自慢の夫

 今年でサクラは十五歳になった。そして俺とフィオナがこの世界に来てから四十年が経つ。

 俺達の本当の年齢は違うのだが、人に聞かれてもめんどくさいので同い年にしておいた。

 まぁ見た目は変わることがないので四十歳に見られないのだが。 


 サクラは以前出会った頃の姿にかなり近くなっている。

 傍目から見たら美人の部類に入るのだろうか? 俺はかわいい系の顔をしていると思うな。

 そのことをフィオナに言ったら親の欲目だと笑われた。


 俺達は未だギルド職員として働いているのだが、今年いっぱいで退職を願い出た。

 最近神様としての仕事が忙しくって…… 

 ギルド職員と神様の仕事を両立出来なくなってきたのだ。


 その事を伝えるとギルド長はすんなりと承認してくれた。

 意外だったな。もっとごねられると思ったのに。

 だが話を聞くとギルド長も今年で引退を決めていたそうだ。

 そうだよな。この人はもう七十近い。

 十年前に引退していてもおかしくはなかったのだが、この人は優秀だ。

 それが故、引退を周りから止められ今に至ると言っていた。


 この世界に産まれ落ちて四十年。

 もしスタンピードが起こらなくて、平和なまま世界が続いていたのなら、こんな幸せもあったんだな。


 幸せか…… 

 ははは、その当時の俺はこんな幸せは想像してもいなかっただろうな。

 愛する妻がいて、かわいい娘がいて……


 その妻と娘は村の広場で摸擬戦をしているのだが。

 ものすごい攻防だ。


 フィオナが超級魔法を連発する。


vaggauratal! vaggauratal! fremeaεfremea超火炎! laηcaaicia氷槍! vaggauratal!」



 バリバリバリッ!

 シャキンッ!

 ドゴォンッ!



 お得意の五重詠唱だ。やることがエグイ。


「ちょっ!? ママ、それは反則だって!」


 サクラは必死になってフィオナの魔法を避け続ける。

 顔は必死だが、一向に命中する気配は無い。あれを避け続けるなんてすごいな。

 さすがはサクラだ。


「もう! 反撃だよ!」


 サクラはフィオナの氷矢を当たる寸前で避けてからお得意のマナの矢を放つ。



 シュンッ!



 あれを喰らったら状態異常に陥り、サクラの勝ちが決まる。

 だがそれを喰らうフィオナではない。杖を構えてから……


santζasamonna召喚!】



 ゴゴゴゴゴッ



 身の丈三メートルはあろうかという岩の巨人が現れる。召喚魔術だ。

 ゴーレムはフィオナの前に立ちはだかり、彼女を守る。

 マナの矢はゴーレムに命中するが、硬い外皮に弾かれる。


 サクラの顔に笑みが浮かぶ。



【転移門!】



 サクラが転移門を発動。現れたのはフィオナの背後だ。上手く死角を取ったな。

 サクラはダガーを逆手に持ってフィオナを狙う。


「覚悟!」


 サクラはフィオナの後ろから首筋にダガーを当て……ることは出来なかった。

 逆にサクラの手首を掴んで投げ飛ばす。理合いだ。



 クルンッ ドスンッ!



「きゃあっ!?」


 サクラは地面に叩きつけられるが、すぐに起き上がる。



 ―――ピタッ



「…………」

「…………」


 フィオナの杖の先端がサクラの喉元に突き付けられていた。


「そこまで!」


 俺の声を聞いて、動きを止める。

 ふぅ、見ていて冷や冷やするよ。 


 戦いに勝利したフィオナは嬉しそうに……


「ふふ、まだ甘いですね。サクラの地力は私以上だけど、戦い方が雑過ぎるんです。もっと自分の特性を活かさないと勝てるものも勝てないですよ」

「むー…… ママったら強すぎだよ。でもママの背後を取った時は勝ったと思ったのに…… 何で私が後ろにいるって分かったの?」


「うふふ。サクラは私が五重詠唱を使ったと思ってるでしょ? 実は四重詠唱で止めておいたんです。並列思考でサクラの動きを探っておいたんですよ」

「なっ!? ずるい!」


 ははは。すごいなフィオナは。

 魔法、格闘のセンスは俺以上なのではないだろうか? 


「じゃあライトさん。次は貴方の番ですよ」


 はぁー…… 俺もやるのか。

 摸擬戦の勝者が俺と戦うことになっているのだ。

 毎週日光日に行われるこのピクニック兼修行はサクラが五歳の頃から続いている我が家の恒例行事だ。


 フィオナと俺は広場中央で対峙する。今週はどんな攻撃を仕掛けてくるのやら…… 

 因みに俺はこの摸擬戦でフィオナに一度も勝ったことが無い。いつも引き分けで終わるのだ。

 我が嫁ながら強くなりやがって。


 お互い顔を合わせて、まずは一礼。それが開始の合図になっている。


 まずはフィオナが召喚魔術を発動。今日は何が出てくるんだ?


santζasamonna召喚! ケルベロス! バハムート! カーバンクル! 行きなさい!」


 うは!? フィオナめ、勝ちに来たな。

 ケルベロスは火の玉を吐いて地上から俺を追い詰める。



 ゴォン! ゴォン! ゴォン!



 バハムートは空を駆けブレスを吐いてくる。



 ゴォォォォォォッ!



 カーバンクルは魔法障壁を張って防御は完璧といったところだろうな。


「ライトさん! 行きますよ!」


 フィオナは魔法を使うと思いきや、杖を使って接近戦に持ち込む。


 俺はフィオナの攻撃をいなして…… 


(後ろ! ケルベロスのことを忘れるな!)


 俺は既に並列思考を発動している。

 もう一人の俺が自身に向けて警告してくる。



 ゴォン!



 うお!? 火の玉が迫ってくる! 何とか避けることが出来たが……


(上! ブレスが来るぞ!)


 マジかよ!? どこに避けるかな。


(前を見ろ! フィオナの攻撃だ!)


 え!? 前を見るとフィオナがオドを練っている。そして……


vaggauratal! fremeaεfremea超火炎! laηcaaicia氷槍! aireaηvalt風爆! vaggauratal!】



 バリバリバリバリ!

 ドォンッ!

 ギュォォォォォッ!



 五重詠唱! やばい! 俺は並列思考をフル活用する! 


(瞬間移動でフィオナの背後に回れ! そしたらすぐに瞬間移動だ! フィオナは俺が背後に回るのも想定済みのはずだ!)


 サンキュー! 俺! 


 アドバイス通りに瞬間移動を発動! 

 フィオナの背後に回り、もう一度瞬間移動を発動する! 

 俺が現れたのはフィオナの目の前だ! 

 逆手に持ったダガーをフィオナの首筋に当てる!


(ダガーを捨てろ! 理合いがくるぞ!)


 俺は途中でダガーを離す! 

 一瞬あっけにとられた顔をするフィオナ。だが……



 ―――パシッ



 フィオナは宙に舞う俺のダガーを拾いそれを使って斬りかかってくる!



 シュッ シュッ シュッ



 フィオナの斬撃を交わしつつ、弓を取り出す。狙うのはフィオナではない。


 後ろを振り向くことなくマナの矢を放つ!



 シュオンッ ドシュッ!



『ギャンッ!?』


 射貫いたのはケロべロス! 

 マナの矢を喰らい、ケルベロスは虚空に消える! 


「取った! ライトさん! 覚悟!」

「覚悟しないよ!」


 フィオナのダガーが喉に刺さる……前に、俺は瞬間移動を発動! 

 現れたのはバハムートの背中だ! 腰に差すダガーを抜く! 

 そしてマナの剣を発動!



 ―――ブゥンッ 



『ゴァッ!?』 


 バハムートの首を落として地面に向かう。

 下を見るとフィオナが詠唱してる姿が目に入る。やば……


 宙にいる間は軌道を変えられない。

 さてどうするかな?


vaggauratal!】



 バリバリバリバリッ!



 お得意の超級魔法が放たれる! 

 なら俺もお気に入りを発動!


sroζdia遅延!】


 俺自身に時空魔法をかける! 

 落下速度が遅くなり、魔法は俺の足元を通り過ぎていった。


【解除!】


 今度は重力に従い地面に落下する。

 着地したと同時に……瞬間移動を発動! 

 フィオナの側面に回り、貫手をフィオナの喉元に…… 



 ―――ピタッ



 はは、今回も引き分けか。

 俺の喉元にはフィオナの杖があった。


 フィオナは戦いが終わったことを察し、杖を下す。


「ふぅ…… さすがですね。でも今回は勝てたと思ったのに……」

「いや、負けると思ったよ。やっぱり召喚魔術と超級魔法のコンボは卑怯だわ」


「何言ってるんですか。ライトさん、今回も並列思考を使ったでしょ。何なんですか? 私でも二つの思考しか使いこなせないのに。八つの思考なんて卑怯にも程があります」

「はは、それを言うなって。じゃあ今日の訓練はお終いね。そろそろ帰ろうか。俺、お腹空いちゃったよ」


「ふふ、そうですね。サクラ、晩ごはんは何がいいですか?」

「カレー!」


 俺達は仲良く家に帰る。夕飯はサクラのリクエスト通りカレーを作った。

 食事を終え、俺は皿を洗うためにキッチンに。

 二人は別の部屋に行ってしまった。

 なんだろ? 女子会でも始めるのかな?


 最近、二人で話すことが多いな。母娘で仲が良いのはいい事だ。

 でも二人でいる時は俺は仲間外れなのでちょっと寂しい。


 俺が一人皿を洗っていると父さんが話しかけてくる。


「どうした? 浮かない顔をして」

「あぁ…… 父さん、ちょっと聞いてよ! 最近二人が俺に構ってくれないんだ!」


「女にしか分からない話があるんだろ? そこに男が出張っても邪魔になるだけだ」

「そんなもんなのかなぁ……」


「なんだ? 他に悩みでもあるのか?」

「うん…… 俺さ、最近自信無くなってきたよ。俺、毎週フィオナ達と摸擬戦をしてるんだけどさ、毎回引き分けに終わるんだ。最近はサクラから一本取るのも難しくなってきたし……」


「はは、そう言うな。あの二人の戦闘力は異常だ。引き分けるお前だって充分に化け物だぞ?」

「化け物って…… 一応神様なんですが?」


「はは、すまんすまん。なんにせよ、お前はよくやってるよ。もっと自信を持て。ライト、一服行くぞ。付き合え」


 そういえば父さんも吸う人だったな。二人、庭でタバコを吹かす。

 月が綺麗だったのでそのまま月見酒と洒落込んだ。




 一方その頃……




「あーぁ…… 今回もママに勝てなかった……」

「ふふ、そんなこと気にしちゃ駄目ですよ。サクラは強いけど、実戦経験が足りないんです。経験さえ積めば私から一本取れるようになりますよ」


 言葉の通り、サクラの地力は私以上です。

 この子の戦いのセンスはライトさんに似たんですね。

 今日だって何度冷や冷やしたことか……


「でもママはすごいよね。毎回パパと引き分けるんだもん。私、ママに勝てる気がしないよ……」

「そう? じゃあパパには?」


「パパ? うーん…… パパには悪いけど、なんかママの方が強い気がする」


 ふふ、サクラは甘いですね。

 ライトさんの本当の強さを知らないからそう言えるのでしょう。



 ―――トントン

 


 ライトさんでしょうか? ドアを開けると…… 


「フィオナちゃん、サクラちゃん、お茶とお菓子があるわよ? 食べる?」


 お義母さんでした。お義母さんと言ってもその姿は私と変わらないほどに若々しい姿をしています。

 この人もライトさんの加護のおかげで亜神になってしまいました。 


「おばあちゃん、ありがと! わー! 果物のタルト! これ大好き!」

「ふふ、ライトと私で作ったのよ。それじゃこのまま女子会にしましょう!」


 突如、女同士の宴が始まりました。

 ふふ、楽しいから別にいいですけどね。


 サクラがタルトを頬張りながら質問してきます。


「さっきの話だけどさ…… 摸擬戦の時、いつもママは引き分けるよね。実戦だったらどっちが強いのかな?」


 お義母さんが興味深そうに聞いてきます。


「あなた達毎週訓練してるんでしょ? みんな強いのは知ってるけど、誰が一番強いのかしら?」


 ふふ、その答えは簡単ですよ。


「ライトさんです」


 私の答えにサクラは驚いた顔をしています。

 そんなに意外でしたか?


「え!? なんで? だってパパはいつも苦戦してるじゃない」

「そうですね。でも、ライトさんはあくまで摸擬戦として苦戦してるだけなんです。私はね、ライトさんと対峙してる時…… 殺す気で立ち向かっています」


「フィオナちゃん…… 本当なの?」

「はい。そうでもしないとライトさんとまともに戦うことが出来ません。それほどまでにライトさんは強いんです。もしライトさんが本気を出したら、私は彼の足元にも及ばないでしょう」


 そう、ライトさんは私と摸擬戦を行う時は本気ではありません。

 ライトさんは気付いてないのでしょうが、攻撃の一つ一つが優しいのです。

 私を傷付けないよう気を遣っている攻撃しているのです。


「パパってそんな強いんだ……」

「そうです。恐らくライトさんに勝てる者はこの世に存在しません。もしライトさんに勝てる者がいるとしたら、それはライトさん自身でしょう」


「あらあら。ライトったら。そんに強くなっちゃたのね。我が息子ながら鼻が高いわ」

「ふふ、私も妻として誇らしいです」

「あはは、なら娘として嬉しいよ!」


 でもライトさんは自分に敵がいないことを自覚していません。

 ふふ、ライトさんらしい…… 



 息子の、夫の、父の自慢をしつつ楽しい夜は更けていくのでした。


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