奇襲 其の三

 夢を見た。


 女が暗闇の中、一人で泣いている。


 俺は彼女に近付く。


 君はなんで泣いてるの?


 好きな人と離れ離れになっちゃったのか。


 そうか、それは辛いよね。


 俺にも大好きな人がいるんだ。


 可愛くって。


 ちょっとわがままなところもあって。


 頑固なところもある。


 でもね。俺はその子が大好きなんだ。


 その子と離れ離れになるなんて想像出来ないよ。


 君の好きな人を一緒に探してあげるよ。


 その子の手を取って歩きだす。


 その人の名前は何て言うの? 


 ライト…… どこかで聞いた名前だな。


 まぁいいや。


 その人はどこにいるか分からないの?


 とっても遠いところ? 


 そうか…… でも諦めちゃ駄目だよ。


 歩みを止めちゃ駄目。


 諦めたら一生好きな人に会えないよ。


 え? 俺の好きな人の名前?


 その子の名前はフィオナって言うんだ。


 そういえばフィオナはどこにいるんだろ?


 会いたいな。


 後ろから女の泣き声が聞こえる。


 どうしたの? 悲しくなっちゃったの?


 振り向くと……


 女が三人立っていた。


 ―――ライトさん……

 ―――来人君……

 ―――ライトさん……


 三人が俺を呼ぶ。


 三人の女は姿は違う。


 だが分かった。彼女達は全員フィオナだ。


 フィオナ…… 俺の愛する人。何でみんな泣いてるんだ?


 抱きしめてあげたい。彼女達も俺に抱きしめられようと腕を伸ばす。


 あれ? 前に進めない。どうしたんだろ?


 俺もフィオナ達も前に進んでるのに距離はどんどん遠くなっていく。


 いやだ。行かないでくれ。


 君がいなくなったら……


 俺はどうすればいいんだ。


 お互いを求める想いも虚しく、俺達の距離は更に遠くなる。


 そして……


 とうとうフィオナは見えなくなってしまった。


 俺は一人暗闇に取り残される。


 涙が溢れ出した。


 フィオナ…… 俺を一人にしないでくれ……


 子供のように声を出して泣いた。


 暗闇の中に声が響く。




『ライトさ…… 起き……』


 愛しい声。頭を優しく撫でられるのを感じる。








「ライ…… ライトさん!」


 ん? フィオナ? どうした?

 あれ? ここはどこだ? 


「ライトさん! 準備してください! 鐘が一回鳴りました! 魔物が出たんです!」

「んあ? 魔物? 何のこ……って、来たか!?」


 やべー! 超寝てた! 

 なんか嫌な夢を見てた気がする。思い出せないが所詮は夢だ。気にしてはいられない。

 鐘が一回…… まだ待機だよな。


 今のうちに指示を出しておかないと。


「みんな! 戦闘準備だ! 地上に出たら突っ込むぞ! まずは魔物を殲滅しつつ、王都を目指せ! 単騎での行動は厳禁だ! 分かったな!?」


 俺の指示を受け、通路内の兵が各々の武器を構える。

 時折気合を入れる声が聞こえるが、この部隊の八割はトラベラー。全体としては静かなものだ。


 フィオナは長い三つ編みをお団子にまとめている。そうか、これから接近戦だもんな。

 髪が戦闘の邪魔にならないようにしてるんだ。


 緊張が流れる中、俺達は二回の鐘の音が鳴るのを待つ……


 時が流れる……


 まだか……?

 

 階段の上を見上げると重そうな石の扉で閉ざされてる。まずはこれを開けなくちゃいけなかったか。

 マナの剣で斬り開くか? でもちょっと時間がかかりそうだな。


「シグ、来てくれ」

「何でしょうか?」


 こいつの魔法剣は詠唱を必要としない。剣を扉に刺してから吹っ飛ばしてもらうのが一番早いだろう。


「鐘の音が鳴ったら扉を開けてくれ。多分接近戦ならお前が一番強いだろ? 扉を開けたら一番に地上に上がってくれ。俺達はお前に続く」

「承知」


 シグが階段を上がり、扉の前で待機する。

 きっと魔物は進軍を開始している。

 緊張してきた…… 汗が顔を伝う……

 


 ―――ガーン ガーン



 二回連続の鐘! 突入だ!


「シグ!」


 俺が言うや否やシグは扉に剣を突き立てる! そして!


「爆散!」



 ドゴォンッ!



 轟音と共に扉が粉砕される! ゴホッ! すごい土埃だ! 上から声が聞こえる!


「ライト殿! 上がってください!」


 シグだ! 魔物はいないのか!? 

 ならば!


「進軍開始!」

「「「「「応っ!」」」」」


 トラベラー、冒険者が声を上げる!

 階段を上がり地上に出る。シグが剣を構えて王都方向を見ている。その先には……


 アヴァリで起こったようなスタンピードが発生していた。いや、これは戦争だったな。魔物との距離は一キロってとこか。


 さて奇襲開始と行きますかね!


「行くぞ!」

「「「「「応っ!」」」」」


 俺達は魔物に向かい進軍を開始する。既に高速回転クロックアップは発動してある。身体強化術も相まって移動速度も速くなってしまう。


 いかんな、皆と歩調を合わせないと。

 単騎でなら俺が突っ込むべきだろうが、これは作戦があっての奇襲だ。単独行動は許されない。


 俺達はどんどん進軍する。魔物は未だ俺達に気付かない。

 魔物との距離が百メートルを切っただろうか。気配に気付いたスケルトンがカタカタと顎を鳴らす。


 もう遅いけどね!

 

「いけー!」

「「「おーーー!」」」


 俺の掛け声と共に突っ込んでいく! 

 みんな死ぬなよ!


 俺はマナの剣を構える! この状況で剣を長くすると仲間ごと切り伏せることになりかねない。いつもの長さで行くしかないだろうな。

 だがこのマナの剣は刀匠デュパ ベルンドのダガーを触媒にしている。斬れない物なんて無いはずだ。


 さて俺の相手は…… 目の前に体長二十メートルはあろうかというドレイクがいる。

 でかいな。普通のドレイクの二倍はある。魔素を取り込んだことで肥大化でもしたんだろうか? でも関係無いけどね。

 俺を食い殺そうとするところを避けてからの一閃。



 ザシュッ! ボトッ……


 

 首が落ちる。はい、一匹目。次はどいつだ? 

 オーガが前に立ちはだかる。先の戦いで俺の腹を貫いた奴らだな。

 人型だからだろうな。他の魔物より知性が高い。徒党を組んで俺を襲ってくる。

 五つの鉄塊が俺に振り下ろされる。


 あほか。当たるかよ。



 ズドドドドドォンッ!



 オーガ達の一撃は地面を叩くのみ。俺は既に奴らの後ろに回り込んでいる。

 こいつらでかいんだよな。どうやって殺すか?

 あ、そうだ。まずは足を斬り落としてから……



 バシュッ!



『グォアッ!?』


 俺の一振りでオーガの足を両断する。人間みたいな悲鳴を上げるなよ。聞き苦しい。

 地面を這いまわるオーガの首を一体ずつ斬り落としていった。


 みんな大丈夫かな? 横を見るとシグと冒険者が徒党を組んで魔物を叩き斬っているのが見える。

 はは、相変わらず強いわ。接近戦だけなら俺以上なんじゃないか?


 おっと、よそ見した。ワーウルフが鋭い爪を俺を狙う。避ける必要は無い。だってフィオナが俺のそばにいるからな。



 ドヒュッ グサッ



 俺の顔スレスレに刺突が飛んでくる。もちろんフィオナの槍だ。穂先がワーウルフの頭を貫く。



 スパァッ



 そして槍を縦に走らせる。頭から胴体にかけて真っ二つになった。ワーウルフの開きの出来上がりだ。


「よそ見しないでください」

「はは、ごめんな」


 俺達は次々と魔物を打ち据えながら王都を目指す。そして……



 ―――ヒィィィーーーンッ



 鏑矢の音! 俺は大声で指示を出す!


「左右に別れろ! 敵陣を引っ掻き回す! だが無理はするな!」


 今までの奇襲は殲滅が目的ではない。本隊が到着するまで敵の目をこちらに引き付けるのが狙いだ。

 俺とフィオナは二人で敵陣に突っ込む!


「無理するなよ!」

「ライトさんもですよ!」


 はは、考えてることは一緒か。魔物を斬り伏せながら魔物が密集している場所で立ち止まる。

 俺とフィオナは背を合わせて……


「来いっ!」

「来なさい!」


 俺達目掛け魔物が襲いかかる! 楽勝すぎる。前方の魔物だけ相手にしてりゃいいんだろ? 

 その場を動くことなく迫りくる大蛇の首を落とす。フィオナは何をしてるかな?


 後ろを振り向くと、フィオナは迫りくるキメラを連撃で貫いている。

 一撃目、二撃目で両目を奪い、槍を横に走らせてはヤギ頭の首を落としていた。


 すごいな…… 俺の嫁は何でも出来る。

 料理、洗濯、戦闘に至るまで超一流だ。はは、俺にはもったいないわ。


「ははは!」

「何笑ってるんですか!?」


「ごめん! 俺幸せだなって思ってさ!」

「この状況で!?」


「この状況だからこそだよ! フィオナ、愛してるぞ!」

「もう…… んふふ…… 馬鹿……」


 怒られてしまった。ははは、ごめんな。

 さぁかかって来い! 今の俺は無敵だぞ! なんたってフィオナがそばにいるんだからな!


 その後も魔物を斬っては捨てるを繰り返す! そろそろか……?



 ―――ドドドドド……



 遠くから地鳴りのような音が聞こえる。来たか…… 

 声が聞こえる。クロイツ将軍の声だ。


「本隊到着! 今から各個撃破! 全力で挑め!」


 来た! もう遠慮することは無いぞ! 可能な限り魔物を減らす!


「フィオナ! 行くぞ!」

「行きましょ!」


 二人で魔物の群れに突っ込む! 目の前にはリッチの群れ。俺達に向かい魔法詠唱を開始する! 開始するだけね。終わるまで待つと思うか?


 俺達は左右に別れ、リッチを薙ぎ払う! 

 フィオナの槍はアンデット系には不向きだろう。だけど彼女の槍はヒヒイロカネ製。打撃武器としても優秀だ。リッチはフィオナの薙ぎ払いで一瞬でバラバラになった。


「お見事!」

「後でご褒美をお願いします!」


 あはは! じゃあ抱きしめてキスだな! さぁ、どんどん行くぞ!



◇◆◇



 何体の魔物を倒しただろうか。自分でも分からない。

 俺は敵を倒すことで敵のオドを取り込むことが出来る。倒せば倒すだけ強くなれるんだ。

 最近はその感覚がめっきり減ってきた。だが、今日は違う。全身に力がみなぎる。相当な数を殺したもんな。


「かかって来い!」


 もう負ける気がしない。魔物に向かい怒号を放つ……のだが、魔物はこちらに向かってはこない。


 撤退だな。戦局は明らかにこちらに有利だ。このまま行けば俺達の勝ちだろう。

 ここは撤退して再起を図るしかないもんな。

 賢い選択だ。敵を褒めるのは気に食わないけどな。


 魔物は前回よろしく、静かに撤退していく……


「深追いはするな! 魔物が撤退するまで警戒は続けておけ!」


 俺の指示のもと、皆、動きを止める。無理はするなよ。ここで死んだら元も子もないんだからな。


 魔物はゆっくりと後退を始める。次第と距離が遠くなり…… 

 ある程度の距離に達すると踵を返して全力で撤退していった。


 ここでマナの矢が使えたら一発ぶち込んでやるのに……


「魔法が使えたら一撃お見舞いしてあげるんですけど……」


 ははは! フィオナも同じこと考えてたよ!


「どうしたんですか? ニヤニヤしてますよ」

「いや、俺達って似た者夫婦だなって思ってさ。同じこと考えてた」


「そうなんですか? じゃあ私が今何考えてるか分かりますか?」

「もちろん」


「ん……」


 フィオナを抱きしめてキスをする。予想以上の勝利に興奮が冷めない。

 深めのキスをしてしまった。フィオナもそれに応えてくれる。


 はは、今夜もお願いしちゃおうかな。その前にこの大勝利を祝わなくちゃ。

 あちこちで勝ち鬨が上がるのが聞こえる。クロイツ将軍が大声で叫ぶ!


「もう一度勝ち鬨を上げろ!」

「「「おおおおおーーーーー!」」」


 奇襲は大成功に終わった! この流れに乗っていくぞ! 

 次の戦いも俺達の勝ちだな!




 この時はそう思ってたんだ……


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