交代の時

 王都に黒い雪が降る…… もう見慣れた光景だ。

 これが契約者と管理者の交代の時を知らせる合図となっている。

 どの世界でも俺は黒い雪が降りだしたら約束の地に赴き、管理者と共に果てるのだが……


 だが今回は違う。

 今まで培ってきた力を活用し、新しい試みをしようと思う。それは……


 俺は今、王都の自分の家にいる。

 フィオナは実家で両親に面倒を見てもらっている。もうすぐ子供が産まれるしな。

 いくら彼女が人外の強さを持っているとしても大きなお腹を抱えて一人で過ごすのはかわいそうだ。


 さて、産まれてくる我が子のためにも、パパがんばっちゃおうかな! 


 俺は二階に上がる。

 どうせ今頃俺の部屋には転移魔法陣が描かれているだろう。このタイミングも変わらないんだよな。

 ドアを開けると、いつも通り青く光る魔法陣が壁に描かれていた。


「さてと…… 行くとしますか」


 俺は魔法陣に手をかざすと魔法陣は強い光を放つ。

 目が開けていられない。瞼を閉じていても目の前が真っ白になるくらいの閃光だ。


 少しずつ光が弱くなる……


 そして目を開けると、そこには見慣れた光景が…… 

 ははは、だってもう三万回以上この風景を見ているのだからな。


 約束の地だ。

 そこはまるで雨上がりの塩湖のように天と地が一体となったような幻想的な風景が広がる。

 もし天国があるとしたら、こういう風景なんだろうな。


 視線の先には糸車…… 

 そしてそれを淡々と回す一人の女性が見える。


 アーニャだ。


 俺は彼女に近付いていく。彼女も俺に気付いたのだろう。

 振り向いて、こちらに寄ってきた。


 俺とアーニャは二人で見つめ合う。

 

「待たせたね……」

「うん…… 本当に来てくれたんだね。嬉しいよ。ライトはもう管理者がどんな存在なのかは知ってるんだよね? 説明は必要無いよね……」


 その通り。説明は不要だ。

 管理者とは、この地でモイライの糸車という世界の運命を具現化した糸車をただ回し続ける者を示す。


 誰もいないこの地で黙々と糸車を回す。

 誰を恨むわけでもなく一人、世界の平和を願って糸車を回すだけの存在…… 

 全く馬鹿げてるよな。


「あぁ。説明は不要だ。でも一つだけ聞いておきたい。この世界の理、モイライの糸車ってどの世界でもあったんだ。これっていつからあるんだろうね?」

「ふふ…… 私もそれは考えたことがある。でも答えは出ないの。誰かが始めたのかもしれない。世界が生まれた時に既にあったのかもしれない。

 鶏が先か、卵が先か。因果性のジレンマね。考えても答えは出ない問題なのよ」


 なるほどね……   

 じゃあ俺が新しい理を生み出す一匹目の鶏になるとしますか! 


 俺が始める新しい理。それは管理者になった俺が約束の地……一方通行で出られないであろうここから脱出することだ。

 それを成し遂げるための力は手に入れた。実践するのは初めてだけどね。


 一つ躊躇していることがある。契約者と管理者が交代するということは…… 

 俺はアーニャを殺さなければならないということだ。


 恐らく彼女はその覚悟はあるだろう。

 そのために俺をこの地に誘ったんだからな。


「なぁアーニャ。聞くまでもないだろうけど…… 君は俺に殺される覚悟はあるんだよね?」

「ん? なんでそんなこと聞くの? ふふ、当たり前でしょ。私はもう充分に生きたわ。この地にやってきて五百年…… とても長い時を過ごした。

 もちろん後悔もあるわ。人として、女としての幸せをこの手に掴みたかった…… でもね、満足もしてるのよ。私がこの糸車を回すことで多くの幸せを人に与えることが出来た。時々代行者の目を使って人々の営みを見たりもした。

 幸せそうに過ごす人達を見て、私のやってきたことは間違いではなかったと思えたの。 

 でもね…… やっぱり疲れちゃったの。もう私の役目はお終い。これ以上ここにいては私の心が壊れてしまう。私が私でなくなる前に…… お願い…… あなたの手で終わらせてちょうだい……」


 ははは…… 俺の心配は取り越し苦労だったみたいだな。

 覚悟が無いのは俺の方だったか。



 ―――スラッ



 俺はダガーを抜く。アーニャはそれを見て静かに微笑んだ。

 やっと解放される…… そう言っているかのような安堵した微笑みだった。


 やはりこの子を傷付けたくない…… 

 俺はダガーをしまう。それに気付いたのかアーニャは不安そうな顔をした。


「どうしたの? まさかここに来て日和ってるんじゃ……」

「ははは、違うよ。俺は君を殺す。これは絶対だ。だけど、この世界を守ってきた君に刃を向けるのが忍びなくてね。アーニャ…… 目を閉じて……」


 俺の言うことを聞いてアーニャは目を閉じる。

 俺はこの地に存在するマナを取り込み……


 アーニャの心臓目掛け、時空魔法を放つ。



【止まれ】



 俺が一言発するとアーニャの心臓の鼓動が少しずつ止まっていく。


「ふふ…… ありがとね…… これで痛い想いをせずに逝けるね……」


 そう言ってアーニャは俺に向かって倒れ込んできた。俺は彼女を抱きとめる。


「怖いかい?」

「ううん…… 嬉しいの…… この役目からやっと解放されるんだもん…… ライト…… ありがと……ね……」


 そう言ってアーニャは目を閉じた。

 抱きしめる彼女から血の流れが止まるのを感じる。 

 

 アーニャ…… 

 今まで世界を守ってれてありがとう…… 

 ゆっくり休んでくれ……


 管理者が逝った。

 俺はアーニャの亡骸を地面に丁寧に寝かせる。

 すると……



 ―――パアァッ



 アーニャの体が光に溶ける。

 そしてその光は……


 俺の中へと入っていった。



 ―――ドクンッ



 心臓の鼓動が高まる。力がみなぎるのを感じる。

 そうか、これで俺が管理者になったのか。


 この地にいるのは俺一人。

 ここで何もせずにいたら、俺は管理者としてモイライの糸車を回すことになる。

 でもな…… それはお断りだ。



 じゃあ、俺にしか出来ないことをするか!



 俺はマナを取り込む。



 祝福の本質。それは無から有を生み出すこと。



 まず生み出すのは……



 ホムンクルスだ。



 始めにマナを使い、人を構成する要素、炭素、水を筆頭に様々な物質を創造する。



 それをイメージの中で人型に整える……



 どんな形にするかな? 

 かわいい女性型にするか?

 いや、女性だとここに置いていくのに同情してしまうかもしれん。

 男型だな。


 イメージする……


 俺を造物主として讃え、そして俺の言うことを忠実に守る者のイメージを。


 執事のイメージが湧いてきた。これでいくか。


 俺は並列思考を発動する。


(ホムンクルスの創造だな? やっておくよ。イメージは執事みたいな感じでいいんだよな?)


 あぁ。任せていいか?


(分かった。魂の錬成もやっておくから、お前は他のことをしておいてくれ。だがホムンクルスの創造には時間がかかる。俺だけじゃ無理だ。他の奴らも使うぞ)


 心の中で七人の俺がワラワラとホムンクルスの創造に取り掛かる。


(俺は素体を作る。お前は魂の錬成な)

(勝手に決めんじゃねぇよ! あれはすごい面倒なんだよ!)

(俺が文句を言うな。お前だってさっさとここから出たいんだろ!?)

(分かったよ…… しょうがねぇな……)


 ははは…… 相変わらずうるさいことで。

 さて俺は他の準備にとりかかるとするか。

 今から俺がしようとしていること。それは……


 イメージする……


 この世のどの物質にも属さず、独自の属性を持つ謎の物質。


 負の質量を持つ物質を。


 それが現世と約束の地を結ぶ鍵となる。


 さぁ出てこい。


 俺は念じる…… 



 ―――ドスッ



 手に重みを感じる。

 そこには拳大の負の質量を持った物質、エキゾチック物質が握られていた。


「うおっと!?」


 エキゾチック物質は負の質量を持つ。

 つまり創造した途端に天に向かって落っこちてしまうのだ。

 

 俺はそれを鞄の中に入れて時を待つ。

 あれ? 背負ってる鞄が浮き上がってる。なんか変な感じだ。


 ホムンクルスの様子はどんな感じかな? 


 後ろを振り向くと……

 地面には白骨死体のようなものが転がっている。

 それは少しずつ肉を付けて、その上に皮膚に覆われて…… 

 見ていて気持ち悪い……


 俺は心の中の俺に話しかける。


 何だかすごいことになってるな。


(しょうがないだろ。こっちだって急いでるんだ。時空魔法を使って時間を短縮してるんだ。こんなところで四週間も待ちたくないだろ?)


 そうだな。

 俺はホムンクルスに目を背けるように座る。

 このまま一時間もすれば体は出来上がるだろ。



 そして一時間後……



(おい、出来たぞ! って寝てんじゃねえ! さぼりやがって)


 ははは、すまんね。いつの間にか眠っていたようだ。

 さてどんな感じに仕上がったかな?


 後ろを振り向くと、そこには…… 

 執事服を着た男が立っていた。


「おはようございます、マイマスター」


 そいつは恭しくお辞儀をし、そして顔を上げる…… 

 って、おい。これって俺の顔じゃねぇか!?


(そんな顔するな。俺達も迷ったんだよ。でも知り合いの誰かに似せると情が湧くかもしれないだろ? 俺の顔に似せればそんなこともないだろ。これでいいんだよ)


 なるほど。確かにそうだな。

 例えばホムンクルスの顔がグリフに似てたら、こいつを置いていくことに躊躇してしまうだろうし。


 さてホムンクルスは出来上がった。

 この世界の管理者としてがんばって働いてもらうかね!


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