襲来

 十三年…… 前よりも強くなる。その決意を胸に十三年の月日が経過した。

 俺は今の体で二十歳になった。つまり俺が両親を失うその歳になったということ。


 この十三年、俺は魔物を狩り続けたことで前世よりも強くなったという実感はある。


 俺は顔を洗うため、洗面台に。鏡を見ると…… 

 不思議だな。村のみんなの容姿は以前のそれとは全く違うのに、俺は前の姿と同じ顔をしている。

 ふと昔を……いや、前世のことを思い出す。


 前世では俺はマナに頼りっぱなしだった。いざそれを封じられたら持ち味を生かせず、何度もピンチに陥ったものだ。

 なので地力をさらに上げること、そして体内にオドと同じく、マナを蓄積させる技を覚えた。


 そうすることで、いざという時は体内にあるマナを使い剣や矢を創造出来る。これで黒い雪が降ってもある程度は対処出来るはずだ。


 いつでも来い。父さん、母さん、そして村のみんなは俺が守る。そう決意していると……


「あら、ライトー。大きくなったわねー」


 この声…… エリナだ。この人は前世とほとんど同じ姿だ。

 まぁエルフは総じて美男美女が多いからな。人族の目では判別がつけ辛いだけなのかもしれない。


「エリナさん…… エルフは精霊の声が聞こえるって言ってたよね。どう? 最近、精霊は怖がってない?」

「え? それ、今日の飲み会の時にみんなに言おうとしてたことなんだけど…… どうして分かったの?」


 来るな…… 明日だ。

 前世では俺は異常が無いか森に向かった。そして代行者アモンが現れ村を襲う。

 だが今回はどこにも行かない


 ここで返り討ちだ。


「ありがと。何となく気になっただけだよ。そうだ、今夜は飲み会があるんだ。後で迎えに行くよ」

「え、あ…… うん。分かったわ」


 俺はエリナと別れ、家に帰る。両親に避難を促すためだ。母さんは台所で今晩の宴会の支度をしていた。


「母さん。明日なんだけど、何か予定はあるの?」

「明日? そうね…… 特に何も無いわね。お洗濯ぐらいかしら?」


「そう。それは俺がやっておくから、明日は父さんとどこか行ってきなよ。出来れば一日二日遠出をしてくれると嬉しいんだけど……」


 アモンはやってくるはずだ。危険を避けるためには出来るだけ遠くに避難してくれると嬉しいのだが……


「そんなに家を離れられないわよ。でもライトがそういうなら一日ぐらい父さんと遊びに行ってもいいわね。今夜聞いてみるわ」

「そうだよ! 是非そうして! たまには夫婦水入らずでさ!」


「ふふ。ライトったら、そんなこと言って家に女の子でも連れ込む気ね。誰なの? 初めは優しくしなくちゃ駄目よ」


 おいおい、母さん。そんなんじゃないって…… 

 この世界でも母さんはお茶目だ。前の世界と容姿は違うが中身は全く一緒。まごうこと無き俺の愛する母さんだ。


 そんな微笑ましいやり取りをする。夜になるとエルフの交易商が家にやってきて大宴会が催された。


 エリナはワインを一口で飲み干す。そして……


「みんなに伝えておくわね。これから近い内に災害が起こるかもしれない。森の精霊の波動が乱れてるの。恐怖に近いものを感じる。五十年前に訪ねた村が土砂崩れで全滅したの。それに近い波動を感じる…… 

 ただ、どこで災害が起こるか分からない。気にしすぎは駄目だけど、一応注意しておいてね」


 エリナは注意喚起を促すが、それを真剣に聞いてるのは俺だけだ。

 まぁ、これから起こる惨劇を知ってるのは俺だけだからね……


 更に夜も更け、エルフ達は三々五々散って行った。俺も早々にベッドに入る。


 明日か…… 心配もあるが、期待もしている。

 だってそうだろ? 前世で救うことが出来なかった両親を、村の皆を救うことが出来るんだ。

 俺は強くなった。前世よりもずっと。今、アモンと対峙しても負けることはないぐらいに。


 代行者を倒す。そして、きっと現れる。そう、フィオナが……


 俺はそれだけを楽しみに今世での二十年間を生きてきた。もちろん心配もある。

 フィオナはトラベラー。異界に渡る度に記憶を失うはずだ。俺のことを忘れているかもしれない……


 もし彼女が俺のことを忘れていたとしてもフィオナと二人ならまたやり直せばいい…… 


 そう思い俺は夢の中に旅立っていった。











「きゃあああーーー!」


 悲鳴!? ベッドから飛び起きる! まさか…… 

 前世ではスタンピードが起こるのは夕方ぐらいだったはず!


 窓から外を見ると……   

 太陽はまだ東の空にある。午前中のはずだ。

 生きている世界が違うから、時間に誤差が生じたのか!?


 くそ! 俺はダガーを取って家を出る! すると……



 玄関は開いており、父さんが倒れていた。前世の記憶が蘇る。記憶の通り…… 

 父さんの下半身は無かった。無念そうに剣を握り、地面に倒れていた。


「う……」


 吐き気が襲う。口の中が酸っぱくなる。それを一息の飲み干し、我に返る。


 ごめんよ父さん。今世でも俺は父さんを守れなかった…… でも村の皆は俺が助ける。

 そう決意し家を出る……



 そこで見たものは……



 地獄だった。



 畜生。これも前に一度見た光景だ。魔物共が村のみんなを嬲り殺しにしている。

 ふらふらと先に進むと足元に何かが当たる感触が。下を見ると……


 ごめん、ノア。今回もお前を守れなかった。

 可愛い妹分の頭を拾い上げる。その顔は恐怖で歪んでおり、涙の跡がくっきり残っていた。


 本当にごめんよ。結局は俺は誰も守れなかった……


「逃げて!」


 後ろから声がする……? ってそうだ! 母さん! 


 後ろを振りむくと母さんが俺に向かって叫んでいるのが見える。

 何してんだよ!? 母さんこそ逃げなくちゃ! 俺は母さんに向かい走り出す。


 前世の記憶が蘇る。


 そうだ。母さんは……


 魔法によって身を焼かれ……


 考えるな! 今回は助ける!


 身体強化術を発動する!


 後数歩……


 母さんを地面に伏せさせることが出来たら……


 魔法を避けられるはず……


 だが……


 なぜだろうか。急に俺の体が動かなくなった。


 その場で微動だにすることが出来ず母さんを眺めることしか出来ない。


 そして……


「ライ……」



 ―――ゴォォォッ



 母さんは魔物の炎に焼かれ…… 灰になった……


 その瞬間、俺の体を縛る力が抜け、自由になるのを感じる。


 なんだよ…… 


 ふざけんな! 


 俺はみんなを助けられないのかよ!?


 まさか、みんなが死ぬのが運命だってのか!? 

 因果律!? そんなもの、くそ喰らえだ!


 怒りが全身を支配する。

 この怒り、この恨む、はらさでおくべきか……


 俺はダガーを握りしめる。背後から殺気を感じるからだ。


 はは、そう焦るなよ。ちょうど俺も誰かを殺したかったんだ。

 お前が俺の相手をしてくれるんだろ? なぁ、アモン…… あれ?


 そこにアモンはいなかった。俺を見たのは死霊の群れ。中央にはローブを羽織った骸骨がカタカタと歯を鳴らして笑っていた。


 そうか、代行者の姿は世界によって違うって言ってたもんな。今回の代行者はリッチか。


 俺はマナの剣を構える。一撃だ。得意の遠当てで真っ二つにしてやる。

 マナを取り込む…… 


 取り込んだマナは足元から丹田へ。丹田から腕、そしてダガーに……



 マナがダガーに集まるのを感じる。そして……



 ―――フォンッ……



 一閃……のはずなんだが、剣閃は発動することなく、敵の目の前で素振りをするだけに終わってしまった。   


 どうした!? なんで一閃が発動しない!? 訳も分からず再び剣を構える。するとそこで再び体が動かなくなった……


 なんでだよ!? くそ! 動け! 動けぇ!


 俺の想いを裏切るように、体はビクともしない。死霊達は俺をあざ笑うかのように近寄ってくる。

 そして俺を取り囲んで……

 そこからの記憶は無い。覚えているのは……


 リッチの指が俺の右目を抉る感触だけだった。


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