救援

「うぅ……」


 俺は魔物の群れを前に、一人膝を着いている

 腹を貫かれ、右手を失い、四方八方を魔物に囲まれ、俺は絶望の淵にいた。戦わなくちゃいけないのに。

 くそ…… もう一歩も動けない。


 死んでたまるか。残った手でダガーを拾おうとするが…… 


 

 ―――カランッ



 駄目だ。もうダガーを握る力も残されていなかった。ふとフィオナに言われた言葉が頭を過る。


(ライトさんは強くなりました。異界の英雄の高みに至りました。でも貴方は神ではありません。神から少しだけ力を貰っただけのただの人間でしかありません)


 アヴァリで言われた言葉だ。

 その通りだな。俺は弱い人間なんだ。女神様から加護と祝福はもらったが、所詮一人の人間に過ぎない。

 はは、調子に乗ってた罰なのかな。


 不思議な感覚だ。戦わなくてはいけないはずなのに、迫りくる死を受け入れようとする自分がいる。


「フィオナ…… チシャ……」


 無意識に二人の名を呼んでいた。目の前には俺を刺したであろう、無骨な大剣を持ったオーガが迫ってくる。

 やばいな……


 オーガが憎々し気に俺を見降ろし、剣なのか鉄塊なのかよく分からない物を振りかざす。


 声は出なかった。高速回転を発動していないにも関わらず、剣撃がゆっくりと振り下ろされる。



 終わったか。

 もう一度フィオナに会いたかった。

 


 目を閉じて刃が到達するのを待つことにした。










maltaηfremeaщ火球!】



 ―――ゴゥンッ!



 愛しい声。いつも俺を癒してくれるあの声が聞こえる。

 俺の頭スレスレに火の玉が飛んできた。オーガは避けること叶わず、それを顔面に受け首から上を失った。


「ライトさんから離れなさい!」


 後ろを振り向くとフィオナがこちらに向かってくる。魔法を放ち、杖を振り回しながら。

 だがその顔は…… 顔の皮がめくれ、片目を失っている。左腕の肘から先が無い。それをものともせずフィオナは俺の所まで辿り着いた。


malta多重effamΔeek結界!】



 ―――ブゥン



 ドーム状の結界が俺達を包む。魔物はそれを破ろうと闇雲に様々な攻撃をしてくる。狙いは俺だ。


「はぁはぁ…… ライトさん、大丈夫ですか……?」


 満身創痍のはずなのにフィオナは俺の心配をしてくる。安心したせいか涙が溢れてきた。フィオナは残った腕で俺を抱きしめて……


mastdalma超回復!】

 

 フィオナの回復魔法だ。優しい光が俺達を包む。

 俺の右手は生えて、腹の傷も塞がった。フィオナも同様にいつもの美しい顔に戻る……が、顔色が悪い。真っ白だ。

 ま、まさか……


「はぁはぁ…… ごめんなさい…… 今のでオドが空になってしまいました……」

「魔力枯渇症……?」

「…………」


 フィオナは黙って頷く。そんな…… 


「ライトさん、分かってると思いますが、私は死んでも復活出来ます。結界が解けたらすぐに逃げてください。何とか時間を稼ぎます」

「言うと思った…… それを俺が出来ると思う?」


「んふふ。無理ですね。でも…… それでもライトさんは逃げくてはいけません。私達はもう一人ではありませんから……」


 チシャの顔が目に浮かぶ。そうなんだ。俺はあの子の為にも生き残らなくちゃいけない。

 くそっ! せっかく命拾いしたのに! 俺にはこの選択肢しか残ってないのか!? 

 自分の情けなさが許せない。フィオナを抱きしめると、優しく背を擦られた。


「大丈夫です。心配しないでください…… でも魔物を倒したら早く私を見つけてくださいね……」

「分かった……」


 ごめん。何もしてあげられなくて。 

 せめて結界が破られるまでは……



 ―――ピシッ



 ひびが入る音。もうすぐ結界が破られる。

 俺はダガーを拾い、構える。



 ―――ピシッ ピシッ



 そろそろ時間か…… 目の前には俺の腕を噛み切っただろうドラゴンが待ち構えている。俺のお気に入りのシャツの切れ端が歯に挟まってた。


 お前から殺してやる。マナの剣を発動する!



 そこで変化が起きた。



 ―――ドカン…… ドカン……



 遥か遠くで爆発が起こっていた。魔物が上空まで吹き飛ばされている……


 何かがこちらにやって来る。新手の魔物か? 

 黒い雪を巻き上げて、どんどん近付いてくる。

 空から降る雪と舞い上がる雪煙で何も見えなくなる。

 


 ズンッ ドシュッ!



 雪煙の中から剣が飛び出してくる! 俺を狙うドラゴンに深く突き刺さる……が、相手は魔物。致命傷には至らない。

 だが次の瞬間……!


「爆散!」



 バァンッ!



 掛け声と共に剣が白熱し、爆発が起こる! ドラゴンの体は弾け飛んでいった…… 

 あれ? この攻撃って……


「皆、契約者殿を守れ!」

「応っ!」


 雪煙が晴れていく。そこには男がいた。大柄な剣士だ。

 端正な顔立ち。口髭。肩まである紫がかった黒髪。そして人ならざる雰囲気…… 

 俺は彼を知っている。


「ライト殿。遅くなりました」

「シグ……」


 間違いない。俺が会った二人目のトラベラー、シグだ。でもなんでシグがここに……


「約束通り、この大陸の全てを旅し、この地に在する同胞を可能な限り集めてきました。今より我々はライト殿の配下に入ります」


 そう言って結界越しに跪く。

 は、ははは…… なんてタイミングだよ。地獄に仏とはこのことか。


 両手を使い自分の頬を力いっぱい叩く!  



 ―――バチィンッ



 痛ぇっ! おしっ! 気合入った!

 反撃開始だ!


「シグ! この地にいる魔物を殲滅する! 数が多い! 四方を囲まれても対応出来るよう、四人一組でかかれ!」

「仰せのままに」


 はは、この状況なのにシグは冷静そのものだ。いや、これがトラベラーの正しい姿なんだろうな。


「ところで、どのくらいのトラベラーを集めたんだ?」

「総数で五千といったところでしょう」


 五千…… 一騎当千の戦士が五千も…… 

 笑いが込み上げてくる。もう勝てる気しかしない。


「俺も出るぞ! シグとフィオナ……」


 言葉を途中で止める。そうだった。フィオナはまだ戦える状態ではない。

 魔力枯渇症はマジックポーションでは治せない。一週間ほど養生して、オドが溜まるのを待つしかないんだ。


「すまん! 四人ほど来てくれ!」


 俺の声を聞いたトラベラーがこちらにやってくる。戦士タイプが二名。魔術師タイプが一名。お? 獣人のトラベラーもいるんだ。装備は斧だ。重戦士ってとこだな。


「すまない! お前達はここにいるフィオナ……いや、同胞を守ってくれ! 俺の大事な人なんだ! 頼んでもいいか!?」

「仰せのままに」


 代表して魔術師のトラベラーが応える。女か。出会った頃のフィオナのようだ。表情が全くない。美人なのだが、まるで人形のようだ。


 シグが大きく息を吸って、怒号を放つ!


「契約者殿の命令だ! 四人の隊を作れ! 囲まれぬよう注意しろ!」


 うわ! すごい大声だ! 耳がキーンってする! 

 でも命令は伝わったようだな。トラベラー達は隊を作り、魔物を攻撃し始めた。

 それじゃ俺も行くかな!


「シグは俺と来てくれ!」

「はっ」


「俺が弓を構えてる間、敵を近づけないようにしてくれ!」

「仰せのままに」


 千里眼を発動する。視界はぼやけたままだが、無いよりはマシだ。射線の中にトラベラーはいないか…… 

 よし! 南西方向なら誤爆を避けられる!


 弓を構える。

 よくもやってくれたな…… 


 怒りの念と共にマナを取り込む…… 

 くそ、やはり時間がかかる。

 シグ、俺を守ってくれよ…… 


 体感で一分ほどの時間をかけ、マナを取り込むことが出来た。さぁ準備は終わった。じゃあ、こっちの番だな。


 イメージする。特大の…… 


 雷の矢だ!

   

 

 ―――バチバチッ



 俺の右手には放電する二メートルは超えるであろう雷の矢が握られている。


 矢をつがえると同時にシグの声が後ろから聞こえる。


「爆散!」



 ゴォンッ!



 はは、相変わらずエグイ技だよな。そのまま後ろは任せたぞ。

 俺は弓を構え…… 放つ!



 ドヒュンッ



 風切り音を立ててマナの矢が飛んでいく。命中と同時に光が見えた。

 そして音よりも先に空から雷が落ち、その後、辺りに轟音が鳴り響く。



 バァンッ!



 どの程度の損害を与えたかなんて分からない。でもな、俺は大地のマナを使える。魔力に関してはほぼ無尽蔵に使えるわけだ。


 だからな……


 お前らが全滅するまで撃ち続けるだけなんだよ!



◇◆◇



 構え、放つを繰り返す。その都度雷が落ちて、轟音が鳴り響く。それを何度繰り返したことだろう。自分でもよく分からない。

 一つだけ分かったのはマナを取り込む速度が段々と遅くなっていることだ。今構えている矢も創造するのに数分はかかっただろう。


 魔物の動きに変化が見られる。

 今までは大小様々な魔物が混在していたのだが、なぜか防御力の高い地竜や、コボルト、ゴブリンなどの比較的弱い魔物が前に出始める。

 そして攻撃力の高いであろうドラゴンなどが後方に下がっていく。


 これって…… 


「ライト殿。もういいでしょう。魔物が撤退していきます」


 やはり…… 小の虫を殺して大の虫を助けるってやつだ。

 なぜだ? 魔物は基本的には本能で動いているはず。今の動きはまるで軍隊…… 

 それに俺とフィオナが初めに相手してた魔物は陽動だったんだよな?


 魔物はゆっくりと後退を始める。トラベラー達は警戒はするものの、攻撃の手を休め魔物を見つめている。


 数十分で魔物は彼方へと去っていった。鮮やかな動きだ。

 まるで軍隊……いや違う。軍隊そのものの動きだ。

 つまりこれは……


「なぁ、シグ。もしかしてだけど……」

「はい。これはスタンピードではありません」


 次の言葉は聞きたくない。でも俺の予想は当たっているだろう。

 

「これは戦争です」


 だよな……

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