因果律

「ライトー、ごはんよー」

「うん、分かったー。すぐ行くねー」


 俺は構えた鍬を地面に振り下ろす!



 ザクッ ザクッ ザクッ



 ふー、これで午前の仕事も終わりだな。農家の仕事は初めてだが、中々遣り甲斐があって楽しいもんだ。


 家の近くにある井戸から水を汲み出し、手を洗い口を濯ぐ。

 家に入ると母さんがお昼ごはんを用意してくれていた。


「ご苦労様。ライトのおかげで来週には新しい畑が出来そうね。ふふ、あなたは本当に力持ちね」


 まぁ、ちょっと身体強化術を発動してたからね。


「そういえば、父さんはまだ帰ってきてないの?」


 いつもだったら父さんはこの時間は家で仕事をしている。父さんはこの世界でも村長をしているのだ。


「今度の交易のことでエルフさん達と相談があるんだって。帰ってくるのは夕方みたい。だから、先に二人で食べましょ」

「うん、そうだね。お腹空いちゃったよ。じゃあ、いただきます!」


 母さんが用意してくれたごはんを頂く。まずはスープを一口…… 

 なんでだろう。前世でも味わったことがあるミネストローネと同じ味だ。美味い…… 母さんの味だ。


 俺は無心で料理をかき込む。美味しくて、そして、切ない味だ。この味をもう一度味わえるなんて……


「あれ? どうしたの、ライト? 涙なんか流しちゃって?」 


 え? 俺、泣いてる? はは、自然と涙が出ていたようだ。袖で涙を拭う。


「美味しすぎて涙が出てきちゃった。お代わりしてもいい?」

「ふふ。いっぱい食べなさいね」


 母さんは俺の頭を一撫でしてお代わりをよそいに行く。


「よいしょっと。ふふ、だいぶお腹が大きくなってきたみたい。ライトは弟と妹、どっちがいい?」


 母さんは自分のお腹を愛おしそうに撫でる。


 同じだ…… 


 俺が前の人生で見た光景と。



 俺がこの世に生まれ落ちて七年が経つ。俺は管理者と同時に果てることで世界の理を終わらせることが出来た。


 管理者…… アーニャが提示した三つの選択肢以外の第四の選択肢を選んだのだ。

 結果はどうなるか分からなかった。だからこそ管理者、契約者が同時に果てる方法を選んだんだけどね。


 結果として俺は新しい人生を歩むことになった。だがこの人生においても俺はなぜかライトと名付けられた。

 俺が生きているこの国はサハーという国で、俺が住むこの村はセレンというらしい。

 これは前世で住んでいた国と同じではない。


 両親についてだが、不思議なことに記憶の中にある父とは容姿は違うものの雰囲気は前世の父と一緒のものだった。

 名前もコディ。これも一緒だ。母も同様にナコという名だった。


 当初は何が起こったのか分からなかったが、どうやら俺は【転生】をしたらしい。

 これが世界の理を終わらせた俺へのご褒美なのか、罰なのかは知らんけどね。ともあれ俺は生き残ることが出来たってわけ。


 そして俺が産まれてから七年が経つ。

 そろそろだ…… 気を付けないと……

 

 母さんは俺の弟妹を身籠っている。前世ではちょうどこの頃に……


 俺が生きているこの国は前に人生とは違うところが多い。だが俺に関わる人であったり、俺の人生に関わる大きな出来事は前の人生と同じように起こっているのだ。


 例えば、三年前に隣の家に女の子が産まれた。その子が二歳になる頃には一人で俺の家に遊びに来ては俺の部屋に入り浸っていた。

 その女の子の名前はノア……


 ノアは常々、俺のお嫁さんになるって言ってた。今回も一緒だ。はは、ノアはおませさんだな。

 でも、もしかしたら俺が二十歳になる頃には…… 


 止めよう。今はまだ推測に過ぎないのだから。


 そして去年だったか。俺は独りで森に入り、手製の弓で獲物を狩っていた。鶏肉のフリットが食べたくなっちゃってね。

 俺は元狩人。森で迷うことなんてない。


 でも、なぜかその時は方向感覚が突然狂ってしまい、一日森で過ごすことになってしまった。

 夜の森は危険だ。俺を食らおうとゴブリンやらコボルトやらがワラワラと俺を襲いに来た。全部返り討ちにしてやったけどな。


 なぜか身体強化術や地母神の加護、祝福は使えるのだ。体が小さいので総合的な戦闘力は前世より落ちるだろうが、そこらの魔物には遅れを取ることはまず無いと言っていいだろう。


 因みに魔法は未だに使えない。センスが無いのは今世も一緒のようだ。


 他にも細々した思い出も前世と同様に起こっている。つまり……


 転生したはいいが、俺は前世と同じ人生を歩んでいるということだ。




 因果律




 その言葉が脳裏を過ぎる。

 やはり俺が二十歳になる時にこの村は…… 

 もしかしたら、代行者に襲われ…… みんな死ぬかもしれない。

 そして、皆を弔った後に現れるはずなんだ。



 フィオナ……



 彼女のことを一日たりとも忘れたことがない。きっと彼女は俺の前に現れる。

 だが、もし彼女が現れることがなかったら……



 ―――ガシャンッ!



 食器が割れる音!? しまった! 失念していた! 

 くそっ! あれほど気を付けていたのに!


「いやぁああー!」


 母さんの悲鳴! 畜生! やっぱり今世でも起きるのかよ!?


「母さんっ! 大丈夫!?」


 母さんは床に座り、泣きながらお腹を押さえて…… 

 スカートは濡れている…… 


「ごめんね…… 父さんを呼んできて……」


 流産…… 

 そう、俺は前世でも産まれてくるはずの家族を失っている。


 俺は急ぎ、父さんを呼びにいった。



◇◆◇



 俺は父に知らせ、その足で医者を連れてくる。容体は悪くないようだが、お腹の子は……


 父さんは俺の肩に手をかける。


「ライト。これからしばらく母さんは辛い想いをするだろう…… 母さんを助けてやってくれよ……」

「うん……」


 これも前世の記憶の通りだ。

 やはり…… もう間違いない。俺は同じ人生を歩んでいる。

 俺が二十歳になる頃にはスタンピードが起こるはずだ。そして俺の愛する人は皆殺されてしまう……


 でもな、そんな運命はクソ喰らえだ。因果律だが何だか知らんがそれに黙って従うつもりはない。

 今世では父さん、母さんを助けて見せる。


 スタンピードが起こるまで後十三年。その間に強くなればいい。新しい要素が加われば、未来はきっと変わるはず。

 そうして俺は前世で虚しい円環を終わらせることが出来たんだ。


 今世での両親、友人は前世の姿とは違う。

 だが俺への愛は変わらない。そして同様に俺も彼らを愛している。


 死なせるもんか。


「ちょっと行ってくる……」


 俺は自室に戻り、弓とダガーを取り出す。

 家を出ようとすると父さんが俺を呼び止めた。


「ライト、どこへ行くんだ! 弓なんか持ったりして!?」

「母さんに美味しいお肉を食べさせてあげたくて…… 大丈夫。あまり森の奥には行かないから」


「待ちなさい! ライト!」


 父さんの声を無視するように家を飛び出す。

 身体強化術を発動して…… 全力で家から駆け出す!


 ごめん、父さん! 後ろを振り向くと父さんは俺を追ってきているようだが、身体強化術を発動した俺に追いつける訳もない。

 父さんが見えなくなる走り続ける。そして鬱蒼とした森が目の前に広がっていた。


 さてと…… 久しぶりに高速回転クロックアップを発動する。

 俺が今からやろうとしていること……


 魔物を狩り続ける。森には多数魔物がいるからな。魔物を殺しオドを奪う。そうして俺は強くなれる。

 来たるスタンピードまでに…… 俺は強くなる。今よりももっとだ。


 そして、今の世界での両親と友人を救い、フィオナを探し出す。



 マナの剣を発動し、俺は森へと入っていった。


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