相談からの……

 スース達と面会した翌日。俺は一人でバカ犬ことカイル宰相閣下の私室を訪ねる。

 フィオナは留守番だ。おじさんとはいえ宰相閣下。彼の前でイチャイチャするのはどうかと思ったのだ。


 フィオナは俺と一つになってから定期的にベタベタしてくる。

 嬉しいのだが時と場所を選ばないのは問題だ。というわけで俺は一人でやってきたのだ。


 正門に着くと顔パスで通してくれた。

 来訪の目的は二つ、シーザーの様子を聞くことと、グウィネ達をどうするべきかだ。

 おじさんの部屋は城内二階の一角にある。


 ノックすると入れと声が聞こえてきた。

 部屋の中は書類だらけ。足の踏み場も無いほどだ。


「だー! こんなの一人で処理出来るか!?」



 ―――ブンッ バシッ



 おじさんが書類の束を壁に投げつける。怒ってんなぁ。

 この国はまだ混乱の中にある。今は一つ解決すれば二つ問題が発生するような状況なのだろう。


「ライトか、どうした?」

「大変そうだね。忙しいところ悪いけど聞きたいことがあるんだ。いいかな?」


「構わん。俺も息抜きしたかった所だ。で、なんだ?」

「スースさんとこに娘さんがいるのって知ってる? その子のことなんだけど……」


「あぁ、確か一人いたな。よくは覚えてはいないが。その子がどうかしたのか?」


 俺はグウィネのことを語りだした。

 グウィネとグリフが結婚を望んでいること、スース達が娘に帰省を求め、獣人の国サヴァントで婿を取ってもらいたいこと。

 おじさんは黙って俺の話を聞いている。そして一言……


「政略結婚しかないな」


 え? 政略結婚? でもそれって結婚する者同士が、お互いそれなりの地位にいないと成立しないよな。


「おじさん、グウィネは貴族の出だからいいとして、グリフは平民の一兵卒だよ。どう考えても政略結婚は無理なんじゃないかな?」

「聞け。アルメリアとサヴァントは百年前の戦争以降同盟継続の為、そして定期的に友好関係を構築するために貴族の子供に異種間結婚をさせている。ラウラベル家もその対象の一つだ。これは名誉なことでな。これに選ばれた家は爵位が一つ上がる。スースが断るはずがない。

 たしかラウラベルは准男爵だったか。それが男爵に上がるんだ。貴族にとってこの話を断るやつはいない」


「それはいいとしてグリフはどうするのさ!? あいつが今から貴族になるのなんか絶対無理だろ!」

「そこでだ。ライト、お前が貴族になれ。貴族と言っても領地の無い名ばかりの貴族でいい。お前はアルメリアとサヴァントを救った功績がある。士爵になるには充分だろう」


 おじさんが言うことの意味が分からない。俺が貴族になる? なりたくもない。

 面倒くさそうだし、それがグリフの結婚にどう繋がるのかが分からない。


「難しい顔をしてるな。理解出来ないって面だ。では言うぞ。お前は叙爵を受ける。そしてグリフをお前の養子にしろ。そうすればグリフは貴族になることが出来る。ほら、簡単だろ?」

「おじさん…… 軽く言ってるけどさ、俺が貴族になれる保証は無いし、なる気もないよ。だって貴族になったらまた面倒なことになりそうだし」


「その心配はいらん。ナイオネル殿に一筆書いてやる。お前が間違いなく士爵になれるであろう内容のな。それに士爵ってのは准貴族だ。社会的地位は上がるだろうが、貴族扱いは受けん。暮らしは平民と変わらんさ」

「それならいいけど…… でもナイオネルさんに書く手紙の内容って、なんか脅迫っぽく聞こえたんだけど」


「がははっ。気にするな。政治家なんてものは相手の弱みの一つや二つ握ってるもんだ。お前には恩がある。ここで一つ借りを返すだけだ」


 なんか政治家って怖いな…… 一体どんな情報を握っているのだろうか?


「それにしてもグリフが俺の息子に…… うわ! 気持ちわる!?」

「そう言うな。戸籍上だけでの話だ。貴族の中では養子縁組なんてのは一般的なことだぞ。年齢の近い義理の息子がいる貴族なんてそこら中にいるもんだ。シーザーだって養子にした子供は百人を超えているしな」


 グリフのことは何とかなりそうだな。

 それにしてもシーザーさんってすごいな。そんな多くの子供達を救ってきたのか。

 では次の話に移るか。


「シーザーさんって今どうしてる?」

「…………」


 おじさんは長い鼻の横にある髭を引っ張る。

 これは言葉を選んでいる時にする癖だ。


「そうだな…… あいつは今裁きの時を待っている。現在は拘留中だ。裁判は今から三ヶ月後に予定してある」

「どうなるのかな……?」


「国家反逆罪だ。死刑は免れないだろう」


 やはりか。何とか彼を救う方法は無いのだろうか……


「すまんな。これは俺でもどうすることも出来ん。法を行使する司法省は王権から独立したところにある。いくら嘆願をしても裁判長が決定した刑は減刑することは出来ないんだ」

「この国の死刑の方法って何?」


「竜の森って覚えてるだろ? 森の奥深くに罪人を送るのさ。後は竜が罪人を処理してくれる」


 竜の森…… やばい場所だ。

 千里眼を発動したから分かる。あそこは地竜やらコカトリスやら強い竜がうじゃうじゃいる場所だ。


 シーザーがいくら強いとはいえ、一人であそこを出ることは出来ないだろう。

 くそ…… 彼を救う方法は無いのか?


「シーザーの裁判はまだ先だ。一旦俺の書状を持ってアルメリアに帰れ。お前にはやることがあるんだろ?」


 そうだな。先のことはまだ分からないんだ。

 今は友人を救う機会が得られたんだ。まずはグリフ達の問題を片付けるとしよう。

 

 おじさんはサラサラと書状を書き上げた。

 中は見るなよと念を押された。

 一体何が書いてあるのだろうか……



◇◆◇



 帰る途中焼き菓子をテイクアウトした。昨日食べたやつだ。

 フィオナへのお土産にな。宿に帰るとそこには……


「ぶぉ~ん、おんおん…… ぶぉ~ん、おんおん……」


 謎の泣き声が聞こえる。

 部屋は強盗が入ったかのように荒れており、フィオナがベッドに突っ伏して泣いていた。

 お前はお留守番をさせられた犬か……


 フィオナは俺が帰ってきたことに気付いた。その顔には涙の痕がはっきりと。

 まさか俺が行ってからずっと泣いていたのではあるまいな……?


「ライトさん! ふぇ~ん……」


 フィオナが俺の胸に飛び込んでくる。まだ哀しみの感情を上手くコントロール出来ないんだろうな。

 しょうがないな、慣れるまでは少しそばにいてあげないと。

 フィオナを抱きしめ、頭を撫でる。


「置いて行ってごめんな。また戻ってくるけど王都に帰ることになった。明日出るけど大丈夫かな?」

「ライトさんと一緒ならどこにでも行きます…… でも、もう置いていかないで…… ぶぉ~ん、おんおん……」


 そう言ってまたフィオナはグズグズと泣き出す。

 彼女が落ち着くまで抱きしめてあげることにした。

 フィオナの頭越しに見える光景……


 シーツは切り裂かれ、カーテンは窓から剥がされている。家具は所々傷が出来ており、部屋の中は嵐が去った後のような惨状だ。

 これ弁償だな…… 


 フィオナの背中を撫でながら抱きしめ続けていると彼女の寝息が聞こえてきた。

 ベッドに寝かせてから部屋の片付けを始める。明け方までかかったよ……


 ふぁぁ。さすがに眠い。仮眠を取ったら一時帰還だ。



 また一ヶ月の旅か……


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