12349回目の転生 其の三
新しい世界に転生してから十八年が経つ。
俺はアストラ院に残り、彼の下で修行を積んだのだ。おかげなんとか並列思考を習得することが出来た。
中々便利な能力である。困ったことがあれば自問する。するともう一人の俺が相談に乗ってくれるのだ。
その自分も性格なんかは全く一緒なのだが、少しだけ俺とは違った視点でものを言ってくれる。そうすることで多角的に物事を判断出来るようになった。
戦闘においても有用で、千里眼を使わなくとも相手の攻撃を予測し、もっとも適格な攻撃を行うことが出来る。
千里眼は場合によっては使えないこともあるので、かなり強力な能力と言える。
よい能力を手に入れたものだわい。
今の俺は最大で八つの思考で物事を考えられる。しかし八つの思考だと、頭の中の俺がギャーギャー議論するので大変うるさい。
強敵と戦う時以外は二つで十分だな。
並列思考は習得したが、俺は未だにアストラ院にいる。その理由とは……
俺は今、アストラ院の一画にある研究室にいる。バラケルススの助手のようなことをしているのだ。
そして、俺の目の前にはフラスコがある。その中にあるのは……いや、中にいるのはって言った方が正確かな?
―――ギロッ
中にいるものをじっと観察する。すると中にいるソレを目が合った。
バラケルススが後ろから俺に声をかける。
「どうだい、実験体118号の調子は? 知性があると思うかい?」
フラスコの中のソレは、人型をとったり、スライムのようになったりと忙しくその体を変化させている。
うーむ。知性の欠片も感じられない……
「駄目ですね。一応生き物としては機能していますが、考えて行動しているとは思えません。これは失敗ですね」
「そうか……」
しょんぼりとしっぽを項垂れさせるバラケルスス。
そんながっかりしなさんな。昔から言うでしょ? 失敗は成功の元だって。
「それにしてもまた駄目だったか…… やはりホムンクルスの創造は夢物語で終わるのだろうか……?」
ホムンクルス…… そう、俺はこの世界で
人が作り出す新しい命。その可能性にロマンを感じ、俺は並列思考を習得した後もアストラ院に残ることを決めたのだ。
ホムンクルスの可能性…… これが完成したとしたら……
バラケルススは力無くフラスコを手に取り、中に硫酸を流しこむ。
シュワシュワと音を立てて、中にいる謎の生き物は息絶えた。
「今日はもう止めよう…… ライト、君も帰りなさい」
そう言って部屋を出ていく。
うーむ。なんとかホムンクルスを作り出すことは出来ないものか。
そうだ! いいことを思いついた!
俺は自室に戻りベッドに寝転ぶ。目を閉じて思案する。
意識する……
そこには八つの机があって……
そこに八人の俺が現れる。
(よう! 久しぶりだな!)
(おう、元気だったか?)
八人の俺はそれぞれに挨拶を交わす。みんなライトなので名を呼び合うことはない。
(それにしても今回も失敗だったな)
(あぁ…… 何が悪いんだろうか?)
俺が行おうとしていること。並列思考を使って答えを導きだそうとしているのだ。
もちろん
一人の俺がいいことを言った。
(そもそもさ、ハーブと人糞と精液で人を作るってのが間違いなんじゃないのか?)
これは一般的なホムンクルスの製造方法だ。これを馬の胎内と同じ温度で温め続ける。
すると、なんだかよく分からない生き物が産まれるのだ。
(今までの方法が間違えてるってこと?)
(それは分からん。でも、全く違うアプローチで最初から作ってみるってのも手なんじゃないの?)
(お前いい事言うなぁ)
(俺が俺を褒めんなって)
だが、どうやってホムンクルスを作ればいいのか……
(取り敢えずさ、まずは完璧な人型を作ってみればいいんじゃないの?)
(どうやってだよ?)
(それを今から考えるんだよ!)
その後八人の俺はギャーギャーと議論を繰り返す。全くうるさい奴らだ。
はは、全部俺なんだけどね。
今まで黙って議論を聞いていた俺が発言する。
(人を構成する要素…… それを集めて人体錬成をすればいいんじゃないのか?)
人体錬成だと?
七人の俺が一斉に発言した俺を見つめる。
(人を構成する要素か。でも器が作れても魂が入ってなければただの死体と変わらんぞ?)
(それが問題なんだよなぁ。魂の錬成なんてのは誰もやったことないしな)
八人の俺が黙り込む……
ほら、誰かいい案は無いのか? がんばれ、俺!
やおら、一人の俺が発言する。
(俺さ、バラケルススの本を読んだことがあるんだけど。って、俺が読んだことがあるならお前らも覚えてるか。もしかしたら二進法で疑似魂を作ることが出来るかもしれないぞ)
(二進法? 0と1で任意の自然数が表現出来るってやつだったか? でもそれをどうやって?)
(よく分かんねぇ。でも…… 例えばさ、世の中を構成する全ての事柄を二進法で表すとするじゃん。生命の創造とかもさ。体が命を吹き込まれてるのなら、疑似の魂を持ったホムンクルスなら、そのうち自分で考えて、自我を持つようになるんじゃないの?)
なるほど。仮説に過ぎないだろうが、やってみる価値はあるかもな。
(疑似魂を作るための作業は言い出しっぺの俺がやるよ。残りの七人の俺はホムンクルス本体を作るのに取り掛かってくれ)
(分かった。じゃあ、俺達は戻って人の元を探してみるわ。お前も頑張ってくれよ)
(おう、任せておけ)
そう言って俺達は一旦解散することにした。
一応疑似魂を作っている俺だけはまだ覚醒している。
頼んだぞ、俺。
◇◆◇
翌日俺はバラケルススを訪ねることにした。俺の仮説を聞いてもらうためだ。
彼は研究室で難しい顔をしてフラスコを眺めている。
この人はホムンクルスの製造に心血を注いできた。結果が出せないことに対して歯痒い思いをしているのだろう。
俺は仮説を話す。すると彼は驚きの表情に変わった。
「なんと…… その発想は無かった。ははは…… そうだな、私は先人の行いに習いすぎていたということか。根本を否定する。私にはその勇気が無かったのだな」
バラケルススの気持ちも分かる。先人の教えはためになるものも多いからな。
でもそれにとらわれ過ぎていては駄目なんだ。全てをぶち壊すつもりで臨まなくてはいけない時もある。
「さっそく試したいことがある。ライト、来てくれ」
彼は机の後ろにある金庫から一冊の本を取り出す。俺の前で本を開く。
うわ、なんだこれ? 人体の解剖図か? 臓器の精密な絵が描かれている。
他に色々書かれているな。火あぶりにした受刑者の様子を事細かに描いてある。
なになに……? その死体を使い、人体の構成要素を解析しただと!?
「炭素と水…… そして他に少量の様々な元素。この本に書かれている通り、人体のほとんどは水と炭素で出来ている。それを基に人型を作ってみる。
そして今まで通り、胎内と同じ温度で培養してみよう。もしかしたら、命を……ホムンクルスを作れるかもしれん」
俺とバラケルススは素材を用意し、二十分の一程度の大きさの人型を作る。
かわいい女の子の人型だ。
そういう趣味は無いがやっぱりかわいい方がいいよな。一日掛かりで人型は完成した。
何となくだがチシャを意識してしまったようだ。彼女の面影を感じてしまう……
人型を作り終わった。後はどう魂を吹き込むかだ。
うーむ。とりあえず、マナを脳に流し込んでみるか。
ちょっと疲れたのでソファーに座ってお茶を飲んでいるところで、疑似魂の解析は終わったことを脳内の俺から報告を受けた。
(なんだよ、さぼりやがって。ずるいぞ)
そう言うなよ。俺もがんばったんだ。
あれを見ろよ。かわいいだろ?
(チシャ…… なるほど。俺らしいわ。ほれ、受け取れ。これが結果だ)
脳内の俺は俺自身の意識に溶け込む。すると……
なんだ!? 0と1の津波が頭に流れ込んでくる!
1100100100001111110110101010001000100001011010001100001000011010011000100110001100110001010000101000010111000000……
(まずは円周率な。じゃあ次行くぞ)
ちょ、ちょっと待ってくれ! 脳が焼き切れそうだ!
(何甘いこと言ってんだよ。さっさと解析速度をあげろ。高速回転を使え。少しは楽になるぞ)
うぅ…… 痛い頭を押さえながら高速回転を発動する。
すると脳の負担が減って、情報がすんなり頭に入ってくる。
ふー、びっくりしたよ。
俺はそれをマナに変換し、人型の脳に流し込む。
(よし、次はガスの流れに関する流体方程式な)
なんかマニアックなところいくな!?
こうして俺は0と1で構成された情報をマナに変換し、ホムンクルスに流し込んでいく。
この作業も一日かかったよ。疲れた……
これで準備は終わりだ。後は時間をかけて、こいつが目覚めれば……
その四週間後……
フラスコに中には一人の少女が眠っている。
以前見た実験体とは明らかに違う。
その少女は目を開けてから、バラケルススを見て一言……
『パパ…… うふふ、おはよ』
フラスコの中の少女は俺達に微笑みかける。
成功だ……
バラケルススはフラスコから小人を取り出す。
小人は嬉しそうにバラケルススの肩に乗って、彼の頬にキスをした。
すごいな…… 人造生命体とは思えない。これは自我を持った一つの生き物だ。
バラケルススも嬉しそうだ。涙を流しながら俺にお礼を言ってくる。
「ライト…… これで長年の夢が叶ったよ。もう思い残すことは無い…… ありがとう……」
「はは、そんなこと言わないでくださいよ。それにこれは俺の為でもあるんですから」
「自分の為? ホムンクルスを何に使うんだね?」
「うーん、それは秘密です。言えばあなたに止められてしまうかもしれませんからね」
こうして俺は新しい知識を獲得することが出来た。これでこの世界で学ぶことは無くなったな。
俺は父さんと母さんが待つ村に戻ることにした。時がくるまで二人に親孝行をしてあげなくちゃ。
そして時は流れ……
悲しいことだけど、またスタンピードが発生して……
父さんと母さんは死んだ。
だがいつもの死に方ではなかった。
二人は勇敢に戦い、そして散って行った。
前世では二人は酷い死に様だった。
だが今回は……
二人は抱き合うように死んでいた……
笑ってた……
俺はいつも通り代行者を倒し、いつも通り管理者と共に果てる……
『ねぇ、ライト。そういえばホムンクルスを何に使う予定なの?』
レイか。久しぶりだな。ホムンクルスの利用方法か。聞きたい?
『もったいつけないで教えてよ。教えてくれないとエキゾチック物質の作り方教えてあげないよ?』
おぉ!? もう作れるようになったのか! さすがはレイだ!
『はは、お世辞はいいよ。ほら、早く教えて』
ホムンクルスはな…… 管理者として約束の地で働いてもらう予定なんだよ。
『どういうこと?』
いやな、そのうちフィオナと出会うとするじゃん。でもその世界で管理者がいなくなったら何が起こるか分かんないだろ?
俺はフィオナと二人で平和な世界で生きていきたいんだ。その為には世界を管理する奴がいたほうがいいのかなって思っただけさ。
『なるほど…… ホムンクルスは君達が住む世界の環境を守る役目があるってとこだね』
正解。まぁ、全てはフィオナに出会ってからの話だけどな。
『そうだね。でもいつになったらフィオナに出会えるんだろうね。僕、ちょっと疲れてきちゃったよ』
珍しく弱気じゃないか。どうした、レイらしくもない。
『あはは、たまには僕だって弱音を吐くさ。ありがとね、話を聞いてくれて。じゃあそろそろ交代の時間だね』
俺を照らしていた光がレイに移る。眠気が襲って……くる……
『じゃあお休みね、ライト。きっともうすぐフィオナに会えるよ。がんばろうね』
あぁ…… がんばろう……な……
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