竜の森

「起きてください。出発しますよ」

「うぅん……」


 フィオナが俺の肩を揺すっている。眠い…… もう朝かよ。

 昨日はキスの応酬でほとんど寝られなくなった。一時間は寝られたか?


 当のフィオナはキスが終わった途端に背を向けて寝息を立て始めた。こういうところは人間じゃないなって思う。


 寝ぼけ眼で着替えているとおじさんとルージュが俺を迎えに来た。外に出ると東の空が薄っすら朱に染まっている。

 ここから馬で一日かけて竜の森に行く。

 俺が先に馬に乗り、フィオナに手を差し出す。


「ほら」

「はい」

 

 馬の上から手を伸ばし、フィオナを後ろに乗せる。

 背中に彼女の心地よい熱を感じた。


「では行きますよ!」


 ルージュを先頭に俺達は出発した。

 馬に乗りながらおじさんと昔話をする。大半は俺のいたずらの話だったがね。そうだ、一つ聞くことを忘れていた。


「そういえば王様付きの宮廷医師のこと知ってる?」


 グウィネの両親の話だ。昨日はおじさんに会うことが出来たのだが、色々話が進んだのですっかり忘れていたのだ。

 リリアに避難していたのだろうか?


「スースのことか? 彼は夫人と一緒に捕らわれているはずだ」

「そう…… まさか死んだってことはないよね?」


 恐る恐る聞いてみる。もし既に殺されていたら、俺はグウィネになんて伝えればいいんだ……


「大丈夫だろう。クヌート様は心臓に病気を抱えていてな。スースの健診、治療が無いと生きられない。エセルバイドは生きてクヌート様から王位を譲渡してもらうのが目的だ。絶対に彼を殺すことはないだろう」


 そうか、安心したよ。でも今は大丈夫なだけだ。もしエセルバイドが王様を殺せばスースさんは用無しだ。いつ殺されてもおかしくない。急がなくちゃ。



 ―――ギュッ


 

 ん? 腰に抱きつくフィオナの手に力が入る。


「大丈夫ですよ。私達でグウィネを安心させてあげましょう」

「そうだな!」


 フィオナの言う通りだ。がんばろう、グリフとグウィネのためにも。

 



◇◆◇



 何度か休憩を重ね、日が暮れるまで馬を走らせる。空気が重く感じ始めるり魔素が濃くなってきたんだ。

 目の前に森が迫ってくる。先頭を走っていたルージュが馬を止めて……


「今日はここで一泊しましょう。遺跡は森に入って二時間歩けば着きます。見張りと火の番は私から行います」


 見張りか。ふふ、それなら心配ご無用。


「ルージュさん、フィオナが結界魔法を使えるので見張りは必要ありません。みんなで休みましょう」


 と言うとルージュが驚いた顔をする。


「結界魔法!? フィオナさんがトラベラーだという情報は伝わってきたけど、どんな魔法が使えるのかは知らなかったわ。ひょっとして上級魔法以上が使えたりする?」

「…………」


 フィオナが俺の方を見てくる。言った方がいいのだろうか? 

 ルージュはいい人そうに見えるが、相手は諜報部。この情報が悪用されるとも限らん。

 でも遺跡内では戦闘があるはずだ。どうせバレるなら今言っても同じ。

 俺は黙ってフィオナに向かい頷く。


「はい。超級魔法は一通り。神級魔法も一つだけ使えます」

「神級!? 二人共と一緒にサヴァントに来ない? 破格の待遇をするわよ! ほら、閣下も何か言ってください! 戦力増強のチャンスですよ!」


 おいおい、いきなりスカウトかよ。

 でも破格の待遇ってのが気になるな。今の仕事は楽しいが給料は安いし。


 そんなことを思っていたら、おじさんが笑いながら口を開く。

 

「がはは! そんなことはしねぇよ! ライトは俺の子供みたいなもんだ。俺はな、子供には自由に道を選ばせるタイプなんだ。こいつがそれを望めば歓迎はするが、ライトはそんな玉じゃないだろ? 

 それにこいつにはやることがあるそうだ。それを終わらせないとこいつは先に進めないみたいだからな」


 おじさん…… 独身のくせによく言うぜ。ちょっと感動しちゃったじゃん。嬉しくなったので、俺が二人に料理を作ることにした。 

 道中猪の子供を一匹狩ることが出来たのでそれを使ってポークソテーを焼く。単純だけどこれが美味いんだな。


 二人は満足してくれたようだ。いや、おじさんは物足りないみたいだ。骨をガジガジ齧っている。犬みたいだな…… はは、そりゃ犬獣人だから仕方ないか。


 食事が終わりいつも通りのティータイム。俺はタバコを吸うため一人になる。  

 おや? おじさんとルージュが木陰の下にいる。何か話してるな。


「閣下…… やはりライト君をこの国に引き抜くべきかと」

「しつこいぞ。でもライトの料理は美味かったな。俺の専属料理人にするなら考えてやってもいいぞ」


 なんか二人が小声で不穏な話をしているのが聞こえる。あんたさっき子供には自由な道を進ませるとか言ってたよな? 

 このクソ犬め。ははは、でもなんか楽しい。幸せな気分のまま眠ることが出来た。



◇◆◇



 翌朝、簡単に朝食を済ませた後ルージュから説明があった。


「今日から遺跡内部に入ります。遺跡は三階層に分かれており、迷宮のようになっているとのこと。内部は非常に狭く、下手に魔法を使うと味方に当たってしまう可能性があります。魔法使用の際は声掛けの徹底をお願いします。

 前衛はライト君、中衛に私と閣下。閣下ははっきり言って戦力外です。怪我をして私達の足を引っ張らないようお願いします。後衛はフィオナさん。魔法使用の際の注意点は先ほど言った通りです。何か質問は?」


 はっきり言うなぁ。

 案の定、おじさんが不機嫌そうに手を上げた。


「俺がこの中で一番弱いのは分かるが他の言い方があるんじゃねえか? 俺だって傷付くぞ……」


 しょんぼりしている。よしよし。後で骨をあげるから機嫌直して。


「失礼。ですが閣下はラーデで大切な仕事があります。私は死んでも代わりはいますが、貴方は違うんです。この救出計画にはライト君達と閣下、両方がいなくては成功しません。ですからその自覚をもって行動していただきます」

「くそ、わーったよ。ライト、すまんな。戦闘になったら頼むわ。俺が前に出たら子守りがうるさそうだしな」


「初めからそのつもりだよ。前衛は任せて! おじさんのこと守ってやるからさ!」

「がははは! あの時のガキがこんなこと言ってやがる! 分かった! 俺の命はお前に預けるわ! しっかりラーデまで連れていってくれよ!」


 よし! 気合入れていくぞ! 

 俺達は森に入る。ここから二時間で遺跡に到着するはずだ。この森は竜の住処。なるべくなら消耗は避けたい。千里眼を使い索敵しながら森を歩くことにしよう。


「すいませんルージュさん。千里眼って能力を使いたいので前衛を代わってもらえませんか? 少し広めに索敵したいので」

「千里眼!? ライト君ってそんな力も持ってるの? もしかしてギフト持ち……?」


「えぇ、一応地母神様から加護と祝福をいただいているみたいです」

「閣下!」

「分かってる! みなまで言うな!」


 ルージュは俺をスカウトする気満々みたいだな。アモンを倒して機会があったらね。その時は考えてもいいけど。あくまで考えるだけね。


 視界を五百メートル先まで見られるようにする。おー、いるわいるわ。地竜の親子が全部で六匹。他にもコカトリスやらワームやら。持っててよかった千里眼。


 囲まれなければ勝てると思うが今は戦う時間など無いのだ。こいつらは全部スルーだな。


 そのまま二時間程歩くと、予定通り遺跡の前に到着した。遺跡っていうよりは洞窟だな。中から禍々しいオドを感じるな……


 足を踏み入れようとすると、フィオナが俺の袖を掴む。どうした?


「気を引き締めてください。中には多分魔神か邪神がいます」


 一筋縄ではいかないよな…… 

 予想はしてたけど……


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