トラベラー
目が覚める。目に映るのは綺麗な青空。そして焼け焦げた匂い。横を見るとノアの首と目が合った。
少しびっくりはしたがこの光景を見るのは二回目。流石に吐くことはなかった。
ごめん。
その一言しか出てこなかった。でも涙は出て来ない。この光景を見るのは二回目だからな。ノアの首を拾い辺りを見渡す。生きている者は……いない。
ちくしょう。俺はまた救うことが出来なかった。
でもなんでだ!? 力は付いたはずだ!
体感では前世の二倍は強くなった感じがする。この十三年間で殺した魔物は数えきれない。
それだけのオドを取り込むことで、少しずつではあるが俺は強くなったはずだ。
なのにだ。敵を前にしたとたん、体が動かなくなって皆を助けるどころか、明らかに格下の魔物に遅れを取ることになってしまった。
ちくしょう……
ちくしょう!
ちくしょう!
やるせなさと自分に対しての情けなさが俺の心を埋め尽くす。今の俺にやれることは……
愛する人達を弔ってあげることだけだった。
はは。まさか、二回もこんな思いをするなんて。ノアの首を置いて、俺は墓穴を掘り始める。
身体強化術を発動して穴を掘るので仲間達全員の墓を掘るのに一日もかからなかった。
その代わり……
父さんと母さんの墓には多くの花を供えた。
ごめんよ。父さんと母さんには言ってなかったけど、俺、前世の記憶を持ってたんだ。
そのことを伝えようとしたこともある。でも止めたんだよな。
だって二人は俺のことを前世と同様に愛してくれた。
俺が失った親への愛。それを二人は再び与えてくれたんだ。
そんな二人に息子が前世の記憶を持っているなんて言うのも無粋じゃないか。
だから俺は二人だけの息子のライトでいることにしたんだ。
物言わぬ両親に語り掛ける。そして俺は……
大声で泣いた……
二十年間、俺の両親でいてくれてありがとう。
父さん、母さん、愛してるよ……
◇◆◇
泣きつかれて眠ってしまったようだ。目が覚めると夜になっていた。
墓の前で寝ていたのか。
そうだ。この数日後、きっと現れる。
愛しい人の顔が思い浮かぶ。
親、友人を失った直後なのに不謹慎かもしれないが、俺の胸は期待に溢れていた。
会いたい……
フィオナはトラベラー。異界に渡る度に記憶を失うはずだ。
もしこの世界に転移していたとして、彼女は俺のことを覚えているだろうか?
いや、考えるな。俺のことを忘れていたとしてもフィオナはフィオナだ。
彼女とならもう一度やり直せる。
俺は気怠い体を引きずって、半壊した我が家に帰っていった。
翌日、俺は村の食料品店の跡地に行って小麦を拝借した。ごめん。本当はお金を払うべきなんだろうけど。
久しぶりに会うフィオナのためにラーメンを作ってあげたくなった。
因みにこの世界にも麺という食文化はないらしく、母さんにラーメンのことを伝えたが、よく分からない顔をされた思い出がある。
今思えば、母さんに食べさせてあげればよかった。後悔先に立たずか……
鶏小屋は無事だったので小麦と水、卵を練り込んで生地を作る。そして細く切って天日で干す……
いい天気だ。明日には乾燥麺が出来上がるだろ。ラーメンはフィオナに教わった料理だ。
たしか言ってたな。料理については記憶してるのではなく、体がその作り方を覚えてるって。だからきっと彼女は美味しいと言ってくれる。
ふふ。楽しみだ。もうすぐ会える。
翌日、麺の状態を見る。いい感じに乾燥してるな。
さて、今の内に出来ることをするか……
武器屋の跡地に赴く。焼けこげた屋内から良質なダガーを取り出す。
俺は直接ダガーを使って戦闘することは少ない。だが触媒となるダガーの質が良ければ良いほど、マナの剣の威力も高くなるようだ。
それは前世でデュパのダガーを使った時に立証済みだ。
ついでに弓と鎖帷子も拝借した。防具についてだが前世の通りだと、俺は獣人の国サヴァントで刺され死にかけている。
油断した俺が悪いんだけどな。なので、なるべく刺突耐性が強い防具を選んだ。
俺は家に戻りダガーに鑢をかける。どうせフィオナが現れるまであと数日ある。すぐに旅に出られる準備を……
あれ? 別に旅に出る必要も無いんじゃないか? 何で俺は王都に向かう気でいるんだろうか?
あ…… そうだ。忘れていたわけではない。
俺にはフィオナと同じくらい会いたい人がいる。
チシャ……
血は繋がっていないが俺の大事な娘だ。きっと彼女はこの世界にいるはずだ。
早めに救ってあげたい。フィオナに会ったらすぐにバクーに相当する国に行くのもありだな。
親子三人で仲良く暮らす…… そんな幸せな想像に浸る。
そして数日後……
朝早くに目が覚める。きっと今日彼女は現れる。
期待しすぎてしまったのか、夜が明けきらないうちに目が覚めてしまったのだ。
かまどに薪をくべ、鍋に水をはっておく。
すぐにラーメンを茹でられるようにしておいた。彼女に食べさせてあげなくちゃ。
一応部屋の掃除もしておいた。下種かもしれんが寝室の掃除は念入りにな。シーツを取り換えてっと……
二十年間、彼女を一時も忘れたことがない。恥ずかしい話だが、この体で精通した時もフィオナを想って……
そ、それはどうでもいい。
支度を整え、後は待つだけ。
俺はベッドに寝転ぶ。そして……?
外から気配がする。窓から外を眺める。
誰かが両親の墓の前に立っている……
「フィオナ!」
俺は矢も楯もたまらず、家を飛び出す!
会いたかった!
俺の愛しい人!
君に会うために今まで生きてきたんだ!
墓の前に立つ人物との距離が近くなる…… って、あれ?
フィオナではなかった。だがどこか見覚えがある。
金色の美しい髪。尖ったエルフ耳。細い体。その体に似つかわしくない大きな弓。
彼女はゆっくりとこちらを振り向く。そして……
「初めまして。契約者様」
目の前にいたのはフィオナではなかった。
彼女は俺が前世で、この手で殺してしまったトラベラー…… アイシャだった。
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