戦争 其の三

 ―――ゴーン ゴーン ゴーン



 魔道時計の音を聞いて目を覚ます。今は朝の四時半。いつも通りならこの時間は薄っすらと東の空が朱に染まっているはず。

 いつも通りなら……


 昨日の疲れが抜けない体に鞭を打って起き上がる。

 カーテンを開けると、外は真っ暗で、まるで深夜のようだ。

 さらには黒い雪がかなり積もっている。見た感じ膝下くらいまで積もってるな。


「おはようございます……」


 フィオナが目を覚ました。体を起こそうとするが、辛そうな表情を浮かべている。


「寝てな。無理しちゃダメ」

「でも……」


 俺はフィオナをベッドに戻し、おでこにキスをしておいた。


「俺はギルドに行ってくるよ。心配しないで待っててくれ」

「はい…… いってらっしゃい……」


 力無い笑顔に見送られ家を出る。街は死に絶えたように静かだ。

 雪っていうのは音を吸収する。これがいつもの白い雪なら町は幻想的な雰囲気に包まれるのだが。黒い雪では禍々しさしか感じられない。

 王都ならぬ、魔都といった様相だ。


 不気味な雰囲気の中、ギルドへと続く道を歩く。もうすぐ着くかというところで、ギルド前に馬車が数台停まっているのが見えた。豪奢な飾りがついている。

 閣下だな。もう来たのか。


 玄関で雪を落として二階に上がる。中にはギルド長、ナイオネル閣下、シグ、そして…… 

 一人見慣れない人がいるな。大柄な体格。豪華な甲冑。精悍なその顔には整ったヒゲが蓄えられている。年齢は五十代ぐらいかな? 


「来たか。ライト、こちらはクロイツ将軍閣下。アルメリア軍の最高司令官だ。今からお前は冒険者の代表として閣下の指揮下に入ってもらう」

「俺が冒険者の代表ですか!?」


 魔物との戦いに参加するのは望むところだが、俺が代表ってのは意外だった。甲冑の男は俺に握手を求めてきた。


「貴殿がライト殿か。私はクロイツという。アレキサンダー殿から紹介があった通りだ。アルメリア軍の将軍をしている。

 貴殿の働きはナイオネル閣下からも聞いている。くやしいが貴殿の力は一国の軍隊並みだと聞いているぞ。本意では無いかもしれんが、この国を守るためだ。力を貸してくれ」


 厳つい顔付きからは想像も出来ないほど丁寧な物言いだ。この人も必死なんだな。俺の答えは決まってる。


「もちろんです。俺はこの国を愛してる。友人も家族もいます。それに恐らく魔物を操っているのは俺の仇です。この話を断る理由などありません」


 手段はどうあれ奴を殺せればいい。その為に俺は強くなったのだから。


「そうか…… 協力感謝する。昨夜、アレキサンダー殿から隊の編成に進言があってな。これを見てくれ」


 将軍は机に地図を広げる。これは王都とその周辺の地図だ。人型の駒も多数出してきた。


「王都は強固な城壁で囲まれている。そう簡単に破られることはない。守るべきは門だ。知っての通り王都には主要な門が東西南北、計四つある。そこを死守する。現存する兵力はアルメリア兵が十五万、戦闘に参加してくれる冒険者が五千。それにトラベラーが五千。しかし、トラベラーは一騎当千の兵だ。その数以上の戦力になるだろう」


 そうだな。だが魔物は大群で襲ってくる。混戦の中で戦うのであればパフォーマンスは落ちる。一般兵の百倍の戦力と考えた方がいいだろうな。

 それでも五十万の兵力と同格か。すごいな……


「後はどう配置するかだ。北門は門自体が他に比べ小さく、足場も悪い。魔物も攻めにくいだろう。他の門に比べ配置する兵は少なくてもいいはずだ。北門には二万。他の門に四万ずつ」

「これで十四万…… 残りの二万の兵はどうするのですか?」


「城壁から弓、魔法で援護をする。空を飛んでくる魔物もいるだろう。それを迎撃するのに使う」


 なるほど。大体分かった。だがこれは……


「聞いた限りですと配置には問題無いと思います。俺は戦争については素人ですが、一つ疑問があります。

 これって城を落とされないよう戦う配置ですよね。根本的な解決にならないのでは……?」


 将軍の顔が険しくなる。怒らせちゃったかな? 


「その通りだ。それは私も分かっている。だが魔物は突然湧いてくるように出現するのだろ? こちらから討って出るのは危険過ぎる。下手したら挟撃されてこちらが全滅する可能性もあるからな」


 確かに。だが守るだけではこちらにも限界があるだろ。ジリ貧になって王都を落とされでもしたら……


「そんな顔をするな。援軍の要請は送ってある。援軍が到着するまで耐えることが出来ればこちらにも勝機はある」

「援軍? どこにですか?」


「獣人の国サヴァントだよ。有事の際はお互い軍事協力するよう協定を結んであるからな」

「そうだったんですか……」


 安心と同時に不安もある。距離の問題だ。

 スレイプニルを使ってもラーデまで五、六日かかる。そこから急いで進軍しても一ヶ月はかかるぞ? それまで俺達が耐えきることが出来るだろうか? 

 俺の疑問を余所にシグが将軍に尋ねる。


「将軍。質問してもよろしいか?」

「うむ。何でも聞いてくれ」


「籠城するには何よりも食料の備蓄が重要。どの程度の期間、兵、民を飢えさせることなく王都に留まらせることが出来ますか?」

「一月が限界だろうな……」


 援軍が到着するのと同時期ぐらいか。

 あ…… 他にも援軍要請が出来るところがあるかも…… 

 今度は俺が発言する。


「将軍。エルフに援軍要請を送るのはどうでしょうか? 俺はアヴァリで女王リリと知り合うことが出来ました。色々と懇意にさせていただきまして。この国とアヴァリは国交が無いのは知っています。ですが緊急事態故、もしかしたら援軍を送ってもらうことが出来るかもしれません」

「エルフ…… そうか。西から獣人、南からエルフの援護があれば更に勝機が見えてくるな」


「自分で言ってなんですが、問題は距離です。アヴァリはラーデよりも遠く、普通の馬でも二ヶ月はかかります。こちらの食料が尽きる前にエルフに援軍要請を知らせる方法があれば……」

「それなら私がやろう」


 ナイオネル閣下が前に出てきた。何か方法があるのだろうか?


「ライト殿は伝書鳩というのは知っているか?」

「はい」


 聞いたことがある。鳩の足に手紙を付けて飛ばすんだっけか?


「王宮では各国に緊急事態を速やかに知らせるため、鳥を使った伝達手段を使っている。だが鳩ではない。八翼燕という希少種を使う。ラーデなら一日。アヴァリなら二日で援軍要請を送ることが出来るだろう」

「アヴァリまで二日!? そんな鳥がいたなんて…… 閣下! エルフへの援軍の要請は俺が書いてもいいですか!?」


「そうだな…… エルフ達はライト殿に恩がある。私が書くより効果があるかもしれんな。分かった。では急いで記入を頼む」


 俺は机を借りて、パパっと記入を済ませる。もしエルフが動いてくれたら…… 

 そしてを使ってくれたら……


「書けました! 閣下! お願いします!」

「分かった。私は急ぎ城に戻る。将軍、王都防衛は貴殿に一任する。すまんが王都を…… 我が国を守ってくれ……」


「承知。それが我が使命。クロイツここにありと魔物共に知らしめてやりましょう」

「ライト殿、アレキサンダー殿。二人共頼んだぞ」

「はい。お任せを」


 ギルド長がかっこいい。いつもはおちゃらけたおっさんなのに。俺もカッコよく頼まれちゃおうかな。


「はい。ここには俺の家族がいますからね。みんなを守るためにも死ぬ気でがんばりますよ」

「すまん。それでは……」


 閣下は早足で部屋を出ていった。あの人はあの人なりの戦い方がある。援軍の件、お任せしますよ。


「では私達も行くとするか。ライト殿とシグ殿は正門で待っていてくれ。私は一度兵舎に戻り、各部隊に指示を出してくる。細かい作戦は部隊長に聞いてくれ」


 将軍も部屋を出ていった。俺とシグは降りしきる雪の中、正門へと急ぐ。


「なぁ、シグ。この作戦どう思う?」

「現状を考えるとこれが最良かと」


 そうだよな。今は耐えるしかないか…… 


「俺達って勝てるよな?」


 ちょっと弱気になってしまう。嘘でもいい。勝てるって言ってくれ。


「ライト殿。気持ちで負けていては勝てるものも勝てません。勝つのです。それ以外考えてはいけません」


 はは、こいつに励まされるとはね。ちょっと元気出たわ。

 そうだな。今は勝つことだけ考えよう。少し気持ちが軽くなった。


 

 さぁ、戦いが始まるぞ。

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