戦争 其の五

 南門前では魔物が雪像に紛れて奇襲をかけてきた。やはりこれは単なるスタンピードではない。


 戦争なんだ…… 

 

 クロイツ将軍は焦ること無く俺達に指示をしてくる。


「攻撃範囲に入るまで待機! 指示を待て!」


 魔物はジリジリと近付いてくる…… 

 ふと横にいるトラベラーから声をかけられた。老人の姿をしている。こんなトラベラーもいるんだな。


「契約者様。私は付与魔術が専門です。お使いの矢に属性を込めることが出来ます。此度の契約者様はマナの矢を使うことが出来ると聞きましたが、今はそれを封じられていると。どうぞ、私の力を存分にお使いください」


 老人は俺の矢筒から矢を抜き取り、詠唱を始めた。すると矢が薄っすらと光りだす。


「聖属性です。どのような魔物にも対応出来るはずです」

「ありがとう! 助かったよ。名前は……無いんだよな。すまん。後で名を付けてやるからな」


「ありがたき幸せ」


 ほんとにそう思ってる? 無表情だからそうは見えないんだけどな。

 まぁいいか。今は目の前にいる魔物に集中だ。

 もう少し…… もう少しで攻撃範囲に入る。


 王都はな、俺の家なんだ。お前らが近付いていいところじゃないんだよ。

 矢を引き絞る……


「放て!」


 クロイツ将軍の指示が出た! 弓隊が一斉に矢を放つ! 魔術師隊も魔法を発動する! 



 ―――ドカンッ!



 敵陣が炎に包まれる! 火球が魔物を焼いていく! 

 トラベラーの魔法だな! 俺も負けてられないな! 俺も老人から矢を受け取り、矢を放つ!


 

 ―――ドヒュンッ!



 どうやら貫通属性に優れているようで、魔物を複数打ち抜いている。すげぇな、付与魔法って。



◇◆◇



 しばらく魔法、弓による攻撃が続いた。恐らくだが、魔物は数万は倒しているはず。

 だがその数は減る様子は見られない。ジリジリと近付いてくる。


 くそ、ここからは接近戦か…… 俺は弓をしまい、剣を構える。

 いつもだったら魔物は俺一人を狙ってくるはず……だが魔物は陣形を崩すこと無く近付いてくる。


 くそ…… 呪いが解けたのは本当だったか。

 ありがたいと思うところだが、今は俺達にとっては不都合極まりない。アヴァリで使った作戦は使えないということだからな。


「ライト殿! 来ますぞ!」


 シグが声をかける。分かってるよ! キメラが目の前に迫っている! 一撃で俺の頭を吹き飛ばせそうな前足で俺を引っ掻きにくる。そんな攻撃食らうかよ! 



 ―――ブォンッ ドシュッ!



 前足の一撃を避け、下段から斬り落とす! 返す刀で袈裟懸けで首を落とす! 

 ヤギ頭がイタチの最後っ屁で魔法を放とうとするが…… やらせるか。

 上顎に刃を入れ、頭を吹っ飛ばしてやった。


 隣を見るとシグがいつもの攻撃をしている。ワーウルフに刺突を放ち、突進する。数匹を串刺しにしてから剣に魔法を込める……


「爆散!」



 ―――ドゴォン ビチャッ



 うわ…… 相変わらずエグイな。魔物の肉片がこっちまで飛んできた。


「ライト殿! まだ来ますぞ!」


 はいはい! 分かってますよ! 次の相手はどいつだ! 




 しばらくの間、無心で魔物を斬り伏せる。いったい何体の魔物を殺したんだろうか。魔物の猛攻は止まらない。



 ―――ガーン ガーン ガーン



 鐘の音? これは…… 


「七番隊! 前へ! 六番隊は撤退! 無理はするな!」


 そうか、交代の時間か! もう三時間たったのか。必死過ぎて時間が経つのがあっという間だった……


 俺達はゆっくりと後退し、七番隊と入れ替わった。城門前に辿り着くと八番隊が待機している。

 みんな、死ぬなよ……


 城門から王都に転がるように戻る。

 つ、疲れた…… 身体強化術を発動したとはいえ、三時間近く動きっぱなしだったからな。


「整列! 被害を確認する! 点呼! 始め!」


 兵が小隊にまとまって点呼を開始する。戦っている最中は周りを見る余裕がほとんどなかった。

 死んだ兵もいるんだろうな…… 小隊長がクロイツに報告する。


「ふん…… 戦死者は八十二人か。上出来だ。戦闘力の高いトラベラーと冒険者の死者は無しか」


 八十二人も死んだのか…… くそ、戦争とはいえやるせない気分になるな。


「六番隊! 十五時間の休息を取れ! 各自、解散!」


 クロイツの指示のもと、兵は兵舎に戻っていく。クロイツは城門近くの天幕に入っていった。

 俺も一旦家に帰るか…… でもその前にクロイツに挨拶して行くことにした。


 将軍は鎧を脱いで、既にお茶を飲んでいる。傷は無いようだ。


「将軍。お疲れ様でした……」

「おぉ! ライト殿! 素晴らしい戦いでしたな! 八面六臂とはまさにあのこと! アレクサンダー殿、閣下の言う通り人外の如き力を手にしているようだ!」


 クロイツは俺にお茶を渡してくれた。

 温かい…… 染みるなぁ……


「これからしばらくは、こんな戦いが続くんですね……」

「浮かない顔だな。初戦は大勝利といっても過言では戦果だぞ」


「ですが、仲間が死んだんですよ…… 俺は軍人じゃありません。貴方のように立ち振る舞うことは出来ませんよ」

「ふむ。それはしょうがないこと。だが死んだ仲間は国を想い、仲間を想い戦って散っいった。私はそれを誇りに思う。死んでいった仲間を涙、悲しみで送ってはいけない。私は彼らの死を無駄にしないよう、必ずこの国を守るつもりだ。例え、私の命を犠牲にしてでもな」


 強い人だな。俺は体も心も強くなったつもりだった。だが人としての心の強さはこの人には敵わないようだ。


「今日はもう帰って休むんだ。戦いはまだ続くのだから」

「はい……」


 疲れた体を引きずるようにして家路につく。愛しい我が家の壁は美しい白い壁なのだが、今は黒く汚れている。

 戦いが終わったら掃除しないとな。


「ただいま……」

「パパー! お帰りなさい!」


 うわっ! チシャが俺の胸に飛び付いてきた! はは、元気だね!


「ただいま! いい子にしてた?」

「うん! ママのお手伝いしたよ! えらい?」


「偉いぞ! そうだ、フィオナはちゃんと寝てるか?」

「ううん。パパに美味しいごはん作るって言って、今キッチンにいるよ」


 もう…… 無理するなって言ったのに。キッチンではフィオナがパスタを茹でていた。

 昨日よりは顔色はいいが…… 足元がふらついている。


「ただいま……」

「あ、ライトさん。お帰りなさい!」


 フラフラとこちらにやってくる。そしてキスをしてくれた。


「怪我はありませんでしたか!? もう、こんなに汚れて…… 先にお風呂に入ってきてください」


 そんなに汚れてるかな? 服を見てみると…… ははは、真っ黒じゃん。

 ということは…… 愛娘に目を向ける。チシャの服も俺の汚れが移って黒く汚れていた。


「もう! お天気が悪いのに洗濯物を増やして! チシャも一緒に入ってきなさい!」

「「はーい」」


 怒られちゃった。ははは、ちょっとは元気になったみたいだな。


 湯船に浸かる前に体を洗う…… 俺から流れでた汚れで床が黒くなった。シャワーで流しておこっと。

 チシャと二人で湯船に浸かる。体が芯まで冷えていたんだろうな。指先、つま先にじんわりとした痛みが走る。


「あ~…… 気持ちいい……」

「あはは。パパったら変な声出して。そうだ、今日は魔物と戦ったんだよね。怖くなかった?」


「全然! パパは強いからね! いっぱいやっつけたら逃げていったよ! チシャに俺のかっこいいところ見せたかったな!」


 ほんとは怖さを感じる余裕も無かっただけなんだけどね…… 子供の前だ。かっこつけておかなくちゃ。


「あはは。そうだね。でもね、怪我しちゃ駄目だよ。明日も元気に帰ってきてね」


 ははは、相変わらずかわいいこと言ってくれちゃって。


「この雪っていつ止むのかな?」

「うーん。多分魔物の一番悪いヤツを倒したらだろうね」


「そう…… この雪のせいでお外で遊べなくてつまんない。それにね、やっぱり怖いの。魔物が街にやってきてお家を壊しちゃうかもって」


 この子も不安なんだな。大丈夫だよ。絶対守ってあげるからな。


 早々に風呂から上がると食卓にはパスタと葉野菜のサラダが並んでいた。


「さぁ、食べましょう。お腹空いちゃいました」


 三人で食事を始める。俺とチシャの食欲は相変わらずだ。フィオナは…… よかった。昨日よりは食べられるみたいだ。

 少し残してるがほとんど完食だ。


 安心したのと満腹感で、急に眠気が襲ってくる……


「ふぁぁ……ごめん。今日は先に寝るよ。慣れない戦いの後だから疲れちゃったみたいでさ……」

「はい…… ゆっくり寝てくださいね。私も片付けをしたらベッドに行きますから」


「分かった…… お休み……」


 寝室に行って早々にベッドに入る。明日も戦いが続くのか。

 先の見えない不安を抱え、俺は眠りに落ちていった……


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