帰還

 俺とフィオナは街道を東に進む。

 愛しい我が家がある王都に向けて…… 


「んふふ。もうすぐですね」

「あぁ。みんなどうしてるかな」


「ねぇライトさん、王都に帰ったらお風呂に行きませんか?」

「いいね。その後はグリフ達と宴会だな」


 雑談を交わしながら順調に王都への旅は続く。

 後二、三日もすれば王都に着くだろう。


 一時帰還の目的はナイオネル宰相閣下におじさんから預かった書状を渡すこと。

 なんでも俺を士爵っていう貴族に出来るものらしい。


 俺が士爵って…… 

 でも確か士爵ってのは貴族の下位互換みたいなものだったな。国から栄誉を与えられる程度のものでしかないらしい。

 

 余計なことをしなくてもよいのなら受けてもいいかな。

 素人の俺が領地なんか貰っても土地を遊ばせるだけで終わってしまいそうだし。

 それにそんなことにかまけている時間は無いのだ。


 俺が貴族になる目的。それは地位を得ることでグリフと養子縁組をしてあいつ自身を貴族にすることだ。そしてグリフとグウィネを政略結婚の駒にする。

 言葉は悪いがこれで何の障害もなく二人を結びつけることが出来る……はずだ。


「日が暮れてきました。そろそろ休ませんか?」


 そうだな。もうすぐ夜が来る。

 早めに野営の準備に取り掛かるとするか。



◇◆◇



 ―――パチッ パチパチッ



 簡単に夕食を済ませ、焚き火を囲んでまったりする。幸せな時間だ。

 時々焚き火の中から薪が爆ぜる音が聞こえた。

 フィオナは言葉も無く俺の隣でお茶を飲んでいる。


 ふふ、分からないものだな。アモンに復讐するために彼女の力を借りて王都まで来た。

 様々な冒険を経て、フィオナは俺の恋人となった。

 思わずフィオナの頭にキスをしてしまう。

 彼女はそれを微笑みで返す。そして俺に抱きついてきた。


「私はトラベラーとして、ただ契約者を支えることを目的に生きてきました。でも今は違います。ライトさんが契約者だからではありません。好きだから支えていきたいんです。ふふ、こんなトラベラーなんてきっと私だけですね。

 運命なんて信じませんが、ライトさんに出会えたことは偶然とは思えません。私は貴方に会うためにこの世界に来たのかもしれませんね」


 フィオナが笑顔で想いを伝えてくる。

 愛しい…… このまま押し倒してしまいたい衝動を抑えつつ、一つ質問をしてみる。前から聞いておきたかったことだ。

 どうしてフィオナは感情に目覚めたのか。彼女は今、楽の感情以外を発露している。


 鈍い俺でも気になり始めていた。アイシャのことも思い出す。彼女は死ぬ間際に笑っていた。喜びの感情に目覚めたということだ。

 それも聞いてみるか。


「あまり気にしてはいなかったんだけど、どうして感情に目覚めたか分かる? 前はなんかガラスが割れる音がしたら笑えるようになったって言ってたよな。それにアイシャ…… 彼女も最後に笑っていたんだ。その理由も知りたい」

「恐らく女神が関係しているのだと思います。ライトさんは女神から祝福を受けました。実は私もなんです。これを見てください」


 フィオナは羽ペンを取り出し、俺の左目に魔法陣を描く。

 いたた。これで魔眼として機能するはずだ。

 俺は目にオドを流す。すると……



名前:フィオナ

種族:トラベラー

年齢:???

レベル:310

HP:22098 MP:35094 STR:9961 INT:32020

能力:剣術10 槍術10 体術10 魔術10

特殊:超級魔法 神級魔法 分析 理合い

付与効果:地母神の祝福



 本当だ。付与効果に地母神の祝福の文字が……


「祝福か…… アイシャも最後に笑っていたんだ。彼女も祝福を得て喜びの感情に目覚めたのかな?」

「そうかもしれません。女神は私に口付けした後に言いました。『呪いに抗いなさい 運命の鎖を断ち切りなさい』と。意味は分かりません。私が何かに縛られているとも思いませんし、呪いを受けている感覚もありません。でも彼女のおかげで感情が発露したのは確かだと思います。多分アイシャも同じ理由で喜びの感情に目覚めたのでしょう」


 フィオナは俺の腕の中で話し続ける。女神だったり呪いだったりと余計に分からないことが増えた気がした。フィオナも推測の域で話しているに過ぎない。

 でも確実に分かることは彼女が感情に目覚めたことで俺の大切な存在になったということだ。

 フィオナを抱きしめる腕に力が入る。


 それを察してかフィオナはゆっくりと目を閉じる。


 フィオナの頬に手を置いて、優しくキスをしようとしたが……


「いたた……」


 ん? どうした? フィオナは自分の肩を擦っている。


「肩凝り?」

「はい。ダメですね、肩凝りだけは回復魔法でも治りません。ごめんなさい。雰囲気を壊してしまって」


 ははは、別にいいさ。そうだ、久しぶりに肩を揉んでやるか。


 フィオナをテントに誘う。柔らかめな敷布を敷いてっと……


「ほら、うつ伏せになって」

「んふふ、嬉しいです。それではお願いします」


 フィオナに跨り、指圧を始める。まずは肩から……? 



 グッ! グググ……! 



 うわっ! すごい凝ってるな!? 肩の中に鉄が入ってるみたいだ!


 じっくり、ゆっくり、そして力が入り過ぎないようにフィオナの肩を揉みほぐす。


「あ…… あん…… そこ…… もっとぉ……」


 相変わらず色っぽい声を出す…… 

 我慢だ! 今は可愛い恋人に奉仕してあげなければ! 

 心を空にして再度肩を揉む! 



 グリッ



 俺の指が芯を捉える! ここだ!


「んあぁぁぁ!? そこぉ! だめぇー!」

「…………」


 こ、心を空に……なんて出来るか! なんでそんな声を出す! 

 もう駄目だ。俺の方が限界だ。

 フィオナから降りようとするが……


「はぁはぁ…… ライトさん…… 腰もお願いぃ……」

「はい……」


 瞳を潤ませ懇願してくる。

 お前なぁ…… こんなの生殺しじゃないか。

 だがフィオナの願いだ。叶えてあげよう。


 今度は腰のツボに指を押し込む!



 グイィッ



「ひぃぃぃんっ! らめぇー!」

「…………」


 らめぇって何だ!? もう俺がらめぇだよ! 

 フィオナから降りる! この気持ちを発散させねば! 

 強引にフィオナを抱きしめる! だが!


「ぐぅ……」


 寝てた…… むぅ、がっかりだ。

 しかし寝た子を起こすのはかわいそうだし……

 このまま寝かせてあげよう。


 頭を冷やすために一服してから眠ることにした。



◇◆◇



 翌日昼前には王都に到着した。ただいま王都エスキシェヒル。

 正門まで行くとそこには見慣れた顔があった。


「ライト!」


 グリフがいた。いつもの監査の仕事をしていたが、俺に気付いて走ってくる。

 そして暑苦しい抱擁を受ける羽目になった。嬉しくない…… 


「ちょっ!? 離せって! 変な噂が立つだろうが!」

「お帰り! よく戻ったな! サヴァントのクーデターは終わったんだよな!? お前のおかげか!?」


「あー、すまん…… 今それは話せないんだ。明日時間取れそうか? 大事な話がある」

「分かった。明日は午後から半休を取るつもりなんだ。そうだ! グウィネも呼んでいいよな!?」


「勿論だ。酒でも飲みながら話そうぜ。その前に風呂でも行くか!」


 横で俺達の話を聞いていたフィオナの顔が笑顔に変わる。

 フィオナも二ヶ月以上我慢してたもんな。話す内容は少し重いものになるだろうから、その前に少しリラックスしておかないと。


 俺達はグリフと別れ、そのまま王宮に向かう。

 早くナイオネル閣下に書状は渡さなければならないのだ。



 王宮正門まで着くと相変わらず無言で裏門へと通される。

 おのれ、こちとら救国の英雄様だぞ。

 まぁそんなつもりはないんだが、もう少しマシな扱いをして欲しいものだ。


 裏門からいつもの倉庫で待つように指示を受ける。

 しばらくする満面の笑顔の髭の紳士がやってきた。ナイオネル宰相閣下だ。


「ライト殿! よく戻られた! 一月前にサヴァントから早馬でクーデター終息の知らせが来たのだ。我が国の第二戦備態勢は即日解除され平穏な日常が戻った。戦争を回避出来たのは君のおかげだ! ありがとう!」


 ナイオネル閣下は俺の手を取って握手をしてきた。

 この人も苦労してたんだよな。もし戦争が起こったらこの国の経済は破綻するとか言ってたし。

 宰相として最悪の事態は避けられたわけだ。


「全てが終わったわけではありませんがサヴァントは落ち着きを取り戻しています。今回の帰還はおじさ……いえ、カイル宰相閣下から書状を渡すよう頼まれまして。事が済んだら、またサヴァントに戻ろうと思います」

「そうなのか? 何なのだ、ライト殿がまたサヴァントに戻る理由とは?」


「友人のため……といったところです。これがカイル宰相閣下からの書状です」


 ナイオネルは書状を受け取り、それを読み始める。

 あれ? なんか手がプルプル震えている。顔色が真っ青になった。


「内容は分かった…… 私は王に至急報告に上がらねばいかん。近い内に君には王宮に顔を出してもらうことになる。しばらくは王都に留まって欲しい……」

「はい、俺達は商業区の銀の乙女亭にいますので。知らせはそこに送ってください」


「では……」


 ナイオネル閣下は肩を落として去っていった。

 おじさん、何書いたんだよ…… 絶対脅迫文だろ。



◇◆◇



 夕方ぐらいには銀の乙女亭に帰ってきた。愛しい我が家だ。

 中に入ると一階は食堂となっており食事目当ての客で賑わっていた。

 忙しそうに給仕をしているオリヴィアが出迎えてくれた。


「お帰り! あんた今日は泊ってくんだろ!? 荷物を置いたら食べに来な! あんたらのおかげで忙しくってしょうがないよ! 落ち着いたら新しいレシピの話でもしておくれ!」

「あはは! はい! ご馳走になります!」


 レシピは教えてもらうことは出来なかったがサヴァントで食べた焼き菓子は絶品だったな。その話をしてみるか。

 銀の乙女亭に新しい名物が生まれるかもしれない。


 戦争のようなディナータイムが終わり一息付くオリヴィア。興味深そうに焼き菓子のことを手帳に書き込んでいる。


「なるほどね。多分私でも作れるはず…… ってゆうか、あんたらいつの間に出来てたんだい?」

「な!? どうして分かるんですか!?」


 バレた…… そんなこと一言も言ってないのに……


「フィオナを見りゃ分かるよ。すっかり女の顔になってる。あんたは…… あんまり変わんないね。少しはたくましくなったと思うけど。

 言っとくけどシーツを汚したら洗濯代多めにとるから覚悟しとくんだよ! あと他にも客はいるんだから大声は出すのは禁止だからね!」


 ド直球にセクハラ発言をしてくる。こっちが恥ずかしくなるわ。

 でも確かにあの時の声には注意しよう。フィオナって声が大きいんだよな。

 それがまたかわいいんだが……


 しかし行為の最中にオリヴィアに踏み込まれたらたまらない。静かにする練習も必要かもしれないな。部屋に戻り寝る支度をする。

 ふぁぁ。疲れた。さすがにフィオナもお疲れだよな? 早めに寝るとするか。


「今日はもう寝ようか…… って、うわ!?」



 ガバッ! ギュゥゥゥッ!



 そう言うや否やベッドに押し倒されてしまい、力いっぱい抱きしめられる。


「するの?」

「はい!」


 元気だな…… 

 がんばってもいいけど静かにお願いね……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る