友人の危機

 ―――チュンチュン



 ん…… 鳥の鳴き声を聞いて、目が覚めました。

 隣ではライトさんが裸で寝ています。

 首筋には私がつけたであろう赤い跡が見えました。


 いつもライトさんは私の背を抱いて眠るのですが、昨日は正面から抱き合うように眠りました。

 ふふ、かわいい寝顔ですね。目が覚めるとライトさんの寝顔を見ることが出来ます。

 これからはこの体勢で眠りましょう。


 ライトさんが愛おしい。

 その顔はいつでも私に笑顔を向けてくれます。

 その腕はたくましく、いつも私を守ろうとします。

 ふふ、本当は私が貴方を守る側なのに。


 思わずライトさんの頬にキスをしてしまいます。

 彼は目をギュッと瞑ってから目を覚ましました。


 ごめんなさい。起こしてしまいましたね。

 でもライトさんは微笑んでから私を抱きしめてくれました。


「おはようフィオナ」

「おはようございます……」


 ライトさんの温もりが伝わってきます。

 哀しみの感情が発露した私は胸に生まれた穴に苦しんでいました。

 この感情は怒り同様私にとって好ましくない感情。出来ることなら感じていたくはありません。


 哀しみを消すために私はライトさんを求めましてしまいました。


 私を喜びで満たして…… 


 そんなわがままな願いを、そんな私を受け入れ、優しく抱いてくれたのです……


 三度の行為を経て、私の胸は喜びで満たされました。

 その時、私の中から別の誰かの声がしたのですが…… あれは何だったのでしょうか?


 自分でもよく分かりませんが、あの声を聞くと何だか落ち着きます…… 

 決して悪い気にはならない。感じるのは懐かしさ…… 

 記憶の無い私が懐かしさを感じるなんて。

 もしかしたら過去の記憶なのかもしれません。


 トラベラーは異界を渡り歩く際、記憶の全てを失うわけではありません。

 断片的ですが覚えていることもあるのです。

 その内思い出すのかもしれませんね。


「そろそろ起きようか。でもその前に…… もう一度いいかな?」

「はい……」


 ライトさんは私を仰向けに寝かせます。

 昨日から病室から宿に移り、そして昨夜もライトさんは私を愛してくれました。

 胸は喜びで満たされたはずなのに、また体が熱くなります。


 ライトさんは私にキスをしてくれました。

 私は自身の舌で迎え入れます。

 嬉しい…… 涙が出てきました。


 涙…… 哀しい時以外にも涙が出るんですね。

 ふふ、感情とは不思議なものです。


 体内にライトさんの暖かさを感じ……

 私は喜びの叫びを上げました……



◇◆◇



 いかん。思わず朝から盛り上がってしまった。少しは自制しないと。

 求めすぎてフラれたって泣きついてきた友達の相談を受けたことがある。

 このままでは俺もそうなるかもしれん。


 そろそろ起きなくちゃ。今日はやることがあるんだ。


「フィオナ。起きて」

「ライ……トさん……」


 甘い顔をして抱きついてくる。

 いかん。このままでは二回戦に突入してしまう。

 用事が無ければ大歓迎なのだが……

 仕方ないか。

 

「続きは夜にな? 今日はスースさん達に会わなくちゃ。フィオナも服を着て」

「はい……」


 そう、今日はスース夫妻にグウィネの話をする約束をしてあるのだ。

 フィオナも我に返ったような顔をして着替え始める。

 窓から差し込む朝日に照らされるフィオナの肢体は神話に登場する女神の如く美しい。

 こんなかわいい子が俺の恋人になったのか。


 着替えが終わるといつもの姿に。脛まである魔法使いのローブだ。今度洋服を買ってあげよう。

 さて時間だ。待ち合わせはラーデ商業区の喫茶店だったな。


 混乱の続くラーデだが、猫氏族はまだ街にいる。

 ある程度の商店は通常通り営業しているようだ。準備が出来た俺達は目的地に向かうことにした。


「んふふ。ライトさん、こっちを向いてください」

「どうした? ん……」



 ―――チュッ



 出かける前にフィオナがキスをしてきた。

 もう、続きは夜って言っただろ?


「ほら、行くぞ」

「はい!」

  

 と元気よく返事をしてくれた。

 変わったな……

 普段は声に抑揚が無く、無表情だったフィオナが今は普通の女の子に見える。

 いい変化だと思う。

 

 宿を出て街を歩く。少数ではあるが犬氏族とすれ違う。

 少しずつではあるがラーデは通常の街並みに戻りつつあるということだ。


 猫氏族に家族を殺された人も多いだろう。再び氏族同士で争うことがないと良いのだが。

 百年前の戦争の原因だって、氏族の連帯感がもたらした悲劇だと聞いた。


 待ち合わせ場所であろう喫茶店の前に到着。スースは先に入ってるのかな?  

 店の中を覗き込むと、後ろから声をかけられた。


「遅れてすまん。クヌート様の検診に手間取ってな」

「ライトさん、先日は助けていただきありがとうございました……」


 振り向くとスース達がいた。

 だがノーマが俺の目を見ない。そうか、病室の一件だろうな。

 そりゃ、お見舞いに来たら患者が全裸でベッドに寝てたらね…… かなり気まずい。

 スースに促されるまま俺達は喫茶店に入ることにした。


 席に着くとスースは紅茶と菓子を人数分注文した。

 少し経つと紅茶が運ばれてくる。独特な香りが……

 花の香りだ。アルメリアには無い種類のものだ。後でお土産として購入しよう。


「今日は来てくれてありがとう。さっそくだがグウィネの様子について聞きたいのだが……」


 紅茶を楽しんでいるとスースが質問してきた。

 そうだ。俺達はお茶をしに来たわけではない。

 二人にグウィネ達のことを話さなくちゃ。

 

「ある程度は手紙で知っていると思いますが、どこからお話しましょうか?」

「そうだな…… 手紙では伝わりきらないこともある。一から話して欲しい。君から見たグウィネの様子なども細かく頼む」


 そうだな。手紙ってのは書いた本人の主観で書かれている。他人から見た娘の情報が欲しいのだろう。

 とは言ってもグウィネはとてもいい子だ。とりあえずは出会いから話すか。


「そうですね…… グウィネとの出会いはグリフという友人からの紹介でした。腕のいい理容師がいると聞いてグウィネが経営する理髪店にいったのが最初の出会いです」

「理髪店…… 夢を叶えたのね。あの子、昔から人の髪を結うのが好きで。王都に行って洗練された技術を学びたいってこの国を出ていったのよ。泣き虫なあの子のことだから一年もしないうちにこっちに帰ってくると思ったのに」


 ノーマが涙を拭きながらグウィネの思い出を語る。娘の成長を喜んでいるんだな。


 焼き菓子が運ばれてきた。香ばしい香りが店内を包む。フィオナは遠慮無しにそれを摘まみ始める。どれ俺も一口。



 ポリポリッ



 美味いな。俺もフィオナも焼き菓子を堪能しているとスースがちょっと苛立った顔をしている……

 はは、しまった。また話の腰を折ってしまった。


「話の続きをいいかな? グウィネはこの国に帰ってくることは言ってなかったか?」


 そうそう。スース夫妻に会う目的の一つはグリフとグウィネのことを伝えるためだ。


「はい。この混乱で手紙が届いていないかもしれませんが、近いうちに帰省するそうですよ」


 俺の言葉を聞いて、ノーマが胸の前で手を握り笑顔になる。

 久しぶりに娘に会えるんだ。そりゃ嬉しいだろうな。

 

「やっと帰ってくるのね! これでまた親子三人で暮らせるわ! あの子ったら三年で帰ってくる約束を破ってもう半年なのよ! でもこれでやっとラウラベル家は安泰ね!」


 え? また一緒に暮らす……?   

 あれ? それは聞いてないぞ?


「あの…… グウィネってこのまま王都で暮らすんじゃないんですか?」

「いいえ、三年っていう期限の中で理容師の勉強をしてくるって約束したのよ。グウィネはね、ラウラベル家の跡取りなの。二十二歳までには結婚して家に入ってもらう予定なのよ。その約束のもとで王都に行くことを許したんだから」


 グウィネって確か俺の二歳年下だよな? つまり今年が期限ってことか…… 

 これって俺の予想してない方向に話が進んでないか? 


「例えばですよ…… グウィネがそのまま王都に住むことになって人族と結婚することになったらどう思われます……?」



 ―――カランッ



 ノーマがスプーンを落とし、スースの動きが止まる。


「は、ははは……」

「ふふふ……」


 二人の乾いた笑いが喫茶店を包む。これやばいやつかも……


「もしそうなったら私は相手を殺すだろう…… グウィネは血の小便が出るまで折檻だ。まさかグウィネは王都で不埒なことをしているのではないだろうな……?」

「いえいえ! グウィネは恋人を作ることもなく仕事に一生懸命ですよ!? 店も繁盛しているので男を作る暇もないですよ!?」


「なんで疑問形なんだ? まぁ、それならいいんだが……」


 いかん。とっさに嘘をついてしまった。これはやばいやつだ…… 

 ノーマは落ち着きなく焼き菓子をフォークでグチャグチャにしている。

 恐い……


 本当の事を言えるわけがなかった。グウィネが王都で結婚相手を見つけた事など……


 ってゆうかグウィネ! 両親との約束のこと黙ってたな!? 

 さすがにこれは俺でも何ともならんぞ。しかし大事な友人の一大事だ。何か手は無いものか……


 その後はグウィネの王都での様子を話し、解散となった。スース夫妻は不信な目で俺達を見送った。

 視線が痛かった。



◇◆◇



 宿に着くと同時に俺は頭を抱え込む。


 あーーーっ! どーすりゃいいんだ!?


 このままでは結婚どころか二人の命が危ない。だってスースさん、完全に殺し屋の目をしてたもの…… 

 こんなこと一人で考えていても埒が明かん。相談するか。ふとフィオナを見ると……


「んふふ。美味しいですね」

「そ、そう…… よかったね……」


 彼女は一心不乱にお土産に買った焼き菓子を頬張っている。

 駄目だな…… 戦闘に関してはこんな頼れる相談相手はいない。

 しかし彼女は人間の常識の外で生きている。彼女にこれを相談するのは論外だろう。


 相談相手か。頼りになるかわからんが、宰相閣下にお願いしてみるか。

 犬っころとはいえ、この国の政治家のトップだからな。何か解決法を提示してくれるかもしれん。


 今日は早々に休みことにした。二人でベッドに入るが……



 ―――ガバッ



「んふふ。ライトさん、大好きです」


 フィオナが抱きついて耳をガジガジ噛んでくる…… 

 これがトラベラーの愛情表現なんだろうか?   

 異種族ってのは分からんな。でも悪い気はしない。



 一度だけ、フィオナと肌を合わせてから眠ることにした。

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