里帰り
岩の国バクーから戻って来てから五ヶ月が経った。
結局この世界でチシャを見つけることが出来ず、意気消沈して王都に帰ってきたのだが……
一ついい報せがあった。なんと……
フィオナが妊娠していたことが発覚!
お腹はかなり大きくなり、もうすぐ生まれるんじゃないかとドキドキしながら日々を過ごしている。
今ではお腹を撫でると中の子が反応してフィオナのお腹の内側から俺のことを蹴ってくる。
その光景を見てフィオナは聖母のように微笑んでいた。
「ふふ、もうすぐ産まれますね。どんな子なんでしょう。すごく楽しみです」
愛おしそうに自らのお腹を撫でる。
俺は数千年前にこの子に会ってるんだけどね。
まぁそれは言うまい。サクラとも約束したしな。
俺とフィオナはソファーに座って産まれてくる我が子とのコミュニケーションを楽しんでいた。
「なぁ、この子の名前は考えてるのか」
「はい、もう決まってますよ」
「教えて」
「んふふ、秘密です」
なんて会話を楽しんでいると、窓の外から雨音が聞こえてきた。
「降ってきましたね。寒くなってきました。もうすぐ冬がきますね」
冬…… そうか、もうそんな時期か。
そろそろフィオナに伝えないとな。
「この子が産まれるまで実家に帰らないか?」
「実家? ライトさんの村のことですね。いいですけど…… 別に王都で産んでもいいんじゃないですか?」
まぁそうなんだが…… 一つ心配事がある。
奴と出会ってから五年が経つ。そろそろ約束の時がくるはずだ。
「フィオナ…… もうすぐ黒い雪が降る。俺が管理者を倒してこの世界に戻ってくるのは約束する。
だけどこの子が産まれる時にそばにいられないかもしれないんだ。だから信頼する両親の元にいて欲しい……」
「…………」
フィオナの表情が歪む。俺のことを心配してるのだろうな。
「ライトさん…… 前も言いましたけど、本当にこの世界に帰ってこられるんですか? 実際にワームホールを大きくするのだって初めてなんですよね?」
確かにその通り。全てはぶっつけ本番だ。
何度か練習してみようとしたんだ。
でも現世でその方法を試して失敗でもしようものなら大きな被害が出るだろう。
大きすぎると言ってもいい。最悪世界の全てが塵になってしまうかもしれない。
俺はサクラと行った実験でその恐ろしさを体験している。
だからこそ俺は誰もいない場所、約束の地で本番を行うのだ。
「大丈夫だ…… 物質をエネルギーにするのは以前にやったことがある。ワームホールだって並列思考をフルで使って千里眼を発動すれば見つけることが出来る。後はホムンクルスを産み出してから、この世界に戻ってくるだけだ」
俺は自分を落ち着かせるようにフィオナに語りかける。
実は少し自信が無い。理論は完璧でも実践するのは初めてだしな。
「とにかく、どういう結果になってもフィオナには村に帰ってもらいたい。大丈夫、必ず帰ってくるから……」
「約束ですよ…… 二人で産まれてくるこの子を抱いてあげましょうね……」
よし、フィオナは納得してくれたか。
俺はご近所にしばらく留守をすること、グリフやオリヴィア、ギルド長にしばらく王都を離れることを伝え、故郷に帰ることにした。
どうせ帰るのは一瞬だ。簡単な荷造りを終え、俺達は瞬間移動を発動する。
俺達は久しぶりに村への里帰りを果たした。
俺の故郷グランは王都と違い田舎だが静かないい村だ。
妊婦のフィオナにとっても過ごしやすい環境だろうな。
俺はフィオナを連れて実家に帰る。
母さんいるかな? 家に近付くと、母さんが庭仕事をしているのが見えた。
俺達に気付いたのか母さんは駆け寄ってくる。
「ライト!? お帰りなさい! フィオナちゃんも…… って、フィオナちゃん、そのお腹って……?」
「んふふ。お義母さん、ただいま帰りました。そうなんです。もうすぐ産まれるんです……」
フィオナは嬉しそうな顔をして俯く。それを見た母さんは大はしゃぎだ。
「きゃー! どうしましょ! いやだ、私おばあちゃんになっちゃうの!? でも嬉しいわ! ライトに子供が出来るなんて!? そうだ、父さんに知らせなきゃ!」
母さんは興奮したまま父さんの職場に駆け出した。
ははは、今夜は宴会になりそうだな。
「ふふ、お義母さんとっても嬉しそうですね。よかった…… やっぱりここに帰るべきだったんですね」
「そうだね。母さんが戻ってくるまで時間がかかりそうだし…… 家に入って休もうか」
「はい……」
フィオナを連れて家の中に入る。
案の定母さんはしばらく帰って来なかった。
一時間後、父さんを連れて帰ってきたけど、しばらく二人に質問攻めされたよ。
それにちょっと怒られた。子供が出来たのに手紙一つ寄こさないことについてね。
でも二人は終始笑顔だったな。
そしてフィオナへの称賛と俺への叱咤が終わり、小さな宴会が開催された。
夜も更けてきたのでフィオナは先に休ませた。俺は父さんと母さんに話がある。
宴会の片付けを終え、二人はリビングでお茶を楽しんでいる。
「それにしてもライトがお父さんになるのね…… ぐすん…… 嬉しいわ……」
「そうだな。俺は心配だったんだよ。ほらライトって女っ気が無いだろ? 一生結婚出来ないかもって心配だったんだが、子供なんてのは分からないもんだな…… ん? ライトか、どうした?」
楽しんでいるところに、こんな話をするべきじゃないが……
「父さん、母さん…… お願いがあるんだ」
「何? ライトがお願いなんて珍しいわね。言ってごらんなさい」
「そうだぞ。だけど家には余計な金は無いからな! 借金の返済とかだったら協力出来ないぞ!」
ははは、そんなんじゃないって。
俺が伝えなくちゃいけないこと。それは……
「これから話すのは嘘偽りないことなんだ。近い内に黒い雪が降る。その雪が降ったら俺は行かなくちゃいけない。その間、フィオナの面倒を見てあげて欲しいんだ……」
「黒い雪って? フィオナちゃんの面倒ならむしろ歓迎するところだけど……」
「それなら心配無い。だが、ライト…… 行かなくちゃいけないってどこに?」
これは真実を言っても伝わらないだろうけど……
一応言っておこうかな。
「俺はその黒い雪を止めに行く。その仕事は俺にしか出来ないことなんだ。俺は世界を…… 救ってくる……」
父さんと母さんは何だかよく分からないって感じで俺を見ている。
だが、二人から発せられた言葉は俺の想いを大きく裏切るものだった。
「そうか…… じゃあがんばってこいよ」
「そうね…… ライトにしか出来ないなら任せるしかないわね。フィオナちゃんのことは心配無いから、あなたにしか出来ないことをしてらっしゃい」
「え? 俺の言ってること信じてるの?」
二人はさも当たり前のような顔をする。
自分で言ってなんだが、こんな与太話みたいなもんを信じるなんて。
俺が不思議そうな顔をしていると……
「おいおい、俺達はお前の親だぞ。大人になったお前がそんな嘘を付くとは思えん。お前が言っていることは真実なんだろうさ。それに…… お前は小さい時から不思議な力を持ってたもんな」
「そうね。今まで黙ってたけど、ライトは大きなことを成し遂げるって信じてたの。
でもね…… まさか世界を救う人になるとは思わなかったわ!
きゃー! 父さん、どうしましょ!? ライトは救世主になるのよ! 世界を救うのよ! 明日も宴会かしらね!?」
「おう! そうだな! 息子の晴れ舞台だ! 村祭りでもするか!」
二人が盛り上がってる……
ははは…… 親ってのはこういうもんなんだな。
俺は込み上げてくるものがあり、涙が溢れてきた。
俺がメソメソ泣いているのを見て母さんが抱きしめてくれる。
「ふふ。大きくなっても泣き虫なのは治らないのね。ライト…… 産まれてくる子供のためにも必ず帰ってくるのよ……」
「そうだ。フィオナちゃんと赤ん坊を二人にしちゃだめだぞ。お前とフィオナちゃん、産まれてくる子の三人で家族なんだ。誰が欠けてもダメだ。約束しろ。必ず帰ってくるってな……」
そう言って父さんも俺を抱きしめる……
ありがとう……
二人に励まされ、俺の心から不安の二文字は消え去った。
そしてその一ヶ月後。
フィオナのお腹は更に大きくなり、そして黒い雪が降り始めた。
俺は空を眺め、天に向かい一言。
「アーニャ。約束を守ってくれてありがとう。待たせたな。今からそっちに行くから……」
俺は自室に戻り、ベッドに横になっているフィオナに話しかける。
お腹を見ると今にも産まれそうなほど大きい。
早く終わらせて帰ってこなくちゃな……
「フィオナ。ごめん、そろそろ行かなくちゃ……」
「雪が降り始めたんですね……」
そう言ってフィオナは涙を流す。
でもその涙を拭いてから、すぐに笑顔に戻った。
「ふふ…… ごめんなさい。ライトさんのことは信じてるけど、やっぱり心配で…… でも必ず帰ってくるんですよね?」
「あぁ。全てを終わらせて必ず帰ってくる。二人でこの子を抱いてあげなくちゃね」
二人でお腹を撫でる。
それに呼応するようにお腹の中からポコンと言う音を立てて、俺を蹴ってくる。
「あ…… うふふ、この子もパパがんばってって言ってますね」
ははは、ありがとな、サクラ。
もうすぐお前に会えるよ。楽しみだ。
「ライトさん…… いってらっしゃい……」
「フィオナ…… いってきます……」
キスをした。長い長いキスを……
別れを惜しむように……
「えー…… ごほん。ライト、フィオナちゃん。仲がいいことは認めるけど、私達がいる前でそのキスはね……」
「ははは、そう言うな母さん。二人共若いんだ。これくらい熱々な方が俺達も安心ってもんさ」
ん!? 父さん母さん、いつの間に!?
二人がいる前で深いキスを楽しんでしまった。
フィオナも恥ずかしそうに俯いてしまっている。
父さん母さんは俺達をからかい、俺もフィオナも笑う。
ははは、別れってのはしんみりしちゃだめだよな。
よし! 気合入った! それじゃ行ってきますかね!
軽く世界を救ってくるか!
「じゃあ行ってきます!」
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