戦争 其の六

 防衛二日目。昨日と同じく、扇状に陣を組み魔物の襲撃に備える。

 だが今のところ、魔物が襲ってくる気配が無い。目の前には雪が降り積もった漆黒の大地が広がるのみだ。


「ライト殿。油断はするなよ。いつ何時魔物が現れるか分からんからな」


 クロイツ将軍は自慢の大剣を地面に刺して仁王立ちをしている。歴戦の戦士たる風貌だ。かっこいいなぁ。


「はい。ですが、もうすぐ三時間経ちますね。ひょっとして魔物は今日はお休みをしているとか……?」

「ははは! そうかもしれんな! もしくは…… 奇襲の作戦を練っているのかもしれん。相手は魔物だが、指揮を取っている者は人間並みに知性が高い。ライト殿…… 交代の時間が来たら少し話したい。いいか?」


「はい。今日は戦いも無いですし、疲れてませんから」



 ―――ガーン ガーン ガーン



 お? もう交代の時間か。七番隊が前に出てくる。辺りの警戒をしつつ、ゆっくりと後退する。みんな、がんばれよ。


 王都に戻る。城門横の将軍専用の天幕に招かれた。お付きのメイドさんが紅茶を渡してくれる。

 あ~、美味い。冷えた体に染みるなぁ……


「ライト殿。時間を取らせてしまってすまないな。まぁ座ってくれ」


 天幕中央にある椅子に腰をかける。将軍は地図を持ってきてテーブルに広げた。

 王都周辺の地図だな。所々に赤い点が書かれている。


「昨日の戦いを経て思ったことがある。敵は魔物だが、思考は人間に近い。つまり人間相手の作戦が通用するということを意味している。そこでだ。ライト殿、トラベラー、ランクの高い冒険者に奇襲を行ってもらいたい」


 奇襲…… 仕掛ける側にも危険は伴うだろう。ちょっと尻込みしてしまうな。

 だがクロイツ将軍は歴戦の戦士。効果があるからこそ俺に提案しているのだろう。


「具体的にはどうするんですか? なんとなくですが、地図の赤い点が奇襲を行うポイントだということは分かりますが……」


 だがそのポイントというのは、地図の縮尺を考えると王都から十キロは先にある。見つからないよう、隠密でその地点まで行くことが出来るだろうか? 

 それで魔物が現れるまで待機だろ? 奇襲部隊の負担がでかすぎるような……


「心配そうな顔をしているな。では初めから話そう。奇襲部隊の編制はトラベラー八百人、Aランク冒険者二百人の千人で構成。接近戦に特化したものを選ぶつもりだ。奇襲地点への移動は王族専用の脱出通路を使わせていただく」


 脱出通路…… そういえばサヴァントでもあったな。あの時はそれを使って城に潜入したんだっけ。


「奇襲部隊は地下通路内で待機。合図と共に挟撃を開始する。単純な作戦だが、虚を突かれた敵というものは脆いものだ。そのまま奇襲部隊は敵をせん滅しつつ王都を目指してくれ」

「なるほど…… ですが千人ですか。数が少なすぎるのではないでしょうか?」


 相手は数十万を超える魔物の群れだ。いくら個々の戦力が高いとはいえ、数の暴力の前では無力なのではないだろうか?


「ははは! そう思うのは無理もない。だがな、虚をつかれた敵というのは無力だぞ。面白いほど首が取れる。敵の背後から敵陣を風のように駆け抜ける快感ときたら……」


 クロイツ将軍は目を閉じてプルプルと震えている…… 昔のことを思い出しているのだろうか。

 ほんと戦闘狂だな、この人。


「失礼。一人思い出に浸ってしまった。私はこれから奇襲部隊の編成に取り掛かる。今日はもう帰って大丈夫だ。すまんが明日は六時に集合してくれ」


 むむむ…… 予想外の展開になってしまった。戦争の素人の俺がどこまで通用するのだろうか。

 不安を抱えつつ、天幕を後にする。


 辺りはもう真っ暗だ。朝からずっと暗いままなんだけどね。夜になると更に闇は深くなる。

 くそ、忌々しい雪め。早くアモンを倒してお天道様を拝みたいもんだ。


 家の前に着くと、窓から明かりが漏れている。  

 フィオナの具合はどうだろうか。体調は少しずつ良くなっているようだが、無理はさせたくない。

 でもきっと起きて待ってるんだろうな。


 奇襲を担当したことをフィオナには言わない方がいいよな。あまり心配をかけたくない。

 奇襲だろうがなんだろうが戦うことには変わりなんだ。黙っておくか。


「ただいまー」

「おかえりー! パパ、そこで服を脱いで! お部屋を汚くするとまたママに怒られちゃうよ!」


 昨日と同じようにチシャが出迎えてくれた。でもさすがに抱きつかれはしなかった。

 昨日は俺に飛び掛かって服を汚してしまい、フィオナにこっぴどく叱られたんだ。


 雪で汚れた服を脱いでレムに渡す。そのまま風呂場横の洗濯場まで持っていってくれた。お前はほんと優秀だなぁ…… 

 渡されたタオルで体を拭いてから部屋に入る。時計を見ると夜の七時になっていた。


「ライトさん、お疲れ様です」


 フィオナが出迎えてくれた。

 顔色は…… だいぶ良くなったみたいだね。足元もしっかりしてる。体力は元に戻ったかな? 


「ご飯の前にお風呂に入ってきてください。チシャ、あなたもよ」

「はーい」


 今日も二人で風呂に入る。

 昨日は戦いの後でかなり汚れていたが、今日はそこまでではない。黒い雪の中で突っ立てただけだからな。体力も有り余っている。

 フィオナの調子が良ければムフフが出来るのだが…… 


 なんて馬鹿なことを考えつつ、体を洗い終わり湯船に浸かる。ふー、気持ちいい。

 チシャは俺の膝に座ってタオルを湯船に入れてタコさんを作っている。


「ほら見て! おっきなのが出来た!」

「はは、大きなタコさんだね。よく出来ました」


「クラゲなのに……」

「…………」


 分かるか…… でもなんかごめんなさい。ちょっと微妙な空気が流れる中、しっかりと温まる。



 ―――ゴソゴソッ



 脱衣所から物音がする。フィオナかな? 着替えを持ってきてくれたとか? 

 ノックが聞こえた後、フィオナが風呂に入ってきた。


「んふふ。私も入っていいですか?」


 入っていいも何も、すでに裸じゃないか。まぁ風呂ぐらいはいいよね。


 フィオナは体を簡単に洗ってから湯船に入ってくる。ちょっとはにかんでから俺に体を預けてきた。


「今日は疲れてないみたいですね。戦いはなかったんですか?」

「うん。俺が配置についてから何も動きがなかった。今日はお休みなんじゃないの?」


「このままずっとお休みしてくれればいいのですが……」


 そうだな。でもそれでは根本的な解決にはならない。雪は今も降り続いている。

 アモンを倒さない限りこの黒い雪は止むことはないだろう。

 もしこのまま雪が降り続き、世界が闇に包まれ続けたら……


「アモンは必ず倒す…… この戦いでだ。仇を取るためじゃない。二人を守るためだ」


 サヴァントでシーザーに言った。復讐は通過点でしかない。その先の未来のために戦い、勝利する。必ずだ。



 チュッ



 フィオナがキスをしてきた。ん? このタイミングで?


「そんな怖い顔をしないでください。もっと肩の力を抜いて。ライトさんなら大丈夫です。絶対に勝てますから」


 え? そんな怖い顔してた? ごめんな、気を遣わせてしまったみたいで。


「ありがと。元気出たよ。そういえばフィオナも良くなってきたみたいだね。体調はどう?」

「体は問題無いみたいです。まだ魔法は使えませんが。体内のオドが整うまで後二日はかかります」


「二日? 魔力枯渇症の完治期間は一週間が平均だよね?」

「私は魔法が得意ですから。完治するのも早いんです。体力も食欲も戻ってきました。もう元気なんです。だから……」


 フィオナが俺の耳元に口を寄せ、囁く…… 

 チシャ。今日は安眠枕を使って寝るんだぞ。


「先に上がります。出たらすぐにごはんにしますよ」


 ちょっと顔を赤くして風呂から出ていく。さて、俺らも出ますかね。

 着替えを済ませ、リビングに行くとごはんが用意されていた。今日は米と大皿に乗った肉野菜炒めか。スープもついてるね。豪華だ。


「さぁ食べましょ」


 この料理は米が進む。あっという間にお代わりだ。

 今日はフィオナもしっかりとお代わりしてる。ははは、もう三杯目か。よく食べるね。

 元気になったってのは本当だな。この食欲が物語ってるわ。


 片付けはレムに任せる。寝るまでリビングで三人で談笑だ。

 二人は今日は一歩も外に行っていないので、バクーでの思い出話に花を咲かせた。


「ねぇ、パパ。この雪が止んだらカイルおじいちゃんに会いに行きたいな。ルージュちゃんの赤ちゃん、産まれたんだよね。見に行きたいなー」


 そうだな。一度だけ手紙が来たんだ。元気な男の子で、人族に近い犬獣人だそうだ。

 耳は垂れ耳だって。ウィンダミアの子か。ルージュに似ればたいそう美男子になるに違いない。

 おじさんはデレデレだって手紙には書いてあったな。


「そうだね、悪い奴をやっつけて雪が止んだら三人でラーデに行こう。王様にお願いしてムニンとフギンも連れていこう。馬車も貸してもらおうね」

「またみんなで旅出来るの!? 嬉しい! パパ、大好き!」


 ほっぺにチューされた。楽しい未来の想像に思いを馳せる。

 実現しなくちゃな。その為にも奴を倒す。必ずだ。


 夜も更け、チシャが船を漕ぎだした。お姫様抱っこをして寝室に連れていく。

 ベッドに寝かせ、おでこにキスをする。

 お休み、お姫様。よい夢を……


 音を立てないよう、俺達の寝室に行……



 ガバッ! ドサッ……



 フィオナは俺が入ってくるや否や、抱きついて深いキスをしてくる。

 なんか、すごい元気ですね……

 ベッドに押し倒されて服を強引に脱がされた。


「フィ、フィオナさん?」

「…………」


 乱暴に愛でられてしまった……



◇◆◇



 戦いが終わる…… 今日は負けてしまった。あんなことや、こんなことをされてしまったのだ。どこで覚えてきたのだろうか?

 だが、こういった戦いなら毎日でも構わない。むしろウェルカムである。

 

 ん? フィオナ、怒ってる? 

 僅かだが、その美しい顔の中に怒りの表情が見て取れる。


「ライトさん…… 私に言ってないことあるでしょ? 何か隠してますね?」

「ナ、ナンノコトカナー」


「言いなさい」


 かわいい顔して怒ってる。敵わんなぁ……

 仕方ない。正直に話すか。


「ごめん…… 明日から奇襲部隊を担当することになった。魔物が現れたら挟撃するんだと」

「奇襲…… 危険は無いんですか?」


「なんにしたって危険は伴うさ。少しでも魔物を減らせるなら俺はやるよ」

「…………」


 フィオナは少し黙る。何か考えてるな。反対されたらどうしよ……


「そうですか…… がんばってくださいね。でも無理しちゃ駄目ですよ。明日は何時に出るんですか?」

「六時集合だから五時には起きないと。やばっ! もう寝なくちゃ!」


「ふふ、そうですね。しっかり頑張ってください。それじゃ、お休みなさい……」


 フィオナは俺にキスをして眠りについた。よかった。あまり心配はしていないようだ。

 それじゃ、明日の戦いに向けてしっかりと寝ますかね。時計を見ると…… もう三時だ。



 しっかりと二時間寝ますか……



◇◆◇



 目が覚める…… むー、寝不足だ。

 あれ? フィオナがいない。着替えを済ませリビングに行くと一枚の紙と朝食が用意されていた。なになに……



(ちょっと銀の乙女亭に行ってきます。チシャも連れていくから心配しないでください。しっかり食べて頑張ってくださいね。フィオナ)



 チシャもいないのか…… 何か用でもあったのかな? あ、やばい! 遅刻する! 

 パパっと朝食をかき込んで家を飛び出した。


 外は相変わらず黒い雪が降っている。死んだような街の中を走って……

 はぁはぁ…… な、何とか集合五分前に城門前に到着……


「来たか! 遅れるかと思ったぞ!」

「す、すいません…… 遅くなりました……」


 将軍は元気よく挨拶してきた。よかった、間に合ったよ。


「では作戦は昨日話した通りだ。奇襲部隊は今から王宮に行ってもらう。ナイオネル閣下には話はつけておいた。脱出通路を通り奇襲ポイントで待機だ。合図は通路内に聞こえるようにしてある。それが聞こえたら奇襲をかけながら王都を目指してくれ」

「分かりました…… 奇襲部隊はトラベラーが多いですね」


「あぁ、一番危険が伴う役目だからな。最高の戦力で編制したつもりだ」


 奇襲部隊を見渡す。戦士型のトラベラーが多いな。


 大剣を持った大男だろ。


 俺の背丈ぐらいある大斧を持った犬獣人だろ。


 フルプレートで身を固めた重戦士だろ。


 フィオナだろ。













 ……いぃ!? フィオナ!? なんでいるの!?


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