束の間の休日 其の二
私は今、夢の中にいます。
暗闇の中、私は一人何かを探し求めるように歩き続けました。
ここはどこなのでしょう。
どうして私はここにいるのですか。
理由も分からずに暗闇をただ彷徨います。
遠くで光が一筋、天から降り注ぐのを見つけました。
そうだ、あそこに行こう。
私はその光に向かい吸い寄せられるように歩き始めました。
光が降り注ぐその下で一人の男の人が泣いていました。
優しい顔をしたその人は子供のように泣いていました。
どうしたんですか?
どうしてそこで泣いているのですか?
好きな人がいなくなってしまったんですね。
分かりました。私が一緒に探してあげます。
男の人の手を取って再び暗闇の中を彷徨います。
そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はフィオナです。
本当の名前は忘れてしまいました。
この名前は、私が大好きな人がつけてくれたんですよ。
いい名前だと思いませんか。
貴方の名前は?
ライトですか。いい名前ですね。
私はどうしてここにいるのかって?
分かりません。でも……
なんだかすごく寂しいんです。
会いたい……
誰にって?
私にも好きな人がいたはずなんです。
でも思い出せない……
私はトラベラーという存在です。
異界に渡る時に、色んなことを忘れてしまうのです。
理由は分かりません。もし分かってたとしても、それも忘れてしまうのでしょう。
ふと、手を繋ぐ力が強くなります。
振り向くと同時に抱きしめられました。
ライトは私を抱きしめたまま、会いたかったと言いました。
会いたかった? どうして? 初めて会ったのに……
もしかしてどこかで会ったことがあるんですか?
ごめんなさい。忘れてしまったのかもしれません。
何となく胸に温かいものを感じます。
どこかで味わったことがある、とても好ましい感覚です。
ライトは泣きながら私にキスをしました。
この感じも…… 私は知っています。喜びが胸から溢れ出しました。
ライ…… ライトさん……?
ライトさん!?
ライトさん! 会いたかった!
なぜか急に思い出しました。
この人は私の大切な人です。
私を人に戻してくれた人です。
私を幸せにしてくれる人なんです……
ライトさんは私を強く抱きしめました。
もう離さないで…… どこにも行かないで……
ライトさんも同じことを言ってくれました。
再会を喜んでいた私達ですが、長くは続きませんでした。
光が消える。辺りは暗闇に包まれる。
それと同時にライトさんもいなくなってしまいました。
私はまた一人になる。
嫌だよ……
一人は嫌……
ライトさん、そばにいてください。寂しいです。
―――来人君、せっかく会えたのに。また行ってしまうの?
―――ライトさん、また一緒になろうって約束してくれたのに。行かないで。
私は泣きながら暗闇を歩きます。
ふと宙に引っ張られる感覚を覚えました。
体が宙に浮き、天高く舞い上がります。
どれくらい空を飛んだのでしょうか。その中で私の体が無くなっていくのを感じます。
痛みはありません。体が完全に無くなったところで視線の先に光が見えました。
綺麗な光……
あぁ、私はあそこに還っていくのですね。
そうだ……
思い出しました。
あの光の中に入ると大事なことは全部忘れてしまうのです。
嫌……
止めてください……
お願いです……
あの人の…… ライトさんの思い出を消さないで……
私の想いを無視するかのように、光はどんどん近づいてきます。
そして……
「おはよ。どうしたの? 嫌な夢でも見た? すごいうなされてたよ」
あれ? ライトさん、どうしてここに……? すごく嫌な夢を見ていた気が…… 思い出せないません。
「ほら、泣かないで。おいで」
え? そういえば頬を伝う感触が…… 涙だ。私泣いてたんですね。
ライトさんは私を抱きしめてくれました。いつもの喜びが胸に灯ります。
あ、ごめんなさい。チシャが私たちの真ん中で苦しそうにしていました。
「ぷはっ! もう、パパもママも仲良しが過ぎるよ! 私もいるんだからね!」
あはは、ごめんなさい。そういえば昨日は三人で寝たんてすよね。忘れていました。
「じゃあ、起きるとするかね」
ライトさんはベッドから抜け出し、着替えを始めます。外はまだ暗いですが、時計は十時を示しています。
黒い雪のせいで日光は遮られているからでしょう。
「今日は俺がごはんを作るよ。フィオナはシャワーでも浴びてきたら?」
「ふふ、お言葉に甘えますね。チシャ、一緒にシャワー浴びませんか?」
「うん!」
今日はお休みです。昨日の奇襲作戦で私達は魔物に大打撃を与えることが出来ました。
これはスタンピードではなく戦争です。相手が知性を以って戦うのならば、今日は攻めてくることはないでしょう。
軍で例えるなら再編成を行わず、疲れた兵を再び戦線に立たせるなど愚策でしかありませんから。
私は着替えを持ってシャワーを浴びます。これは本当に便利な道具です。
自分で作ったのですが、どういう世界で作られたものなのか思い出せません。
シャワーを浴びながら自分という存在について考えます。
私は元人間。トラベラーになったんです。トラベラーは異界を渡り歩く運命を背負わされた者。異界に転移する時に多くを忘れてしまいます。
このシャワーだってそう。知識としてではなく、体がこのシャワーを浴びたという経験を知っていたから、これを再現することが出来たのです。
魔法もそう。武術もそう。どう習得したのかなんて知りません。いえ、覚えていないのです。
でもある程度の知識、記憶はあります。前の世界で出会った数人の契約者のこと。おぼろげながらだけど、一緒に旅をしたこと。その中で色々な人に出会いました。
一人はエルフの神級魔法の使い手です。なぜかこの人のことは覚えています。
酷い最後でした。敵国に家族を殺されて、禁忌と呼ばれる神級魔法を発動したのです。それで彼自身もその魔法に巻き込まれて死んでしまいました。
私も彼の魔法から逃げることが出来ず、体を失います。そして他の世界に渡ってきたのです。
全てを忘れるわけではありません。どの記憶が残り、どの記憶を忘れるかは全く分かりません。
もし今後、私が異界に渡ることになったら……
全てを忘れてもいい。でもライトさんとチシャだけでも覚えていたい。
もし二人を忘れてしまったら、私は一人ぼっちになってしまいますから……
気持ち良さそうにシャワーを浴びるチシャを抱きしめてしまいます。
「わっ! どうしたの!?」
「ううん。ごめんなさい。チシャ、大好きですよ」
「変なの。あはは。でも嬉しい。私もママのことが大好きだよ」
私が人に戻れたのはこの子のおかげでもあります。恩人…… ふふ、そんな無粋な言葉を使っちゃ駄目ですね。
ただ愛する私の子供。それだけでいい。チシャ、私達の子供になってくれてありがとね。
風呂場を出ると、パンの焼ける香ばしい匂いがします。ごはんが出来たんですね。
リビングに行くと料理がテーブルに並んでいました。パンに、スープにサラダ。大きなソーセージも焼いてあります。
「野菜が無くなっちゃったよ。後で買いに行かないとね」
「多分売ってませんよ。魔物のせいで流通が止まってるはずです。配給でもらった乾燥野菜で我慢しましょう」
「あれかー。風味が飛んでるから、あんまり美味しくないんだよね」
ライトさんは料理が好きです。私が作った物はほとんど作れるようになりました。むしろ私より上手く作ってくれます。
そうだ。あれを忘れていました。
私は台所に作った床下収納から瓶を取り出します。美味しく漬かってるでしょうか?
「それは?」
「野菜を漬けておいたんです。ピクルスですよ。いっぱい作ったからしばらく野菜には困らないわ」
「でかした!」
わ、ライトさんに抱きしめられました! 頭を撫でられておでこにキスをされます。
ふふ、よっぽど嬉しかったんですね。喜んでもらえて私も嬉しいです。
キュウリのピクルスを添えて、朝食を食べ始めます。ピクルスもちょうどよく漬かってて美味しいです。
「はは、よく食べるね。もっとパン焼こうか?」
「はい」
今日も体調はいいみたいです。今日中に魔力枯渇症は治るでしょう。明日は私の本気を見せてあげます。
私はお代わりのパンを齧りながらそんなことを思っていました。
◇◆◇
「あーあ、つまんない。お外で遊びたいなー」
チシャが外を見ては愚痴を言っています。大丈夫です。きっともうすぐ雪が止みますから。いえ、止ませてみせますから。
黒い雪のせいで外に行くことが出来ません。服が汚れてしまいますから。
これがいつもの雪だったら一緒に雪ダルマでも作って遊んであげられるのに。
今日は三人でリビングで思い出話をします。チシャが私達の馴れ初めを聞いてきたので、出会いから今までの話をすることにしました。
「それで!? 次はどうなったの!?」
王都に着くところまで話すと、時間は十二時を回っていました。
「続きはごはんの後にしましょう」
昼ごはんを簡単に済ませ、話の続きをします。サヴァントを救うところで、時間はもう七時になっていました。
あはは、こんなにいっぱい話したのは初めてです。
「いいなー…… パパとママはそこで恋人になったんだね。私も素敵な人と恋に落ちたりするのかな?」
ふふ。焦らないで。そのうち素敵な恋人が出来ますから。
夕ご飯を済ませ、三人でお風呂に入ります。もう九時。そろそろ寝る時間ですね。明日はきっと戦いが始まりますから……
「じゃあ、お休みなさい」
あくびをするチシャを子供部屋に連れていきます。本当は一緒に寝たいって言ったんですが……
ごめんなさい。今日はライトさんに甘えたい気分なんです。
でもチシャが寝るまでそばにいてあげますから。
チシャをベッドに寝かせ、頭を撫でます。安眠枕の効果もあって、すぐに寝息を立て始めました。
かわいい子…… いい夢を見るんですよ。おでこにキスをして部屋を出ます。
寝室に戻るとライトさんが待っていました。
「フィオナ……」
「はい……」
抱きしめられ、キスをされます。
そのままベッドに入ります。
そして……
私が果てを迎えるとライトさんはすぐに寝てしいました。もう少しお話をしたかったのですが。
ううん、無理させちゃ駄目ですね。お休みなさい。明日は頑張りましょうね。
私はガウンを纏い、杖を持って外に出ます。
黒い雪は降り続いていました。私は空に向かい、杖を構えます。
【
丹田に温かい物を感じます。
オドが正常に体を駆け巡ります。
丹田から腕へ……
腕から杖へ……
そして……
【
ゴゥンッ
家一つを飲み込んでしまうぐらい大きな火球が杖から放たれます。火球は勢いよく上空を進み、そして……
弾けました。
光が地面を朱色に染める。
これでもう大丈夫。私は本気で戦えます。
ライトさんを、チシャを、みんなを守れます。
力が戻った喜びを胸に、私は寝室へと戻っていきました。
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