スタンピード

「ライト殿! お待ちしておりました!」


 王宮正門まで到着するや否や、衛兵に声をかけられる。

 いつもは銀に光るフルプレートで身を包んでいる兵士だが、先ほどから降り出した雪のせいで黒く汚れている。


 雪が黒いってどういうことだ? 

 恐らくはスタンピードが関係しているんだろうな。でも今は原因を探ってる暇はない。王都のすぐ近くまで魔物の大群が迫っている。


「ムギンとフニンは!?」

「はい! すぐに出られます! どうぞ、中に!」


 正門を抜け、王宮内に通される。

 見慣れた庭だ。いつもは常緑樹と花で彩られた綺麗な庭だが、今はところどころ黒く染まっている。


 庭の一画にある馬小屋にはムニンとフギンがいるが…… 二匹は震えている。

 よしよし、お前達も怖いよな。二匹の顔を撫でて落ち着かせると、嬉しそうに嘶いた。


「ライトさん! 急ぎます!」


 フィオナは颯爽とムニンに跨る。よし、行くとしますか! 

 こいつらに直接乗るのは何気に初めてだ。前は馬車での移動だったからな。


「はぁー!」

『ヒヒィーン!』



 ―――ビュンッ!



 俺の掛け声と共に二匹は走り出す! うぉ! 速い! 馬車で体感した速さとは別物の速さだ! 

 魔物がいるのは王都から西だったな! 


 黒い雪が降りしきる中、スレイプニルを走らせる。そうだ、今のうちにこの雪のことを聞いておくか。


「フィオナ! この雪のこと何か知ってるか!?」

「分かりません! でもわずかにオドを感じます! 淀んだオド! もしかしたらアモンの攻撃の一つかもしれません!」


「そうか! なら今は魔物の撃退に集中だな!」

「はい!」


 恐らくこの雪も脅威の一つだろう。

 だが、優先すべきは王都に迫ってくる魔物の撃退だ。両方に構っている時間は無い。

 さぁムニン、フギン! 急いでくれよ!


「はぁー!」


 再び掛け声をかける! 二匹は更にスピードを増した。

 横を見るとフィオナの美しい銀色の髪が黒く染まっている。


「後でお風呂に入りましょうね!」


 ははは! そうだな! さっさと終わらせて汚れを落とさないとね!



◇◆◇



 王都を出て、西にある丘陵地帯に到着。

 黒い雪が降りしきる中だが、ここからなら魔物が遠目に見える。

 よかった。魔物は王都まで三キロってところか。これなら被害を出すことなく撃退することが出来るだろうな。しかし、油断は禁物。


 先手を打つため千里眼を発動し、敵の情報を探…… 



 ―――グニャッ



 あれ? 視界がぼやける。まるでサヴァントの迷宮で体験したような感覚…… 

 いや、あれほどではないが、魔物がぼんやりとしか見えない。

 だが完全に見えない訳ではない。少しでも魔物の状況を探ってみよう。


 水の中で目を開けているような感覚の中、千里眼で魔物を見続けると…… 何か違和感を感じる。

 なんだろうか、まるで戦闘隊形を組んでいるような…… そう、例えるなら軍隊。

 いや、考えすぎか。視界が悪いからそう見えるだけだろ。知能の低い魔物にそんな芸当が出来るはずもない。


「どうしたんですか?」

「なんだか千里眼がうまく発動しなくて…… もしかしたら雪のせいかな」


「そうですか…… 淀んだオドが視界を遮ってるのかもしれません。千里眼は解除したほうがいいですよ。酔ってしまうかも」

「了解」


 千里眼を解除し弓を構える。

 黙って相手を待っているほどお人好しではない。遠距離から一気に片を付ける。

 でもマナの矢で範囲攻撃ってなかったな。威力はあるが、どちらかと言えば一点集中型の魔法だ。


 唯一、範囲魔法みたいなマナの矢はあるのだが、あれは威力が高すぎる。闇の神級魔法、黒洞のマナの矢だ。

 前にあれを使った時は俺自身が死にかけた。有効範囲が広すぎる。ここで使えば王都にも被害が出るだろう。


「フィオナ、準備はいいか?」

「はい、でも今回は詠唱してからmaltavuallth黒嵐を発動します。タイミングを合わせてください」


 フィオナは杖を構え、詠唱を始める。普段フィオナは詠唱はしない。しなくても可能の魔法は充分強いからだ。

 そんな彼女が詠唱を必要としている。それだけ異常事態ということなんだ。


oremiusdeas oremiusdeas oremiusdeas vaslδacainnl vaslδacainnl vaslδascainnl valtθath……】


 黒嵐か。風の超級魔法だ。範囲魔法としては最適な魔法だ。

 じゃあ俺はフィオナの援護だな。属性は…… 黒洞以外で一番威力の高いやつ。雷のマナの矢だな。

 あれは着弾と同時に大きな雷が落ちる。他の属性矢よりは範囲も広いはずだ。


 弓を引き絞り……


maltavuallth黒嵐!】

 


 ゴゥンッ! 

 バシュッ!



 フィオナが魔法を発動すると同時に矢を放つ! 土砂を含んだ竜巻が魔物を襲う! 俺のマナの矢も群れに着弾……するはずだった。



 ―――ブゥン



 濁った音を立てて、ドーム型の魔法障壁が発動し魔物達を守る。

 マナの矢はドームに当たり、弾かれるように空の彼方に飛んでいく…… 

 竜巻は群れに到達する前に虚空へと消え去った。


「…………」

「…………」


 思わず手が止まってしまう。

 そんな馬鹿な!? フィオナも杖を構えたまま、茫然としていた。


 一体何が起こった?


「まさかレジストされるなんて…… ライトさん! もう一度千里眼を!」

「分かった!」


 魔物はジリジリと近付いてくる! 距離は一キロを切ったってとこか!? この距離ならぼやけた千里眼でも魔物の様子を見ることが出来る。


 目にマナを込めると大型の魔物の間に人型の魔物が見える。


 あれは…… ボロボロのローブを纏い、今にも折れそうな杖を持っている。リッチか? 数えきれないぐらいいるな。

 それが等間隔に配置され、ゆっくりと進軍してくる。 


 やばいな。こいつらがいれば魔法の類は全て相殺されるだろう。遠距離攻撃は封じられたってことか。どうする? 突っ込むしかないか? 

 近接戦闘ならフィオナより俺の方が上だ。腹をくくるか。ダガーを構えマナの剣を発動す……


qaiεaicra地殻変動!】



 ズガァンッ! ゴゴゴッ……



 え!? フィオナが急に魔法を発動した! 土魔法か!? 

 地面が揺れ、魔物の群れの前で地面がひび割れる。大きな地割れが発生し魔物の進軍を止めた。何をする気だ?


「ライトさん! 撤退します! あれは囮です! 雪のせいでオドの揺らぎが感じられませんでした! 後ろを見てください!」


 何を言って……? 後ろを振り返る。そこには……



 ―――ズシンッ ズシンッ

 ―――ザッザッザッザッ



 そんな…… 


 さっきまで何もいなかったじゃねぇか。 

 キメラが、ドラゴンが、ワーウルフが……

 地平線の彼方まで大小、様々な魔物で埋め尽くされている。



 スタンピードだ。



 王都が…… 俺の家が…… 魔物に囲まれている…… 


「ライトさん! しっかりしてください! すぐに戻ります! ライトさん!」

「あ、あぁ……」


 フィオナが俺の両肩を掴んで叫ぶ。

 我に返った俺は魔物を見つめる。

 奴等は王都を囲んでいる。これを打破するには…… 愚策かもしれん。だが、ここは戦力を分散させないと。


「俺は南周りで魔物を殲滅する! フィオナは北回りで頼む!」

「え? でもそれは…… いえ、分かりました!」


 一瞬戸惑いの表情を見せる。

 本来ならトラベラーは俺を守ることを第一優先に考える。フィオナも人としての心は取り戻したが、やはり俺を守ろうと本能が訴えかけているのだろう。

 だがフィオナは俺の妻であり、チシャの親だ。

 愛する家族を守るため、俺の考えを理解してくれた……はずだ。

 

 俺達はそれぞれ武器を構え……る前に。


「フィオナ!」

「何です……!? ん……」


 抱きしめキスをする。絶対死ぬなよ。

 フィオナはトラベラー。もし死んだとしても復活は出来る。でもな、俺の愛する人なんだ。君が傷付くなんて、死ぬなんて想像したくない。

 唇を離す。お互い言葉は無い。いや必要無い。想いは伝わっている。


 フィオナは袖で涙を拭いた。死ぬことは考えていない。とにかく一匹でも多く魔物を殺す。

 思考は邪魔だ。俺は高速回転クロックアップを発動する。


 いつもの如く視界から色が消える。これを使っている間は常に冷静でいられる。今の俺にとっては一番の武器だな。だってこれを使っていなかったらきっと泣いてしまうだろうから……


 マナの剣を発動するして魔物の群れに突っ込む。

 魔物の群れはどんどん近付いてくる。

 高速回転を発動している時は恐怖は感じない。ただ冷静に……


 

 コロス



 俺は立ち止まり、可能な限りをマナを取り込む。


 イメージする。

 刀身をとにかく長く。

 より遠くに届くように。

 一匹でも多くの魔物を殺せるように。


 そして……



 ―――フォンッ ズババババッ!



 人が相手なら遥か彼方まで剣閃が届くんだろうな。だが相手は魔物。多くがAランク討伐対象だ。

 いくらマナの剣が強かろうと、いくらデュパの剣が鋭かろうと、俺の刃は魔物の懐深くまでは届かなかった。目の前の数千を殺したに過ぎない。


 見渡す限りの魔物。そのほんの一部を倒しただけだ。俺に気付いた魔物は怒りの形相でこっちに向かってくる。

 そうだ。俺には呪いがかかってるんだっけ。しっかりと注意を引いてしまったようだ。


 数えきれない魔物がまるで大波のように襲い掛かってくる。目の前に丸太のように胴が太い大蛇が鎌首を上げて俺を飲み込もうとしてくる。


 怖気付くとでも思ったか?


 ダガーをもう一本抜いて左逆手で大蛇の首を切り落とす。魔物だから余計に生が強い。首を失った胴はビタンビタンと蠢いている。


 さぁ、かかって来いよ。次はどいつだ?



 ―――ドスン…… グチャッ



 蛇の胴体を踏み潰しながら近付いてくるのは…… ドラゴンか。中型の赤竜。ドレイクだな。

 俺を食い殺したいのか? そんな涎垂らすなよ。汚ねぇな。両の手に持つダガーを構える。



 ドシュッ ブチィッ



 どうした。来いよ? って、あれ? なんだろう、この違和感…… 右手に熱い。

 あ、そうか。腕が無いんだ。いてて。熱が痛みになって全身を駆け巡る。


 はは、そりゃそうだ。四方八方魔物に囲まれてる。油断した俺が悪い。幸い俺は回復魔法だけなら使える。mastdalma超回復だ。欠損箇所は即座に回復させることが出来る。

 いつもの如く、マナを取り込む……? 

 って、あれ? 何かおかしい。一応マナは取り込めるのだが、何か抵抗を感じる。 



『グァオッ!』



 バクンッ!



 うお!? 回復魔法が発動する前にドレイクが噛みついてくる! 紙一重で避けることが出来た。

 くそ、一体どうしたんだ!? 止血だけでもしなくちゃ。渾身の力で脇を締める。血管が収縮し、何とか血は止まった。

 これで失血死は免れたが……


 とにかく出来るだけやるしかないな。フィオナは無事だろうか?

 剣を振るいながら、北方面に目を向ける。



 ドカンッ!



 大きな爆発があった。フィオナの魔法か? 死ぬなよフィオナ……

 ははは、人の心配をしてる場合じゃないな。俺を食い殺そうとドレイクが噛みついてくる。



 ―――ブンッ ドシュッ



 それを避けてから顎を下段から斬り上げる。頭が真っ二つになった。相手が人間だったら大将各をやられたら怯むんだろうけど。

 相手は魔物。勢いは止まらない。まずいな…… ちょっと気合を入れるか。


「かかって来い!」


 自分に対して激を飛ばす! 一匹でも多く殺す! 残った左手でダガーを拾い口に咥える。マナの剣は発動出来るか? 再びマナを取り込む。やはり何らかの抵抗は感じるな。    


 マナの剣は矢ほどマナを必要としない。咥えたダガーの剣身を伸ばすことが出来た。

 左手で薙ぎ払いつつ、咥えた剣で回転斬りを放つ。ある程度は対処出来るだろうけど、このままでは……


 迫りくる魔物を斬っては捨てるを繰り返す。一体どれくらいの魔物を倒したんだろうか。猛攻は止まることがない。

 このままではジリ貧で負け……



 ―――ドシュッ ポタタッ



 今度はお腹に熱いものを感じる。下を見るとお腹から不格好な剣先が飛び出ていた。

 貫かれたか。馬鹿だよな、俺って。せっかくデュパに防具を作ってもらったのに急いでたから装備するのを忘れてたよ。平和ボケしてた代償かな?


 その場に膝を着いてしまう。


 やばい…… このままでは……


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