犬耳と尻尾
王宮に続く道を歩く。
昨日はハゲと一緒だったが今日は隣にフィオナがいる。
獣人の国の王の救出とクーデター鎮圧の依頼を受けることにしたので、フィオナにも話を聞いて欲しかったのだ。
正門に着くと衛兵が昨日と同じように裏門に連れていってくれた。倉庫に入ると既に閣下が待っていた。これからのことを思ってか彼の表情は暗い。
そうだよな。下手したら戦争になり兼ねない事態だからな。
重々しく閣下が聞いてくる。
「昨日の答えを聞かせてくれるかね……?」
彼は少し震えた声で質問してきた。迷いは無い。もう腹は括ったからな。
「閣下の依頼ですが…… 受けることにしました」
一瞬で閣下の表情が明るくなった。立ち上がり俺の手を取る。
「素晴らしい! 君なら受けてくれると思っていたよ! 事は急を要する。可能な限り早く出発していただきたい!」
「分かりました。その前にもう少し詳しく話を聞かせて下さい。何も知らずにサヴァントに行っても王様を助けられる気がしませんからね」
とにかく俺達には情報が必要だ。
なんたって支援も無く、フィオナと二人で異国に向かうのだ。
救出の成功させるには、どんな情報でもいいから聞いておかないと。
「す、すまん。少し興奮し過ぎたようだ。分かった、知りうる限り答えよう」
「では…… 昨日の話でクーデターが起こった理由は分かりました。でもそれを自国内で防げなかったんですか? それなりに衛兵とかもいるでしょうし」
「スタンピードだよ。小規模ながらサヴァント国内でも発生しているようだ。主だった兵はその対応に追われていたようで、警備が手薄になったところを狙われたようだな」
「漁夫の利ってやつですね。現王…… 名前は何でしたっけ? その人が既に殺されている可能性は?」
「現王の名はクヌート デレハ バルデシオン。デレハは姓、バルデシオンは立ち耳族の族名となる。彼が殺されている可能性は低いだろう。それは最後の手段だからな」
「どうして分かるんですか?」
「エセルバイドもそこまで馬鹿じゃない。王を殺害し、王位を奪ったら我が国が黙っていないからさ。クヌート王と我が君は知己の仲だからな。それこそ戦争が起こるだろう。だからなるべく王は傷付けず、王位を譲渡するように迫っているのだろうさ」
「国内で戦闘状況は?」
「首都ラーデでは大規模な戦闘があったようで、多くの市民が殺害されているようだ。アルメリア国境線近くにある町、リリアに犬氏族の生き残りが集まっている。そこを拠点に反撃の機会を伺っているようだな。君に朗報がある。宰相のカイル殿の安否が確認された」
「おじさんが!? よかった…… 昨日は目立たないようにって言ってましたけど、おじさんにも知られない方がいいですか?」
「いや、民に知られなければいい。多くに知られればそれだけエセルバイドの耳に入る危険があるからな。信頼出来る者であれば構わないが自重はしてくれ」
少しずつ希望が湧いてきたぞ。国内で協力者は得られそうだ。
突如フィオナが口を開く。何を質問でもあるのだろうか?
「宰相閣下。やはり無理があると思います。協力者を得ようにも私達は人族であり、獣人の国サヴァントではどうしても目立ってしまいます。
私達は多くの民の目に入るでしょう。噂が伝わるのは早いものです。私達のことはすぐに猫氏族の耳にも入るはずです」
「それについては問題無い。これを使ってくれ」
―――コトリッ
閣下は小瓶に入った液体と…… 犬耳のカチューシャ、そして尻尾が付いたベルトを取り出してきた。
何だこりゃ?
「魔道具の一種でな。耳や尻尾を欠損した時に使うものだ。獣人にとって耳と尻尾は美しさの基準の一つだからな。オドを込めれば体の一部として機能する。
小瓶は首に一塗すれば獣人のフェロモンと同じ匂いを発する。獣人は鼻がいいからな。これがあれば匂いでばれることもない」
犬耳…… 後でフィオナに付けてみてもいいだろうか?
いや、絶対に着けてもらう。
むしろ今すぐ着けてもらいたい。
よし、帰ろう!
「分かりました。では準備が出来次第、出発します」
「まずは国境の町、リリアを目指すといい。すまんな。君一人に辛い思いをさせて。しかし、国として動くことが出来ない私達の苦悩も分かってくれると助かる。頼む、我らを救ってくれ……」
その他、細々としたを聞いてから王宮を後にした。
それにしても犬耳カチューシャが気になる…… ちょっと試してみよう。まずは俺から。
カチューシャを頭に着けて頭にオドを流す……
ピクッ
動く! ピコピコ動く! 頭に着けた犬耳が動くではないか!
「フィオナも着けてみて!」
「はい」
思わずお願いしてしまった。彼女は躊躇することなく犬耳カチューシャを着ける。
その姿は……
―――ピコッ ピコピコッ
「どうですか?」
「…………」
言葉が無かった。予想以上に可愛い。
なんだろう、すごく頭を撫でまわしたい……
「どうしたんですか? そんなにジロジロ見て」
「ごめん…… すごく似合ってるからびっくりしてさ。ちょっと頭撫でてもいい?」
寄ってきたフィオナを抱き寄せわしゃわしゃ撫でてやった。彼女はニコニコしながらそれを受け入れる。
「んふふ。もっと撫でてください」
―――ペコリッ
犬耳が後ろに倒れた。これは喜んでいる時の動きだ。
高性能だな。気持ちに反応してその動きをするのか。
おっと、犬耳を堪能するのは後でも出来る。宿に帰ったら今の続きをしよう。
宿に帰る前に理髪店に足を運ぶ。グウィネを安心させてあげないと。
理髪店に入るとお客さんはおらず、グウィネは一人で座っていた。ご両親のことを思ってか、心ここに在らずって感じだ。
「グウィネ」
「ライトさん……? ライトさん!? なんですかその耳!?」
「ん? あぁ、ごめん。外すの忘れてた。これね、変装用の犬耳なんだ。サヴァントで人族はあまり目立てないからね。明日には出発するつもりなんだ」
「そうですか…… もし父と母に出会ったら、私達もことを伝えてください。グウィネは王都でしっかり働いていると…… それとグリフさんとのことも……」
「分かった。必ず伝えるよ。お父さんとお母さんの名前は?」
「父がスース ラウラベル バルデシオン。母はノーマです…… 私達、首都のラーデに住んでいたんです。今エセルバイドがラーデを占拠してるんでしょ? もしかしたら逃げ遅れて、まだそこにいるのかも……」
グウィネはシクシク泣き出した。大丈夫だよ。親友の頼みだもの。絶対に助けだしてみせる。
ん? ラウラベル? 姓があるな。これって……
「ちょっと聞いていいかな。ひょっとしてグウィネっていいとこのお嬢さんだったりする? 昨日もご両親のことを、お父様お母様って呼んでたし」
「はい…… 隠すつもりはなかったんですがお父様は首都で宮廷医師をしています。一応ですが貴族の家柄です。父はクヌート様の専属医師でもあるんです。だからエセルバイドが首都を襲ったって聞いて、もしかしたらお父様とお母様も捕まったかもしれないと思うと……」
この依頼を成功させなくてはいけない理由が増えたな。王様を救い、グウィネの両親の安否を確認し、そして二人を結婚させる。
なに、乗り掛かった舟だ。こっちの腹はもう決まってんだ。一つ二つやる事が増えたった何も変わらんよ。
「グウィネ、安心して待っていてくれ。どうせ首都には行かなくちゃいけないんだ。その時に絶対ご両親も救ってみせる。
まぁ、すでに避難が成功しているかもしれないけどね。リリアって街にバルデシオンとウィンダミアの人たちが避難しているみたいだから、まずはそこから探してみるよ。グリフとグウィネの幸せのためだ。絶対成功させてみせる!」
「ライトさん……!」
ガバッ!
ギュゥゥゥッ
グウィネが抱きついてきた。よしよし、サヴァントは何とかしてくるから安心して待っていいてくれ。
それにしてもやっぱりグウィネの胸は大きい。
おのれグリフ。こんないい物をお前は独占しているのか………
―――ゾクッ
は!? 殺気!?
後ろを振り向くと……
「…………」
フィオナが無表情でこっちを見ていた。
犬耳が横に倒れてる。怒ってる仕草だ。
怖い…… 後で謝ろう……
◇◆◇
翌日、俺達は日が昇らないうちに出発することにした。見送りはグリフとグウィネだけ。
ギルド長も来る予定だったが、閣下から止められた。ギルドも一応アルメリア王国に属する組織だから支援が公になるのはまずいんだとさ。
「ライト、待ってくれ!」
ザッ ドサッ
何だ? 突然グリフを両膝を地面に着けて……
「お前には頼ってばかりだな。すまん…… だがこの通りだ! グウィネを救ってくれ!」
「…………」
グリフが土下座してきた。こいつも必死なんだな。でもな……
「断る。俺はグウィネだけじゃない。お前も救う。王様も救う。サヴァントで困ってる人は全員救ってくるつもりで行くんだ。だからグウィネの前でそんな恥ずかしいことするな。
ほら、お前がそんなことするからグウィネも真似してるだろ?」
「え……?」
グリフの隣でグウィネも膝を着いている。女の子にそんな真似させちゃいかん。ほら、さっさと立てよ。
「いいか。お前らは今まで通り過ごせ。何も心配するな。帰ってきたら風呂と酒を奢れ。それだけでいい」
「それだけって……」
「それだけだ。だって俺達、友達だろ?」
「ライト!」「ライトさん!」
二人が俺に抱きついてくる。
うん、グウィネだけでいいよ。お前の抱擁はいらん。二人の抱擁を十分に味わった。さぁ出発だ!
「じゃあ、行ってくる!」
「ライト! 頼んだぞ!」
「行ってらっしゃい!」
二人は俺達が見えなくなるまで手を振っていた。俺達は獣人の国サヴァントに旅立つ。
ここから国境であるカラカス川まで十日間、そこからリリアの町まではさらに一週間ってとこかな。
久しぶりにフィオナと二人旅だ。さて気合入れていきますか!
「ライトさん、行きましょう」
フィオナが話しかけてくる。
笑顔でしっぽをブンブン振っていた。もう着けてるんだな。早くないか?
ふふ、さては気に入ったな。
俺は犬っぽいフィオナと二人、西に向けて歩き出した。
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