シーザー

 空には眩しい太陽が輝いている。空がこんなに青いとは…… 

 迷宮という閉鎖空間を脱出した俺は開放感を満喫していた。

 懐からタバコ取りだし火を着ける。


「美味い…… 生きてて良かった…… もう二度と迷宮なんていかないからな!」

「あら? タバコなんて吸うのね。アルメリアで売られてるタバコの大半はサヴァント産のものよ。よかったら移住しちゃいなさいよ。あなたには最高級品を支給してあげるから」


 へぇ、知らなかった。でもタバコのために移住ってのはちょっとな。

 それにこれは俺を諜報員にしようとするルージュの罠だしな。


「それにしても、あの程度で音を上げたの? そんなことでは諜報員になれないわよ。よかったら諜報部の訓練を受けてみない? 一週間身動きの取れない状態で鉄の箱に閉じ込められる訓練があってね。これに耐えられればあの程度の迷宮なんて楽勝になるわよ」

「やだなにそれ怖い…… 発狂してしまうわ」


 ルージュは懲りずに俺をスカウトしてくる。気に入られたのは嬉しいが、諜報員ってのにはなる気は無い。


「まぁその話はまた後でしましょう。ラーデは目と鼻の先です」


 ルージュが指さす方向に城壁に囲まれた城が見える。大きい、王都以上だ。あれが決戦の地か。

 霞に包まれてはっきり見えないが、余計に威圧的な雰囲気を醸し出している。


「ライト、フィオナ。先に言っておくぞ。ラーデの中では一切の魔法が使えん。覚悟しておいてくれ。

 フィオナの攻撃は魔法がメインだったな。護身用のナイフでは心もとない。武器の調達が必要になるだろう。回復もポーション頼みだ。在庫を確認しておけよ」

「魔法が使えない!? どうして?」


「街全体に吸魔の魔法陣が敷かれているからさ」


 驚いた…… 何だその嫌がらせは?


「お前も知っているだろうが俺達獣人は魔法がほとんど使えない。だから魔法陣が設置されていても何の問題はない。

 だが他の種族はどうだ? 魔法陣の効果で魔法の使用は出来なくなる。戦力は各段に落ちるよな? つまりどういうことだと思う?」

「獣人にとって有利な環境になるってことか」


「正解だ。例えば魔法が使える暗殺者が城内に侵入したとする。そいつは魔法は使えなくなり、体一つで仕事をしなくてはならない。相手は身体能力に優れた俺達だ。こっちの土俵であれば俺達に負けはないからな」

「でも今回は俺達に不利に働くことになるのか…… フィオナの魔法、俺のマナ、両方使えないとなるとかなりきつくなるな」


 フィオナは俺の話を聞いて……普段通りの無表情だ。

 ん? 心配してないのか?

 

「問題ありませんよ。隠密での救出作戦なんですよ。魔法を使う機会なんてそうそうないはずです。発動すれば音でバレますから。

 回復魔法が使えなくなることは想定外でしたが、そこまで問題ではありません。武器の調達もいりません。暗殺にはナイフが一番適しています」


 フィオナは護身用のナイフを抜いて刃こぼれがないかチェックし始めた。心配しすぎたか。

 彼女は白兵戦でも強い。邪教を退治した時もアサシンよろしく邪教徒の喉を掻き切っていたしな。


「腹は決まったようだな。では潜入ルートを決めるぞ」


 おじさんは地図を広げる。地図で見るラーデは四方を城壁に囲まれており、鉄壁の要塞を思わせる構造になっている。


「ラーデは城下町。正門を抜けると商業区、居住区、貴族街、王宮と続く。一般的な城下町だ。間違いなく各区画に警備兵が配置されている」

「まさか正面突破じゃないよね」


「馬鹿言え。そんなことやったら命が幾らあっても足らん。お前は知らんだろうが、城ってのは抜け道が常備されている。それを利用して城に潜入する。場所はラーデから北にある廃村になった所に抜け道がある。ここだ」


 おじさんは地図の一画を指さした。縮尺からしてここから五キロってところだ。


「廃村になった場所に枯れ井戸があるはずだ」

「でもエセルバイドが抜け道の先で待ち構えてるってのはないよね? 抜けた先で鉢合わせってのは最悪なんだけど」


「鉢合わせの危険はあるが、待ち構えているってのはまずないだろう。この抜け道は俺専用の抜け道だからな」

「おじさん専用?」


「あぁ、そうだ。抜け道なんてのは複数あるのが当然だ。生存率を高める為にな。王とその家族、国の重鎮の分を含めると二十はあるんじゃないか? グダグダ話してても始まらん。時間がおしい。行くぞ!」


 色々心配だが、先に進まないことにはしょうがない。ここまで来たんだ。俺に出来ることをしよう。






 ―――ラーデ城内にて。



 エセルバイドの指導者、クーデターの発起人であるシーザー アトレイド エセルバイドは玉座に座っている。


 彼は獣タイプの獣人で二足歩行の虎そのままの姿だった。威圧的な雰囲気、みなぎる闘気は王の佇まいを思わせる。

 クヌート現王は後ろ手を縛られたまま彼の前で膝を着かされていた。臣下が逆になったような光景だ。


「これはこれは、ご機嫌いかがでしょうか。クヌート様」

「シーザー…… 今日も王位の譲渡の強要か。何故謀反など起こした。お前がしていることはいたずらに国を乱しているに過ぎないのだぞ」


 シーザーは頭を押さえ、ため息を一つ。


「私はそうは思いません。むしろこの百年、王を歴任したバルデシオンはこの国に何をもたらしましたか? どのようにサヴァントは発展してきましたか? 

 私はこの国がアルメリアの属国として飼い犬に成り下がってしまったように思います。国を乱したのは貴殿方の方なのではありませんか?」

「シーザー! 口を慎まんか!」


「失礼。しかし、私はこの国を再び強国にしたいだけなのです。それを成し得るには貴殿方では出来ない。強い指導者が必要なのです。私のように」

「ではどうする? 私を殺して王位を奪うか? アルメリアと戦争になるぞ?」


「それも望むところです。この国がアルメリアにどれだけ搾取されてきたのかご存じないのでしょうか? アルメリアに有利な関税率で奴らは我らの資源をただ同然で奪っていった。あなた方バルデシオンはただ尻尾を振ってそれを黙って見ているだけだった。

 王よ、あなたは悔しくないのですか? アルメリアが憎くはないのですか?」

「それもこれもすべてはエセルバイドがこの国を乱したのが原因ではないか! 我が国は敗戦国なのだ! 償いはしなければならない。

 あと五十年もすればこの不平等条約の期限は切れる。それを以て我らは対等となれるのだ。お前はそれの邪魔をしているのが分からんのか!」


「あぁ、嘆かわしい。それこそが牙を抜かれた飼い犬の証拠なのです。獣としての誇りをどこに忘れてきたのでしょう。かつての獣人は恥を掻くのを死ぬよりも恐れていた。今はただの恥知らずに堕ちてしまったようだ。

 王よ、いや、クヌート。あと一日待ってやる。王位と譲渡すると国民に宣言し、アルメリアに親書を送るのだ。新王シーザー アトレイド エセルバイドの誕生を祝う親書をな」



 シーザーはそう言うと兵に王を連れていくよう目配せをした。あと一日。シーザーはどのような選択をとるのだろうか。



 どちらにしてもこの国に残された時間は残り少ない。



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