私を見て、嫌いにならないでしょうか?



 ―――ピシッ

 ―――コォォォ……



 ん……? この感覚は何でしょうか? 好ましくない何かが胸の中にいます。

 これは……例えるなら穴ですね。空虚な穴の存在を胸の中に感じます。

 これは新しい感情が生まれる兆候でしょうか? 

 怒りが生まれる前は棘の玉が暴れる感覚と何かがひび割れる音が聞こえました。

 もしかしたら……


「フィオナ、もうすぐ十四時になる。そうしたらクーデターは終わるんだ。シーザーと和解が出来てな。彼が解除宣言をしてくれる」


 ライトさんの横には微笑みながら私を見下ろす猫氏族がいます。彼が元凶ですね。

 思わずナイフを抜きそうになりました。恐らく彼がライトさんを傷つけたのですね。



 ―――コロシマス



 怒りが私の胸を満たします。ですが次の瞬間……

 ライトさんは私を抱きしめ、深く口付けをしてきました。

 胸に生まれた怒りが喜びへと変わる…… 

 んふふ、ライトさんには逆らえません。


「ん…… た、頼むから殺気は出さないで…… 今から俺達もシーザーに同行するんだ。気持ちは分かるけど暴れちゃ駄目だよ」

「はい」


 とは言いましたが、敵の前に行くのです。

 ライトさんを傷付ける者がいないとも限りません。

 戦う準備はしておきましょう。


 十四時になり、私達はシーザーと共にラーデ中央広場にやってきます。

 多くの猫氏族が集まっていました。

 殺気だった目で私達を見つめます。

 

 シーザーは設置された壇上に立ちます。私達は壇の後方に待機です。

 護衛として巨躯な猫氏族が私達の横につきました。シーザーの腹心だそうです。

 私達は猫氏族の視線を受けながら時を待ちます。

 そしてシーザーが演説を始めます。


「聞け! 我が氏族! 誇り高きエセルバイドよ! まずはお前達に礼を言わせてくれ! 今までよく私に従ってくれた! 私のために血を流してくれた! 私が理想とする国造りに多くの同胞が賛同してくれたことに感謝する!」


 まるで勝利宣言ですね。

 ですが、ここでエセルバイドの敗北を宣言するのです。

 シーザーはこの殺気だった連中をどう抑えるのでしょうか?


「我らエセルバイドはより強き者に従う! そうであるな同士達よ!」

「「「おぉーーー!」」」


 兵達から怒号のような雄たけびが発せられます。


「私はエセルバイド最強の戦士! そうであるな同士達よ!」

「「「おぉーーー!」」」

「だからこそ言わせてもらう! 私は敗れた! 今日、初めて敗北を喫した!」


 今度はどよめきが聞こえてきました。


「私は敗れたのだ! 私は猫氏族の代表としてその強者に従うとする! その強者とは誰か!? ライト! ここに来てくれ!」


 ライトさんが呼び寄せられます。

 大丈夫でしょうか? 心配です……

 二人は壇上に立ち、猫氏族に語りかけます。


「彼の名はライト! 人族の身でありながら私と対等に戦い、そして勝利した! 再び問おう! 我らは誇り高きエセルバイド! 我らが従うべきは誰か!? 答えよ!」


 再びどよめきが聞こえます。

 業を煮やしたシーザーが再び兵に問いかけました。


「私に恥をかかすな! もう一度問う! 我らが従うべきは誰か!?」

「「「より強き者に!」」」


 なるほど、こうして氏族の在り方に訴えかけるのですね。

 兵の中からは泣き声が聞こえてきます。それを見たライトさんは猫氏族に語り始めました。


「猫氏族の皆さん! 初めまして! ライトと申します! 俺は貴方達を従わせるつもりはありません! 貴方達の友人として今壇上に立っています! シーザーさんは立派な人です! 今まで出会った中で一番崇高な理想を持って、そして誰よりも子供達を愛する優し人でもあります! 時と場所が違えば俺は彼の下で働いていたかもしれません!そう思わせるほど俺は彼に魅かれました! 

 しかし彼は罪を犯してしまいした! 残念なことです! ですが彼は全ての罪を自分が被り、あなた達の罪を問わないよう、王に嘆願していました! 俺は他国の人間です! ですがシーザーさんの友人として王様に減刑の嘆願を行う! 

 ですから皆さん! 貴方達に出来ることをしましょう! 今は手に持っている武器を捨てましょう! その手を使ってこの国を復興しましょう! その手を使って困ってる人を救ってあげましょう!

 出来ることは手伝います! 人族の若造の意見など軽薄に聞こえるかもしれません! 信じなくてもいいです! ですが、この誇り高き男を! シーザーさんの言うことは信じてください!」


 猫氏族の泣き声が大きくなりました。嗚咽も聞こえてきます。

 ライトさん、誇らしいです。素晴らしい言葉でした。

 彼の言葉を聞いて、喜びが溢れてしまいそうになります。

 いつの間にか胸に感じた穴を小さくなっていました。

 

 シーザーとライトさんの演説を聞いて、猫氏族の闘志は雲散霧消したようです。

 ライトさんは恥ずかしそうに壇上から降りてきました。

 私は彼をどう迎えればいいでしょう? そうですね、抱きしめていっぱいキスをしてあげましょう。


 ライトさんがこちらに向かって来ます。

 私は手を広げて彼を迎え入れ……



 ―――スラッ



 ライトさんの後ろにいた護衛が剣を抜きました……



 全てがゆっくりと私の目に映ります



 だめ



 避けて



 気付いてください



 ここで魔法が使えたら



 彼の危機を救えるのに



 私は走り出します



 もう少し



 もう少し速く走れたなら



 彼の前に着いた時には



 ―――ドシュッ



 ライトさんは背中から腹を貫かれてしまいました……



 ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie



 精霊の歌が聞こえます。

 大地から光が溢れ出し、そして……



 ―――パリィンッ



 この音を聞くのは三度目です。

 ライトさんは何が起こったのか分からないような顔をしていました。

 彼の口から血が溢れ出します。


 ライトさんは私に向かってゆっくりと倒れ込んできます。

 私はライトさんを受け止めますが……

 その顔は次第を白くなっていく……



 ―――コォォォォォォ……



 いつの間にか、私の胸には先程感じた穴が産まれます。

 穴は私の心を吸い込んでいく……

 声が聞こえました。

 以前聞いたことのある心の声。私の中にいる二人の女の声。



 ―――来人君!

 ―――ライトさん!



 その声を聞いて…… 

 目が熱くなります…… 

 私の目から止めどなく熱い水が溢れ出してきました。

 

 これは…… 涙? 


 ライトさんは私の涙に気付いたのか、仰向けになりながら私の涙を拭ってくれました。

 その顔には微笑みを湛えて……



 いや……


 いや。


 いやです!


 いやです!


 ライトさん! 死なないで! 一人にしないで!


「誰か! ライトさんを助けて!」


 私は叫びます! シーザーが壇上から駆け下り、ライトさんを刺した兵の頭を吹き飛ばしてこちらに向かってきました。

 刺された傷を押さえながら……

 

「スースを呼べ! ポーションを持っている者はこちらに! 出し惜しみするな! ありったけ持ってこい!!」


 シーザーの命令でポーションが集められます! 

 どうしてエリクサーは無いのですか!? 

 どうして私は回復魔法が使えないのですか!? 

 ライトさんが…… ライトさんが死んでしまいます!


「ライトさん! お願い! 死なないで!」

「フィオナ! 邪魔だ! ポーションを飲ませられん!」


 嫌です! ライトさんから離れたくないありません! 

 ですがルージュとカイルによって私はライトさんから引き離されました……


 スースがやってきて、ライトさんの治療を始めます。

 私は泣いているのでしょう。心と体がバラバラになってしまったみたいです。

 意識はあるのに、ただ泣くことしか出来ません。

 私は涙を流しながら、ライトさんの様子を見ていることしか出来ませんでした。


「傷が深い! 私は経口投与を! シーザー殿はありったけ傷口にポーションをかけてください!」

「分かった!」


「血は止まった! このまま城まで運んでください! 王の手術室を使います! 足の速い者は準備をするよう、看護師に伝えてきてください!」

「私が連れていこう! ライト! 絶対に死なせんぞ!」


 シーザーがライトさんを背負って疾風の如く駆けだします。

 お願い…… ライトさんを…… ライトさんを助けて!


「ライトさん! ライトさーん!」


 私は泣きながら彼の名前を呼び続けます。


「フィオナさん! 私達も城に行きましょう!」


 私はルージュに連れられ、再びラーデの城に向かうことになりました。



◇◆◇



 そこから先の記憶はありません。

 気が付いたら私は手術室の前に座っていました。

 隣にはルージュがいて、私の肩を抱いています。

 ローブがびしょびしょに濡れていました。

 服がこんなになるまで私は泣いていたのですね……



 ―――ガチャッ



 手術室からスースが出てきました!

 私は彼に駆け寄ります!


「ライトさん! ライトさんは無事なんですか!?」

「手は尽くしました…… 後は本人の体力次第でしょう。フィオナさんは回復魔法が使えるそうですが、今ライト殿を動かすのは危険です。ラーデから出る前に死んでしまうでしょう」

 

 そ、そんな……

 私はスースに掴みかかります!

 そんなことが聞きたいのではありません!

 

「どういう事なのですか!? お願いです! ライトさんを助けて!」


 顔から様々な液体が流れ落ちます。

 なりふり構っていられませんでした。

 どんなことをしてでもいい。ライトさんさえ助かるなら……

 

「フィオナさん!」



 ―――パシィ



 ルージュは私の頬を叩きました。

 痛みで一瞬涙が止まります。

 ですが一瞬でした。再び涙が溢れてきます。

 ライトさんを失うかもしれないこの気持ち…… 

 人は涙を流すとき悲しみの感情を用います。

 ようやく分かりました。

 私に悲しみが発露したということですね。

 ですが知ったところで悲しみを…… 涙を止めることは出来ませんでした……


「うわぁぁぁん!」


 私はルージュに抱きついて、そのまま泣き続けます。

 彼女はそんな私を受け入れるかのように私を抱きしめてくれました。

 ルージュの手が優しく私の背を擦ります…… 

 泣くという行為は疲れますね。そのまま私は眠りに落ちていきました。



 ライトさん…… 死なないで……


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