二人目

 王都に向けての旅は続く。

 オスロの町では少し足止めは食ったが、第二、第三の宿場町、ルセ、シュメンでは何事も無く順調に旅を進めることが出来た。

 道中何回か戦闘はあったものの苦戦することは無かった。

 出てきた魔物も強くてコボルトや八角猪エレンケだったしな。

 基本的に俺一人で戦闘を行った。


 フィオナが言った通り弱い魔物で得られるオドで強くなるのは非効率であると実感した。

 サイクロプスを倒した時のようなオドが体内を駆け巡る感覚は得られなかったのだ。

 今後は冒険者ギルドで上級と呼ばれる強い魔物の討伐をして力を付けるしかないだろうな。


 旅が二か月を過ぎようとする頃、俺達は第四の宿場町バルナに到着した。

 バルナはこの国で二番目に大きな都市らしく、旅人、行商人、それらを相手に商売をする人などで、町は人でごった返していた。

 うぅ、人に酔いそうだ。ここは早めに宿をとって休むとしよう。 


「着いたな。王都までもう少しだ。どうだ? まだ路銀に余裕はあるし、少しゆっくりしていかないか? 一週間くらいとかさ!」

「長すぎです。三日で我慢してください。それと宿では大部屋にするんですよ」


 むむ…… フィオナに断られてしまった。

 やはり個室は駄目か。無念。

 チェックイン後、部屋に入ると相変わらずダブルベッド。

 翌朝もパンツを洗う羽目になりそうだな……


「私これから薬屋に行ってきますけど、ライトさんはどうしますか? 疲れてたら寝ててもいいですよ。遊びに行ってもいいけど危ないことは駄目。分かりましたか?」

「ありがと。なら少し休むわ。目が覚めてフィオナがいなかったら少し外に行ってみる」


 フィオナは買い物に行った。

 これはつまり……

 チャンス到・来! 

 部屋に鍵をかけ、俺は勤しむ! 

 何を勤しむかは秘密だ!



◇◆◇



 ふー…… 世界が平和でありますように…… 

 なんてことを考えながらタバコに火を着ける。

 これでしばらくは大丈夫だな。

 フィオナはまだ帰ってこないので、部屋の空気を入れ替えてから散歩に行くことにした。



 ワイワイ 

 ガヤガヤ



 バルナは四つの宿場町の中では一番栄えている。

 売られている商品、食材は他の町とは比べ物にならないほど豊富だ。

 屋台も数多く出ており、肉の焼ける匂い、ふんだんにスパイスを使った煮込みの香りが食欲をそそる。

 甘い焼き菓子の香りもする。フィオナへのお土産に買っていこう。


 フィオナは笑うようになった。

 頻繁にではないが、美味しい物を食べると自然と口角が上がるようになったのだ。

 どうして笑えるようになったのか聞いたが、はっきりした答えは返ってこなかった。


 ガラスが割れる音がしたと思ったら、自然と笑顔が出るようになったと。

 どういうことなんだろうか? 

 まぁ、分からないことを気にしていても仕方がない。

 かわいい笑顔が見られるようになったことを喜べばいいさ。


 焼き菓子を購入する。フィオナは喜んでくれるかな?


「てめぇ! どこ見て歩いてやがる!?」


 後ろから乱暴な怒鳴り声が聞こえる。

 おぉ、やだやだ。町の規模が大きくなるとそれに応じて多くの人、商品が集まり、経済が豊かになる。

 明かりに集まる蛾の如く荒くれ者も自然と集まってしまうものだ。

 禿げ頭の男が大柄な剣士に絡んでいる。

 おいおい、その剣士、明らかにあんたより強いぞ。


 剣士は禿の前に立ち……



 ペコリ



 頭を下げる。


「申し訳ない。不注意だった。この通り謝罪するので許してはもらえないだろうか?」


 大柄な剣士が頭を下げるが、禿げ頭の男は剣士にツバを吐いて怒鳴り散らす。


「ふざけんな! てめえのせいで肩の骨が折れたぞ! 医者にいくから金よこせや!」


 見てられない。これ以上はまずい。禿げの方がな。

 剣を抜いたら死ぬぞアンタ。

 止めるか……


 野次馬が彼らを取り囲んでいる。

 たまに殺せー!とか聞こえてくる。

 いやいや、煽るんじゃねぇよ。


 仕方ないか。

 久しぶりに千里眼を使う。

 人がいない所は…… 屋台の裏に路地があるな。


 そこで身体強化術を発動。

 最近気付いたのだが、身体強化術を発動しても筋肉痛にならなくなった。

 魔物から得たオドのおかげだろうな。

 視界から色が消えたところで空に向かって飛び上がる。

 着地点は剣士と禿げの間。着地と同時に地面を渾身の力で殴る!



 ドカーン!



「うわぁ!?」

「な、なんだ!?」


 炸裂音と共に土煙があがる! 

 野次馬共の声を無視して、俺は剣士の手を取る!


「旦那! 逃げるぞ!」

「む? 何事だ?」


 土煙で前が見えないが千里眼で逃げ道を探っておいた。

 二つ先のブロックを左に曲がれば路地裏に続く道がある。

 そこまで剣士の手を引いて猛ダッシュした。


 ふぅ、久しぶりに全力で走ったからな。

 疲れたよ……


「はぁはぁ…… 旦那、大丈夫だったか?」

「すまない。助かった」


 剣士は俺に向かい礼をする。

 その姿は青みがかった黒髪を肩まで伸ばし、口元には整えられた髭を蓄えている。

 混乱の極致にいたにも関わらず表情は冷静そのもの。

 俺から見ても男前だ。


 だがこの雰囲気…… 人間とは異質なものを感じる。

 そうフィオナと同じ……


 こいつは……?


「あんた、トラベラーか?」

「…………」


 剣士は黙って頷く。

 俺は二人目のトラベラーに出会ってしまった。


「なんと。助けていただいた御仁が契約者殿であるとは……」


 やはり目の前にいる剣士はトラベラーか。

 彼の隙のない立ち姿を見るだけで、明らかな強者であることが分かる。

 あの禿げチャビン、こんな化け物にケンカ売ってたのか……


「あんたを助けてよかったよ。俺が出て行かなかったら、あの禿げ殺してただろ?」

「それは否定出来ない。我らに感情が無いのはご存知のようだ。だが痛みは人並みに感じるのでな。害を及ぼす対象がいるなら排除するのみ」


 冷静に言い放つトラベラーの剣士…… 

 フィオナと旅をすることで多少なりともトラベラーに親近感が湧いてきたのだが、やっぱりこいつらの強さは底が知れない。

 得体の知れない恐怖を感じる。


「まぁ何事も無くてよかったよ。俺は今トラベラーの女と旅をしてるんだ。自分を守ることも大事だけど、なるべく殺し合いとかは避けてくれよ。血生臭い噂が立つと俺にも被害が来るかもしれないからな……」


 この世界においてトラベラーは畏怖の存在として知られている。

 その異質な強さからくるものだ。

 だって剣を振るえば一騎当千、魔法を使えば大地の形を変えるってやつらだぜ。竜殺しだってやってのける。


 そんな奴らが往来で大暴れしたらフィオナと四六時中一緒にいる俺は人々にとって恐怖の存在になりかねない。

 フィオナと一緒に町を歩くことも出来なくなるだろう。


「ほう。既に貴方に付き従う同胞がいるか。興味深い。しかも契約者殿から感じるオド…… 契約も交わされているようだ」

「鑑定か? 覗き見は感心しないな」


「失礼。本来ならば今すぐにでも契約者殿を支えるべく力を貸したいところではある。しかし、私も生きるためには金を稼がねばいかぬのでな。我らに死が存在しないとはいえ空腹は我慢出来ぬものなのだよ」

「仕事の最中だったのか? よかったら手伝おうか?」


「契約者殿の手を煩わせることはない。仕事が終わったら必ず貴殿の助けとなるべく我が剣を振るうとしよう」

「そうか、気持ちだけでもうれしいよ。アンタ、名前は…… そうか。名前は無かったんだよな。俺はこの後王都を目指す。力を付けてから仇討ちに向かうつもりだ。アンタさえよければ手伝ってくれないか?」


 フィオナはアモンが神から祝福を受けた英雄以上の力を持つと言っていた。

 そんな化け物が相手だ。戦力は一人でも多いほうがいい。


「俺はライトという。よかったらアンタに名前をつけてもいいかな?」

「ほう。名を頂けるか。これは重畳。では契約者殿に頂いた名に誓って貴殿の支えとなろう」


 あまり悩まなかった。

 彼が持つ剣、竜殺しも簡単にやってのけそうな雰囲気。

 父が語ってくれた物語の英雄が彼の姿に重なった。


「シグルズ…… 呼び辛いな。シグにしよう!」

「竜殺しの英雄の名ではないか。そうか、今日から私はシグを名乗るとしよう」


 お? 気に入ってくれたか? 

 これは重畳。なんちゃって。


「名を頂いた礼だ。魂の契約をしよう。さすればこの身滅しようとも復活し、再びライト殿の剣となることが出来る。復活の際に魔力や寿命を頂くことになることは知っておろう。なに、心配いらぬ。そう簡単にはやられることはない。小型の竜くらいなら私一人で屠ることが出来る」

「え……?」


 魂の契約…… ヤバい! 

 魂の契約をするには口付けを交わす必要がある! 

 仲間が欲しいのは事実だが、こんな髭野郎に唇を奪われるのはごめんだ!


「どうした? 遠慮することはない。さぁ、私と契約しようではないか!」

「い、いや、契約はまた今度で……」


 やらないか?と言わんばかりにシグは両手を広げ、にじり寄ってくる! 

 シグはやる気満々だ! 恐い! 逃げないと!

 身体強化術を発動! 


 

 ダッ!



 再び俺は走る!

 この旅一番の猛ダッシュでシグから逃げ出すことに成功した。



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