救出開始

「つまり戦争になるってこと……?」

「…………」


 おじさんは表情を変えること無く頷く。

 戦争を回避するためには王様を絶対に生きたまま救出しなければならない。

 もし戦争になれば多くが死ぬことになるだろう。


「王の殺害が露見すれば、有無を言わさずアルメリアは軍事介入してくるだろう。下手すればリリアにいるバルデシオンが真っ先に狙われるかもしれない。

 百年前と同じだよ。俺達が攻撃される前にアルメリアに協力を求めれば少なくとも生き残ることは出来るだろう」

「そうか…… もし行った先でシーザーに出会ったら?」


「奴に俺達の殺害の意思が無いのであれば逃げる。時間の無駄だ。だが王が生きていれば何としてでも殺す。クーデターを終わらせるためには奴の首が必要だからな」


 全ては王様の生死次第か……


「十分休憩だ。今の内、装備、ポーションの確認をしておけ」


 おじさんは床に座って鞄の中を検め始める。ルージュは投げナイフに鑢をかけていた。


 俺は少し休むかな…… 

 壁にもたれかかるように床に座る。特にすることはない。今は体力回復に努めよう。


 俺の隣にフィオナが座る。


「んふふ。ちょっと肩を貸してくださいね」


 彼女は頭を肩に乗せるようにして目を閉じる。すぐに寝息が聞こえてきた。

 フィオナの体温が心地よく、俺も眠ってしまった。



◇◆◇



「よし、時間だ」


 おじさんの声でみんなが動き始める。

 少し眠れたおかげか、体から気怠さが抜けた。

 さぁ、救出作戦開始だ。


「まずはここを抜ける必要がある。この先に看守室がある。中にエセルバイドがいる場合は黙らせる。ルージュ、ライト、お前達に任せるぞ」


 殺しか…… 正直あまり気が乗らない。

 でも救出作戦が失敗すればより多くの人が死ぬ。迷いは許されない。


 牢を抜けた先に看守室はあった。ルージュがドアの耳をつけて目を閉じる。

 そのまま彼女は指を三本立てた。


 三人か…… ルージュは俺を見て、指で左側の敵を担当するよう指示を出す。了解した。

 そしてカウントダウンが始まる。



 3…… 2…… 1……



 ―――バンッ



 俺は扉を勢いよく開けると左側に走りこむ! いたっ! 猫氏族が一人! 



 ―――シュッ ザクッ



 俺の後ろから何か飛んでくるのを感じた。右の視界の端に猫士族の喉に投げナイフが刺さったのが見えた。ルージュの攻撃か!


 関心しつつ左側の猫氏族の前に立つ。一瞬の出来事で奴は声を出すことが出来なかった。

 いや、声を出したとしても周りには聞こえなかっただろう。俺がヤツの喉を切り裂いていたからな。


 あと一人……と思ったが既に三人目はルージュの投げナイフを喉に食らって絶命していた。


 ふぅ、これで地下一階は制圧したな。警備は三人だったが、脱出ルートの確保が出来たのは大きい。

 一応生き残りがいないか部屋の内部を調べることにした。


「ライト!」


 おじさんが何かを投げてよこした。これは……矢筒だ。

 中には簡素な木の矢が二十本。これは嬉しい。


 俺はマナの矢が使えるようになってから矢を持ち歩かなくなった。ラーデ城内では魔法の類は一切使えないので俺は遠距離攻撃の手段を失ってしまったのだ。

 しかし、これで遠距離から敵を音もなく倒せるな。


「次は一階。メインホールになっている。視界は開けて敵に見つかりやすい。中央には二階に続く大階段がある」

「身を隠す場所はないの?」


「城を支える柱がある。それの陰に隠れて進もう」


 地下牢から一階に上る階段を進む。階段を登りきると直線の通路があり、その先には開けた空間が広がっている。大広間だ。


 ルージュが先行して大広間に潜入する。俺達は通路で待機だ。

 彼女が黙って大広間に二名、階段の踊り場に二名警備がいることをジェスチャーで伝えてくる。

 階段にいる兵が厄介だな。ルージュは投げナイフを本取り出し、大広間の兵を担当すると伝えてくる。俺が弓で踊り場の兵を担当だな。


 先行しているルージュが両手にナイフを構える。俺も弓を構え矢を二本つがえる。

 ルージュがこちらを見て口パクでカウントダウンをしている。



 3…… 2…… 1……



 ―――ピッ



 ルージュが口笛で大広間の兵の注意を引く。音に気付いた警備兵は振り向く……と同時にルージュの投げナイフが彼らの喉元に深々と刺さった。

 俺はそれを確認すること無く矢を放つ。



 ―――シュシュンッ ドシュッ



 矢は踊り場にいる警備兵の目に刺さった。脳まで達しただろう。

 悲鳴を上げることなく二人は崩れ落ちた。


 ここまでは順調だ。でも油断は禁物。気を引き締めていこう。



◇◆◇



 二階に辿り着くと左右に通路が続いている。三階に続く階段はどっちだ? 

 ルージュが壁を背にして通路を覗き見ている。彼女は苦い顔をしていた。両の手を使って数字の六を伝えてきた。


 六人か。俺とルージュだけでは対応出来ないかも…… 

 するとフィオナがナイフを抜いて俺達に笑いかける。自分の出番が来たことに喜びを感じているのだろうか。



 ―――タッタッタッタッ



 足音が聞こえてきた…… 警備兵が巡回しているのだろう。足音は次第と近付いてくる。


 フィオナが前に出る。彼女は飛び道具が無いから、突っ込むつもりなんだろうな。

 すまん、任せたぞ。


 足音が更に近付いてくる。俺達は覚悟を決めた。ルージュがカウントダウンを開始する。



 3…… 2…… 1……



 ―――ダッ!



 俺とルージュは一斉に通路に飛び出す! ルージュは両手の投げナイフを! 俺は二本の矢を放つ! 


 フィオナは……既に警備兵に向かって突撃していた。速い! 

 矢とナイフの射線に入らないよう低姿勢で駆け抜けていく。矢とナイフがフィオナの上を通り過ぎる。



 ザクッ グサッ

 ドシュッ



「ぐはっ!?」「ぐぉっ!」


 四人の兵士の喉と脳天に矢とナイフが刺さる! 慌てふためく生き残りにフィオナが襲いかかる! 

 一人の喉を切り裂いた後、振り向くと同時に貫手をもう一人の口の中に突っ込む!



 ―――ドシュッ



 フィオナの一撃が兵士の頭を貫いた…… 

 すごい、やっぱり格闘も一流だな。


 フィオナは腕を押さえてこちらに戻ってくる。腕には折れた牙が深々と刺さっていた。

 彼女は表情を変えること無く、それを抜き始める。

 魔法は使えないので血止めの軟膏を塗って簡単に包帯を巻く。


「大丈夫か?」

「平気です」


 平気なもんかよ。心配だな。

 くそ、吸魔の魔法陣がなければ回復出来るのに。


 フィオナの心配をしつつ、警備兵の死体を掻き分け先に進む。

 通路を道なりに進むと三階に進む階段があった。もうすぐだ。ルージュは目を閉じて耳をピクピクさせている。


「しばらく警備兵の心配は無いでしょう。もうすぐ私達は二手に分かれます。閣下とライト君は四階に向かってください。三階を上がったところを右に進むと四階に続く階段があります。

 私達は主寝室、左に進みます。主寝室にクヌート様がいなかったら急ぎ四階に向かいます」

「そうだな…… シーザー相手に俺達がどこまで出来るか分からんからな……」


 え? シーザーってそんなに強いのか!? 俺もそこそこ強くなった気がするんだが…… 

 つまりシーザーは異界の英雄レベルの強さってことか?

 ちょっと不安だな。


「シーザーの強さは異常だ。言ったと思うがヤツはお前と同じ高速回転クロックアップの使い手だ。軍の中であいつから一本取った者はいない。話によると幼い頃から大人相手に常勝無敗だったそうだ。将軍としての素質も高いが個の能力としてはこの国で一番だろう」


 マジか…… 今から俺はそんなヤツ相手にするのか。しかも俺はマナを封じられている。身体強化術だけが頼り綱か。


 不安に思っていると、フィオナが俺の肩に手をかけてくれた。


「ライトさんなら大丈夫です。話を聞くだけだと力は互角ってところですね。それでもライトさんは勝ちます」


 何を根拠に言っているのだろうか? 疑問に思っているとフィオナが質問してくる。


「力が拮抗している相手と対峙する時、勝つのはどっちですか?」


 この答えは簡単。フィオナに教えてもらった。


「より努力した者だ」

「正解です。では力、努力の量も同じ相手だったらどちらが勝つと思いますか?」


 難しいな…… リーチの差? それだったら俺の負けか。

 答えが分からない。フィオナを見つめると……


「答えは想いが強い者です。シーザーは王になるため、つまり自分のためにこのクーデターを起こしました。ライトさんはみんなを救うために行動しています。抱えている想いの濃さが違うのです。だから言えます。ライトさんが負けるはずはありません」

「…………」



 ―――ギュッ



 思わず抱きしめてしまった…… 

 くそう、感動させること言いやがって…… 


「んふふ…… ライトさん……」


 フィオナは抱きしめられながら微笑む。そしてそっと目を閉じて…… 

 今は軽めのキスでごめんな。だっておじさんとルージュが見てる。恥ずかしいじゃない……


「なぁ、ライト。フィオナって本当にトラベラーなのか?」

「それは俺も最近自信が無くなってきた…… でもいいじゃないの! フィオナはフィオナってことで!」



 フィオナから自信をもらうことが出来た。

 もう不安は無い。

 さっさと王様を助けて終わりにしてやる。


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