異変

 ―――チュンチュン チチチ



 鳥の声で目が覚める。今日は日光日。ギルドの仕事はお休みなのだ。

 愛しい妻は……いないな。朝ごはんでも作りに行っているのだろうか? 俺も起きるかな。ベッドを出ると……


 わ、寒い! もうそんな季節か。うーん、やっぱりベッドから出たくない。もうちょっとだけ寝ちゃおうかな。せっかくの休みなんだし。目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってくる…… 


「パパー! 遊んでー!」



 ドスンッ!



 げはぁ!? お腹に衝撃が! 涙目で目を開けると愛娘がニコニコしながら俺を見降ろしている。


「チシャ~…… 今日はお休みなんだしね、パパ疲れてるしね、もうちょっと寝かせてくれてもいいんじゃない?」

「あ! ひどい! 昨日は一日遊んでくれるっと言ってたじゃん! それともパパは約束を守ってくれないの……?」


 そういえばそんなことを言っていたような言ってなかったような…… チシャはお得意のキラキラした視線を涙目で投げかけてくる。

 敵わんなぁ…… 覚悟を決めて起きるとするか。


 目を覚ますためにまずは風呂場に向かう。

 半年ほど前にフィオナがシャワーなるものを作ってくれた。これも異界の道具だそうだ。

 給湯魔器から直接ホースを繋ぎお湯を出す。

 シャワーのおかげで時間が無い日でも体を清潔にすることが出来るようになった。


「チシャも入る?」

「うん!」


 どうせ大きくなったら一緒に入ってくれなくなるんだ。今の内に親子のコミュニケーションを楽しもう。

 二人で風呂場に行く前にフィオナがタオルを持ってきてくれた。


「おはようございます。シャワーが終わったらごはんにします。早く出てくださいね」


 雰囲気だけはもうすっかりお母さんだ。姿は出会った頃と変わらないんだけどね。

 フィオナと出会ってからもう四年が経つ。俺は二十五になった。自分では変わったように見えないが、フィオナに言わせれば大人の雰囲気が出てきたと言われる。


「フィオナも一緒にどう?」

「んふふ、遠慮しておきます。お洗濯もあるし、出かける準備もしなくちゃ」


「出かける? どこに?」

「もう…… 忘れっぽいんですから。チシャを北の森に連れてってあげるって約束したの覚えてないんですか?」


「お、覚えてるさ…… そうそう、今日は森にピクニックに行くって約束してたよね……」

「…………」


 チシャが懐疑的な目で俺を見つめる。すまん、すっかり忘れてた。悪いお父さんでほんとごめんなさい。

 お詫びに今日はいっぱい遊んであげるとするか。


 シャワーをさっと浴びてからごはんを食べる。お腹が落ち着いたところでお出かけの時間が来た。

 持ち物はお昼のお弁当と大きな袋。森で採取した獲物を入れる為の袋だ。お弁当といってもパンが一斤だけだ。現地で獲物を狩って食べればいいしね。


「レム、お留守番は頼んだよ」

『…………』


 ゴーレムのレムは本当に優秀だ。家守のほか、掃除、洗濯もこなす。多少空気を読めないところはご愛嬌か。

 つい先日の話だが、チシャが王宮に行っている時にフィオナとムフフをしていたら部屋に入ってきて、いきなり掃除を始めやがった。

 まぁゴーレムに空気を読めって言っても通じないだろうしな。


 親子三人で手を繋いで歩く。時折風が吹き、冷気が頬に刺さる。冬が近いな。正門に着くと相変わらずのアイツがいる。


「ライト! 今日はみんなでどこに行くんだ!?」


 グリフだ。今日もご苦労様。

 こいつは来年には兵士を辞めてサヴァントで婿入りをする。もうすぐお別れか。寂しいじゃないか。


「ちょっと森まで行ってくるよ。夕方には帰るから心配しないでくれ」

「まぁ、お前ならなんの心配も無いと思うがな。でも気を付けろ。最近強い魔物の出没報告が上がってる。もしやばいと思ったら逃げろよ。もう一人じゃないんだから」


 おや? 中々まともなことを言うじゃないか。グリフのくせに。こいつも大人になったってことか。


「分かってるよ。そうだ、帰ってきたら家に来いよ。いっぱい獲物を狩ってくる予定だからな。みんなで焼き肉パーティでもしようぜ!」

「おう! なら俺は酒を持ってくよ! 楽しみにしてるからな!」


 はは、今日は一日楽しくなりそうだな。



◇◆◇



 晩秋の森は獲物が豊富だ。動物は冬支度を整えるため、せっせと木の実やら何やらをかき集めている。

 俺は狩りを、フィオナ達はキノコや木の実の採取だ。

 さて狩りの時間だな。久しぶりに千里眼を発動する。範囲はそこまで広くなくていいな。半径百メートルまで範囲を絞る。

 獲物は……

  


 ―――カササッ



 いたっ! 北の方角に兎が一羽!

 足元からマナを取り込み、矢を創造する。そして軽く放つ。障害物は気にしない。多少追尾してくれるしね。

 

 放ったとほぼ同時にマナの矢が兎に突き刺さる。威力は最小限にしたから肉が傷むことはないだろう。


「よし、お昼のおかずにちょうどいいな」



 ―――スパッ



 兎の首を落として血抜きをする。今夜はグリフ達が来るんだったな。もう少し獲物が欲しいところだ。

 もう一度千里眼を発動……


 さぁ兎ちゃん出ておいで。辺りをくまなく観察する。



 ―――ガサッ ズシンッ ズシンッ



 なんだ? 視界の先に大きな影が見える。猪? それとも熊か? いや違う。

 こいつは…… 一つの体に獅子頭、ヤギの頭、蛇の尾…… 

 

 キメラだ…… マジかよ。一年以上Aランク討伐対象が出てくることが無かったのに。

 そういえばグリフが魔物が出始めたって言ってたな。フィオナが心配だ。探しに行くか。でもその前に……


 弓を構える。


 少しマナを多めに取り込んだ。


 無属性でいい。


 構え…… 放つ。



 ドヒュンッ ズバァッ!



 矢は軽く弧を描きながら獅子頭に着弾し、そのまま体ごと爆散する。さすがAランク討伐対象。生が強い。吹き飛んだヤギの頭が苦しそうにメェーメェー鳴いている。

 放っておけばそのまま死ぬだろ。


 弓を畳んで腰に差す。ほんと便利だな。さすがデュパ ベルンド作だ。

 今度はダガーを構えマナの剣を発動する。二人はどこだ!? 広めに千里眼を発動し、辺りを見渡すと…… いた! 北の方角、二百メートル先だ! 


 やばい! 魔物に囲まれてる! 相手はコボルトか。個体としての戦闘力は低いが魔物にしては珍しく連携を組んで襲い掛かってくる。

 俺も旅の当初はこいつらに指を食いちぎられたことがある。嫌な思い出だ。


 フィオナも一人なら負ける相手ではない。しかしチシャを庇いながら戦っている。普段と同じパフォーマンスで戦えるはずがない。

 急げ! 高速回転クロックアップを発動する。


 視界から色が消える。白黒の森の中を全力で走る!


 現場に着くとフィオナは結界を張ってチシャを抱きしめていた。そのまましゃがんでいてくれよ。

 結界を破ろうと一匹のコボルトが二人に飛びかかる。


 お前…… 俺の嫁と娘に何してくれてんだよ。そいつの前に移動して大上段に剣を構え…… 振り下ろす! 

 


 ドシュッ!



『ギャイン……?』


 コボルトは正中線から真っ二つになる。後ろを振り向くとフィオナと目が合った。大丈夫みたいだな。じゃあ、さっさと片付けるか。


 マナを取り込み刀身を長くする。あまり森は傷付けたくない。五メートルってところか。構え、円を描くように…… 振り抜く!



 ―――フォン ドシュシュシュシュシュッ



 心地よい風切り音が響く。高速回転を解除すると同時にコボルトは上半身を落っことした。範囲内の木も全て切り倒してしまったか。

 高速回転を解除して二人に話しかける。


「もう大丈夫だ」

「パパァ!」


 チシャが俺の胸に飛び込んでくる。よしよし、怖かっただろ。もう大丈夫だよ。


「ライトさん! 怪我はありませんか!?」

「こっちのセリフ! 二人とも無事で良かったよ…… それにしてもこんなところで魔物が出るとはね」


「急に魔素が濃くなったんです。それを感じたとたんに魔物が現れて。でもおかしいんです…… あれを見てください」


 フィオナは地面に転がってるコボルトの頭を指差す。普通のコボルト……ではない。銀色の毛。つまり変異種だ。コボルトの変異種はたしかAランク討伐対象だったはず。


「ライトさん、ここに来るまでに他に魔物は見ませんでしたか?」

「あぁ…… キメラが一体」


「キメラ…… ライトさん、チシャ! 急いで森を出ます!」


 焦ってる。普段は冷静なフィオナだが、今は大事な我が子がいる。俺達だけだったらなんとでもなるだろうが、ここは子供の安全が最優先だ。


「チシャ、乗って。フィオナは前衛を頼む」

「はい!」


 チシャをおんぶしてから千里眼を発動する。逃走ルートを探ろうとすると…… うじゃうじゃと魔物がいるのが見える。さっきまでは何もいなかったのに…… 


 とにかく色んな魔物だ。アンデッド、地竜、ワームにバジリスク。空には飛竜が飛んでいる。  

 このままでは囲まれる。魔物がいないのは……


「まずは北に向かう!」


 ここが魔物の数が少ない唯一のルートだった。王都とは真逆だけどな。大回りするように森を走る。

 背負うチシャが震えているのが伝わってくる。早く森を抜けないと。行きの倍の時間をかけて、なんとか森を抜けることが出来た。


 森を出ることは出来たが、何かがおかしい……

 体感時間はまだ十二時か一時のはずだ。でも辺りが暗い。冬が近付いてきたとはいえ、日が落ちるには早すぎる。空を見上げると……


「なんだこれ……?」


 空は一面真っ黒い雲に覆われている。

 唖然としていると……


「痛っ!」


 フィオナが頭を抱えて蹲る! どうした!?


「大丈夫か!?」

「せ、精霊が怖がってます…… 悲鳴を上げて……」


 嫌な予感がした。もしかしたら奴が…… 


 いや、いつかは現れると思ってたんだ。


 それが今日だったってことだ。


「アモンか?」

「…………」


 フィオナが黙って頷く。奴め、とうとう現れやがったか……



 ―――ニヤッ



 口角が上がる。思わず顔がにやけてしまう。やっと仇が討てる……


 


 コロシテヤル




「ライトさん……?」


 おっと、しまった。フィオナが俺を見て心配そうな顔をしている。こんな顔を家族に見せてはいかんな。


「今は王都に戻りましょ」

「あぁ」


 そうだな。チシャが怖がってる。まずは家族の安全を確保しないと。

 夜の様な闇の中、俺達は走って王都に戻ることにした。


 

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