家族のもとへ

「おはようございます。マイスター」


 俺の前では執事服を着た、俺そっくりの男が立っている。

 ホムンクルスが産まれたんだ。

 こいつにはこの世界の管理者としてがんばって働いてもらわないと。


「マイマスター。私を産み出してくれたことを感謝します」


 再びお辞儀をするホムンクルス。

 その顔は俺そのものなので、なんだか変な感じだ。


「あ、あぁ…… お前にはこの地でモイライの糸車を回す役目があるんだが、やってくれるよな?」

「はい。それが私の存在理由レゾンデートル。喜んでその役目を引き受けましょう」


 ほう、こいつは中々従順なやつだ。すごいなホムンクルスって。

 人造生命体とは言われているが、こいつは人そのものだな。


「つきましては…… 宜しければ、私に名をつけては頂けないでしょうか?」


 名前か。そうだな、こいつの誕生祝いだ。

 いい名前をつけてあげよう。


「お前の名前はクルスだ」

「…………」


 どう? ホムンクルスのクルス。

 いい名前じゃね?


「クルス…… なんて適当な…… 我が造物主がこんなにもセンスが無い者だったとは! それにこの顔…… もっと男前に産まれたかった!」


 ん!? 何だか悪口を言われてるぞ!? 

 おかしいな、さっきは従順な奴だと思ったのだが……


「まぁしょうがありません。名はクルスでよいでしょう。顔についても諦めます」

「おまっ!?」


 諦めるってなんだ!? 俺が不細工だとでも言いたいのか!? 

 なんだこの口の悪いホムンクルスは!?


「マスターについては色々と文句はありますが、この仕事については全力でやらせていただきますのでご安心を」


 悪口を言いつつお辞儀をするクルス。執事服がよく似合うのが逆にムカつく……

 いかん、こいつはこれからここで頑張ってもらう。

 労いの言葉でもかけてあげねば。


「そ、そうか…… じゃあ管理者として頑張ってくれよ」

「管理者? いえ、それはお断りします。私が行うのはモイライの糸車を回すことのみ。他の仕事は一切する気はございません」


 何だこいつ!? 突然仕事放棄しやがった!


「お前、どういうつもりだ!?」

「ですから糸車を回すのはお任せください。この地で一人、糸車を回しましょう。

 ですが管理者の仕事はそれだけではありません。神の代行者として然るべき者に対して加護を与える。こんな仕事もあるのですよ。

 それは私の仕事ではありませんので、マスターにおまかせします」


「管理者ってそんなこともしてたのか!?」

「おぉ! 我が造物主がこんなにも浅学だったとは! 嘆かわしい!」


 クルスは顔を押えてやれやれってしてる。

 殴っていいかな……?


「いいですか? マスターは現世に戻り、神の代行者として人々に加護を与えるのです」

「でもさ、加護を与えるって…… 俺は神様じゃないんだから…… あれ?」


 思い出した。

 かつてサクラが俺に言った言葉を。


(んーとね。神様として現地の人に加護とか祝福を与えてるの)


 これのことだったのか……


「マスターは管理者としての力を持ったまま現世へと帰ります。つまり神として世に降り立つのです。

 加護を与える者については私が教えましょう。アホのマスターにも分かるような合図を送りますので」


 うん、やはりこいつは殴ってしまおう。

 俺が拳を握りしめ、クルスに近付く……


「マイマスター。暴力反対です。それにもう一つ言うことがあります。貴方は神の代行者。つまり神と同じ時を生きることになったということです。

 つまり…… 貴方はもう死ねません。貴方が死ぬには貴方と同等の力を持った者に殺される必要があるでしょうな」


 え? それってつまり……


「不老不死になったってことか?」

「正確には違いますが、概ねその通りでしょう。あくまで死ぬことが出来る可能性がある限りは不老長寿と言ったほうがいいかもしれませんが」


 不老長寿か…… 

 正直あまり魅力的な話ではないな。

 俺は転生を繰り返す中で七十万年以上生きてきたことになる。


 そして転生を行う前に管理者と同時に死んでいる。

 そう、三万回以上も死を経験しているんだ。

 出来ることなら人として生き、そして死んでいきたいのだが……


 だけどフィオナと同じ時間を生きることが出来るなら…… 

 それはそれでいいかな!


「分かった。なら俺はお前の言う通り、現世でその仕事をやらせてもらう。でもなんでお前はその仕事を放棄したんだ?」

「何をおっしゃる? そう私を作ったのはあなたではございませんか!?」


 ん? これって並列思考の俺の作成ミスってことなのかな?

 一応聞いておくか…… 俺は自分の心に語りかける。


 なぁ、クルスはあんなこと言ってるけど、実際はどうなんだ?


(あー…… すまん。実はあいつの言う通りなんだわ。魂の錬成をする時にクルスの役目を吹き込んだはいいけど、それって糸車を回すことのみで他のことは俺も知らなくってさ…… だからしょうがないよな?)


 うーむ。ちょっと納得出来んが、管理者の仕事を把握してなかった俺達が悪いのか。

 まぁしょうがない。現世に戻れるなら神様でもなんでもやってやるさ。


「じゃあクルス。俺はそろそろ戻るよ。しっかり糸車を回してくれよ!」

「はい、マスターもさっさと戻ってください。貴方と話しているとアホが伝染るんじゃないかと心配でなりません。それと口臭い」


 おまっ!? 他の悪口はいいけど口臭いって! 

 もういいよ! こんなとこさっさとおさらばしてやる!


 俺は怒りつつエキゾチック物質を取り出す! 

 それを土魔法で天に落ちないように固定する!


 さて次に使うのは悪魔の公式……



 E=MC^2



 エキゾチック物質をエネルギーに変えるためにはこれをバラバラにする必要がある。

 トート教授が言っていた物質の最小単位。

 それを壊すためには……


 俺はマナを取り込む。


 そのマナを体内で練ってから空間魔法に変換する。


 空間の断裂…… これこそ最強の刃だ。


 イメージする。


 空間の刃を。


 物質の最小単位に向け……


 放つ!



 ―――シュオンッ



 俺の空間の断裂を受けたエキゾチック物質は音も無く砂になって消え去る。

 前回はこの公式にかけた銭貨が太陽みたいな球体になったんだよな。

 そうなる前に、魔力として体内に取り込む……



 ―――ゴゥンッ



 ん? なんだ? 体が熱い……!?



 ボゥッ



 やばい! 死ぬほど熱い! 

 マナとは違う熱が体内を駆け巡る! 

 血液が沸騰しそうだ! 

 やばい! このままでは死ぬ!? 


 浅はかだった…… 

 こんなエネルギー、人間の体に取り込める訳なかったんだ…… 

 そうだよな…… 湖の水が全部沸騰するくらいのエネルギーだったんだ……



 ドサッ



 俺は大地に倒れこむ。

 体から煙が噴き出し、俺は燃え始めた……

 フィオナ…… ごめんよ…… こんなとこで死ぬことになるなんて…… 

 君との約束は守れそうにないよ……


「ちょっとマスター、茶番は終わりにしてさっさと帰ってくれませんか?」


 クルスの憎まれ口が聞こえる…… 

 なんだよ…… 人が死にそうな時にそんなこと言いやがって……


「マスターは既に神と同じ力を手にしています。その程度では死にませんよ。さっさと起きてください」


 ん? そういえば…… いつまで経っても意識が遠くならないな。

 それに先ほどまで体の中を暴れまわっていたエネルギーが少しずつ収まっていく。


 次第と俺に纏わりついている炎は消えて、いつもの自分に戻る。

 少し怠い感じはするが、他はいつもと変わらないな。


 起き上がって自分の体を見ると、服がちょっと焦げたくらいで他には何の変化も無かった。


「これは? いや、これでいいんだ…… ははは…… 死ぬかと思った……」

「だから死にませんって。ほら、奥様が待ってますよ。さっさと次の行程に進んでください」


 クルスは俺が起き上がったことをさも当たり前のように言い放つのだが。

 本当に死にそうだったんだけどな……


 まぁ、気を取り直して次に進もう。


 俺は並列思考を最大限に発動する。

 八人の俺はそれぞれ千里眼を発動する。

 見つけだすのはワームホールだ。


 実はこれは以前も実践したことがある。

 こうでもしないと極小のワームホールは見つけることが出来ない。

 だって10^(-33)センチだろ? 目に見える訳がない。

 でも千里眼を使えば……



 ―――フヨフヨッ



 あった。俺の目の前を漂う空間の歪みが。

 これがワームホールだ……


 俺はそれに両手をかざし……


 体内に在するエネルギーの全てを……


 ワームホールに……


 流し込む!


 

 ―――ギュオンッ



 俺に前にサクラが作ったような転移門のようなオドの渦が発生する……


 成功だ……


「おめでとうございます、マイマスター。貴方は目的を果たされましたね。後はそれを通って現世に帰るだけです……

 さぁ行ってください。あまり時間は無いようですよ。ワームホールは時間と共に元の大きさに戻ってしまいます」

「クルス…… ありがとな。すまんが、この世界のことは任せたぞ」


「だからそれが私の存在意義だって言ってるでしょ? はは、何度言っても分からないようですね。我が造物主ながらここまで愚かとは…… 全く嘆かわしい」


 はは、またやれやれってされたわ。

 もしかしてコイツ、俺がすんなり帰れるようにわざと悪口言ってるのかもな。

 じゃあ、ちょっと乗ってやるか!


「分かったよ! じゃあ帰るからな! もうこんなとこ二度と来るか!」

「それでこそマイマスター! では末永く奥様とお幸せに! この地から貴方の未来を祈っています!」


 クルス…… お前、優しいヤツだな。ありがとな。


 俺は後ろを振り向かずワームホールをくぐる……


 最後にクルスの声が聞こえてきた。


「やっと口の臭いマスターがいなくなってくれる! なんと嬉しいことか! 私はこの静かで孤独で素敵な空間で自分の仕事が出来る! マスター! 後はお任せを!」


 ははは! 最後まで憎まれ口かよ! 

 クルス! 後は任せたぞ!



 ワームホールの中に入る。



 この感覚は…… 

 


 まるで竜の森の遺跡で転移魔法陣に引っかかった時のような……



 時間感覚も無く……



 ぼんやりとした意識の中、俺は進む……



 どこに行けばいいのだろう……?



 ただ歩く……



 俺は一つのことだけを考えていた……



 帰らなきゃ……



 帰らなきゃ……



 意識が遠くなる……



 かえらなきゃ……



 カエラナ……



 …………



 ……………………







 全くマスターは世話が焼けますね。

 ほら、起きてください。貴方が進む先に虹を出しておきました。

 それに向かって進むのです。そこが貴方の帰るところですよ。







  ニジ?


  キレイダ


  ソウダ


  アソコニイコウ



 












 ではマスター。これでお別れです。

 奥様を幸せにしてあげるのですよ……


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