12439回目の転生 其の二

 部屋の掃除を一通り終わらせ、俺は父さんと母さんを前に絶賛正座中だ。

 しょんぼりを演出するため獣耳はへにょらせておく。


 父さんは焼け焦げた台所を見て、ため息を一つ。


「これは…… これからどうしようか?」


 まぁそう思いますわな。家の半分は焼け焦げ、台所に至っては半分吹っ飛んでいる。


 母さんはキッと俺を睨む。


「ライト。あなたの作った薬、ハイエーテルのことなんだけど……」


 母さん、そんな怖い顔しないでくださいよ。でも意外なことに母さんの顔はすぐに笑顔に戻る。


「王都にあるアストラ院に報告します。もしこれが正式な薬品として認められて特許が取れたら…… 私達、お金持ちよ!」


 ん? 今回の母さんはちょっと俗っぽいぞ!? 

 なんかおかしいな…… 今の母さんの名前も今まで通りナコという。

 今までと同じ因果律で生きているということなのだ。 


 違和感を感じる。母さんの性格が今までのそれと若干異なるのだ。

 つまりこれって…… 


 もしかしたら俺を縛る因果律に少し変化が出てきているのかもしれない。

 まぁ、もしかしたらだけどね。


 それにしても意外な展開になってしまったな。

 王都のアストラ院…… どういう所なんだろうか。


「母さん、俺は仕事があるから王都には行けないよ。それはまた今度にしないか?」


 父さんは母さんを諫める。父さんは今世でも変わらず村長をしている。それなりに忙しい人なのだ。

 王都までは馬を使っても一ヶ月はかかるだろ? こんなに村を離れるわけにはいかんだろ。


「あなた…… でもたまにはいいじゃないの! 家もこんなになっちゃったんだし、せっかくだから旅行がてら王都に行きましょうよ! 高速回転クロックアップを使えば三日で王都に着くでしょ!」


 え!? 使えんの!? 獣人は身体強化術を使えるのは当たり前だが、一般人が高速回転を使えるとは。 

 やはりイレギュラーな世界ということか。


「そうだな! 今までずっと仕事ばっかりだったからな! よし、明日には王都に向かうぞ!」


 軽いな、おい!? 父さんもおかしい。いつもの父さんはもっと思慮深い人だ。

 こんなチャランポランなことはそう言わない人だったはず…… 

 うん。これは喜ばしいと受け取っておこう。


 確実に因果律に変化が起こりつつあるということだ。理由は分からんがね。


 翌日簡単に身支度を整え、王都へと向かう。父さん、母さんは高速回転を発動しているようだ。

 顔から表情が消え、瞳が細かに振動している。高速回転を使っている者の特有の表情だ。

 では俺も二人に倣って高速回転を使う! 



 ―――ドクン



 使うのは久しぶりだな。

 あれ? 二人が驚きの表情で俺を見てくるな。どうしたのかな?


「ライト…… お前、もう高速回転が使えるのか?」

「うん。そんな驚くことなの?」


 今度は母さんが。


「高速回転は成人した獣人しか使えないのよ。肉体の負担も大きいし…… 本当は私達が交代でおんぶしていこうと思ってたのよ」


 そうなんだ。でも俺が高速回転が使えるなら二人の負担も減る。一人で歩けますよ。


「大丈夫だよ。みんなで歩いていこうね!」


 という訳で俺達は親子三人で仲良く王都に向かう。途中で魔物に襲われることもあったが、父さんと母さんが蹴散らしてくれた。

 さすがは獣人。身体能力の高さはピカイチだな。超かっこよかった。


 そんなこんなで三日間。俺達は無事に王都に辿り着く。あっという間だったな。

 もう少しゆっくり来ても良かったかもしれない。だってすごく楽しかったんだ。

 親子三人で炊事をして、狭いテントで固まって眠るのがあんなに楽しいことだったとは…… 


 死なないでくれ。


 二人を見てそう願う。父さん、母さんが完全に因果律から解き放たれたとは言い切れないからだ。最悪のことも想定しておかないと。

 二人は俺が二十歳になった時には……


「どうしたライト? 涙なんか流して」


 あ…… いかんな。また泣いてしまっていたか。袖で涙を拭う。母さんが俺を抱きしめてから抱っこしてくれる。


「ふふ。疲れたのね。ライト、ここまでよく頑張ったわね」


 母の温もり…… やっぱりいいものだな。母さんにぎゅっと抱きついてしまう。

 少し恥ずかしかったが、母さんに甘えることにした。


 父さんと母さんは観光がてら王都を散策する。位置的には噴水広場があったところだろうか、王都中央部にそれはあった。


 そこはまるで神殿のようだった。白磁の建材で作られた建物は神々しい雰囲気を醸し出している。

 ここがアストラ院か。母さんは俺を降ろし、みんなでアストラ院の中に入る。


 中は多くの獣人で溢れかえっているな。職員だろうか。白い布を袈裟懸けに巻いている。

 その姿はまるで神官のようだ。母さんは俺の手を引いて受付に。


 受付は二種類あるようだ。一つは錬金術についての窓口…… ここで新薬の認可とかをするのかな? 

 もう一つの窓口はなんだろうか? 後で見てみるか。


 窓口に並び、そして俺達の番が来る。ギルドみたいだな。受付嬢が要件を問いただす。


「今日はどうされました」


 母さんはカバンから俺のハイエーテルを取り出す。


「こちらなんですが…… 錬金術で新しい薬品を生み出すことが出来ました。その認可に来たのですが……」


 受付全体がどよめき始める。


「し、少々お待ちください! 責任者を呼んできますので!」


 受付嬢は焦ったように後ろに下がっていく…… そんなに新薬が珍しいのだろうか?


「ねぇ、お母さん。どうしてあのお姉さんは焦ってたの?」

「ふふ。それはね、錬金術で新しい薬が出来るのが数百年ぶりだからよ。だからあのお姉さんはびっくりしてたのよ」


 なるほど…… つまり俺はこの世界において快挙を成し遂げてしまったということか。

 周りにいる獣人も物珍しそうに俺達を見てくるな。奇異な視線が突き刺さる中少し待つことになった。

 すると獣タイプの犬獣人が受け付けに現れる。


「初めまして。私はこのアストラ院の責任者、バラケルススと申します。今回は新薬をお持ちいただいたということですが……」


 母さんは小瓶を犬獣人のおじさんに渡し、効果の説明を始める。

 バラケルススと名乗った犬獣人は母さんの説明を聞いて興奮を隠せないようだ。さっきから尻尾を千切れんばかりに振ってるもんな。


「この薬の効果が本当なら…… これは歴史的事件です! 革命です! ですがこれを認可するには時間がかかります。

 まずは非臨床試験を行い、国に認可を求め、それが通りましたら市販後臨床試験を行わなければなりません。一般に出回るまで数年は頂かないと……」


 そんなに時間がかかるものなのか。

 母さんはがっかり……してる様子はないな。予想してたってとこか。


「はい、私も錬金術を嗜む者です。時間がかかることも承知の上です」


 バラケルススはほっと一安心した模様。次の話に入る。


「では、まずは契約を……」


 出された用紙にサラサラと記入をする。控えをもらって母さんはとても嬉しそうだ。


「では調合方法についてですが……」

「それについては息子が知っています。ライト、説明してあげなさい」


 グイっと俺を前に出す母さん。バラケルススはとても驚いている。

 まぁそれはしょうがないか。新薬を作ったのがこんな年端も行かない子供だもんな。


「き、君がこのハイエーテルを作ったというのか……!?」

「は、はい。でもそんなに難しい作り方じゃありませんよ。まずはエーテルを……」


「いかん! ここでそれを言っては!」


 おおう、しまった。これは特許に関わるものだもんな。情報は秘匿にしておかないと。


「申し訳ないですが、御子息をお借りしてよろしいですか?」

「はい。ライト、いってらっしゃい。私達はここで待ってるわね」


 父さん、母さんは俺を笑顔で送り出す。

 なんか俺とバラケルススの二人で話すことになってしまった。


 バラケルススに連れられ、私室に通される。彼は扉に鍵をかけ誰も入って来れないようにして……


「………!?」


 俺の顔をじっと見てる。ん? 瞳が微振動をしているな。高速回転を使ってるのかな? 

 次にバラケルススは驚きの一言を言い放つ。


「君は転生者だね? 隠さなくてもいい。ここでは誰も私達の話を聞ける者はいない。話してはくれんかね?」


 え!? なんでだ!? 一発でバレた! 


「な、何のことでしょうか……?」

「ははは。嘘をつく必要は無い。私は知恵の探究者として君の話を聞きたいのだよ。ただそれだけだ。危害を加えるつもりはない」


 バラケルススから殺意、害意は感じられない。言っても問題無いか…… でもその前に。


「はい、あなたの言う通り俺は転生者です。俺のことを言ってもいいのですが…… 俺の正体を見破った理由を教えてください」


 得意そうに笑うバラケルスス。ちょっとドヤ顔だ。


「ははは。これはね、思考分裂を使ったのさ。またの名を並列思考。

 自分の思考を私が出来る最大限、五つの思考に分け、更に高速回転を発動し、高速思考を行う。そして色々な可能性を導き出し、君の正体を見破った訳さ」


 並列思考……? なんだろう。初めて聞くな。


「不思議そうな顔をしているね。簡単に言うと頭の中に自分の分身を作り出し、みんなで相談するのさ。ほら昔から言うだろ。三人寄れば文殊の知恵って。それを自分の頭の中で行うのさ」


 並列思考…… これは覚えてみたいかも……



 あまり期待していなかった世界だが、予想もしていない可能性に満ちた世界だった。


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