奇襲 其の一

 驚いた…… フィオナが奇襲部隊に混じっている。状況が掴めない。

 とりあえず話を聞いておかねば。まずはクロイツ将軍に質問だ。


「あの…… あそこのトラベラーのことなんですが……」

「あぁ、あの女のことか。朝方早くにここに来てな。自分を部隊に加えて欲しいと嘆願してきたのだ。かなり強いぞ。我が配下の将と手合わせさせてみたが、五合も斬り合わぬうちに配下を打ち据えてしまった」


「すいません。あの子って実は俺の嫁でして…… ちょっと話してきてもいいですか?」

「なんと! ライト殿はトラベラーを嫁にしているのか!?」


「それについては後程……」


 今は説明している暇は無い。彼女のもとに行く……


「ちょっと! どういうつもりだ!? まだ魔法は使えないんだろ! 家でゆっくり休んでなさい!」

「いいえ、私も戦います。体はもう動くし、奇襲なら魔法はそこまで必要無いでしょう。それにライトさんは知ってるはずです。私は魔法を使わずとも強いですよ」


 まぁそうだけどさ。確かに彼女は一流の戦士でもある。武具全般を使いこなし、格闘もバッチリだ。

 フィオナの強さは俺が一番よく知っている。だが……


「帰れ。無理して死んだらどうする? 俺は今、マナを上手く取り込めない。雪が止まない限り復活出来ないかもしれないんだぞ?」

「…………」


 フィオナは黙ったまま俺の顔を睨む。


「そんな顔してもダメ。帰りなさい」

「嫌です……」


「わがまま言わないの」

「一緒に戦います……」


「守れないかもしれないんだぞ」

「それでもいいです……」


「いい加減に…… ん……」

「…………」


 フィオナは俺が言い終わる前に抱きついてきた。キスで口を塞がれる。


「ん…… ライトさん、バルナの町で私に言った言葉覚えてますか?」


 バルナ…… 誘拐事件があった町だよな。邪教徒が邪神を呼び出そうとして子供を生贄にしてたんだ。


「ライトさんは邪神を倒した後、私に言いました。『お前、置いていかれる側の気持ち考えられないのかよ』って」


 う…… そういえば言ってたかも……


「私にそんなこと言っておいてライトさんは私を置いていってしまうんですか? そんなの駄目です。許しません。絶対についていきます」


 困ったなぁ…… フィオナの言うことは正論だろう。

 でもまだ本調子ではないし、なにより世界で一番愛する人だ。危険に晒したくない。


 よし! ここは一家の長として帰るよう一喝しよう!  


「フィオ……! ん……」

「…………」


 再び抱きついてきてキスをされる。ふっかーいやつ。周りの兵達の視線が俺達に刺さるのを感じる。

 特にシグ…… そんな羨ましそうな目で俺を見るな…… 

 お前とは契約はしないからな!


 フィオナは口を離す。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「絶対についていくんだから……」


 こりゃ駄目だ。俺にはフィオナを説得出来ない。諦めるか……


「分かったよ…… でもな、絶対に俺のそばを離れるな」

「こっちのセリフです。ライトさんは絶対に私が守ります」


「トラベラーとしての本能だから?」


 ちょっと意地悪っぽく質問してみる。


「大切な人だからです……」


 あはは、顔が赤くなっちゃった。かわいいなぁ。

 ただちょっとずつシグが俺に近付いてくるのが気になる…… 


 変態ひげ野郎と少し距離を取ってフィオナに質問する。

 

「武器はどうする? 杖は打撃武器としても使えるだろうけど、奇襲には向いてないんじゃないか?」


 これから熾烈な戦いに臨むんだ。最高の装備で向かわせてあげたい。剣でも借りてくるか。


「大丈夫です。短槍を使いますから」


 短槍? そんなの持ってないぞ。

 俺の心配を他所に、フィオナはデュパからもらった短剣を杖の先に装着する。

 え? そんなギミックあったんだ!? 


「ふふ。驚きました? 実はこっそりリクエストしておいたんです。魔法が使えなくなった時のためにね。これで折れず、曲がらずの槍の出来上がりです!」



 クルルッ ヒュンツ ヒュヒュンッ



 フィオナは槍を構え、簡単な演武を披露する。槍を華麗に振り回すその姿……

 うわ、かっこいい…… 


 それにしても予想外な展開だ。フィオナが一緒に戦ってくれるとは。

 でも、もう心配は無いだろうな。元気そのものの動きだ。魔法が使えない分は俺がフォローしてあげよう。


「ご、ごほん! でも無理は禁物ね! それと俺のそばを離れない! それだけは約束してくれ!」

「んふふ、分かりました。でもそれはライトさんも一緒です。無理はしちゃ駄目ですよ」



 ガバッ ギュゥゥゥッ



 また抱きついてきた。フィオナさん…… 周りの兵がやっかみの表情で見てますって。

 この子って思考は人間に戻ったはずなんだけど時々空気を読まない時があるよな。

 こういう性格だったのだろうか? 


「んふふ……」


 あぁ、もう! キスをお止めなさい!

 フィオナから解放されてクロイツのもとに戻る。


「随分とお熱いのだな」

「からかわないでくださいよ……」


「ははは! すまんな! それにしても国一番の強さを持つ貴殿と人ならざる強さを持つトラベラーが夫婦とはな! 世の中には私が知らないことばかりだ! ではもう一度作戦を伝える。よく覚えておいてくれ。

 奇襲部隊を率いるのはライト殿だ。よろしく頼む。今から王宮に行って脱出通路を進んでもらう。出口は王都から十キロ先になる。魔物が出たら通路内に鐘を一回鳴らす。だがまだ突撃してはならん。奇襲に最も有効な距離になった時に鐘を二回鳴らす。それと同時に奇襲を開始してくれ」


 鐘の音が二回鳴ったら突撃…… 忘れないようにしなくちゃな。


「奇襲部隊は敵を全滅させるのが目的ではない。むしろ混乱させることが目的だ。敵を倒しつつ王都を目指してくれ。次に鏑矢の音が聞こえたら一千の兵を二つに分けて戦っていてくれ」


 ん? 兵を分けるの? ちょっと無謀なのでは? 


「その意図は……?」

「ははは、心配しているな。鏑矢の音は本隊が突撃する合図だ。つまりは奇襲開始で後続の混乱を誘う。さらに敵陣の真っただ中でさらに敵をひっかき回してくれ。我々はその混乱に乗じて前方から魔物を殲滅する」


 なるほど。話を聞く限りだとかなり有効な作戦に思える。戦争については素人の俺だが、なんかやれる気がしてきたぞ。


「分かりました。出来るだけのことをしてきます」

「そう硬くなるな。ライト殿なら大丈夫。私を信じてくれ。では頼んだぞ、ライト隊長! がはははは!」


 クロイツは笑いながら俺の肩に手を置いてくれた。隊長って…… 新しい役職が増えちゃったな。なら隊長らしく頑張るとするかね! 

 奇襲部隊の前で俺は激を放つ!


「お前ら! 今から戦地に赴く! 俺達の大事な家を守れ! 可能な限り殺せ! 相手は魔物だ、一切の容赦はするな!」

「「「「「仰せのままに」」」」」


 あれ? 思った反応と違う…… 

 もっとこうさ、おーーー!みたいな感じで返事が返ってくることを期待してたのに……


 なんだろう、このダダ滑り感…… 

 あ、フィオナが腹を抱えて笑ってる。


「あはは! ライトさん! トラベラーに気合なんか求めちゃだめですよ! 彼らに感情が無いってこと忘れたんですか? あははは!」


 酷い…… そんなに笑わなくても…… 

 そういえばトラベラーの特性を忘れてたよ。フィオナがスタンダードではないんだよな。そのフィオナはまだヒーヒー言ってやがる。


「もう、そんなにしょんぼりしないでください。ごめんなさい。いっぱい笑っちゃって」

「もう…… フィオナなんて嫌い……」


「いじけないで。さぁ、行きますよ」


 フィオナは俺の手を取って歩き出す。それに続くようにトラベラー達が進軍を開始した。

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