決戦 其の一

 休暇を取った翌日。黒い雪が降りしきる中、俺とフィオナは王都南門を目指す。


 朝の六時になろうかというのに、辺りは真っ暗だ。黒い雪のせいだ。もしこの雪が止むことがなかったら……


「どうしたんですか?」

「いや、この雪のことを考えてた。これってアモンの攻撃の一つだと思うんだけど、やつを倒せば止むよね?」


「恐らくは…… でも魔法の中には一定の水準に達しないと止まらないものもあります。例えば病気を蔓延させる魔法。これを止めるにはこの魔法が原因で死ぬ人が一定の数に達しないと解除されません。この雪がそういう類の魔法がどうかは分かりませんが」

「マジかよ…… そんなの呪いと一緒じゃん」


「そうですね。でもそれを考えるのは後にしましょ。今は戦いに集中しなくては」


 戦い…… そう、恐らく今日から魔物の猛攻が始まる。奇襲攻撃を受けた後だ。一切の油断は無いだろう。相手は本気でかかってくる。心配だ。


 ふとフィオナが俺の手を繋いでくる。


「大丈夫です。私たちならやれます。先に気持ちで負けちゃだめですよ」


 手を握る力が強くなる。そうだな。勝つ気で行かなくちゃ。

 そのまま手を繋いで南門へと向かう。集合時間前に到着したので、クロイツ将軍の天幕に行くことにした。


「おはよう。朝から仲が良いことで何よりだ」


 からかい混じりで挨拶してくる。中々おちゃめなおじさんだよな、この人。


「おはようございます。そういえば、昨日は襲撃は無かったようですね」

「あぁ。予想通りと言ったところだ。編成と休息で時間を取ったのだろうな」


 おかげでこっちも休むことが出来た。家族の時間を過ごしたことで、体も心も充実している。


「まだ敵に動きは無いが、間違いなく襲撃があるはずだ。私が攻め手なら必ず今日を選ぶ」

「しかも一切の油断は無しですよね。作戦の変更はありませんか?」


「無い。今は守りを固めるのみだ」


 フィオナはメイドさんから紅茶を受け取る。なんか楽しそうに談笑してるな。

 余裕だな…… あっという間に紅茶を空にする。


「奥方殿はだいぶ良くなったようだな。超級魔法の使い手だと聞いていたが、魔力枯渇症は治ったのか?」


 そうだ。この作戦はフィオナの魔法が要だ。今更まだ魔法が使えませんではシャレにならん。


「ご心配には及びません。それよりもマジックポーションの用意は済んでいますか?」

「あぁ。その心配も無いぞ。二人が配置される所に置いておいた。五千本ほどの上質なマジックポーションをな」


 五千本…… 個人で使い切れる量ではないな。これで魔力枯渇症に再び罹るってことはなさそうだ。


「それと編成についてですが……」

「フィオナ殿の要望通り付与魔法、弓術が得意なトラベラーを多数配置しておいた。前線には私も出るつもりだ。しっかり援護を頼んだぞ」


「ふふ。前に出すぎないで下さいね。私は全力で魔法を発動するつもりですから。決して巻き込まれないようお願いします」


 久しぶりにフィオナの本気が見られる。我が妻ながら彼女の攻撃力は異常だ。総合力ならシグ以上だろう。


「分かった。注意するとしよう。では貴殿らは準備が出来たら配置についてくれ」

「行きましょ、ライトさん」


 フィオナは再び俺の手を取る。こら、クロイツ将軍が見てるでしょ。こういうところではイチャイチャしないの。


 城壁を上がる。王都は四方を城壁に囲まれており、これを以って敵の侵入は阻む。

 城壁付近の住人は日当たりが悪いってよくぼやいているのだが。


 長い螺旋階段を上り、城壁の最上部に到着する。そこには多数のトラベラーが配置についていた。


「契約者殿。こちらへ」


 俺を呼ぶ声。そこには老人のようなトラベラーがいた。たしか彼に会ったことがあるな。


「此度は私が契約者殿の支援を致します。既に一万本程の矢に付与魔法をかけてあります。戦いの最中も矢に魔法をかけておきます故、何の心配もせず戦ってください」

「は、はい。ありがとうございます」


「私達に敬語は不要。もっとぞんざいに扱っても構いませぬ」


 そう言われてもなぁ。見た目は完全におじいさんだし。

 俺はおじいさんトラベラーから矢を受け取る。マナの矢とは違うが、確かにオドが込めてあるのはよく分かる。

 そりゃ、矢が光り輝いてるからな。一体どんな属性が込められているのだろうか。



 ―――カーン カーン カーン



 鐘の音…… 嘘!? もう魔物が出たのか!?


 外を見ると地平線を埋め尽くすが如くの魔物が王都に近付いてくるのが見える。


「大丈夫です。ライトさん、戦闘準備をしてください」

「あぁ…… 分かった」


 フィオナは杖を構え、静かに詠唱を始める。

 俺はいつでも接近戦に持ち込めるようマナの剣を発動すると、ゆっくりと刀身が伸びていく。


 後は魔物が射程距離に入るのを待つだけだ。

 通常の弓ならば最大射程は二百メートル程だろう。

 しかし俺の弓は刀匠デュパ ベルンド作の逸品だ。射程はその倍はあると考えてもいいだろう。


 魔物が近付いてくる…… もうすぐだ。もうすぐ俺の射程に入る。


 下からクロイツ将軍の声が聞こえる。


「ファランクス!」

「「「おぉーーー!」」」


 そう一言唱えると隊は城門を囲うように陣形を変える。あの陣形は…… 

 なるほど。最前線の兵が倒れたら、すぐに後列の隊が前に出られる。そうやって城門を守るつもりだな。


 魔物は更に距離を詰めてくる。


 そして……


 射程に入った!



「行くぞ!」

vaggauratal!】



 アルメリアとアモンとの総力をあげた戦いが始まる。


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