三階 主寝室

 私とルージュは主寝室へと向かいます。王がいるとすれば主寝室か玉座の二択ですから。

 王の生存率を上げるため私達は二手に分かれることを選びました。

 でも城内は広く、部屋も多い。これを虱潰しに調べていくしかないのでしょうか?


「王の寝室はどこか分からないんですか?」

「三階の部屋割りは一部の者にしか知らされていないの。ごめんなさいね」


 しょうがないですね。暗殺者対策なのでしょう。寝所の情報が漏れると外部から狙いが付けやすくなりますから。


 通路の先に扉が三つあり、その先は右に折れており更に通路が続いています。

 ルージュが一つ目の扉の前に立ち耳をドアにつける。その間、私は周辺警戒です。


「…………」


 こちらを向いて無言で頷きました。ここは無人のようですね。

 ドアを開け、中に入ります。目に入るのはピンク色のカーテン、様々な動物の人形。

 子供部屋ですね。生き物の気配はしません。

 でも匂いがします。

 そう、血の匂いが。


「…………!?」


 ルージュが顔を歪めました。彼女の視線の先には…… 

 幼い二人の子供の死体があります。

 酷い有様でした。小さな体には拷問を受けたような傷跡。

 その顔は恐怖に歪んで固まっていました。王族の子供達でしょうか。


「この子達は?」

「外務大臣フレデリック様のお子様よ。サーシャとルルド…… よく遊んであげたの……」


 ルージュの顔が怒りで歪みます。

 すると……



 ―――チクッ



 う…… ルージュの怒りが私にも伝わってきたのか、久しぶりに胸の中で棘の玉が暴れるのを感じました。

 私が見知らぬ子供のために怒りを覚えるとは。


 子供達の目を閉じて死体に毛布を被せます。

 仇は取ってあげます。

 安らかに眠るのですよ。


 次の部屋を探さないと。部屋を出て通路を先に進むと、ルージュが足を止めます。

 彼女は壁越しに通路を覗き見ると、私に無言で二名の見張りがいることを伝えてくれました。

 ルージュがこちらを振り向きますが、その表情は険しい。小声で話しかけてきます。


「位置的に投げナイフで倒せない…… 甲冑に守られていて急所が狙えないの……」


 なるほど。好ましくない状況ですね。

 ここに来て潜入に気付かれるわけにはいきません。私達だけではなく四階に向かったライトさん達にも危険が及びますから。

 魔法が使えれば…… 一応はあるのです。数種類ですが、無音で攻撃出来る魔法が。

 闇属性のbinndiasyadaura影縫い、風属性のsщaudiawinndaかまいたち

 当初はこれらを使うつもりでいたのですが……



 ―――カシャッ



 ルージュは意を決した表情で装備していた革鎧を外します。何をするつもりでしょうか?

 彼女の体が震え、腕と足の筋肉が肥大化します。

 髪は逆立ち犬歯が一回り伸びました。

 これは……獣化? 

 


 ―――ダッ!



 ルージュは低姿勢のまま四つ足で通路に飛び出します。

 速い…… 私でもほとんど知覚出来ないほどのスピードです。

 ライトさんでも高速回転クロックアップしなければ対応出来ないでしょう。

 彼女は見張りを瞬殺します。一人の喉を噛み切って、一人は手刀で首を切り落としました。


 すごいですね。声を出すことも出来ず見張りの兵はその場に崩れ落ちました。

 ルージュが膝を着くのが見えます。どうしたのでしょうか? 

 私は急いで彼女の元に駆け寄ります。


「大丈夫ですか? あれは獣化? レイスを倒した時よりも速かったですね」

「大丈夫よ…… 獣化と身体強化術を合わせた能力なの。体の負担が大きいからあまり使いたくないんだけどね…… つっ!?」


 ルージュは顔を歪めます。重度の筋肉痛ですね。肉離れも起こしているかもしれません。

 回復魔法が使えたなら治してあげるところなのですが。 


 彼女のおかげで部屋に入ることが出来ました。見張りがいたということはこの部屋が主寝室である可能性が高い。

 ルージュは痛む体に鞭を打ってドアに耳を近付けます。そして無言で指を一本立てる。一人ですか、王であればいいのですが。



 ガチャッ……



 静かに扉を開け、部屋の中に入ります。

 先行は私。ナイフを構え、部屋の中を見回すと……

 豪奢なベッド。高級そうな家具。そして僅かに香る血の匂い。

 おかしいですね。誰もいません。


「うぅ……」


 ベッドの横から呻き声が聞こえました。

 王でしょうか? ナイフは構えたまま呻き声が聞こえた所に向かうと…… 

 一人の男が倒れていました。


「スース様?」


 ルージュが呟きます。

 スース? この人が王の専属医師、そしてグウィネの父上ですね。

 よかった。これでグウィネの両親共に救えたことになります。

 しかし…… 王の寝室なのに、なぜスースがここに?


「その声は…… ルージュか?」


 スースは力無くルージュに話しかけます。

 彼は多数の切り傷を負っていました。深手ではありませんが体中傷だらけ。

 拷問を受けたのですね。


「スース様! 大丈夫ですか!? 王は? クヌート様はどちらに!?」

「王は今、玉座におられるだろう…… シーザーが王位譲渡のため、最後の説得を行っている…… 早く玉座に向かうのだ…… 王はシーザーの要求を断るはず…… そういう人だからな…… 王を救ってくれ……」


「安心して下さい。今、私達の仲間が玉座に向かっています。少し話を聞かせてください。ルルドとサーシャの遺体を見つけました。酷い傷でした。あれは拷問の跡…… しかも諜報部にしか出来ない拷問術の跡でした。一体誰がやったか分かりますか?」

「恐らくは私と王の監視役をした男だろう…… 気味の悪いやつでね…… 顔中を包帯で覆い、かすれた声だった…… 恐らく舌が無く喉を潰されている…… 食道発声の声だった……」


「そんな……」


 ルージュの顔が青ざめ、体が震えています。彼女は強い人です。数日しか行動を共にしていませんが心の強さ、戦闘能力から数々の修羅場を潜ってきているのが分かります。

 そのルージュが子供のように震えている……


『おやおや、おしゃべりですね。わるいこです。おしおきがひつようですね』



 ―――ゾクッ



 背後から声が聞こえてきました。まさか。

 音も無く部屋に入ってきて、今まで気配は感じなかったというのですか?

 スースが言っていた者でしょうか。振り向くと、顔を包帯で覆った男が立っていました。

 そして、かすれた声で話し始めます。


「あいたかったですよ、るーじゅさん」


 気配を感じさせなかった男の右手の指は全部失われていました。

 包帯から見える片目がギラギラと光っています。


「パズズ…… 生きていたの……?」

「はい。あなたにうけたごうもんで、わたしはこわれてしまいましてね。しぬこともゆるされず、ろうにいれられてしまいました。しーざーさまがわたしをみつけてくれまして。ふくしゅうをのぞむのであれば、たすけてやろうとおっしゃってくれました」


 パズズと呼ばれる男は顔の包帯を外します。

 その顔は顔の皮がほとんど剥がされた、筋肉がむき出しになった酷いものでした。片目は無く眼窩は闇が詰まっているようです。

 その顔を見たルージュは頭を抱えてへたり込んでしまいました。


「どうです? いいかおでしょう。わたしはこわれたこころのなかで、あなたにふくしゅうすることをちかいました。いつかあなたに、おなじことをしてやると。それだけをたのしみにして、いきてきました。それがきょうかなう。こんなうれしいことはありません」


 パズズの男性器が大きくなっています。

 興奮しているのでしょうか。

 下種ですね。私はナイフを構えパズスと対峙します。


「待って!」


 ルージュが叫び、前に出ます。何をする気でしょう?

 

「パズス…… あなた、ルルドとサーシャを殺したわね? なぜ!? 私に復讐を望むのであって、彼らは関係無いでしょ!? どうして幼いあの二人を殺したの!?」

「かいらくのためです。それいがいのりゆうはありません。いったでしょう? わたしはこわれてしまったと。わたしはだれかを、きずつけずにはいられないのですよ。きにすることはありません。もうすぐこのくにからいぬしぞくはきえさります。すぐにかれらにあえますよ。かなしむことはありません」


「貴様!」


 ブワッ!


 ルージュの髪が一気に逆立ちました。腕と足の筋肉は肥大化し、パズスに向かって走り出します。

 いけない。彼女は今冷静さを失っている。その状態では勝てるわけがありません。

 魔剣アパラージタを抜いてパズスの喉元目掛け剣を突き立てようとします。

 しかし刺突が故直線の動き。パズスは体をずらして魔剣を避けました。と同時に肩口をカウンター気味にルージュの胸元に叩き込みます。



 ―――ドスゥッ



「くぁっ!?」


 ルージュは勢いよくこちらに吹き飛んできたので、それを私は受け止めます。

 彼女は口から血を流していました。恐らく肋骨が折れていますね。

 これではまともに戦えない。ルージュにポーションを渡します。


「まずこれを飲んで。少し落ち着いて待っていてください。私が戦います」

「フィオナさん!? 駄目よ! あなたが強いのは知ってるけどパズスはあなた以上よ! 獣化を使って私が戦うから! ぐっ!?」


 ルージュは叫びます。折れた肋骨が痛むのでしょう。苦痛に顔を歪めます。


「今は体を休めておいてください。もし私がやられたら、後は頼みます」


 ルージュを置いて、前に出ます。

 さぁ、かかって来なさい。


「ふふふ。みもしらぬおじょうさん。こんどはあなたがわたしを、たのしませてくれるのですね。うつくしい…… あなたのそのうつくしいかおをきりきざめば、わたしはさらによろこびでみたされるでしょう」



 ―――ズクンッ



 そう言ってパズスは股間をさらに大きくしました。

 同じ男性でもライトさんとパズスでは大きく違いますね。汚らわしさしか感じません。

 しかし油断してはいけません。ルージュを一撃で倒したのです。

 強敵なのは間違いないでしょう。 


 私でパズスに勝てるか分かりません。

 でも…… 私もライトさんとの特訓に付き合ったことで今まで以上に強くなった感覚はあります。

 彼が手にした理合い。ライトさんほどではありませんが、私でも出来なくはないはず。

 

 理合いを用いて、パズスを闇に葬ります。


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