何もない休日 其の二

 ―――ザザーン ザザーン



 寄せては返す波の音…… 

 私とライトさんは海に来ています。

 貯まりに貯まった有給を消化するため、休暇を取って旅行にやってきました。


 久しぶりの夫婦水入らず。サクラは一人でエルフの国に遊びに行ってしまいました。

 エリナさんにグリフィンに乗せてもらうそうです。ちょっと羨ましいですね。


 まぁサクラも楽しんでるだろうし、私達も楽しまなくちゃ。


 まずはライトさんと手を繋いで海岸近くのコテージに向かいます。

 このコテージはカイルさんの所有物なのですが、好きに使って良いと許可を貰っています。


 コテージに入って荷物を置いて…… 

 さぁ着替えますよ!


 昨日買った水着を着てライトさんの前に立ちます。

 ちょっと恥ずかしいけど、かわいい水着姿を見てもらいたいんです。


「んふふ、どうですか?」

「…………」


 ライトさんが私の目を見ません。少し寂しいです。

 アピールが足りなかったかな? ちょっとセクシーなポーズを取ってみましょう。


 腕で胸を寄せてみます。


「んふふ、これならどうですか?」

「…………」


 まだ駄目なようです。

 しかたありません。

 お尻をライトさんに向けてみます。


「どうですか……」

「……悪い子だ!」

 


 ガバッ!

 


 ひゃあんっ!? 抱きしめられて、キスをされて、耳を噛まれて! お姫様抱っこをされたまま、私をベッドに放り投げます!



 ボスゥッ



 か、かわいがってくれるのは嬉しいけど、今日は海を楽しみたいんです!


「だ、駄目ですよ。ほら、海に行かないと!」

「そうだな…… 興奮してすまん……」


 ふー、危なかったです。また一日潰れるところでした。

 ライトさんがちょっと落ち着いたところで二人で海に行くと……



 ワイワイ ガヤガヤ



 大勢の海水浴客がそこにいました。

 あれ? おかしいですね。前に来た時は静かな場所だったのに。

 海水浴客は色んな種族がいます。人族、エルフ、獣人にドワーフ。

 観光地になったのかな? 出店がいっぱいありますね。

 食べ物も売ってるし、大きな日傘のレンタルもやっています。


「すごい人だな……」

「そうですね。あ、あそこ。あんまり人がいないみたいですよ」


 私は比較的静かな場所を見つけます。

 出店で日傘を借りてきて、ライトさんと二人、海に入る準備をしました。


「それじゃ泳ごうか。あれ? あそこ……」


 ん? ライトさんが見ている方向には大きな虹が出ていました。

 もう…… こんな時に限って……


「すまん、ちょっと行ってくる。クルスからの啓示だ」

「はい…… しょうがないですね。私も行きます」


「うーん、今日は大丈夫。すぐに帰って来るから海を楽しんでて」


 そう言ってライトさんは瞬間移動を発動して消えてしまいました。


 雨上りでもないのに出る見事な虹。

 それは加護を必要とする誰かが産まれたということ。

 ライトさんは神様になってしまったから、虹が出る度にその袂に向かいます。

 そして産まれてきた赤ちゃんに加護を授ける…… 


 あーぁ、つまんないです。一人で海に入ってもなぁ…… 

 しょうがないので私は敷布を敷いて横になります。


 さんさんと照りつく太陽、寄せては返す波の音、海から吹いてくる優しい風……


 少し眠っちゃおうかな。私は目を閉じると……


「へっへっへ。こいつは上玉だぜ。よう、姉ちゃん、俺達と遊ばないかい?」

 

 ん? 目を開けるとそこには二人の大柄な人族の男の子がいました。

 でも姉ちゃんですか。これでもあなた達のお母さんの歳ですよ。


「ふふ、私と遊びたいんですか? でも駄目ですよ。もっと若い子を誘いなさい」

「がはは、俺達はな、年上が好みなんだ。いいだろ? 俺達と楽しいことしようぜ?」


 もう、困った子達ですね。しょうがありません。本当の歳を言ってみましょう。

 そしたら諦めてくれるでしょうか? 一応この世界に降り立ってから三十九年が経つから……


「私、もうすぐ四十歳ですよ。こんなおばさんを相手にしてないで、若い子と遊んできなさい」

「四十!? 美魔女か!?」


 美魔女…… 失礼ですね。女魔導士です。

 そうか、この一画にあまり人がいなかったのはこの子達が原因ですね。

 

 私はオドをほんの少しだけ練ってから…… 二人に向かって放ちます!


aireaηvalt風爆



 バシィッ!



「「ぐはぁっ!?」」


 私の魔法を喰らった二人は海に向かって飛んでいき、そして……



 ジャボーンッ!



 ふふ、少し頭を冷やしなさい。

 うるさいのがいなくなったことだし、お昼寝しよーっと。


 





「フィオナ?」


 ん…… ライトさん? 

 よかった! すぐに帰ってきてくれた!


「お帰りなさい! 今日は早かったんですね!」

「あぁ、気合で終わらせてきた。俺も海を楽しみたいしね。それじゃ泳ごうか!」

「はい!」


 二人で海に入ります。

 水は冷たくなく、日光浴で火照った体にはちょうどいい温度でした。

 ふふ、気持ちいい。そうだ! 


 私はライトさんに抱きつきます。


「フィオナ?」

「んふふ、このまま抱っこしてください」


 ライトさんにお姫様抱っこをしてもらおます。そのままライトさんの頬にキスをしました。

 水の中では体が浮かぶから、ずっと抱っこしてても辛くないですよね?


「はは、甘えん坊さんだな。何かあったのか?」

「はい…… 実は、とっても怖かったんです…… 悪い奴が現れて私のことを……」


 私はさっきの話をしました。

 怖かったのは嘘ですけど。


 あれ? 私の話を聞いて、ライトさんの顔色が変わります。

 そうか、私を怖がらせた悪い奴に怒ってるんですね。嬉しいです。


「フィオナ…… もちろん手加減したよな? かわいそうに。フィオナを相手になんてバカなことを……」


 違ったみたいです。私じゃなくて、相手を心配していました。

 失礼ですね! そんなライトさんに怒りが沸いてきたので耳を噛んで落ち着くことにしました。んふふ。


「痛い痛い。ごめんって。そうだ、そろそろ上がってごはんにしない?」

「もう、誤魔化して…… でもお腹は空いてますね」


「はは、そうか。久しぶりに魚を食べに行かないか? ほら、生の魚の切り身を食べさせてくれる食堂があっただろ?」

 

 そうだ、この近くのウェルバ村にはオサシミを食べさせてくれるお店があったはずです。


「行きます!」

「それじゃ行こうか!」


 私達は海を上り、上着を羽織ってウェルバに向かいます。

 村は観光シーズンということもあり、多くの人で賑わっていました。


 私達はかつて訪れた食堂に入ると、獣人の女将さんが出迎えてくれました。


「いらっしゃいませ。そうこそサナ食堂へ。あら、人族のお客様ね。お二人は生の魚は食べれるかしら?」

「もちろん! それが目当てで来ました!」


 ライトさんが元気いっぱいに答えます。ふふ、かわいい。男の子みたいです。


「よかった。それじゃこちらにどうぞ!」


 席に案内されると、すぐに注文します。

 メニューは見なくても分かりますから。


「生の魚の切り身とごはんをお願いします!」

「はいはい。かしこましました。ふふ、いっぱい食べてってね」


 女将さんはすぐにオサシミを用意してくれました。

 それをガルムにつけて一口…… 

 懐かしくて、美味しくて…… ちょっと涙が出てきます。

 すると、もう一人の私、凪の声が聞こえてきました。


(やっぱりお刺身は最高…… これで山葵があれば言う事無しなんだけどな……)


 ワサビ? 何でしょう? オサシミにつける調味料なのかな? 

 女将さんがごはんのお代わりを持ってきてくれたので聞いてみましょう。


「あの…… 魚につけるのはガルムだけなんですか? 他に何かあったら試してみたんですけど……」

「あら、あなた達、通なのね。それじゃこれを試してみて」


 女将さんは小瓶を持ってきました。蓋を取ると、そこには緑色のペーストが。

 何だろこれ? ちょっと指ですくって舐めてみます。



 ―――ピリッ ピリリッ



 ん!? 辛い! 鼻がツーンってします! な、涙が!


「ごほん! ごほん! maltajoaΣlta解毒!」


 思わず回復魔法をかけてしまいました。

 ふー、びっくりした。そんな私を見て女将さんが笑います。


「あはは、モリンガをそのまま舐めちゃ駄目よ。これは少しだけ魚につけるの。モリンガを魚の上に乗せてからガルムにつけて食べるのよ」


 そうなんだ。女将さんの言う通りに食べてみる。

 すると!



 美味しい!

(美味しい!)

(美味しい!)



 ん? あはは! 凪もフィーネも喜んでいます!

 私とライトさんはオサシミとごはんをお腹いっぱいになるまで楽しみました。


 もちろん、ガルムとモリンガはいっぱい買っていくことにしました。

 お肉につけても美味しそうですね。



 その後、海に入ったり、釣りをしたり、二人でいっぱい楽しみました。


 楽しい時間が過ぎていく……


 でもどんなに楽しくても終わりは必ずやってきます。

 休暇は明日で終わりです。そろそろ帰らないといけません。


 最後にライトさんと海岸に座って海を眺めます。

 ライトさんが私の肩を抱いてきました。


「なぁ…… また二人で海に行こうな……」

「はい……」


 

 ―――ザザーン ザザーン



 波の音を聞きながら…… 

 ライトさんの顔が近くなります。

 

 私の顔に手を置いて……キスをするのかと思ったけど、ライトさんは笑いだしました。


「あれ? どうしたんですか?」

「あはは、ごめん。ずいぶん日に焼けたなって思ってさ」


 ほんと? ちょっと腕を見てみると…… 

 あはは、本当です。

 自分の肌じゃないみたい。

 

 ライトさんはもう一度私の頬に手を添えて……


「でも綺麗だよ…… フィオナ…… 愛してる……」

「私もです……」


 優しくキスをしてくれました。

 ふふ、みんなと一緒にいるのも楽しいけど、たまには二人っきりになるのもいいですね。



 ライトさん、また海に連れてってくださいね。


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