お帰りなさい

 ライトさんが旅立ってから今日で一週間が経ちます

 黒い雪は止んで太陽が顔を出しました。 

 そして積もった雪を溶かしていきます。


 外を見るとお義父さんとお義母さんが忙しそうに雪かきをしていました。

 本当だったら私も手伝わないといけないんだけど……


 私は窓を開けて二人に話しかけます。


「手伝いましょうか? 魔法だったら簡単に雪を溶かせると思いますよ」


 私の声を聞いたお義母さんがこちらに駆け寄ってきました。


「こら! 妊婦さんはおとなしくしてなさい! もうすぐ産まれるんだから! もしお腹の子に何かあったらどうするの!? ほら、まだ外は寒いんだから窓を閉めて! おとなしく寝てなさいね!」

「は、はい……」


 お義母さんに怒られてしまいました。

 私はしぶしぶ窓を閉めてベッドに戻ります。

 横になると……



 ―――ポコンッ



 赤ちゃんがお腹を蹴ってきました。

 ふふ、あなたも暇なんですね? 

 早くあなたに会いたいな。

 きっともうすぐパパは戻ってくるから、もう少し待っててくださいね。


 そう思いお腹を撫でる。

 それに応えるかのように……



 ―――ポコンッ



 また蹴ってきました。あはは、分かりましたよ。


 私がベッドで横になって本を読んでいると、お義父さんが温かいミルクと焼き菓子を持ってきてくれます。


「ほら、これを飲んで。お腹大きくなったね。そろそろ産まれてもおかしくないな……」

「はい。この子が産まれたらお義父さんはおじいちゃんになっちゃいますね」


「ははは…… 実感が湧かないな。俺がおじいちゃんか。そうそう、さっき母さんが怒っちゃったみたいだけど、なんか悪かったね。

 昔、母さんは一人子供を流しちゃってるんだ。だから妊婦さんのことになると少しピリピリしちゃってね……」


 その話はライトさんに聞いたことがあります。

 本当は弟か妹が出来るはずだったって。

 この世界のお義母さんも因果律に逆らえず、辛い想いをしたんですね……


「はい…… 今なら子供を持つ親の気持ちは分かります。私が浅はかだったんです。後でお義母さんに謝りますね」

「…………!?」


 お義父さんは驚いたような顔をしています。どうしたのでしょうか?


「母さんには言ってないんだが…… フィオナちゃんってトラベラーだろ? 深く聞くつもりはないけど、やっぱり不思議だな。感情があったり、子供が出来たり……」


 え!? お義父さん、知ってたんですか!?

 私がトラベラーだと知られたのは最初の世界以降、一度もありませんでした。

 人としての意識を取り戻した後は、自分が人外と悟られないように過ごしてきたのに……


「はは、ごめんね。驚かせちゃったみたいで。俺は昔から人を見る目だけはあってね。鑑定とかは使えないんだけど、この目でその人がどんな人かなんてのは分かってしまうのさ。

 フィオナちゃんはトラベラー。人ではないけれど…… ライトのことを本当に愛してるのは知ってるよ。目を見れば分かる」

「お義父さん……」


「まぁ目を見なくてもあんな熱いキスをしてるのを見れば愛し合ってるのは分かるけどね」

「お義父さん!」


「ははは! ごめんね! ほら、妊婦さんは興奮しちゃダメ! 飲んで食べて大人しくしてること!」


 お義父さんがからかってきたのに…… 

 ふふ、面白い人ですね。


 素敵な人に囲まれて私は平和な時を過ごします。

 家族っていいですね。とても暖かい…… 

 でもやっぱり一人欠けている。


 ライトさん…… 

 貴方はいつになったら帰ってくるの……?



 更に一週間が経ち…… 


 未だライトさんは帰って来ません。

 雪は完全に溶けて世界は春を迎えようとしています。


 窓を開けると心地良い風が部屋に流れ込んできました。



 ―――コンコン



 部屋をノックする音。誰でしょうか?


「フィオナちゃん。入っていい?」


 お義母さんの声です。


「はい、どうぞ」


 私の返事を聞いてお義母さんが入ってきました。

 ベッドの横に椅子を置いて座ります。


「よいしょっと。ふふ、座る時のこんなこと言うなんて私もおばあちゃんね」


 そんなことないのでは? 

 お義母さんはもうすぐ五十歳になるはずですけど、どうみても三十代にしか見えません。

 何か魔法にでもかかってるかと思うほどの若々しさを保っています。


「ねフィオナギちゃん。ライトはきっともうすぐ帰ってくるから心配しちゃダメよ。お母さんが悲しんでるとお腹の子も元気無くなっちゃうからね」


 そう言ってお義母さんは私のお腹を撫でました。

 すると……



 ―――ポコンッ



「あ、蹴ってきた。ふふ、本当に足癖が悪い子ね。ライトにそっくり」

「ライトさんもよく蹴ってきたんですか?」


「そうよ! ライトがお腹にいた時は私のお腹の形が変わるほど蹴ってきたのよ! ふふ、懐かしいわ」


 本当に素敵なお義母さん…… 

 ライトさん、お義母さんを悲しませては駄目ですよ。

 この人のためにも早く帰ってきて……


「フィオナちゃん、最近寝てばかりでしょ? 少しだけ散歩に行かない?」


 あれ? お義母さんがこんなこと言うなんて。いつもは大人しくしてなさいって言ってくるのに。

 でも正直に言うと散歩は嬉しい。少し外の空気を吸いたいんです。


 私は妊婦用のゆったりをした服を来て散歩の準備をします。

 お義母さんは私が転ばないように横に寄り添って歩き始めました。


 風は少し冷たいけど気持ちいい…… 

 やっぱりもうすぐ春がくるんですね。


「ライトが産まれたのも春だったわ。この子の誕生日もその頃になるのかしらね。あ、そうそう。ライトが産まれた日にね、不思議な光景を見たのよ」

「不思議な光景? 何ですか?」


「虹が出たのよ。雨も降ってないのによ? 不思議な虹でね…… すごく色が鮮やかだった…… 本当に空に橋が架かってるみたいにね」


 虹…… 世界によっては神からの啓示とされることもあります。

 ライトさんが産まれた時に虹がかかった…… もしかして契約者が産まれたことを啓示していたのでしょうか? 


「あ……」


 お義母さんが立ち止まります。

 どうしたのでしょう?


「フィオナちゃん…… あれ……」


 お義母さんが指し示す先には……


 虹が架かっていました。

 先程お義母さんが言ったようにまるで空に橋が架かったような鮮やかな虹が。

 私とお義母さんは言葉にすることなく虹に向かって歩いていきます。


 だって……


 虹の橋をくぐるように、こちらに向かってくる人がいるのですから。


 その人はふらふらと、ゆっくりこちらに向かってきます。


 間違いありません。あの人は……


「ライトさん!」


 私はお腹を抱えて走り出します!

 お義母さんが止めるのも聞かずに! 

 だってライトさんが帰ってきたんだもの!


 ライトさんは茫然とした表情でこちらに向かってきます!

 どうしたんですか!? 私がライトさんのもとに辿り着くと……



 ドサッ



 私に向かって倒れ込んできました!? 


「ライトさん! ライトさん!」

「…………」


 私は彼を抱きしめます。

 優しく顔を撫でキスをしました。

 するとライトさんの目に光が宿ります。


 弱々しい光…… 

 今にも消えてしまいそう…… 

 ライトさん…… がんばったんですね…… 


「フィオナ……? ただいま……」


 そう言ってライトさんは意識を失いました。

 私の胸の中で安心したかのように眠ります。

 私はライトさんをしっかり抱きしめ……



「ライトさん…… お帰りなさい……」

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