叙爵 其の一

 翌日俺達は冒険者ギルドに向かう。

 一時帰還とはいえ一応上司に報告をしないといけないからな。報連相ってのは大事だ。


 ギルドに到着すると…… うわ、また汚くなってる。

 まったく…… 俺がいなくなっても入口の掃除ぐらいはしておいてもらいたいもんだ。

 掃除人スイーパーの二つ名が疼くぜ。言ってて悲しくなるから止めよう……


 二階に上がりギルド長室のドアをノックする。

 中から入れとの声が聞こえてきた。


「おはようございます! ただいま戻りました!」

「おう! まずは俺の部屋の掃除から頼む!」


「そこからかい!? 違うでしょ! 今日は報告に来ただけなんですから!」

「す、すまん。サヴァントでの働きはナイオネル殿から聞いている。よくやったな」


 あれ? もう知ってたんだ。いつもおちゃらけた顔のギルド長だが、今日はいつになく真面目な顔をしている。どうしたんだろうか?


「お前、もう体は大丈夫なのか? 刺されたんだろ?」


 なるほどね、その話か。一応俺のことを心配してくれてるんだな。


「はい、とある人からエリクサーを貰いまして。今はすっかり元気です」

「おまっ!? 国宝級の薬じゃねえか! 簡単に貰えるもんじゃねぇぞ!?」


 やはりアルメリアでもエリクサーは貴重品だったか。ルージュが宝物庫からくすねてきた薬だ。

 あの人大丈夫か? バレたらお縄になるのは確実だろうに…… 

 まぁ、諜報部のトップだ。隠密に動くことには長けているのだろう。


 ギルド長には手紙で書かれていない詳細を話し、俺が再びサヴァントに戻ることも伝えた。


「そうか…… お前はまだ戻らないんだな。くそっ、一体誰がギルドを綺麗にしてくれるんだ……」

「がっかりするところ、そこですか!? ほら、もっとあるでしょ!? 俺がいなくなってAランクの依頼が達成出来なくなったとか!?」


「まぁそれもあるがな。少し話を変えるぞ。お前、油断し過ぎなんだよ。前から言いたかったんだが、お前自分の装備に気を使ったことあるか? もっといい防具を装備してたら今回の大怪我だって防げたんだぞ」


 言われてみれば確かに…… 

 武器防具はグランから持ってきたものをずっと使っている。

 武器はマナの剣と矢があるとはいえ、今回のような魔法が使用出来ない環境に立たされれば正直物足りない。


 実際シーザーとの戦いでダガーはかなり痛んでしまった。

 防具だってそうだ。動きを制限されたくないから簡単な革鎧しか装備していない。それも剣に貫かれて穴が開いてるし。


「いいか。お前はもっと自分を大事にするべきだ。身の丈にあった装備を整えてこい」


 お説教をされてしまった。だがギルド長の言う事は正しい。

 ん? ギルド長は金庫に向かい、中から宝石を一粒出した。

 大きい…… 透明度の高い色のついた一級品だ。これって……?


「エリナから拝借したものだ。覚えてるだろ? これはお前の退職金に使うつもりだった。サヴァントでの一件が片付いたら休みをやる。岩の国バクーに行ってこい。ドワーフの国だ。それを使ってお前に合った装備を作ってもらえ」


 きゃー! アレク様、素敵! この人ってやることが男前だ。禿だけど。

 人使いは荒いがこういう人心掌握術に長けている。禿だけど。

 だからギルド長なんて仕事やってられるのかな。禿だけど。


「ありがとうございます! 大事に使わせてもらいます!」

「何か失礼な事を考えてなかったか? まぁいい。その代わりなるべく早く帰ってこい。溜まりに溜まった仕事を押し付けてやるからな!」


「仕事って掃除のことでしょ?」

「それ以外にあるか! いいか! もう一度言うぞ! さっさと帰って来いよ! 以上だ!」


 この親父、人を掃除人扱いしやがって。

 いや、実際仕事のほとんどは掃除なんですけどね……



◇◆◇



 報告を終えグリフとの約束の時間となった。待ち合わせはいつもの噴水広場。


「ライトさん!」



 ―――ポヨヨンッ



 誰かが背中に抱きついてきた! 

 背中に当たる柔らかい感触…… 女性が持つ男の夢が詰まったもの。

 この大きさは…… グウィネだ。


「お帰りなさい! お父様は!? お母様は!? 無事なんでしょ!?」


 グウィネ~…… お前さん、サヴァントに帰る約束の話、俺に言ってなかったよな? 後でこってりお説教してやる。

 しかし今は彼女を安心させてあげなくては。


「大丈夫。二人とも無事だったよ。だから離してくれるかな……?」


 グウィネは俺に抱きついたままだ。後ろを振り向くと……


「…………」


 ほらね、離してくれないとフィオナがね、怒ってるでしょ? 後で怖いでしょ?


「ご、ごめんなさい。ライトさん…… 私、ライトさんに謝らなくちゃいけないことがあるの……」


 グウィネは獣耳をへにょらせている。自覚はしてるんだな。


「分かってる。それは後で聞くよ。とりあえずは再会を楽しもう。まずはみんなで風呂行かないか? 旅の疲れを取りたいんだ」


「「「賛成!」」」


 三人とも声を揃える。ははっ。ではいつものコースと行きますか。

 グリフとは二人で話さなくちゃいけないこともあるしな。



◇◆◇



 ―――カポーン



 公衆浴場内に桶の音が響く。

 俺とグリフは肩を並べて湯船に浸かる。

 風呂は素晴らしい…… 俺は久しぶりの快感に酔いしれていた。


「いやー…… 久しぶりの湯船だ。なんでこんないいものが他の国には無いんだろうな?」

「お疲れ。それにしてもお前本当にすごいやつだな。エルフの国に続いて、サヴァントも救ってくるなんて。俺達もお前に助けられてばかりだ。すまんな、世話になるばかりで……」


 隣で湯船に浸かるグリフが項垂れている。


「柄にもなくしょんぼりするんじゃねぇよ。お前だって俺を助けてくれてるだろ? お前、俺が王都に来た時世話してくれたよな。俺の友達になってくれた。グウィネっていう友人も出来た。お前達のおかげで獣人の国サヴァントを救う決心がついた。

 俺がサヴァントに行くときに約束したよな? 風呂と酒を奢れって。それだけで充分だ」

「ライト!」


 グリフが近寄ってくる!

 駄目! 来ないで!


「ストップ!? お願い! ここで抱きつくのは止めて! 俺達、今裸だから!」

「す、すまん。どうも熱くなると抱きつく癖が抜けなくてな……」


 時と場所を選んで欲しい。こいつは前科持ちなのだ。脱衣所で裸で俺に抱きついて周りの客をドン引きさせていた。

 一番の被害者はもちろん俺だ。俺のアレにアレがくっついたおぞましい感触は未だ忘れることが出来ない……


「そうだ。ライト、お前サウナって行ったことないよな?」

「サウナ? そうか! ようやく完成したか!」


「お前がいない間に完成してな。風呂とは違ったいい汗がかける。行ってみないか?」


 少し楽しみだったんだ。グリフに連れられてサウナなる施設に行ってみる。

 公衆浴場の一角に木製の小屋のようなものがあった。中には誰もいないようだ。

 二人でサウナの中に入ると…… うわっ、湿度が凄い。一瞬で汗が噴き出る。


「そこに座っていてくれ」


 グリフは俺を階段状になっている腰かけに座らせ、自身は部屋の隅にある石焼き場に水を差し始める。



 ―――ジュワワー



 湯気がもうもうと上がり室内の温度が上がる。

 うぅ、暑い…… 


「う…… こりゃすごい…… けど風呂の方が気持ちいいな。想像してたのと何か違う……」


 グリフは隣に座り一緒に汗をかき始めた。

 そのまま数分が過ぎる…… 頭がくらくらしてきた。もう出てもいいか……?


「よし! 出るぞ! 出たらすぐ横にある水風呂に入ってくれ!」


 水風呂? 何のことか分からんが熱で茹だった頭を冷やせるならなんでもいい。

 水風呂に飛び込む!


 ひぃっ!? 冷たい!


「グリフ! なんだこの罰ゲームは!?」

「体が冷えたか!? ならまたサウナに入ってくれ!」


 促されるままサウナに入る…… お? 今度は体が冷えた分そこまで辛くない。


「この流れを数回繰り返す……」


 俺達は再び汗をかき始めた…… これを繰り返すこと数回。

 ようやくサウナの良さが分かった。


「これは…… 中々気持ちいいな。水風呂あってのサウナだったか」

「そういうことだ。はは、さすがライトだ。もうサウナの良さが分かるなんてな。それじゃそろそろ出るか」


 サウナを出るとグリフは飲み物を渡してくる。一気に飲み干す! 

 美味い…… 体が失った水分を細胞一つ一つに行き渡らせていくような感覚。

 おのれグリフ。どうしてお前はいつも俺より先に楽しいことを始めるのだ。

 何かあったらまた教えてね。


「さて、そろそろ行くか。次は銀の乙女亭に行くんだろ?」


 いかん! サウナの快感ですっかり言うのを忘れていた! 

 とりあえずはここで言っておくか。詳しくは飲みの席で話すが先に情報を与えておかなければ。


「グリフ、俺の息子になる気はないか?」

「…………」


 グリフの顔が固まる。うん、その反応は正しいと思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る