ルージュ

「入ってくれ」


 俺達を案内してくれた兵士は俺達を会議室に通してくれた。

 中に入るとバカ犬ことカイルおじさんが俺を出迎えてくれる。


「ライト! よくきた! って、うわぁ!?」

「よーしよしよし!」

  


 ワシャシャシャシャッ



 昔やったようにおじさんの頭を撫でる。毛が逆立つように、それはもうネットリと。

 ふふ、懐かしいイタズラだ。


「やめろ! そんなネットリ撫でるな! 毛が逆立つだろ! ははは! お前なんでここにいる!? 説明してもらうぞ!」


 おじさんは嫌がりながらも笑顔で応える。ほんと無事でよかったよ。さぁ話を進めないとな。


「ごめん…… ちょっと人払いをお願いしてもいいかな?」

「ふむ。おい……」

「はっ! 失礼します!」


 おじさんは兵士に視線を送り、外に出るよう促す。後でおじさんからお礼を言ってもらうようにお願いしよう。


 部屋の中には俺、フィオナ、おじさんだけになった。

 初めに口を開いたのはおじさんだ。


「それにしてもお前、その耳と尻尾は…… なるほど、潜入か。お前の匂いがしないもんな」

「当たり。アルメリアにナイオネルって宰相がいるでしょ? その人にお願いされたんだ。クヌートさんを救ってくれって」


「なるほどな。戦争回避のためってところだな。ナイオネル殿、感謝するぞ」

「なんで戦争回避のためって分かったの?」


「お前俺をバカにしてないか? これでもこの国の政治家だぞ。それぐらい分からないでどうするよ? ナイオネル殿の腹の内も分かってるよ。それでお前は具体的にどう動くつもりだ?」

「それはこれから決めるよ。だって俺、この国は右も左も分からないからね。まずは協力者を探すところから始めるつもりだったんだ」


「俺が一人目の協力者か。いいだろう。隠密での救出作戦では個人の戦闘能力が大きくものを言う。お前なら適任だ。では具体的な話といこう。座れ」


 ソファーに腰を掛けるとおじさんは地図を広げてきた。


「リリアの町がここ。首都ラーデはリリアから北西に百キロ先にある。現在リリアから二十キロほど先でエセルバイドとうちらの睨み合いが続いているってところだ」

「戦況はどうなってるの?」


「今のところは互角だな。だが兵站が残り少ない。戦闘を続けるのも一か月が限界だろうな」

「エセルバイドの目的って、王位の譲渡であってる?」


「あぁ、首謀者はシーザー アトレイド エセルバイド。猫氏族の中で最も強い虎族の男だ。個人での戦闘力も段違いに強い。この国で随一の身体強化術の使い手でもある。お前たしか高速回転クロックアップが使えるんだったよな? 奴もなんだよ」


 俺と同じ高速回転の使い手か。厄介だな。注意しないとな。首謀者の名は分かった。では他の情報だ。


 その後も話を続ける。現在エセルバイドはサヴァントの都市のほぼ全てを掌握しているとのことだ。

 しかしこのクーデターはスタンピードを利用して起こった。

 つまりエセルバイドは犬氏族達と戦いつつも、魔物達と戦っている状況だそうだ。

 今も首都ラーデの南でスタンピードが発生しており、エセルバイドはその対応に追われているらしい。


 これは朗報でもあり、悲報でもある。

 エセルバイドがスタンピードを抑えてリリアに援軍を送ったら…… 

 おじさんは一ヶ月って言ったけど、実際はそこまでの余裕は無いだろう。


「エセルバイドに見つからずにラーデに着く方法ってない? 最悪見つかっても俺達で対応出来るような警備が手薄なルートがあれば……」

「お前の存在はどこまで知られていい? ナイオネル殿に口止めされてるんだろ?」


「なんでそこまで分かるの!?」

「お前、ほんと俺を舐めてるな!? 政治家なんてものは相手との腹の探り合いだ。この程度のことなら言われなくても分かる」


 おじさんすげーな…… もうペット扱いは出来ない。後で敬意をもって耳の後ろを掻いてやろう。


「信頼出来る人ならある程度大丈夫だって」

「そうか…… ならルージュに頼むかな。ちょっと待ってろ」


 おじさんが部屋を出ていく。隣に座っていたフィオナがそっと手を握ってくれた。ありがとう、俺は大丈夫だよ。


 おじさんはすぐに戻ってきた。一人の女性を連れて。

 この人…… さっきの垂れ耳の美人さんだ。


「紹介しよう。彼女はルージュ ルーグナ ウィンダミア。この国の秘密情報部の代表だ。

 この国の地理に明るく戦闘能力もずば抜けて高い。案内人として彼女の右に出るものはいないだろう。今から彼女を中心にクヌート様の救出計画を立てる」


 ルージュか。彼女はニッコリ微笑んで俺に挨拶をする。

 

「初めまして、ルージュと申します。お会いできて光栄です。君は確か…… 

 出自はアルメリア、王都領グラン。スタンピードで両親を失い、トラベラーのフィオナと共に王都に移住。その後元Aランク冒険者オリヴィア バレンタインから稽古を受け、師匠を超える。

 ギルド登録をするも鳴かず飛ばずのうちにギルド職員に転職。国内で多数のAランク依頼を無償でこなし己が力を付けていく。森の王国で超大型のスタンピードを鎮圧。その功績が認められS級ギルド職員となる。そして現在に至る。

 これで合ってるかしら?」

「え……?」


 この人…… 俺のことをここまで!? 

 おじさんにはある程度今までの経緯は話したが、エルフの国を救ったのはおじさんが去った後だ。

 知り得ない情報を何故知っているんだ?


「ルージュ、悪い癖だぞ。ライトがびっくりしてるじゃないか」

「ふふふ。ごめんなさいね。君は意外と有名なのよ。人ならざる力を持った者がアルメリアにいるってね。部下を使って調べておいたのよ。

 諜報部ってのは国内外問わず私達にとって脅威になり得るものを調べるのが仕事でね。ふふ、あなたは私達の敵になり得るのかしら。宰相閣下と仲がいいからそうは思えないけどね」

「は、はぁ……」

 

 諜報部って怖いな。俺の情報全部知られてんじゃん。


「話が逸れてしまったわね。では先に進みましょう。現在の状況は知っているわよね」

「…………」


 俺は黙って頷く。


「よろしい。主要な街道は全てエセルバイドに抑えられている。それらのルートは除外。南にもラーデに続く街道は二つあるけど現在はスタンピードで魔物の巣窟になっている。加えてエセルバイドがそれの鎮圧を行っている状況よ。これも除外ね。

 そこで考えられるのは北からのルート。大回りしてラーデに向かいます」


 大回りか。回り道になっても猫氏族に見つからない方がいい。危険は可能な限り避ける……と思ったが、おじさんが大声で口を挟んでくる。

 

「本気かルージュ!? 北って言ったら竜の森じゃねーか! いくらこいつらが強いからって竜の巣を通っていけっていうのか!? 死なないにしても時間がかかり過ぎるぞ!」

「閣下。最後まで聞いてください。竜の森に遺跡があるのはご存知ですか?」


「いや、初耳だ。ってゆうかお前、その情報今まで隠してただろ?」

「ふふ、ばれましたか。私達の斥候がその遺跡を発見しまして。内部を調査させましたところ、転移魔法陣がありラーデ付近と繋がっていることが分かりました。  

 ただ内部は迷宮のようになっており、魔物の巣窟になっています。調査には諜報部の腕利きを五人向かわせたのですが、生きて帰ってきたのは一人だけでした」


 迷宮…… 噂には聞いていたがそういうものもあったんだな。魔物の巣窟か。  

 危険は伴うだろうが、猫氏族に見つからなければそれでいい。

 

 それに転移魔法陣か。この世界には転移魔法は存在しない。

 かつてはあったそうだがその力を恐れた当時の為政者が転移魔法を使える者を虐殺して、その力を封印したそうだ。

 その残りがそこにあるのか。


「ルージュさん。遺跡への案内お願い出来ますか?」

「よろしい。ですが内部はかなり狭くなっています。大勢を連れていくとかえって危険です。パーティを組む必要がありますが四人が限界でしょう」


 四人か。俺とフィオナ、案内人としてルージュ。あと一人は誰にするか…… 

 おじさんに腕利きを紹介してもらうかな。


「おじさ……」

「俺も行くからな」


 何言ってんだ!? 多少腕が立つことは知ってるけどあんた宰相閣下だろ!?   

 多少腕が立つのは知ってるが、政治家が敢えて危険な場所に行くなど……


「そんな顔で見るな。俺が行くには理由がある。ラーデに着いてお前がシーザーを倒すとするよな? 俺はその首を持って猫氏族を説得に行く。猫氏族ってのは単純なところがあってな。とにかく強い年長者に従うんだ。

 謀反を起こしたとしても末端の兵はそれに従ってるだけだ。なるべくなら助けたい。エセルバイドでも我が国の国民だからな。俺なら奴らに降伏を説くことが出来る。お前じゃ無理だ。お前が首を持って奴らの前に出ていったら話を聞くどころか壮絶な復讐戦が始まるだろうよ。

 クーデターを収めるには王を助けるだけじゃダメなんだよ。全てを丸く収めてそれで終わる。それには絶対に俺が行かなくちゃならん。それに俺はそれなりに強いぞ。お前も知ってるだろ?」


 確かに。俺に身体強化の術を教えてくれたのはおじさんだしな。

 でもおじさんってもう四十超えてるよな。大丈夫だろうか?


「行くにしてリリアはどうするの? トップ不在じゃ成り立たないんじゃないの?」

「心配いらん。どうせこの状況じゃ俺はお飾りにすぎん。将軍に指示だけ出しておけば問題ないよ」


「ではメンバーは決まりですね。出発は明日。陽が上らない内に出ます。各自早めに休んでおくように。遺跡内では危険が伴います。僭越ながらパーティリーダーは私がやらせていただきます。指示には従ってください。それでは」


 これは意外な展開になったな。でも楽しみでもある。おじさんと冒険か。俺は子供の頃、彼の冒険譚を聞いては胸を躍らせたもんだ。

 でも今は宰相閣下だしな。まぁ、俺が守れば問題ないか。


「それじゃ早いとこ休め。疲れただろ? 早く寝るんだぞ」


 おじさんは役所の一角にベッドを用意してくれた。

 フィオナとベッドに入ると眠けが襲ってくる。安心したせいもあるんだろうな。  

 それじゃお休み……

 

「ライトさん……」


 フィオナの声がする。俺の顔を見つめ、そして目を閉じてきた。

 そうだな、明日から遺跡内で寝泊まりになるかもしれん。今しかないな。


「ん……」


 キスをする。でも続きはまた今度な。

 フィオナから口を離す……? 


「んん……」

「…………!?」


 離してくれない!? 駄目だよ、もう寝なくちゃ。

 だがフィオナは瞳を潤ませ……


「もっとしてください……」


 勘弁してくれ…… 我慢出来なくなるだろ!?   

 そんな俺の想いを無視するようにフィオナはキスを続けた。



 結果、目がギンギンに冴えてしまう。

 ほとんど眠れなかったよ……

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