愛し合う二人

 ―――ゴロゴロッ



 俺は一人ベッドの上で時を過ごす。

 暇だ…… やることがない。絶対安静がこんなにも辛いとは。


 クーデターが終わったその日に俺は暴漢に刺され、緊急で手術を行った。

 回復魔法を使おうにも、ここは獣人の国の首都ラーデ。

 吸魔の魔法陣の効果により魔法が一切禁じられている。

 よって俺は命を取り留めるために手術を受けることになったそうだ。


 手術を受けてから今日で五日目。ようやく起き上がることが許された。

 でもまだ病室から出ちゃ駄目だってさ。


 実は昨日の夜にルージュが病室に忍び込んできて、俺に薬液が入った瓶を手渡してきた。国宝の一つ、エリクサーだった。

 あの人魔剣だったり、エリクサーだったり、よく宝物庫からくすねてくるよな。

 この国の警備はザルなのではないだろうか? 


 ともあれエリクサーの効果は超回復と同じで欠損箇所は再生、刺された傷も塞がった。

 つまり俺は元気なのだ。今日の健診でスースは明日退院してよいと言ってくれた。


 刺された時の記憶は無い。当時の記憶がすっぽりと抜け落ちている。

 覚えているのはフィオナの泣き顔だけだ。

 泣き顔…… 哀しみの感情に目覚めたということなのだろうか。


 俺が意識を取り戻してからフィオナに会っていない。

 心配だ。会って安心させてあげたい。早く明日にならないかな。

 それにしてもいい天気だ。開けた窓から心地良い風が吹いてきて眠気を誘ってくる。

 こうしてゆっくりすることってほとんど無かったからな。



 目を閉じる。今は惰眠を貪ると……しよう……か……


















 ―――カチャッ……



 ん……? 扉が開く音がする。

 そして気配も…… 誰か俺の横に立っている。まさか暗殺者か!? 

 そんなわけないか。部屋の外には警備もいるし、何より殺気は一切感じられない。


 俺の頭に手が優しく触れる。この感じ…… フィオナだ。

 俺は目を閉じたまま彼女の手を引いた。そのままベッドに引き込み、軽くキスをする。

 


 ―――ポタッ



 あれ? 俺の顔に水が落ちる。

 ゆっくりと目を開けるとそこには…… フィオナの泣き顔があった。


「ライトさん…… ぶぉ~ん、おんおん……」


 ぶぉ~んって何よ? はは、おかしな泣き声だな。いや今はフィオナを安心させてあげないと。


「心配かけてごめん……な。ぷぷ…… 俺はもう大丈夫だ……よ…… ぷぷぷ……」

「ぶぉ~ん、おんおん…… ぶぉ~ん、おんおん……」


 謎の泣き声は止まらなかった。どうしよう。笑いが堪えきれない。

 フィオナは俺の胸に顔を埋め、泣き続ける。

 怒りの感情が発露した時も上手く感情をコントロール出来なかった。子供みたいに泣いている。

 よしよし。泣き止むまでこのままそばにいてあげるからな。ぷぷ。



 フィオナはしばらく泣き続けた。

 もう俺のパジャマは寝汗をかいたみたいにびっしょりだ。

 少し落ち着いたかな? フィオナは鼻をスンスンと啜っているが、泣き声は聞こえない。

 俺はフィオナの涙で濡れたパジャマを脱いで替えのパジャマを取り出そうとするが……


 ん……? 視線を感じた。振り向くとフィオナが俺を見つめている。熱で浮かされたような視線だ。


「どうした? って、うわっ!?」



 ―――ドサッ チュゥゥッ



 フィオナは俺を押し倒してキスをしてくる! 顔中に軽くキスをされた後、契約の時のような大人のキスをしてくる!? 

 ちょっと待て!? いきなりどうした!? 


「ぷはっ!? お、落ち着いて!?」


 少し強引にフィオナを引き離す。

 するとフィオナは己の胸を指差し……


「ここに穴があるんです…… 空虚な穴…… これがあると涙が出てきます…… お願いです…… この穴をライトさんで埋めて欲しい……」


 穴? 多分哀しみのことだな。怒りは棘の玉って表現してたしな。穴を埋めるか…… 

 どうすればいいんだ? 考えていると……



 ―――ガバァッ チュッチュッチュッチュッチュッ



 また顔中にキスをしてくる!?

 最後に深いキスをされた。

 唇を奪われつつ考える。フィオナは言った。穴、つまり哀しみを俺で埋めて欲しいと。



 そういうことか……



 キスを終え、お互いの顔を見つめ合う。



 優しくフィオナを仰向けに寝かせる。



 言葉は無い。



 これから何をするのか、フィオナも理解してくれている。



 自分の欲求のためではない。フィオナが感じている哀しみを消してあげたいから。



 もう一度キスをする。



「ん……」



 甘い吐息が聞こえる。



 キスをしながらお互いの服を脱がす。



 フィオナの裸は何度か見たことがある。



 だが、こうしてまじまじと見るのは初めてだ。



 綺麗だ……



「いいんだよな?」

「はい……」



 その言葉を聞き、フィオナの首筋に口付けをする。



 嬌声が漏れ、身をよじらせる。



 後は本能に任せて動いた……




















「んぅ……」


 フィオナは俺の腕を枕にして眠っている。

 夢のような時間だった……

 でも初めてなのに、まさか三度も求められるとは思わなかったよ。

 寝息を立て、気持ちよさそうに寝ている彼女を見ると愛おしくなる。


 軽く抱きしめてキスをした。


「んふふ……」


 はは、いつもの笑い声だ。

 フィオナの悲しみを癒すことが出来たかな? これでもう安心だな。

 そう思うと眠気が……


 俺はフィオナを抱いたまま眠る。



 その後、お見舞いに来たおじさん、ルージュ、スース夫妻に見つかり、俺は全裸で土下座をする羽目になった。



◇◆◇



 私は今、ライトさんが入院している病室の前にいます。

 彼は国を救った重要人物ということで要人として扱われています。

 病室の前には警備の兵士がいました。


 ライトさんに会いたい…… 

 私の胸は未だ悲しみで埋め尽くされています。

 この感情は怒りと同様、私にとって好ましくない感情です。


 ライトさんに会えれば哀しみは喜びに変わるはず。

 そう思って病室に入ろうとしますが……


「申し訳ございません。現在面会謝絶となっております。お引き取りを」


 警備兵に追い帰されてしまいました。仕方ありません。


 私は懐から薬液の入った小瓶を取り出し、兵士の前で開封します。


「な、なんだ? う……」


 兵士は一瞬驚いた表現を見せますが、すぐに虚ろな目をして動きを止めました。

 これは対象を催眠状態に出来るものです。

 一時的ですが、対象を自由に操ることも出来ます。


「通しなさい。私以外の者は通さないように」

「はい……」


 私は病室に入ります。

 中にはベッドがあり、そこにはライトさんが横になっていました。


 彼の横に立ち、頭を撫でます。

 哀しみに満たされている胸に小さな喜びが灯りました。



 ―――グイッ



 ライトさんは目を閉じたまま、私の手を引いてベッドに引き込みます。

 そして優しくキスをしてくれました…… 

 いつもの喜びが胸に灯り、そして涙が溢れて……


「ライトさん…… ぶぉ~ん、おんおん……」


 目を覚ましたライトさんは困ったように私を抱きしめます。

 少しずつ哀しみが喜びに変わりました。

 だけど…… まだ消えません。  

 まだわたしの胸には穴があります。

 どうすればいいでしょうか? 

 そうだ、キスをしてみましょう。


「どうした? って、うわっ!?」


 ライトさんは驚きました。ごめんなさい、今はこうしていたいのです。

 キスをし続けます。

 もうすぐ哀しみが消えるはず……だと思っていました。


 思い出してしまうのです。

 ライトさんを失うかもしれないという哀しみを。

 目に涙が溜まっていきます。

 私は自分がどのような状況にあるか、ライトさんに説明することにしました。


「ここに穴があるんです…… 空虚な穴。これがあると涙が出てきます…… お願いです…… この穴をライトさんで埋めて欲しい……」


 私はそう言って再びキスをしました。

 今度はライトさんから舌を絡めてきます。

 そのまま私を寝かせ、服を脱がされました。


 私の首筋にキスをします。


 思わず声が漏れてしまいました。


 そしてライトさんは……






 ライトさんと私は果てを迎え、抱き合ったまま横になっています。

 とても素晴らしい経験でした。


 胸に残る暖かさを噛み締めていると……

 体の中から声がしました。



 ―――来人君…… 愛してるわ……



 その声が聞こえた瞬間、私は体の自由を失います。

 まるで誰かに操られているように。

 ですが悪い気はしません。むしろ心地よく受け入れることが出来ました。

 私は内なる声の主に身を任せ、再びライトさんと一つになる……






 私は満足感を感じつつ、ライトさんに抱かれています。

 ふふ、かわいいですね。ライトさん、大好きですよ。

 あれ? 今度は違う声が聞こえました。



 ―――んふふ。ライトさん、大好き……



 私は再度、体の自由を奪われます。

 今度は執拗にライトさんの耳を噛み始めました。

 ライトさんの耳を噛む度、喜びが溢れてきます。


 ふふ、おかしいですね。何でこんなことをしてるのでしょうか。

 ライトさんの耳を噛みつつ考えます。私の内から聞こえる声のことを。

 この声の主はライトさんのことが好きなのですね。


 何故か心の声を聞くと懐かしさを覚えます。

 懐かしい? 人ではなく、過去の思い出など無い私が懐かしさを感じている? 


 不思議ですね。色々分からないことがありますが、どうでもいいことです。

 今はライトさんもっとを感じていたい。


 そして私はライトさんの耳を噛みながら三回目の果てを迎えました。

 哀しみは完全に消え去り、喜びが胸を満たします。

 私はライトさんに抱かれながら眠りにつくことが出来ました……




 目を覚ましたら、ライトさんがカイルの前で土下座をしていました。

 何故でしょうか?



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