奇襲 其の二
王宮城門に到着する。俺の後ろには一千人近いトラベラーと冒険者の混成部隊が続く。
一千人とはいえ、一騎当千の猛者で作られた部隊だ。人に換算すると十万の兵力と同等ぐらいなんだろうな。それを俺が率いるのか……
「お待ちしていました! どうぞ中へ!」
王宮に着くや否や、衛兵が中に通してくれる。中には各門から選抜されたトラベラー、冒険者の混成部隊が俺達を待っていた。
「ライト殿!」
聞き慣れた声がする。ナイオネル閣下だな。
「待っていたぞ。これから奇襲に向かうそうだな。作戦は聞いている。各部隊の隊長は前へ!」
北、東、西。それぞれ担当する奇襲部隊の隊長が前へ出る。見たことがない人達だが、足運びで一流の戦士だということが分かる。
「貴殿らはこれから魔物の奇襲に向かう。脱出通路は城内にある。この人数が一気に城に入ることは出来ない。まずは北門の奇襲部隊から入ってくれ。衛兵が通路まで案内する」
北門担当は一千の奇襲部隊を引き連れ城内に入っていく。次は東、西と続く。さて俺達の番か。
「ライト殿は私が案内しよう」
「閣下自ら? そんな恐れ多いですよ」
この人には何気にお世話になっている。色んな事で俺達のために骨を折ってくれた。
恩人の一人と言っても過言ではない。
「いいのだ。いや、むしろ私に案内させて欲しい。ライト殿は救国の英雄…… はは、そんな堅苦しい言い方は止めよう。友人の一人として貴殿を送り出したい」
「閣下……」
もったいない言葉だ…… 俺は一応貴族になったとはいえ、俺は一小市民に過ぎないというのに。
アルメリアってやっぱりいい国だよな。こんな人が政治のトップをやってるんだから。
閣下に連れられて城内に入り、一階大広間で歩みを止める。
ここに脱出通路があるのかな? 前に来た時はそんなのもがある気配は無かったのだが。
閣下は広間にある支柱の一本の前に立ち、一定のリズムで柱を叩く。
ゴゴゴッ
支柱の表面が外れ、中に階段が見える。相当狭狭いな……
「これが南に続く脱出通路だ。階段は狭いが通路はかなり広くなっている。一千人程度の行軍なら息苦しさも感じないだろう。鐘が一回鳴ったら魔物が出たという合図。二回連続の鐘の音で突入だ。三回連続で鳴ったら撤退してくれ」
そんな通路がアルメリアにあったんだな。それにしてもよかった。中は広いのか。
暗くて狭いところは竜の森の迷宮でお腹いっぱいだしな。
「いつもライト殿には頼りっぱなしだな。だが今回もお願いしたい。頼む…… 我がアルメリアを救ってくれ、私に出来ることがあれば何でもする。遠慮なく言って欲しい」
この人の肩にはアルメリア全土の人の暮らしがかかっている。いつも重荷を背負わせてしまって申し訳なく思う。
宰相っていう仕事はそういうものなんだろうな。
あ、そうだ。一つだけリクエストしておこう。
「閣下。心配しないで待っていてください。この戦いが終わって雪が溶けたら、またムニンとフギン、それと馬車を貸してくれませんかね?」
「ん? どういうことだね?」
「家族旅行に行こうと思いましてね。またラーデに行こうかと。ほら、カイル宰相閣下にも子供が産まれたでしょ? 俺にとっては甥っ子も同然なんで。旅行がてら行ってみようかと思いまして」
「は…… ははは……」
閣下が笑いだした。次第と笑い声が大きくなる。どうしたんですか?
「ははは! 貴殿という男は! 祖国の危機だというのに、先の明るい未来を考えてるとはな!」
「そうそう。暗い顔してもいいことありませんよ。俺達は絶対に勝てます。だから安心して待っていてください」
「分かった。戦いは貴殿らに任せる。私は私にしか出来ないことをしよう。それでは気を付けてな!」
「はい!」
閣下に見送られ階段を下ると、降りた先には広い通路が続いている。
内部はマジックランプが通路を照らしている。明るいのだが、通路の先は見えない。
サヴァントのものとは比べ物にならないほどの規模だ。隣にいるフィオナが笑顔で話しかけてきた。
「ふふ、よかったですね。狭くて暗いの嫌いでしょ?」
フィオナは人としての心を取り戻してからというもの、時々俺をからかってくる。こいつめ、帰ったらお仕置きしてやる。
さて最後の兵が通路に降りてきたのを確認。行くか……
「進軍!」
じゃあ行きますかね! でも魔物が出てこなかったら通路内で待ちぼうけなのかな…… トイレとかあるのかな?
はは、そんな心配してもしょうがないか。俺達は通路の先に向かい歩きだした。
◇◆◇
ザッザッザッザッ
「まだ着かないのか……?」
もう二時間は歩き続けている。たしか十キロは通路が続くんだっけか?
「そろそろじゃないですか? それにしてもすごいですね。こんな通路が地下にあるなんて……」
カイルおじさん曰く、城の中にはこういった脱出通路が多数あるそうだ。
そうだよな、謀反が起こった時なんかは王族の仕事とは生き残ることだ。生きてさえいれば再起が図れるしな。
更に歩くこと三十分。行き止まりまで辿り着いた。目の前には階段があり、これが地上に繋がっているのだろう。
「止まれ! 合図があるまで休んでおいてくれ!」
俺の指示のもと、奇襲部隊は思い思いに休息を取り始める。
因みにこの通路内には所々に休憩所が作られている。食料庫やトイレなんかも完備してあるのだ。
やはりトイレがあるのはありがたいよね。さっそく使わせてもらおう。
俺は用を済ませた後、床に座る。
少し休むか…… あ、そうだ。今の内にマナの剣を創造しておかないと。
ダガーを抜いてマナを取り込む……
―――ブゥンッ
地下にいるせいか、マナの剣がすんなりと発動する。地下だと黒い雪に汚染されてないからかな?
とりあえず戦闘準備は終わった。これで後は鐘の音が鳴るのを待つだけだ。
俺は壁に背をつけ、床に座って時を待つ。トイレから戻ってきたフィオナが俺の横に座った。
「ふう、疲れましたね。ライトさん、お腹空いてませんか?」
「そういえば…… もう昼ぐらいかな? ちょっとお腹空いてきたかも」
腹が減ってはなんとやらだ。食料庫に行って何か作ってくるかな。
立ち上がろうとする前にフィオナはカバンから何やら取り出した。
これは…… 米を丸く固めた俺の大好物だ。
「ふふ。いっぱい作ってきました。食べましょ」
フィオナから手渡されたそれを一口齧る。優しい塩味が体に染みる。美味しいなぁ……
ポリッ
あれ? 中にピクルスが入ってる。ちょっと酸っぱい。疲れたときに酸っぱい物は体にいいんだよね。
「はい、お水です」
「ありがと」
水筒に入った水を渡される。
はは、俺達今から戦いに赴くってのに。これじゃまるでピクニックだよ。
「それにしてもこの料理を作った人は天才だな。でも料理名が無いのは不便だね」
「そうですね…… そうだ! ライトさん、この料理に名前を付けてください。名付けは得意でしょ?」
いや、得意ってわけじゃ…… でも俺は色んな人に名付けをしてきたんだよな。
とうとう料理にも名前を付ける時が来たか。
「うーん、むずかしいなですよね? そうだ! 米を握って作るから『おにぎり』なんてどう!?」
「ふふ。かわいい名前ですね。じゃあこの料理は今日からおにぎりにしましょう」
お? フィオナも気に入ってくれたようだ。俺は二つ目のおにぎりを齧る。
この味は…… 中にはフリットが入ってる! 鶏肉のフリットだ!
「美味しいでしょ? オリヴィアさんにフリットを作ってもらったんです」
そういえば手紙で銀の乙女亭に行くって書いてあったしな。チシャを預けるついでにおにぎりも作ってくれたのか。
ん? ということは…… フィオナは絶対に俺についていくつもりだったんだな。はは、敵わんなぁ。
十個あったおにぎりは瞬く間に残り一個になってしまった。フィオナが残り一個を半分に割って俺に手渡す。
「最後の一個は半分こにしましょ」
「ありがと」
中には濃いめに味付けした焼肉が入っていた。それを一口に放り込む。
米の優しい甘さが濃いめの味付けを中和して、肉の美味さを増幅させる。ほんと米って万能だよな。
因みに米の流通は去年から始まっている。俺がカイルおじさんとナイオネル閣下にお願いした結果だった。
これは金になるぞ!って閣下に言ったら目の色変えて詳しく聞いてきたんだったよな。
そのおかげで米はアルメリアでも主食の一つになりつつある。いい時代に産まれたもんだ。
ふー、お腹がいっぱいになったら少し眠くなっちゃったな。朝も早かったし。
それに通路内は温かい。外は凍える寒さだってのにな。
「ライトさん」
フィオナが笑顔で自分の膝をポンポンと叩く。
「少し眠ってください。鐘が鳴ったら起こしてあげますから」
うーむ。ここまで緊張感が無いことをしていいのだろうか。まぁいいか。起こしてくれるって言ってたしな。
ここはお言葉に甘えて…… フィオナの腿に頭を乗せる。
「んふふ。お休みなさい」
優しく俺の頭を撫でる。すると俺はあっという間に眠りに落ちていった。
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