国からの依頼

 翌朝。雨は上がり、太陽が雲の切れ間から顔を出す。いい天気になりそうだ。俺の心は曇り空だけどな。

 今日のことを考えると気が重くって……


 S級ギルド職員という謎の役職のせいで国からの依頼を受けなくてはならないからだ。

 俺の隣にはフィオナはいない。代わりに五十代の禿げたおっさんがいる。ギルド長だ。


 二人で王宮に続く道を進む。フィオナはお留守番だ。

 彼女がトラベラーであることを知る者は少ない。余計なトラブルを防ぐためだ。

 王宮には鑑定が使える宮廷魔術師がいるから、彼女が人外だと分かると後々めんどくさいことになるかもしれないからな。


 それにしてもクーデターか。

 ところでクーデターって何だろう? いいことではないのは分かるが……


「ギルド長、クーデターって何ですか? 分かりやすくお願いします」

「お前、そんなことも分からずに昨日の話を聞いていたのか?」


「お恥ずかしながら…… でもギルド長の深刻な表情でヤバイことが起こったってのは分かりました」

「そうだな。国のトップを無理やり替えるって思えばいい。基本的には武力を伴うから多くが死ぬな」


「やばいヤツじゃないですか!? なんで早く言わないんですか!」

「だから昨日から言ってんじゃねぇか!」


 ギャーギャー言いながら歩いていたら王宮に到着した。ギルド長が前に出る。


「冒険者ギルドより、アレクサンダー フロイライン、参上しました!」

「…………」


 衛兵は正門を開けることはなく、ついてこいと指で俺達を招く。


「どこに行くんですかね?」

「俺も分からん……」


 衛兵は立ち止まる。そこには正門の半分位の大きさの門がある。裏門だな。

 そこから王宮に入ると視線の先には大きな倉庫。入るよう無言で指示を受けた。


「失礼します……」


 俺とギルド長は倉庫に入ると…… 

 煌びやかな衣装に身を包んだ髭の紳士がソファーに座っていた。


「ナイオネル殿? ずいぶんな出迎え方ですな。ライト、挨拶しろ。ナイオネル宰相閣下だ」


 この人がアルメリアの宰相閣下か。

 最近お偉いさんに会う機会が多い。バカ犬、リリ様、そしてこの人だ。

 ついこないだまで、狩人として森を駆け回ってた俺がねぇ…… 

 いかんいかん。挨拶をしないと。


「初めまして。ライトと申します。よろしくお願いいたします」

「ははは、固くなる必要は無い。君が大森林を救った英雄か。光栄だよ。私はアルメリア王国宰相オルニス ナイオネルだ」


 閣下は意外と友好的だ。この人なら安心して話を聞けそうだな。


「さっそくだが概要を話そう。座ってくれ。その前にライト殿は獣人の国サヴァントについてどのくらい知っている?」


 何となくしか分からない。

 十数年前に家に居候していたバカ犬ことカイルおじさんが今はサヴァントで宰相をしているとか、国の仕組みとか、そのくらいだ。


「確か、氏族制で成り立っているとか。主要の三氏族がいて、そんなに仲良くないとか……」

「その通り。では細かく話そう。サヴァントは君が知っている通り三氏族で国家を運営している。

 その三氏族だが…… まず犬氏族、立ち耳のバルデシオン。これが現王が所属する氏族だ。穏健派だ。

 そして犬氏族、垂れ耳のウィンダミア。中立派だがバルデシオン寄りだ。最後に武闘派の猫氏族、エセルバイドだ。このエセルバイドが現王に対し、謀反を起こした」


「謀反…… クーデターのことですよね? 何か原因があるんですか?」

「簡単だよ。自分の氏族から王を出したいだけだ。本来サヴァントの王は各氏族から代表を選出し、選挙によって決められる。それが百年前の戦争が原因でエセルバイドは王を出せなくなってしまったんだ。百年前に戦争があったことは知っているか?」


 百年前…… 俺が知る限りの、この国で起こった最後の戦争。

 確か、獣人の国サヴァントとアルメリアが戦ったんだよな。


「その顔は知っているようだな。事の初めは下らない理由からだ。エセルバイドの若者が酒の席でウィンダミアの若者を殴ったことが原因だ」

「喧嘩が原因で戦争!? それがアルメリアにも飛び火したんですか!?」


 驚いた。酒の席での喧嘩だろ? それが何で戦争に発展するのか。

 閣下は淡々と説明を続ける。

 なんでも氏族特有の連帯感が原因らしい。

 氏族全員を巻き込んだ謝罪の要求合戦から戦争に発展したと……


「そんなことで戦争が…… たしかあの戦争って何十万人も死んだんですよね?」

「その通りだ。最初は小競り合い程度だったが次第と戦況は悪化していく。猫氏族には虎族、獅子族といった戦闘能力が高い者がいてね。血に酔った彼らはバルデシオン、ウィンダミアの兵だけではなく民をも虐殺し始めたんだ。生き残った氏族はアルメリアに助けを求めた。虐殺を止めるためアルメリアは連合軍を作り、サヴァントの戦争に介入したわけだ」


「結果はアルメリアが勝ったんですよね?」

「そうだ。そして猫氏族、エセルバイドには多額な賠償と戦争責任として三百年、猫氏族から王を出さず、犬氏族の下で働くことを約束させた。その不満が爆発したのだろう。まぁ、この百年選挙に負け続けて王を出せずにいるウィンダミアにも不満はあるだろうがな」


「話は分かりました…… で、俺は何をすればいいですか?」

「現王は我が国にとって有利な政策を多く採ってくれている。出来れば失いたくないのだ。彼を救ってきて欲しい」


 え……? 俺に王様を助けろってことか?

 そりゃ国家の一大事だし、何とかしてあげたいという気持ちはある。

 例えば救助部隊とかの一員として動くのであれば、俺でも何とかなるかもしれないけど……

 

 疑問に思うことはたくさんあるが、もう少し話を聞いてみないと。


「でも他国の厄介事に関わるのはまずくないですか? またアルメリアがサヴァントと戦争になったらどうするんですか……」

「だからこそ君にお願いしている! アルメリアの人間としてではなく、個人として彼らを助けてあげて欲しい。国として君を支援することは出来ない。あくまでライト殿個人として行動すること。

 そして君がクーデター鎮圧に加担したことが公になるのは容認出来ない。こちらに不利益になるようだったら殺しも厭わん。可能な限り目立たず行動してくれ。現王と我が君は昔から仲がいい。実は現王を救うためと、今我が国は第二戦備態勢が敷かれている。いつ行動を起こしてもおかしくない状況なのだ! 

 スタンピードに戦争だと!? まったく我が君は何を考えているんだ! 現在の国庫はスタンピードのおかげで火の車だ。それに戦争が始まったら国の経済は破綻する! 頼む! サヴァントを救ってくれ! それがアルメリアの救国にも繋がるのだ!」


「…………」

 

 無理だ。絶対に無理だ。

 あんた、何言ってんの? 無理に決まってるじゃないか。サヴァントに入れば嫌でも戦うことになる。それを誰にも見つからずにやれと?

 そんなのいやでも目立つわ。それに俺がアヴァリを救ったのだってエルフの協力があってこそだ。それを今回は俺一人でやれと? 


 だんだん腹が立ってきた……


「閣下、ちょっといいですか? あなたは何を考えてるんですか? 支援も無く、目立たず、他国に潜入して王を救ってこいって…… 出来る訳ないっ! しかも失敗すれば戦争だろ!? そんなの出来っこない! 俺はやらないからな!」

「…………」


 ナイオネル閣下は悲しそうな顔をした。

 しまった。らしくないことをしてしまった。


 だがどう考えても俺がサヴァントに行って何とかなる問題ではないだろ。

 ん? ギルド長は俺の肩に手を置いて……


「行ってこい。お前なら出来る」

「…………」


 今度は俺が黙ってしまう。あんたも何言ってんだよ。


 だが少し時間を置いたせいか、頭から血の気が引いていく。

 閣下に酷いことを言ってしまった…… 謝らないと。


「大変申し訳ありませんでした…… 依頼についてですが、少し考える時間をくれませんか? この依頼は自分には重すぎますので」

「そうか…… しかし今は時間が無い。断るにしても明日またここに来てはいただけないか? 君が断るのなら、早急に次の手を考えねばいかんのでな……」


 閣下は力無く項垂れる。ガッカリさせて申し訳ないがこの依頼の答えはこの場では出せない。俺は一礼して倉庫を出ていった。


 俺は一人で帰路に着く。色々落ち着いて考えたい。

 カイルおじさん大丈夫かな? あのバカ犬のことだ。死ぬことはないと思うが……


 グリフとグウィネもかわいそうだな。もうすぐ結婚するっていうのに。出来る事なら助けてあげたい。


 でもスタンピード鎮圧と違い、今回の依頼は毛色が違いすぎる。ちょっとばかり戦闘能力が高い俺が出て行っても対応出来るとは思えない。


 そもそもこれって政治家の仕事なんじゃないの? 釈然としない気持ちを抱え町を歩く。その横を男が駆け抜ける。


「号外! 号外! 獣人の国サヴァントで謀反だ! 戦争だ!」


 瓦版をばらまく男が走り回っている。道行く人は瓦版を手にしてはその情報を食い入るように見ていた。

 もう情報が入ってきたのか。仕方ないか。人の口に戸は立てられぬってやつだ。


 グウィネの顔が思い浮かんだ。心配だな、気に病んでないといいが…… 

 俺を帰る前に理髪店に寄り、グウィネの様子を見に行くことにした。


 グウィネの店に着くと…… 灯りが消えている。おかしいな。まだ営業時間のはずだ。

 店に入るとグウィネが待合席のテーブルに突っ伏しいる。隣にいるグリフが彼女の背中をさすっていた。


「お父様…… お母様……」

「大丈夫…… 大丈夫だよ。きっと何とかなるから。ライト? どうした、こんな時間に?」


 俺に気が付いたグリフが話しかけてきた。するとグウィネが立ち上がり、俺の両手を掴んで……


「ライトさん! 助けて! お願い! お父様とお母様を助けて!」


 グウィネは涙と鼻水で酷い顔になっていた。理性を失ったかのように大声を出す。


「ライトさん、エルフの国を救ったんでしょ!? 強いんでしょ!? 出来るよね!? グリフもお願いして! このままじゃお父様とお母様が……!」


 グウィネは言葉を詰まらせその場に膝をついて泣き始めた。グリフが彼女の肩を抱き慰める。


「グウィネ…… ライトを困らせるんじゃない。これは個人で何とか出来る問題じゃないんだ。俺達に出来るのは祈ることだけなんだよ……」

「そんな…… それじゃお父様達は…… うぇぇーん……」


 その言葉を聞きグウィネは大声で泣き始めた。ふと両親の言葉が頭を過る。



 人のために尽くしなさい、出来る限りでいい。



 俺は出来る限りのことをしたか? 何もせずに諦めそうになってたよな? 

 エリナさんも言っていた。ライトは諦めない。また絶対に立ち上がるって。


 まったく…… 損な性格だよな。俺はへたり込んで泣いているグウィネの肩に手を置く。


「…………?」

「グウィネ…… 実は国から俺にクーデター鎮圧の依頼があったんだ。ちょっと迷ったけど、その依頼受けることにするよ」


 俺の言葉を聞いてグウィネの顔が明るくなった。そうそう、かわいい顔に涙は似合わないよ。


 正直俺にどこまで出来るか分からない。でも俺に出来ることがあるならやってみよう。

 アルメリアのためではない、獣人の国のためでもない。ここで泣いている、そして獣人の国で助けを求めている友にために動いてみよう。

 そう考えると気持ちが楽になった。


 二人と別れ宿に戻るとフィオナが出迎えてくれた。


「お帰りなさい。王宮ではどんな話があったんですか?」

「フィオナ…… 明日は王宮に行く。君にも来て欲しい」


「はい」


 明日は二人で閣下に依頼を受けることを伝えよう。明日に備え、早々に休むことにした。


 

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