指輪
酷い目に遭った。
俺はバルナの町で二人目のトラベラー、シグに会うことが出来た……が、彼は俺に協力することを申し立てた。
しかし彼はあろうことか、俺に魂の契約を迫ってきたのだ。
契約の方法は最低でも口付けだ。
お断りだよ! あんな髭野郎に俺の唇を奪われてたまるか!
今後もトラベラーと出会うこともあるだろう。
しかし殿方との契約はごめんだ。
女を知る前に新しい扉を開いてしまうわけにはいかん。
息も絶え絶えになりつつも宿屋に到着。
なんか疲れた。今日はもう休むとしよう。
部屋に戻ると……
「お帰りなさい。顔色が悪いですね。何かあったんですか?」
フィオナが既に部屋にいた。先に帰ってきたのか。
そうそう、渡すものがあったんだ。
彼女に焼き菓子を渡す。
「んふふ。ありがとうございます」
んふふだってさ。おかしな笑い方だ。
もちゃもちゃと焼き菓子を頬張るフィオナに事の顛末を話す。
「もう新しいトラベラーに会ったんですか? すごいですね。私達って数が少ないでしょ。私だって一年放浪して一人に会えるぐらいですから」
そうなのか…… 契約はごめんだが行動は共にすべきだったか。
パニックになり彼から逃亡したのは失敗だったかもしれない。
でも王都に行くとは伝えてある。また会えるだろ?
「これから他のトラベラーに会うかもしれない。その時ってなるべく契約したほうがいいか?」
「んー…… 契約をした私が言うのもなんですが、あまりお勧めしません。戦力が増えるメリット以上に復活の際のリスクが大きすぎるんです。
例えばです。伝説級の大型ドラゴンが現れました。ドラゴンはブレスを吐きました。トラベラーはライトさんの盾となるべく貴方を守ります。三人死にました。復活のため三十年分の寿命をいただきます。
ライトさんはそのうち大地のマナをオドの代わりに使うことが出来るようになると思います。でもマナを使うっていうのは神様の力を借りるということなんです。対価も払わず膨大な量のマナを使い続けると神様から嫌われちゃいますよ。力を失うかもしれません」
そいつは不味いな……
とりあえずは契約するのはフィオナだけにしておこう。
まずは俺自身が強くなるのが先だからな。
「そうですね。しばらく契約は私だけでいいと思います。私がライトさんを守りますから心配しないでください。それとこれを渡しておきますね」
フィオナは指輪を渡してきた。
宝石は付いてない希少金属だけのシンプルな指輪だ。
ただの指輪じゃないな。薄っすらだが光を帯びている。
マジックアイテムか?
「薬屋に行く途中で、宝石商が露店を開いてたので覗いてみたんです。そして、この指輪を見つけました。
白金とミスリルの合金です。これに回復魔法の効果を込めてみました。指輪を付けて腕を引っ掻いてみてください」
ほう、そんな効果が。
言われるままに指輪をはめ、そして腕を引っ掻いみる。
ガリリッ
いてて。蚯蚓腫れが出来た。
すると少し指輪の光が強くなり、腕の傷が消えていく……
これはすごい!
俺は魔物との戦闘で無傷で勝利することが多くなった。
しかしこれからのことを考えると、この指輪は絶対に役に立つはずだ。
今後は冒険者ギルドで強い魔物の討伐クエストなんかも受けなければならない。その際は無傷では済まないだろう。
だがこの指輪があれば……
指輪の効果に驚きつつ、新しい装備を嬉しく思う。
だが一つ。すごく気になることがある。
この指輪、白金とミスリルの合金って言ってたよな?
「ありがとうフィオナ…… すごく嬉しいんだけど、これ幾らした……?」
「安かったですよ。たったの二百万オレンです。これは掘り出し物ですね。王都で買ったら倍ぐらいの値段になるかもしれません」
今なんて!? 二百万オレンだと!?
何やってくれてんだこいつ!? 慌てて財布を確かめると……
残りは金貨一枚。十万オレンかよ……
節約すれば半月食べていけるかな?
俺は基本前衛だから貴重品はフィオナに持たせていたのだ。
失敗だった…… このままでは王都につく頃には無一文になってしまうのでは……
仕事を探さねば……
ギルド登録したとしても食っていけるか分からない。
当面の生活費として金貨五枚は持っておかないとな……
◇◆◇
その翌日。俺達は仕事を探してバルナの町を歩き回る。
さてどうやってお金を稼ぐか……
俺は長いこと狩人をやってたので、肉を食料品店や宿屋に卸すことが出来る。
しかし食肉一キロで二千オレンがいいところだ。
一日の稼ぎが生活費で消えるだろう。効率が悪すぎる。
どうするかな…… もっと稼ぎのいい仕事は無いものか。
「この町、ギルド出張所がありますよ。ギルド登録は出来ないけど、一般人に開放してある掲示板もあるはずです。探し物や店番なんかが多いですが、たまに額が大きい依頼も出ていることがありますよ」
「へぇ、行ってみるか」
ギルド出張所は規模の大きな町なら割とどこでもある設備のようだ。
知らなかった。ここではギルド登録は出来ないそうだが、一般人が依頼は出すことは出来る。
そこで出された依頼は本部、各出張所に振り分けられるそうだ。
出張所に着くと、そこは酒場みたいな造りだな。
受付があり、体格のいい冒険者達が依頼を受けたり、報酬を受け取ったりしている。
掲示板には冒険者が群がっているな。
払いのいい依頼を探しているのだろう。
ギルド片隅に一般向けの掲示板を発見。
誰も見ていなかった。どれどれ?
(子猫を探してください:報酬五百オレン)
(ウエイトレス急募:報酬、一日四千オレン)
うーん。いまいち。もっとガツっと稼げるお仕事は無いか?
ふと掲示板の端に張り出された依頼書に気付く。これは……
(誘拐事件目撃情報求む:有力な情報により金貨一枚から十枚)
きたっ! これだ! でも誘拐事件って……
やっぱり人が多く集まるとこんなことが起こるんだな。
フィオナが依頼書の内容を読み上げる。
「幼児誘拐…… 先月から発生。被害者は十二人。五歳から十歳。今までの目撃情報無し、被害者の生死不明。ライトさん、これは止めたほうがいいですよ。これって組織絡みの誘拐だと思います。情報が無いのはプロの仕事ってこと。それにいつ次の誘拐があるかなんて分からない。何も成果を出ないまま路銀が尽きるのが先ですね」
と冷静にフィオナは言う。無表情だが、なんかドヤ顔っぽくてむかつく。
お前が二百万オレンの指輪なんて買ってくるからこんな苦労してるんだろうが!
でも少しだけやってみたいことがあるんだな。
「三日だけでいい。この依頼受けてみたいんだ。昼間は適当な仕事するから夜の間だけ張り込みをやってみる。フィオナにやってもらいことがあるんだ。封魔草を探した時みたいに左目に魔眼の魔法陣を書いてもらえないか? 子供のオドに反応するようなやつ。フィオナには言うの忘れてたけど、加護の力また強くなったみたいなんだ。かなり広い範囲を調べられるようになってな」
千里眼の効果範囲を広げればこの町全体をカバーすることが出来る。
誘拐があるとしたら夜だろうな。子供なら寝てるだろ。
その中で動きがあるものがあるとしたら……
恐らく攫われたと思うべきだな。
まぁ夜に誘拐が起こるとは限らんが。
上手くいけば目撃情報だけではなく誘拐犯を捕まえることが出来るかもしれない。
そうすれば金貨十枚以上貰えたりしてな。
宿屋に戻り、フィオナに魔眼の魔法陣を書いてもらった。
前回と同じく白黒の世界が広がる。
左目にだけオドを込め、千里眼を使ってみると……
半径二百メートルに赤い点がぽつぽつと。成功だな。
夜になり、町の監視に行くことにした。
金は必要だが、誘拐なんて卑劣な真似は許せない。
俺は母さんのことを思い出す。
幼い頃、森で迷子になったことがあるんだ。
あまり覚えていないが、俺はすぐに見つかったそうだ。
覚えているのは俺を見つけた時の母さんの泣き顔だ。
俺を抱きしめ声を出して泣いていたのを覚えている。
綺麗な母さんが顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
その光景を忘れることが出来ない。
子を失う親の苦しみは痛いほどわかる。
これ以上悲しみを生み出すのを放ってはおけない。
三日だけでいいとフィオナには言ったが、あれは嘘だ。
誘拐犯を見つけるまで続けるつもりだ。
金はなんとかなるだろ。昼間に日銭を稼げば食っていくことは出来る。
フィオナが金を使ってくれてよかった。
もし金があってこのまま旅を続けていたら、この事件に気付くことが出来なかっただろうから。
どんなことにも意味があるのよって、母さんがよく言っていたな。
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