新しい家族

「ライトさん…… 起きて……」

「ん…… フィオナ? どうした?」


 昨日は夜遅くまで父さん達と飲んでしまい、ベッドに潜り込んだのは東の空が赤く染まる頃だった。

 まだ眠いのだが……


「ライトさん……! お義母さんを呼んできて……!」


 フィオナの声が普通ではない。かなり切羽詰まって…… 

 っておい! そうだ! フィオナは妊娠してるんだった! 


 俺は飛び起きて、痛みに耐えるフィオナに問いかける!


「産まれそうなのか!?」

「…………」


 フィオナは声に出さずに頷く。



 ―――ピチャッ



 ん? ベッドが湿ってる……? 

 やばい…… 破水だ!


 俺は部屋を飛び出す!


「母さん! 母さん!」



 バタンッ! ドタドタッ!



 俺は叫びながら母さんの寝室に飛び込む! 

 母さんは着替えをしているところだったのだが…… 

 ん? どなたですか!?


 そこには母さんの面影を残す俺と同年代の綺麗な女性がいるのだが……


「おはよ、ライト。ふふ、見て。なんだか若返っちゃった」


 そう言って母さんらしき人物は下着姿でクルクルと俺の前で踊っているのだが…… 


 なにこれ!? いやそんな場合ではない! 

 もうこの人が母さんでいいや!


「母さん! フィオナが……! 産まれそうなんだ!」

「ちょっと!? それを早く言いなさい! 今から病院に行く暇は無いわね…… 

 ライト! ノアの家に行ってらっしゃい! ノアのおばあちゃんは産婆さんやってるから! あの人なら信用出来るわ! いい!? 縄つけてでも連れて来なさい!」


「母さんは!?」

「私は出産の準備に入るわ! 急ぎなさい!」


 やっぱり…… 若返った理由は分からんが、この人は俺の母さんだ。

 その理由は後で考えればいい! 俺はノアの家に走った!


 幸いにしてノアのばあちゃんは在宅していたので、朝ごはんの途中だというのに無理を言って来てもらった。


「どれ! 妊婦さんはどこだい!?」

「ラニアさん! こっちです!」


「あんた…… ナコちゃんかい? 何だかずいぶん若くなったような……」

「そんなことはいいから! もうすぐ産まれそうなの!」


「あぁ…… 分かった! ライト! あんたはお湯を沸かしておいておくれ! 綺麗な布もたくさん用意するんだ!」

「う、うん…… 俺も出産に立ち会ったほうがいいかな?」


「いらないよ! こんな時は男がいても邪魔なだけだ! いいからあんたは自分の仕事をしな!」



 バタンッ



 そう言ってばあちゃんはフィオナがいる寝室に入っていった。


「出産にはしばらく時間がかかるわ。フィオナちゃんを励ましてきなさい」

「で、でもさ、俺はいらないってばあちゃんが……」


「いいから。行きなさい」

「…………」


 俺は母さんに促され部屋に入る。

 するとばあちゃんが鬼の形相で俺を睨みつけてきた。


「なんだい!? 男手はいらないよ! 邪魔だ! 出ておいき!」


 やっぱり怒られた…… 

 でも母さんが助け船を出してくれる。


「ラニアさん。少しでいいんです。ライトとフィオナちゃんの二人にさせてあげてください」

「しょうがないね…… でもすぐに出ていくんだよ! 分かったね!」


 ばあちゃんは渋々母さんの申し出を受け、部屋から出ていった。


 ベッドで横になるフィオナは押し寄せる陣痛に顔をしかめている。

 ごめんな、何もしてあげられなくて…… 


 俺はフィオナに寄り添い、手を握る……


「ふふ…… そんなに心配そうな顔しないでください。大丈夫ですよ……」

「フィオナ……」


「ライトさん…… 私、幸せです。貴方と出会い、感情を取り戻して、人として生きていくチャンスを貰いました……

 辛い時もあったけど、また貴方に会えて、そしてこの子が産まれます。ふふ、私以上に幸せな人なんていないでしょうね……」


 フィオナは優しく微笑んだ。その姿を見て涙が溢れてくる。


「もう泣かないでください。ライトさん…… こっちに来て……」


 フィオナは俺の顔に手を添えてキスをした。


「ん…… ふふ、これで安心しました……」


 名残惜しい。

 だが俺がこの場にいても彼女の邪魔になるだけだろう。


「フィオナ…… がんばれよ……」

「はい……」


 俺は部屋を出る。

 入れ替わるように母さんとばあちゃんが部屋に入っていった。



 



 部屋を出て数時間。


 もうすぐ産まれるはずだ。


 俺は無力だ。フィオナが苦しんでいるのに、何もしてやれない。

 

「ライト、落ち着きなさい」


 と母さんが声をかけてくる。

 落ち着いてなんかいられないよ。

 俺はウロウロとフィオナの寝室の前に行ったり、ソファーに腰をかけたりを繰り返す。


 だ、駄目だ! もう我慢出来ない!

 フィオナの顔が見たい!

 

 俺はドアの取っ手に手をかけ……た瞬間……



「おぎゃー……」


 産声が聞こえてきた。


「産まれたのね…… ライト、行ってあげなさい」

「…………」


 母さんに背中を押され、フィオナがいる部屋に入る。

 入れ替わりに、ばあちゃんは出ていった。

 

 フィオナは枕を背にして、赤ん坊を抱いている。

 疲れたのだろう。大粒の汗をかいていたが、表情は笑顔だ。


 俺に気付いたのか、微笑みながら声をかけてくれる。


「女の子です。銀色の髪。私と同じですね……」


 そう言ってフィオナは慈しむかのように胸に抱く我が子の頭にキスをした。

 産まれたばかりの娘と無事出産を終えたフィオナを見たら……安心したのか涙が出てきた……


「フィオナ、ありが……とう…… うぅ……」


 俺はボロボロ涙を流しながらフィオナにキスをした。

 フィオナは微笑みながら……

 

「抱いてあげてください」


 フィオナは小さく寝息を立てる我が子を俺に渡す。

 俺は恐る恐る娘を受け取り胸に抱く。

 この子の名前は……サクラなんだろうな。


 でもサクラに会ったことは秘密にしておいてくれって頼まれたんだよな。


「かわいいな…… 名前は決まってるんだよね?」

「はい。この子の名前はサクラです。前にも言いましたけど、異界で見た花の名前なんです。ふふ、いつかみんなでサクラを見にいきましょうね」


 やはりな。これで以前、異界で会った少女は今抱いている我が子の未来の姿だったか。ずっと信じてはいたんだけどね。


 サクラ、久しぶりだね。

 早く大きくなって、俺と一緒に遊ぼうな。

 でもその前に約束を果たさないと。


「ようこそサクラ。じゃあ前に約束した通り、俺の昔話をしようか」


 分かるはずもないのに俺とフィオナの過去をサクラに語りかける。


 三千世界を渡り、永い時をかけて巡り会った俺とフィオナの物語を。

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