戦争 其の一

「これは戦争です」

「…………」


 シグは言った。戦争と。

 そう、今回の魔物の出現はスタンピードによるものではないということだ。人のような戦術を用いて俺達を襲ってきた。知性の低い魔物が出来ることではない。

 魔物を操っている奴がいるってとこだろう。恐らくはアモンだな…… 


 魔物は去った。視界を埋め尽くし、見る者に絶望を感じさせるであろう数の魔物が跡形もなく消えている。

 今、目の前に広がるのは黒い世界。黒い雪が降り続いている。隣に立つシグは雪を指ですくい、口に運ぶ。おいおい、大丈夫か?


「む? これはオドを含んでますな。まさか…… ライト殿。マナを取り込んでみてください」


 何か思う所があるんだろうな。

 そうなんだ。さっきからいつも通りマナを取り込めない。いつもはすんなりと体全体にマナを行き渡らせることが出来るのに。


「やはり。この雪の淀んだオドが大地を害しています。溶けた雪が大地を侵食し、マナの流れをおかしくしているのでしょう」


 試しにマナの剣を発動してみる。いつもは一瞬で剣が創造出来るのだが…… ゆっくりと剣身が伸びていく。

 いつもの長さになるのに一分くらいか。


 剣は事前に創造すればいいので戦いに使うには問題無いだろう。

 だがマナの矢は封じられたも同然だ。矢を創造するのに数分もかかっていては実戦で使えるわけがない。


 つまり俺は攻撃手段の半分を封じられたってことか……

 しかし初戦はこちらの勝利だ。生き残れたことを喜ばないと。

 だが魔物はまた襲ってくるだろう。裏にいるのはアモンだ。

 次に攻撃に備えて準備しておかないと。


「シグ、王都に帰るぞ。皆を連れてきてくれ。俺はギルド長と宰相閣下に報告に行く。代表としてお前も来てくれ」

「仰せのままに」


 その前に…… フィオナはどうしただろうか? トラベラーに護衛は頼んであるが心配だ。

 今の彼女は魔力枯渇症でまともに動けないはず。探さないと…… 

 いや、その必要は無かった。フィオナは大柄な犬獣人のトラベラーに背負われ、こちらにやってくる。


「フィオナ!」

「ライ……トさん……」


 俺の声に気付いたフィオナは笑顔を見せる。足元がおぼつかないようだ。

 俺も彼女のもとに駆け寄ると、倒れるように俺に身を預けてきた。

 よかった…… 怪我はしていないようだ。


「無事だったんですね……」

「こっちのセリフだよ。助けてくれてありがとな」


 フィオナの顔を撫でキスをする。生きている喜びが胸に灯る。早く家に帰ろうな。

 今度は俺がフィオナを背負い、王都に戻ることにした。



◇◆◇



 王都正門前に着くと…… 辺りは死体だらけだ。魔物とアルメリア兵の死体が折り重なるように積み上がっている。

 グリフは大丈夫だよな……?


 魔物の死体を台車に乗せている兵達がいる。その中に…… よかった。グリフがいた。

 遠目から見た感じは無事なようだな。一声かけておくか。


「グリフ! 大丈夫だったか!?」


 俺の声に気付き、グリフが駆け寄ってくる。

 鎧はボロボロ。顔には切創による大きな傷が。こいつも頑張ったんだな。


「ライト! よかった! お前も無事だったか! くそ、一体何なんだよ…… お前に言われた通り警戒はしておいたんだがな、突然魔物が現れたんだ。まるで地面から湧くようにだ。

 ちくしょう…… あいつら俺の仲間を、アルを殺しやがって……」


 グリフはこぶしを握り、体を震わせている。

 アル…… こいつの後輩だったか。あいつ死んじまったのか。見た感じはまだ十代の子供だった。

 兵士になりたてだったんだろうか。深くは知らないがグリフの怒りが伝わってくる。


「すまん。一つお願いされてもいいか?」

「なんだ……?」


「援軍が来てくれた。こいつらだ。五千を超えるトラベラーなんだが王都に入れてやって欲しい。それと隊長さんに掛け合ってくれ。こいつらの兵舎を宛がってくれってな」

「トラベラー!? この数は……」


 そりゃ驚くわな。一騎当千のつわものが五千だ。

 こいつらがいてくれたから戦局を一気に覆すことが出来た。貴重な援軍だ。蔑ろにするわけにはいかんだろ。


「グリフ、お願い出来るか?」

「あ、あぁ…… やってみる。じゃあ、みんなは俺についてきてくれ!」


 トラベラー達は表情を変えることなくグリフの後に続く。じゃあ俺達も行くとするか。

 まずは家に帰ってフィオナを休ませないと。


 正門をくぐると、そこにはいつもの光景は広がってはいない。街は降り積もった雪で黒く染まっている。

 色とりどりの屋根が黒一色に。死の都という形容が当てはまるだろう。住民達は不安そうな顔で空を見上げていた。


 王都自慢の石畳の道も雪で覆われて見る影もない。憎々し気に雪を踏みしめて、何とか家に辿り着いた。

 ゴーレムのレムは外の様子を歯牙にかけることもなく掃除に勤しんでいる。


「レム! フィオナを風呂に入れてやってくれ! 上がったらベッドに連れていくこと! 頼むぞ!」

『…………』


 レムはフィオナを抱えて風呂に連れていく。その前に……


「フィオナ、俺はギルドに行く。君はここで休んでてくれ」

「動けなくてごめんなさい…… 帰りにチシャを迎えに行ってくださいね……」


 心配するな。そんな大事なこと忘れるわけないから。それにしてもフィオナはまだ辛そうだ。

 魔力枯渇症だからな。これは寝て治すしかない。


「気にしないで。それじゃ行ってくる。君は無理しないで寝てるんだ。分かったね?」

「はい…… でも早く帰ってきてください……」


 いつになく弱気だな。あの戦いの後だ、しょうがないことだろう。

 ギルドに行く前に軽くキスをしておいた。弱々しいが笑顔を返してくれる。

 横目でシグが俺達のことを見つめていた。


 そういえば、こいつは俺に魂の契約を迫ったことがあったな。まだ諦めてないのだろうか……? 

 お前との契約はお断りだぞ。


 俺とシグはタオルで体を拭いてすぐにギルドに赴く。何と報告すればいいのやら……


 ギルド内は先ほどと同じく冒険者でごった返しているが、大勢が怪我をしている。

 そうか、王都を守るため戦ってくれたんだな。ありがとな。

 階段を上がりギルド長室に入る。ギルド長とナイオネル閣下は黙って俺を一瞥した。表情は硬い。


「報告します! 魔物の撃退に成功しました! ですが一時的なものと思われます。再びの襲撃に備え、準備する必要があります」

「ご苦労だった…… フィオナがいないようだが、無事なのか?」


「はい…… ですが先の戦いで魔力枯渇症に罹ってしまい、今は家で休ませてます」

「魔力枯渇症? くそ、一週間は動けないか。閣下。現在防衛に回せる兵力はいか程でしょうか?」


「報告によると四分の一の兵を失ったそうだ。各地に駐屯している兵を集めても十五万程度だろう」

「十五万か…… ランクに関係なく冒険者を集めても一万に過ぎない。まずいな…… 圧倒的に数が足りない。ライトよ。アヴァリで使った戦法は使えないのか?」


 アヴァリ…… いや無理だな。肝心要のフィオナがダウンしている。あれは神級魔法、聖滅光があってこそ成り立つ作戦だ。


「今は無理です。フィオナが戦線復帰出来る時を待たないといけません」

「じゃあ、お前の力だけで何とか出来んのか? 確か、サヴァントで森の主を倒したんだろ?」


 言葉を発しようとした時にふと気付いた。

 もしかしてアモンは俺達の切り札を封じる作戦に出たんじゃないか? 


 だってそうだろ? アヴァリでは俺が魔物の注意を引いて五十万の魔物をフィオナの神級魔法で殲滅した。

 竜の森では俺が使える神級魔法のマナの矢、黒洞で森の主を倒したんだ。


 一回目の襲撃はフィオナを消耗させるため。そして黒い雪は俺のマナを封じるためか。

 だが魔力枯渇症を治すには五日から一週間寝てればいい。その間、俺達は耐えていれば勝機が見える。


「ギルド長、閣下。フィオナが復帰出来るまで耐えましょう。そうすれば勝機が見えます。アヴァリで使った作戦を使えば、一気に魔物を殲滅することが出来ると思います」

「そうか…… だが今の戦力で一週間耐えることが出来るかどうか……」


「事後報告で申し訳ございません。こちらを紹介します。彼はシグ。トラベラーです。縁あって彼にはこの大陸のトラベラーを集めてもらうようお願いをしてありました。

 現在王都には五千を超えるトラベラーがいます。一人一人が一騎当千の強者です。彼らを軍に組み込めば魔物の襲撃を防ぐことぐらいは出来ると思いますが」

「トラベラー? 五千だとっ!? ははは…… ライト、お前はいつも俺の斜め上のことをするよな。全く…… お前を部下に持って良かったよ!」


 閣下とギルド長の顔に笑顔が戻る。そうだ、こいつらがいれば何とかなるはずだ。

 閣下は嬉しそうに席を立つ。


「私は急ぎ王宮へ戻る! トラベラーを軍に編成しないといけないからな! 明日は朝一でここに来る! 君達も忘れずに来てくれよ!」


 いつになく興奮してらっしゃる。絶望の淵から一縷の望みが出てきたんだ。当然だな。


「…………」


 ん? シグが俺の顔をじっと見つめている。どうしたんだろうか?


「ライト殿。一つお聞きします。アヴァリでの作戦とは一体どのようなものですか?」


 そうか、シグは俺と別れてからのことは何も知らないんだな。

 俺はアモンにかけられた呪いのこと、それを逆手にとって魔物を殲滅したことを話す。

 シグは腕組みをして俺の目をじっと見つめていた。


「なるほど…… そういうことだったのですね。ですがその作戦はもう使えないでしょう」

「どういうことだ? 何か理由でもあるのか?」


「ライト殿。貴方は今、なんの呪いにもかかっていません。まっさらな状態です。恐らく

アモンが解呪したのでしょう」



 シグの言葉を聞いて、目の前が真っ白になった。

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