黒い雪

 ダッダッダッダッダッダッタッ



「はぁはぁ……」


 つ、疲れた…… なんとか王都正門まで辿り着いた。森からここまでずっと走って来たからな。フィオナも息を切らしている。


「ライト!」


 グリフが駆け寄ってくる。不安そうな表情をしてるな。こいつにも伝えないと。


「グリフ! 魔物が出た! 住民を外に出すなよ! それと、これから王都に来る人には監査はせず、すぐ入都させてやってくれ!」

「魔物…… 分かった! 責任は全部俺が取る! 任せてくれ!」


 はは、お前は変わらないね。それでこそグリフだ。グリフは不安そうになっている同僚に激を飛ばす。


「アル! お前は隊長に報告! 正門他、東門、西門、北門に増援を送るよう伝えてくれ!」

「は、はい!」


 後輩なのかな? アルと呼ばれた衛兵は指示を受けて駆けだした。

 はは、見事に先輩してんじゃないの。こいつだって成長してるんだな。おっと、喜んでる場合じゃない。俺も自分の仕事をしないと。


「グリフ! 魔物が来たらお前もすぐ避難しろ! 絶対無理するんじゃねぇぞ!」

「分かった!」


 街に入ると、中は喧噪を極めている。みんな不安がってるんだ。しょうがないか。


「フィオナ! 俺はギルド長に報告に行く! チシャを頼む!」

「私も行きます!」


 おいおい、娘が不安がってるんだ。ママは一緒にいてあげるべきじゃ……


「オリヴィアおばさんのとこにいればいいよね? ママも行ってきていいよ!」


 と笑顔で答える。

 ははは、チシャは俺の想像以上に強い子だな。


「そういうことです! チシャを預けてから向かいます! 先に行っててください!」


 了解! 俺は人混みをかき分け冒険者ギルドへと駆け出した。



◇◆◇



 ギルドに到着すると、中は冒険者でごった返していた。ごめん! どいてくれ! 階段を駆け上がりギルド長室へ。ノックもせず部屋に飛び込む! 

 って、あれ? ナイオネル閣下? どうしてここに? ギルド長は俺を一瞥する。


「報告頼む」


 一言だ。はは、落ち着いてらっしゃる。さすがは冒険者ギルド最高責任者。普段はおちゃらけたおっさんなんだけどな。


「北の森で魔物の出没を確認! Aランク討伐対象が多数! 森は魔物の巣窟になっています! この異常気象に関しては詳しくは分かりません! ですが、フィオナが言うには……」


 言葉に詰まる。閣下にも知らせるべきだろうか? 青い顔をしている。言ったら気絶するかもしれん。


「閣下のことは気にするな。言え」

「はい…… 恐らくはアモンが出ました。姿は確認していませんが」


「つまりは…… スタンピードか?」

「…………」


 俺は黙って頷く。閣下の体が小刻みに震えている。震え声で俺に質問してきた。


「スタンピード…… 規模はどれくらいになるか分かるか……?」

「それには私が答えます」


 後ろから涼やかな声が聞こえる。フィオナだ。もう着いたのか。


「遅れました。横から失礼します。アモンが出たということ。つまり森の王国、アヴァリで起こったスタンピードと同等の物が発生する可能性があります」

「アヴァリ…… 五十万の魔物……」


 閣下は頭を抱えソファーにへたり込んだ。無理も無い。この国の政治家のトップだもんな。

 国民の安全も考えないといけないし、スタンピード鎮圧にかかる費用は国庫を圧迫するだろう。


「閣下。しっかりしてください。可能であればすぐに軍を動かしてください。出来ますか?」


 ギルド長は淡々と閣下に指示を出す。強い人だな。誰かが部屋に飛び込んできた。閣下のお付きの兵か? 


「報告! 王都の西、五キロ先に魔物の大群を確認!」

「大群!? 数は!?」


「詳しくは分かりません! ですが、物見から一万を超えるだろうと報告を受けました!」

「一万…… すぐに将軍に伝えよ! 兵の半分を防衛に! 残りは撃退にあたれ!」


「お待ちください」


 フィオナが一歩進んで閣下に進言する。


「ここでいたずらに兵を失うのは得策ではありません。ライトさんと私が出ます」


 おいおい!? 俺もそれなりに強くなった実感はあるけど、一万の魔物だぞ!? 無茶が過ぎるのでは!? 

 アヴァリでは五十万の魔物を相手にしたことはあるが、基本逃げ回っていただけだし。一万をまともに相手をするとなると…… 


「不安そうな顔しないでください。前も言ったでしょ? ライトさんはもう少し自分の強さを自覚したほうがいいですよ。貴方はもう異界の英雄を超えました。心配ありません。私達二人ならやれます」


 フィオナは笑顔で言ってくる。困ったなぁ…… そんなかわいい顔で言われたら断るわけにはいかん。


「ふふ。その顔はいけるということですね。閣下、ギルド長。兵は全て防衛に回してください。私達二人で出ます。それと閣下に一つお願いがあります」

「なんだ? 今は非常事態だ。可能な限り対応しよう」


「魔物を早急に撃退する必要があります。速やかに現地に到着するため、スレイプニルの貸与をお願いします」


 ムニンとフギンか! ナイスアイディア!


「分かった。伝令! 早急に王宮に戻り、スレイプニルを二匹準備させておけ! 王の許可はいらん!」

「はっ!」


 伝令は閣下の指示を受け部屋を飛び出した。俺達も部屋を出ようとするとギルド長に呼び止められる。


「二人共、絶対に無理はするなよ。今お前達を失う訳にはいかん。劣勢だと思ったら逃げろ。生きていれば次に繋げられる。

 俺がAランク冒険者として生き残れたのも、危険を避け続けたからだ。無理をして死んでいった冒険者は数えきれないほど知っている」

「はは、大丈夫ですよ。俺も命が惜しいし。今は娘もいますしね。あの子を残して死ぬのなんて考えてませんから」


「ならいい。すまんが、任せたぞ……」


 よし! じゃあ行くか! 外に出ると兵が馬を用意してくれていた。それに乗って王宮へと急ぐ。なるべくなら王都に被害が出る前に食い止めたい。



 ―――ポツッ



 ん? 馬を走らせていると頬に冷たい物が…… 


「どうしたんですか? 頬が汚れてますよ?」


 汚れ? 頬を手で拭うと墨のような跡が手に残る…… 何だこれ? 泥でも跳ねたか? 


 いや…… 違う。雪だ。雪が降っている。


 これは黒い雪だ。


 一体何が起こってるんだ……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る