加護
ここはどこなんだろう……?
横になっている感覚はある……
懐かしい匂いがする……
寝慣れた枕の匂い……
そして……
愛しい人の香り……
誰かが俺の手を握っているのを感じる……
『ライ…… ライトさ……』
ライト? 俺の名前だよな?
この声は……
『ライトさん! 起きてください!』
ん? 声を聞いて目を開けると……
フィオナがいた。なんで泣いているんだ?
「ここは? 俺は一体……? うわっぷ!?」
フィオナがキスをしてくる!?
何!? どうしたの!?
「ぷはっ! お、落ち着いて! あれ? 俺はどうしてここに……?」
「覚えてないんですか!? ライトさんは帰ってきたんです! やり遂げたんです! すごい…… 世界は救われたんですね……」
フィオナはそう言って俺にキスをしてきた。
嬉しいのだけど記憶が曖昧だ。
約束の地に旅立ったのは覚えている。
アーニャをこの手にかけたことも。
そこから先の記憶がどうにも思い出せない。
だが俺がここにいるということ。
それはワームホールを通って約束の地から現世に戻ってきたことに他ならない。
「あぁ…… よく覚えてないけどね。フィオナ…… 心配かけてごめんね……」
「も本当に心配したんですから! ライトさんのバカ…… もうどこにも行かないで……」
そう言って俺の胸で泣き始めた。
慰めてあげたいけど、疲れからか眠けが……
「ごめん…… もう少し寝るよ……」
「はい…… ゆっくり休んでください……」
フィオナは泣きながら俺の頭を撫でる。
そして俺は再び眠ってしまった。
『ライト、起きて』
ん? この声は?
お前、俺の意識と一つになったはずじゃ……?
『うん。たしかに僕は君と一つになった。でも夢の世界では時々意識が分離するみたいだね。ふふ、久しぶりだね』
夢か。夢でも会えて嬉しいよ、レイ……
そこには俺の交代人格のレイが立っていた。
でもこうしてレイが出てくるなんて、一体どうしたんだ?
『僕がここにいる理由か…… 君が色々と忘れちゃってるみたいだからね。僕が説明してあげるよ』
そうなんだよ。約束の地であったことなんだけど、よく覚えてなくってさ。
俺どうなったんだ?
『解離性健忘だね。多分ワームホールを通った時に色々と忘れちゃったんだよ。説明するよ。ライトは管理者になった』
管理者か。まぁ約束の地から帰ってきたんだ。
管理者になっていてもおかしくないよな?
でも約束の地で糸車を回さなくてもいいんだろ?
多分それはホムンクルスがやってくれるはずだ。
そういえばホムンクルスの創造は成功したんだよな?
『うん。でもクルス…… これは君がホムンクルスに付けた名前なんだけどね。クルスの存在意義はモイライの糸車を回すことだけなんだ。管理者として他の仕事は一切しないって断言したよ』
マジで? ずいぶん我がままな奴だな。作った奴の顔が見たいよ。
管理者の仕事って、糸車を回すだけじゃないの?
『ライトが作ったんだよ…… まぁそれはいいや。管理者っていうのは神として人々に加護や祝福を与える仕事もあるらしい。今までは約束の地からそれが出来たんだろうけど……』
クルスがその仕事を放棄したってことか。
『うん…… だからこれからは君がその仕事を行わなくてはいけない。この世界の神としてね』
俺が神様か…… ずいぶんとふざけた世界になりそうだな。
でもさ、普通の人間の俺にそんなことが出来るわけ?
『ライト…… 気付いてないだろうけど、君はもう人間じゃない。人としての死は既に君には存在しないんだ』
そういえばアーニャは管理者として五百年生きてきたって言ってたな。てっきり約束の地でなら寿命関係なく生きていけるってことだと思ってたよ。
そうか…… 俺は死ねなくなったのか。
『それが怖い?』
少しね。やっぱり死なないってのは生き物としては不自然さ。
それにこれから俺は愛しい人が寿命で死ぬところを見続けなくちゃいけないってことだろ?
でもフィオナはそれを見てきたんだよな。
『うん…… 強い子だよね』
あぁ。我が嫁ながらフィオナの心の強さには舌を巻くよ。
心の強さなら絶対に俺以上だ。でもな、楽しみでもあるんだ。
『楽しみ? 死ねないことが?』
いや違うよ。
フィオナと二人で同じ時間を生きていける。
それだけで俺は充分さ。それだけあれば他に何もいらないよ。
『そう…… 覚悟もあるみたいだね。じゃあ僕が言うことはもう何も無いね。ライト…… これからも頑張ってね』
そう言ってレイは暗闇に消えていく。
おいおい、久しぶりに会ったってのにもう行くのか?
『うん。もうすぐ目が覚めるからね。大丈夫だよ。また夢の世界で会えるから。また会おうね、ライト』
あぁ…… ありがとな…… レイ……
目が覚めると辺りは暗闇に包まれていた。
真夜中か……
俺の隣ではフィオナが寝息を立てていた。
彼女のおでこにキスをしてからベッドから抜け出す。
台所に行ってワインをコップに注ぎ、それを一息に飲み込む。
「俺が神様か……」
ぼそっと声に出してしまう。
前の世界でサクラに言われた言葉。それが現実の物になったのか……
「ライト? 起きたのね」
「母さん? あぁ…… おはよう」
「ふふ、まだ真夜中じゃない。おはようは早すぎない?」
はは、全くだ。でも目が冴えて眠れる気がしない。
俺はコップをもう一つ取り出して母さんに渡す。
「どう? 少し付き合わない?」
「ふふ。息子から酌をされたんじゃ断れないわね。じゃあ頂こうかしら?」
俺はコップに半分ほどワインを注ぎ、母さんはチビチビとワインを飲み始める。
「こうしてライトと二人で飲むのは初めてかしらね……」
「そうだね。いつもだったら誰かしらいるもんね」
たわいもない会話をする。
ははは、楽しい。こうした何気ないことが楽しくてしょうがない。
そうだ。母さんには言っておくかな……
「母さん…… 言っても信じないかもしれないけど……」
「信じるわよ。いいから言ってごらんなさい」
ははは、まだ何も言ってないのに。それを信じるだなんて。
「俺さ、神様になっちゃったんだ。俺はもう人として死ぬことは出来なくなった……」
「そう…… それならしょうがないわね。でもこれから大変ね。神様って何をするの?」
ん? 本当に信じてるの?
こんな酔っぱらいの戯言みたいな話を?
「なに驚いた顔してるの。あなたが言い出したんでしょ? ほら続きを言いなさい。神様って何をするの?」
「あ…… えーっとね、聞いた話によると、この世界に生きる人に加護とか祝福を与えたりとかを……」
「なるほどね。楽な仕事では無さそうね。でもあなたならやれるわ。ライト、頑張りなさいね」
「ってゆうか、母さん…… 本当に信じてるんだね……」
「そりゃそうよ。あなた、昔から嘘は言わなかったじゃない。いつも馬鹿みたい正直で。目をみれば分かるわよ。
でも、こないだは世界の救世主になるって言って旅立って、帰ってきたら神様になるなんてね。ふふ、私ったらすごい息子を持ったものね」
そう言って母さんはワインを飲み干す。
「ほら神様、ワインが空よ。お酌してちょうだい。ふふ、この神様は気が利かないわね」
ははは…… 母さんには敵わないな。
―――ゴトンッ
俺が母さんに酌をしていると物音がする。
父さんが起きてきた。うるさかったかな?
「ふあぁ…… お、ライト。起きたのか。体はもう大丈夫なのか?」
「ふふ、父さんも一緒にどう?」
「母さんのお誘いなら断れんな。ライト、俺にも一杯くれ」
父さんも参加し、親子での宴会が始まってしまった。
母さんは父さんに俺が神様になったことを鼻高々に自慢し始めた。
父さんは疑うことなくそれを受け入れる……
「そうか! 我が息子ながら天晴! ライト、いい神様になるんだぞ! よし、一杯くれ!」
「もう父さんったら…… 飲み過ぎよ。でもなんかこのワイン美味しいわね。ライト、もう一杯ちょうだい」
俺は軽く酔っぱらった二人に酌をし続けるのだが……
まさかこのワインがアムリタになってるとは思わなかった。
俺は二人に末永く幸せになってもらいたいと想いを込めて酌をしたのだが、ここで神様としての力を無意識に使ってしまったようだ。
俺が神として初めて加護を与えた人物。まさか我が両親になるとはね……
結果としてお義父さんもお義母さんも亜神になってしまいましたね
加護の調整って難しいんだよ
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