戦争 其の四
「うぅー、寒い……」
「…………」
俺とシグは王都正門前で待機している。今は魔物は出ていないようだ。二十四時間体制で物見が外の様子を伺っている。
それにして寒いな…… 俺は手を組んで震えているのだがシグは微動だにせず、隊が来るのを待っている。
「なぁ、シグ。俺って魔物との戦いは慣れてるんだが、戦争ってのは初めてでさ…… 戦術とか素人なんだ。籠城ってどんな風に戦うんだ?」
「俗説ですが、城を落とすには敵側は防衛側の三倍の兵力が必要とされています。これは様々な要因で変化するのであまり信用しないほうがいいでしょう。とにかく敵を王都に近付かせない。これに尽きます」
まぁそうだよな。こちらが生き残っていれば勝機が見える。
今は耐えるしかないってことか。
「でもさ、サヴァントから援軍が来てくれるまで一ヶ月かかるだろ? 魔物の猛攻に俺達だけで太刀打ち出来るのかな?」
「その為に戦術というものがあります。クロイツ将軍は優秀な将です。指示を守って戦えば最悪の事態は防げるでしょう。それに私達もいます。貴方を必ず守りますのでご安心を」
俺だけ守られてもなぁ。むしろ俺より力無い人を守って欲しいのだが。
「来たようですな」
シグが街の中央を向いて呟く。雪のせいで暗くて見にくいが、シルエットがこちらに近付いてくる。
―――ザッザッザッザッ
一定の足音を立ててこちらに向かってくるは…… アルメリア兵だ。先頭にはクロイツ将軍がいる。鎧だけではなく、兜も装備している。まさか……
「待たせたな」
「将軍! まさか貴方も戦闘に参加を?」
クロイツは背に背丈ぐらいある大剣を背負っている。身のこなしから一流の武人であることは分かったのだが、将軍っては基本後ろで指示を出すのが仕事なのではないだろうか?
クロイツは馬から降りて兵に指示を出す。
「各隊長! 前へ!」
―――ザッ
クロイツの指示のもと、七人の兵が前に出る。
「ライト殿とシグ殿。貴殿らは六番隊に加わっていただく。四万の兵を八つに分け、三時間交代で防衛に当たる。六番隊が防衛に当たる間、七番隊が援護を担当する。そうして二十四時間王都を防衛し続ける。飛行型の魔物が出ない限りは城壁上から弓隊、魔術師部隊が地上の援護をする。私は六番隊を指揮させてもらう」
やっぱり…… この人、戦うつもりだ。
「将軍…… 俺は戦争のことは素人ですが、将軍自ら前線に出るのはどうかと。もし貴方に万が一のことがあったら指揮はどうするんですか?」
「愚策なのは重々承知だ。だが今は火急の事態故、戦える者が剣を取るべきだ。ふふふ。一介の兵として剣を握るのは二十年ぶりか。血がたぎるわ!」
と言って背中の大剣を抜く。
うーむ。俺に関わる人はなぜか戦闘狂が多い。クロイツ将軍はニヤニヤしながら大剣を掲げていた。
「ライト殿。将軍のことならばあまり心配する必要は無いでしょう。恐らく剣の腕だけならば彼はトラベラー並みです」
そうだろうな。立ち振る舞いを見ていれば分かる。
少なくともオリヴィアより戦闘力は高いだろう。いるんだな、こういう人も。
「では一番隊! 出陣! 二番隊は後ろに続け! 三番隊は城門前で待機! 三時間ごとに鐘が鳴る! それを合図に交代だ! 以上だ!」
俺の担当は六番隊か。十二時から十五時は城門外で援護。十五時からは防衛の担当だな。
時間までは待機だ。俺とシグは用意された天幕で待つことにした。
雪は今も降り続いている。
◇◆◇
―――ガーン ガーン ガーン
「む? 時間のようですな」
「あぁ……」
俺とシグは紅茶の入ったカップを置く。
交代の時間だ。鐘の音を聞いた兵が動き出す。五千の兵は城門前に集合し、指示を待つ。
「六番隊! 前へ!」
―――ザッザッザッザッ
クロイツ以下、五千の兵が城門をくぐり、防衛に当たる。俺達もそれに続いた。
外に出ると…… そこは漆黒の世界だった。黒い雪が一面に降り積もり、禍々しい雰囲気を醸し出している……って、しまった! マナの剣を発動するのを忘れてた!
幸いなことに魔物はいない。今の内に……
「シグ、もし今魔物が出たら援護してね……」
「仰せのままに」
足元からマナを取り込む…… くそ、時間がかかる。僅かだがマナを取り込む際に痛みを感じる。抵抗を感じるって言った方がいいかな。
三分程の時間をかけてマナの剣を発動することに成功。
準備完了だ! さぁ、いつでも来い!
剣を構え、気合を入れる……のだが、魔物が出てくる気配は無い。
だが油断は禁物。前回は陽動に引っかかり、死ぬ寸前までいったんだからな。
降りしきる雪の中、魔物の襲撃に備える…… う~、寒い……
―――ガーン ガーン ガーン
再び鐘が鳴る。五番隊はゆっくり後ろに下がり、代わりに俺達が前に出る。
ふと兵の顔が見えた。みんな雪で黒く汚れている。
お疲れ様。ゆっくり休んでな。
六番隊が前線に。うー、緊張してきた。
俺は強くなった。その自覚はある。だが決して最強ではない。実際、奇襲を受けて死にかけたし。
油断せずに…… 慎重に…… 落ち着いて……
―――ヒィィィーン
鏑矢の音! 西門の方からだ! 兵達はどよめき始める! こっちは敵がいない。援護に行くべきだろうか?
「静まれ! そのまま待機だ! 何人たりとも配置を乱すことは許さん! 相手は人と同じ戦術を使ってくると報告を聞いている。恐らくは…… 声東撃西の策だ。攻城戦の基本だな」
「声東撃西? いったいどんな策なんですか?」
「陽動だよ。指揮を乱すのが目的だろうな。もし下手に援護にいけば途中で挟撃されて全滅する可能性もある」
なるほど。ただの魔物が相手なら単純に斬って捨ててを繰り返すだけだ。
だがこれは戦争。どこかでボロが出たらそこを狙われて全滅することになりかねない。
「む……? 皆、注意を……」
シグが剣を構える。彼の見る先には…… 遠目に影が見える。
魔物だ。地平線を埋め作るが如くの大群だ。
来たか。だが何か違和感が……
千里眼を発動してみる。ぼやけてよく見えないが…… あれは魔物ではない。雪像だ。
数えきれないほどの魔物型の雪像が突然湧いて出てきたんだ。
「ライト殿、どうされた?」
「はい…… あれも陽動かもしれません。あれらは魔物ではないようです。千里眼…… 祝福の力ですが、それを使ってあれらを見てみました。あれは雪像です。俺達を混乱させるつもりなんですかね?」
「雪像……? 皆、構えろ! こちらにも来るぞ!」
クロイツが怒号にも似た指示を出す! びっくりした!
「無中有生の策だ! 弓隊! 鏑矢を放て!」
再び鏑矢の音が鳴り響く!
「弓隊! 魔術師部隊! 前へ!」
クロイツ将軍の指示のもと、各部隊が前へ出る。今の俺はマナの矢は使えないが、一応弓は持ってきた。弓を構える…… 俺の横ではトラベラーの魔術師が詠唱を開始している。
「将軍! 無中有生ってなんですか!?」
「陽動の一つだ! 有ると思わせ欺き、無いと思わせ油断を誘う! どうやら魔物の親玉は相当切れるヤツのようだな!」
すると雪像から雪が剥がれ落ち、魔物の姿が露わになる。やはり高度な戦術を使ってくる。シグの言った通りだな。
これは戦争だ。
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