潜入

「暗いよぅ、狭いよぅ、怖いよぅ……」

「黙って歩かんか! さっきから鬱陶しいぞ!」


 俺達はラーデ城内に繋がる抜け道を逆に進んでいる。抜け道内部は迷宮以上に暗くて狭い。

 俺はあまり苦手なものはなかったはずなのだが、迷宮を経験したことで閉所恐怖症になってしまったのだろうか。


 そんなことを思いつ先に進むと……

 突然フィオナが足を止める。


「ラーデの中に入ったみたいです。体からオドの流れが感じられなくなりました。ライトさん、回復はしてあげられないからなるべく怪我しないように気を付けてください」


 そうか、おじさんが言ってた吸魔の魔法陣の効果が出たか。

 試しに俺もマナの剣を創造しようとしてみるが、いつものマナを体に取り込む感覚は得られず、具現化は出来なかった。

 これで俺の武器は身体強化術のみか……


「城内では私が前衛をします。ライト君は祝福、加護両方使えないはずですからね。その状況下なら気配察知は私のほうが上でしょう。閣下の護衛はお任せします」


 ルージュの指示に俺は黙って頷く。ここはベストポジションで行うべきだ。絶対に失敗出来ないからな。

 もし失敗すれば…… 最悪アルメリアとサヴァントの戦争が始まるかもしれない。そう考えると少し震えがきた。



◇◆◇



 暗い通路を歩くこと一時間、先頭を歩くルージュが足を止める。


「閣下、どうやら到着したようです。お願いします」

「あぁ」


 おじさんは行き止まりになった壁に向かいノックを始める。

 左側のブロックを四回、右側のブロックを七回、最後に真ん中を三回叩く。

 すると……



 ―――ズズズズッ



 音を立てて壁が横にスライドした。先に進んでみる。ここは…… 牢屋?


 おじさんが小声で話しかけてくる。


「ここは警備は手薄なはずだ。囚人が脱走できないよう頑丈に作ってあるからな。警備兵はいても数人だろう」


 おじさんはカバンの中からカギを取り出した。裏から牢を解錠する。ガチャリと音を立てて牢が空いた。

 そこには多数の牢屋が見える通路を挟んで左右に十部屋ずつ。


 牢屋には誰もいないようだ。生き物の気配がしない。

 いや…… 牢の中で誰か死んでいる。その死体は空の食事のトレイに顔を突っ込むように死んでいた。


「くそ。凶悪犯とはいえ、人権無視かよ。餓死だな。かわいそうに」


 おじさんが目を細めている。すると…… 


「うぅ……」


 どこからともなく声がした。

 敵か!? 俺達は武器を構える!


「閣下……? そのお声は閣下ですか……?」


 声は牢の中から聞こえてきた。今にも消えそうな弱々しい女の声だ。


「その声…… ノーマ婦人か!?」


 牢の中にいたのは人族タイプの犬氏族だった。彼女は暗がりの中こちらに向かって歩いてきた。

 足元がふらついていた。おじさんは鉄格子越しに彼女を抱きとめる。


 彼女の美しい顔は切り傷と血の跡で汚れている。豪奢な洋服はあちこち破れ、肌が露出している。腕には大きな蚯蚓腫れが。

 鞭だな。拷問か……


「閣下…… ご無事で何よりです…… 夫を…… どうかあの人を救って下さい……」

「もう大丈夫だ。スースは王と一緒なのか?」


 スース? ノーマ? この人って…… グウィネのお母さんだ! 今にもグウィネのことを伝えたい衝動に駆られる。

 しかし今はおじさんが話している番だ。この話が終わったら彼女に伝えよう。


「はい…… 一昨日まで王の検診以外はここで過ごしておりました…… それがエセルバイドに連れていかれてから今日まで帰ってきておりません……」

「スースは何か言っていなかったか? 王から何か聞いていなかったか?」


「はい…… シーザーはクヌート様に王位を譲るよう国民に宣言しろと…… そして新王シーザー誕生の親書をアルメリアに送るように迫っているようです…… 刻限は今日まで…… 

 もしクヌート様が拒否されれば、恐らくは…… 夫は王と一緒にいるはずです…… 王が殺されてしまえば彼はもう用は無いでしょう…… 

 お願いします、あの人を、スースを救ってください……」


 言い終わるとノーマの体から力が抜ける。

 瞳が…… 瞳孔が開いている!?


「ノーマ! しっかりしろ!? ライト、ポーションを飲ませろ!」


 俺は彼女の口にポーションの瓶をつけて流し込む……が、彼女の意識は既に無くポーションは口から流れ落ちるのみ。

 くそ! ここで魔法が使えたら! どうする!? このまま親友の母親を死なせるわけにはいかない!


 頼む! 飲んでくれ!

 俺は祈る思いでノーマに伝える!


「ノーマさん! グウィネは王都で元気にやってます!」



 ―――ピクッ



 ノーマの耳が動く! このまま言い続ける!


「グウィネは王都で理髪店をやっています! 評判は良く街のみんなから愛されています! グウィネから頼まれました! お母さんにしっかりやってるよと伝えてくれと!」



 ―――ピクッ 



 ノーマが耳と体を揺らし、ゆっくり顔を上げる。今だ!


「続きを話します! その前にこれを飲んでください!」


 引き続きポーションを彼女に流し込む。ゴクリと薬液を受け入れるように喉が動く。ノーマの顔に血色が戻ってきた。

 よかった…… 格子越しにおじさんに支えられ地面に座らせる。


「グウィネ…… グウィネは? 会いたい…… グウィネは元気にしてるの……?」

「今は落ち着いて話せませんが、元気にやってますよ。彼女は王都で理髪店を経営しています。すごく評判もいいんですよ。俺はライト、こっちはフィオナ。グウィネの友達です」


「あなたがライトさんね…… 手紙に書いてあったわ。人族で初めて友達が出来たって。ライト、フィオナ、グリフ。いつも四人で遊んでるってね。美味しい料理にお酒、ダンスもやってるんでしょ? あの引っ込み思案なグウィネが…… あの子の友達になってくれてありがとうね……」


 ノーマはそう言って涙を流した。ノーマの姿が母さんの面影と重なった。

 絶対に再会させてあげなくちゃ。親に死なれて不幸になるのは俺で充分だ。グウィネに同じ想いをさせてはいけない。


「ノーマさん。クーデターを終わらせてからお話があります。グウィネのことです。スースさんと一緒に聞いていただきたいので絶対救出してきます」

「分かったわ…… スースのことお願いね……」


 彼女はそう言うと意識を失った。今は呼吸も安定している。疲労からくる意識喪失だろう。

 おじさんは優しくノーマを寝かせる。


「ノーマはここに置いていく。連れていくよりは安心だ。ルージュ、鍵に細工をしておいてくれ」

「はい」


 どうやらルージュしか解錠出来ないように細工してくれたようだ。これで彼女に危害が及ぶことは無いだろう。


 それじゃ俺達も行動開始だな。


「おじさん、王様はどこにいると思う?」

「四階の玉座の間か、三階主寝室だな。その下の階はエセルバイドが警備しているだろう。極力戦闘は避けつつ、一つずつ潰していく」


 ルージュが腕組みしながらおじさんに進言する。

 眉間にシワが寄っているので、いい事は言わないんだろうな。

 

「閣下、賛同を得られないかもしれませんが、クヌート様の生存率を上げるならば二手に分かれるべきでしょう。三階に行って王がいなかった時、騒ぎを聞きつけたエセルバイドが王を殺害してしまうかもしれません」

「そうだな…… ライト、お前は俺と四階に向かう。フィオナ、ルージュは三階を担当してくれ」


 二手に分かれるのか。戦力が分散するので少し心配だが……

 仕方ないか。それにこの組み分けがベストだろう。そうだ、最後に一つだけ確認しておこう。


「おじさん、もしもだよ。王様が既に殺されている場合はどうする?」

「撤退だ。集合は地下牢。ノーマを救出して抜け道で逃げる。そのままアルメリアまで逃げて救援を求めるよ」


「つまりは戦争になるってこと……?」

「…………」


 おじさんは黙ってうなずいた。

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