戦争 其の二
「呪いが…… 解けただと!?」
「はい、間違いないでしょう。失礼ですが鑑定魔法を使わせていただきました。確かに呪いにかけられたであろうオドの残り香は感じられます。
ですがライト殿が言ったように魔物の注意を引くというのは出来ないでしょうな」
「何かの間違いじゃないのか!? だってさっきまで魔物は俺目掛けて襲い掛かってきたんだぞ!」
「いいえ、間違いないでしょう。作戦の変更をお勧めいたします」
淡々とシグは言ってくる。そんな…… じゃあ、もうお手上げってことじゃないか。
作戦の変更も何もない。あの数の魔物を殲滅する手段なんて神級魔法以外考えられないだろ!?
そうだ。時間が掛かってもいい。俺が使える神級魔法、黒洞を使えば…… いや、駄目か。
損害は与えられるだろうが、魔物を集めてから発動しないと決定打にはならない。しかも雷の矢ですら一発放つのに数分かかった。
神級魔法クラスのマナならもっと時間がかかると思ったほうがいいだろうし。
俺は強くなった。最近は少しその自覚が出てきた。
だがそれはあくまで人として強くなったということ。俺は神様の力を少し借りることの出来る人間でしかない。
どうすればいいんだ……
視界が歪む…… 足元がグラグラする……
「ライト」
俺はどうしたらいいんだ……
「ライト!」
せっかく強くなったってのに。愛する家族を手に入れたってのに……
「ライト!」
え? あ、あれ? 意識がどこかに行ってたみたいだ。
ギルド長の叫びが俺を我に戻してくれた。そして冷静に……
「今日は帰れ。恐らく魔物の襲撃は明日もあるだろう。そうだな…… 朝五時にはここに来い。俺は今から王宮に行ってくる。トラベラーと冒険者の配置を進言してくるよ。お前も戦いには参加してもらう。出来るな?」
「はい……」
その後、細々した話をしてから帰ることに。
シグを連れてギルドを出ると、雪は降り続いていた。踝くらいの高さまで積もっている……
くそっ! 何なんだよ! イライラを抑えられない!
そんな俺を尻目にシグが話しかけてくる。
「ライト殿。最悪の場合、ここから逃げることを進言させていただきます。貴方は契約者。世界を平和に導く運命にあります。ここで死ぬわけにはいかないのです」
「うるさい! 俺だって死にたくねぇよ! でもな、みんなを見捨てて一人で逃げられる訳ないだろ! 大体何なんだよ、契約者って! 俺だってなりたくてなったわけじゃないんだ!」
「契約者のことを知りたいのですか? 申し訳ありませんが、詳しくは分かりません。ただ貴方を守るよう、導くよう本能が訴えかけるのです」
「…………」
昔フィオナに聞いたことがある答えが返ってきた。
怒りながらもアイシャことを思い出す。アイシャは契約者と代行者ついて語っていた。
代行者とはアモンのことだ。この二人は相対する運命にあるって言っていたな。
よし、少し落ち着こう。せっかくだ。シグに色々聞いてみることにするか。
「なぁ、シグは代行者って聞いたことはあるか?」
「はい。私は契約者を生み出す存在として認識しております」
「生み出す? どういうことだ?」
「代行者は様々な姿で現れます。ドラゴンである時もあり、リッチである時もあり、アモンである時もあります。異界ごとにその姿を変えます。
ですが代行者が現れる時、必ず契約者が世に生まれるのです。理由は分かりません。私達は契約者が生まれたことを感じ取り、最寄りのトラベラーが契約者を守りに向かいます。この世界ではフィオナのことですな」
アイシャに聞いた話を大体同じか。そうだ、フィオナが言ってた。トラベラーは元々は人間だったって。
シグが覚えてるはずもないだろうが、一応聞いておこう。
「なぁ、トラベラーが元々は人間だったって話を聞いたことはあるか?」
「ありません。ですが…… その可能性はあるでしょうな」
「え? なんでそう思うんだ?」
意外だった。否定せず、その可能性を受け入れるとは。
「感情が無い、異界に渡ることが出来る、死ぬことがない。これだけでも私達は生き物を超越しています。ですが出自が不自然なのですよ。我々のような存在が自然発生するとは思えません。
恐らく我々はどこかで、誰かに『作られた』存在なのでしょう。これもあくまで推測ですが」
シグの答えが正しいかどうか分からない。だが衝撃だった。そうか、その可能性もあったのか。
「ですが答えが分からない以上は論じても無駄でしょう。この話は因果性のジレンマになります。鶏が先か卵が先か。ここで哲学を論じても意味がありませんので」
このヒゲ…… すごいかっこいいこと言ってくるな。こんな頭良かったっけ、こいつ?
俺の中では常に俺の貞操を奪いに来る脅威の一つとの認識があったのだが。
「どうしました? そのような顔をして。なるほど、そうですか。ライト殿もしょうがないですな。では一つ魂の契約とするとしましょうか」
アッーーー! やっぱり変わってなかった! 初めて会った時よろしく、胸元をちょっとあけて俺に迫ってくる! ダッシュで逃げることにした!
「如何した、ライト殿?」
シグもダッシュで追いかけてくる! 止めてー! アモンより怖いよ!
◇◆◇
はぁはぁ…… 何とか逃げ切ったか? 後ろを振り向く……
よかった、シグはいない。さぁ、銀の乙女亭に行ってチシャを迎えに行くか。
宿に着くと受付には……シグがいる!?
「では女将、しばらく厄介になる」
「私はおかみじゃないよー。お留守番してるの。おじさんはここに泊まりたいの?」
チシャがシグの相手をしている! こら! 離れなさい!
そのおじさん、ちょっと危ない人だから!
「あ、パパー。お帰りなさい!」
「大丈夫か!? こいつに何か変なことはされなかったか!?」
しかと愛娘を抱きしめる! よかった…… 何もされていないようだ。
「おや、ライト殿。どこに行かれていたのですか? こちらの少女はライト殿のご息女ですかな?」
「うん。チシャっていうんだよー。あなたはパパのお友達?」
いや…… 心強い味方ではあるが、お友達にはなりたくないなぁ。
「うん、まぁ…… そんなとこ。チシャ、お留守番してるって言ってたけど、オリヴィアさんはどこ行ったんだ?」
「なんかね、炊き出しに行くんだって。怪我した人がいっぱいいるみたいだから、おじさんもお薬もって出ていったんだよ。ここで働いてる人もお手伝いに行っちゃったんだよ」
そうか…… 国家の危機だもんな。
二人は元冒険者。居ても立っても居られなかったんだろうな。
「シグ、俺が書置きをしておく。この宿は俺の顔見知りが経営している宿だ。二階の部屋は大抵開いている。そこで休んでおいてくれ。ギルドの場所は分かるな? 明日は五時に集合だ。遅れるなよ?」
「承知。では先に休ませていただきます」
シグはそう言って二階に上がっていく。しっかり休んでおいてくれよ。明日からまた戦いが始まるかもしれないんだからな。
「じゃあ、俺達も帰ろうか?」
「うん! あ、そういえばママは?」
フィオナは家で寝ているはずだ。あまりこの子に心配をかけたくないが、言っておくべきだろうな。
「ママはちょっと病気になっちゃってね。今はベッドで横になってると思うよ」
「大丈夫なの……?」
「そんな心配そうな顔しないの。風邪みたいなものだから、一週間も寝てれば治るよ」
実際、魔力枯渇症はポーションや薬では治せない。自然とオドが体内に戻るのをゆっくり待つしかないのだ。
フィオナが戦闘不能なのは痛い。彼女の純粋な戦闘力は恐らくシグより上だろうから。
しかしそんなことは言っていられない。無理をさせる訳にもいかん。
何より俺の愛する人だ。彼女はそれを望まないだろうが、体調が整うまでお留守番だな。
ここから家まで五分程で到着する。ちょっとした時間だが肩に雪が積もっている。
くそ、忌々しい。黒い雪を落とし、家に入る。するとそこには……
「お帰りなさい。ごはん出来てますよ」
フィオナが食卓に座って俺達を待っていた…… って、おい!? 何してんだよ!?
「駄目だろ! 寝てなくちゃ! そんな真っ白な顔して!」
フィオナは力無く顔を横に振る。
「ライトさん、お願いします。貴方が家にいる間だけはこうしていたいんです。オドが整うまで私は戦えません。足手纏いになるだけですから。
だから、せめて家にいる間だけはこうしてライトさんを支えさせてください。美味しいごはんを作って貴方の帰りを待っていたいんです」
本当だったら怒ってでも寝てろって言うべきなんだろうな。でもフィオナはこういう所は頑固だ。言っても聞かないだろう。
「分かった…… でも無理はしない。これだけは約束してくれ」
「はい。我がまま聞いてくれてありがとうございます…… それじゃ、食べましょうか」
フィオナはカレーを用意してくれていた。俺もチシャもこの料理は大好物の一つだ。
俺達はお腹が空いていたのであっという間にお代わりをしたが……
フィオナの皿はほとんど減っていない。終始笑顔でいるが、起き上がるのも辛いのだろう。
食事を終え、俺はチシャを風呂に入れる。この子も疲れたんだろうな。風呂の中で寝てしまった。
「レムー、来てくれ。チシャの着替えを手伝ってくれ」
『…………』
俺とレムで眠ってしまったチシャの体を拭いてパジャマを着させる。抱っこして子供部屋に……いや、今日は三人で寝よう。
このままフィオナが寝ている俺達の寝室に連れていった。チシャを真ん中にして俺もベッドに入る。
「ライトさん……?」
「ごめんな、起こしちゃったか」
「ううん…… 眠れないんです。ごめんなさい、大事な時なのに役に立てなくて……」
暗い部屋だが分かった。フィオナの目は涙で濡れている。体を伸ばしてキスをした。
「そんなこと言わないでくれ。フィオナがいなかったら俺は死んでいた。君に救われたんだ。今度は俺が君を救う番だ。心配するな。俺とシグ達で何とかしてみるさ」
「ライトさん…… ぶぉ~ん、おんおん……」
フィオナは声を出して泣き始めた。困ったな、そんなに泣くなよ。
チシャを挟んでフィオナの手を握る。明日も魔物は襲ってくるのだろう。
でもな、二人とも俺が守ってやる。
その決意を胸に俺は眠りに落ちていった……
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